砂防ダム建設から渓流美を守る為に

渓流の現状

 現在全国的に進行している渓流への砂防ダム建設は渓流の自然造形の美しさを完全に無視した行為である。もしこのペースで建設が進めば近い将来、様々な美しい渓谷が砂防ダムの下に埋まっていくことになる。

写真1.砂防ダム (島々谷 北沢5号)

(こんなにもすばらしい砂防提を造りなお上流に6号を作ろうとしている)

 私の住む長野県中部地方もしかり。本来なら美しい山岳部と共に、そこから流れ出る幽玄な渓谷が存在するはずであったが、ここ30〜40年くらいの間に開発やダム、道路の建設、それに付随する砂防工事により、多くの谷が水や土砂の下に埋もれてしまっている。しかし、まだ2〜3Kmと短くはあるが、山頂と里との間に、きれいな渓谷が部分的に残っている。建設省砂防工事事務所は、今、この部分に手をつけはじめている。しかも渓谷の中の最も美しい狭窄部(V字渓谷部)に大型の砂防ダムを造りはじめている。数百年、数千年あるいはそれ以上の時が造った美しい谷を、こうも簡単に壊してしまっていいのであろうか。

写真2.消えゆく渓流(乳川)


写真3.消えゆく渓流 (中房川)

 

私は皆さんと美しい渓谷を残す為の方法を模索したいと思っています。

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提言1 土砂流出を促進する行為を止め、危険地帯から撤退

 砂防ダムの目的は本来、下流域の人命、財産を守る為に土砂流出を抑制することにある。しかるに最近の工事は上流部の開発や山林の完全伐採、問題の出る林道の建設など、土砂流出を促進させる要因を考えもせず、単に対症療法的に砂防堰堤を造ることにある。土砂流出を抑制する様々な方法を総合的に考える必要がある。また、砂防ダム建設によって危険地域にも人が住むようになり、これが災害を大きくする原因になり、砂防ダムを作り続ける要因にもなっている。

写真4−1 雨水により浸食された林道(牛伏川)

 

写真4−2 島々谷北沢工事用トンネルと崩れ

例えば、森林の育成、崩落部への植林、山崩れのおきにくい林道建設と雨水の集中を防ぐ水対策、上流部の乱開発を抑える、山林の完全伐採は止める、などがあげられる。

写真5.伐採された山林

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提言2 新たに造らずに浚渫(しゅんせつ)する

 長野県中部地方の砂防ダム建設現場を例に見ると、既存砂防ダムの堆砂が60〜70%前後の状態になると、その上流部(数百メートルから数キロメートル)に前よりも大きな砂防ダムが作られていることが多い。(浚渫:ダムの底に堆積した土砂を取り除くこと)

写真6.島々谷北沢4号

(上部砂防ダム工事により出た土砂により満砂になる).

 この場合、既存ダムが100%以上堆砂する原因は新たに造られるダム工事(工事用道路の新設、取り付け面の発破等)の為に流出する土砂によるものである。また、新しい砂防ダムが完成した後、または工事中に、完全に堆砂した既存のダムを申し訳程度に浚渫(しゅんせつ)しているのが現状である。

 

写真7.島々谷北沢5号(上部砂防ダム)

 

 このような点から見ても、本来必要な貯砂量を確保する目的ならば既存ダム(多くは複数の既存ダムがある)の浚渫で十分間に合うはずである。最近の砂防ダム新設はダムを造ることそれ事体が目的になっている面が強く出過ぎている。

写真8.島々谷 北沢6号

(そのまた上流部で始まった砂防ダム工事)

※参考 南アルプス 三峰川の美和ダムでは浚渫した砂をコンクリートの骨材として利用(地元 南信地方の10%を供給)。
  年間10万立方を採取。 一千万以上の収入は特例で村に入る。 「中国新聞 砂上の現代 1999-05-31」
  砂以外の部分についても、農作物の栽培用に利用(中日新聞2002-09-25)すること試行している。

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提言3 危険な狭窄部へのダム建設を止める

 多くの専門家が狭窄部へのダム建設の危険性を指摘しているが、特に北大農学部砂防工学講座の東三郎氏は著書「低ダム群工法」、「地表変動論」の中で狭窄部ダムの破壊問題の深刻さを書いている。

写真9.危険な狭窄部へのダム建設

 中房川砂防ダム工事(150M下流には満砂したダムがある)

 林野庁(1965−1968)の治山ダムの全国調査、治山施設被災原因調査報告の内容で、袖抜けおよび底抜けが55.1%もある。また、現象を堆砂別に見たもののうち被災事に満砂していたうちの50.5%、ほとんど満砂に近かったうちの44.2%が袖抜け、底抜けを起こしている。一般に築後期の古いダムほど被災する傾向にある。今、私の住んでいる松本地方で造られている砂防ダムは建設省によると80〜100年に一回の大雨にそなえるといっているが、満砂時以後の対策に関しては何も語られていない。そればかりかダムのしゅんせつに関しては、まったくやるつもりはないとのことである。

 わたしはよく渓谷の向の山頂に立ち、谷全体を眺めることがある。川はその幅によって堆積や洗掘される場所があり、渓流内においても自然とこの型ができている。理想的には、この川幅の広がる堆積地をうまく利用し、土砂の浚渫、または、低ダム群工法を組み合わせるかして土砂流出をコントロールすべきだと考える。少なくとも狭窄部へのダム造りは渓流美に対する破壊行為としてしか見えない。

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提言4 自然の摂理に反した砂防工事は無意味

 山の崩落、侵食は重力場におけるポテンシャルエネルギーの放出でもある。つまり防ぐことのできない自然現象である。造山運動により、位置エネルギーを高められた大地は、風や雨、地震等の作用により風化、侵食、崩落を繰り返すがこれらの現象は大地が不安定な状態から安定な状態へと変化する一過程である。つまり、重力場の中で物質が運動エネルギーを放出しながら位置エネルギーの高い状態から低い状態へと変化することである。川は水の作用によって土砂を山から海へと移動させるが、この現象は位置エネルギーが0になるまで続くものである。つまり土砂の流出は重力のあるかぎり永久に続く現象なのである。現在の砂防政策の目指す方向は、これらの現象をあたりまえのものとせず、なにがなんでも土砂の流出を止めようとしているところに多くの矛盾をかかえこむ結果がでていると思われる。例えば海岸地域において、川からの土砂供給がダムや砂防堰堤でストップされることで海岸が浸食され、それを防ぐ為に多くの金が使われている。あるいは、大崩落地帯(アルプス山間地、ふげん岳などの火山地帯)において、もっとも不安定な時期に大砂防工事を行おうとしている。これは過去における多くの土砂流出現象の残した跡を見れば現在工事をすることが、どれほど意味のあるものか疑われてしまう。今の建設省のやり方でゆけば、谷をさかのぼり山頂近くまで砂防堰堤を造らざるをえなくなる。極端なことを言えば山全体をコンクリートで覆うことになり兼ねない。すべての砂防工事が無意味とは決して言うつもりはないが砂防設備を造る時期をもっと長い時間スケールで見る必要があり、あまり意味のない投資はすべきでないと思う。

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参考文献:

  『日本の森をどう守るか』 岩波ブックレット NO.327 藤原 信   定価400円
  『森が消えれば海も死ぬ』 講談社ブルーバックス    松永勝彦  定価740円
  『山と渓谷』 1998.1月号
  『自然災害を知る防ぐT.U」 大矢雅彦ほか 古今書院
  『防げ災害』 信濃毎日新聞編
  『世界の森を歩く』 信州大学林学科編
  『森林の明日を考える』 日弁連 公害対策環境保全委員会編 有斐閣選書
  『信州の4億年』 信州大学編 郷土出版社
  『コンクリートの話』 藤原忠司 枝報堂出版社
  『川とつきあう』 小野有五 岩波書店
  『山とつきあう』 岩田修二 岩波書店
  『海岸とつきあう』 小池一之 岩波書店
  『森とつきあう』 渡辺定元 岩波書店
  『よく分かる河川法』 河川法令研究会編 行政K.K.発行
  『砂防入門』 池谷浩 山海堂
  『低ダム群工法』 東三郎 北海道大学図書刊行会
  『沿山.森づくり低ダム群工法 一施工例の評価と新機軸の展開』 東三郎監修 北海道営林局
  『地震と土砂災害』 建設省河川局砂防部監修
  『水生昆虫の観察』 谷田一三 トンボ出版
  『川辺の生物』 リバーフロント整備センター編
  『ダムと和尚 撤回させた鴨川ダム』 田中真澄
  『森が滅びる』 石川徹也 三一書房
  『日本の森をどう守るか』 藤原信 岩波ブックレットNO.327
  『いまダム計画を問う』国土問題39〜52号 国土問題研究会 TEL.FAX075-241-1373
  『水問題の争点』 河川湖沼と海を守る全国会議 技術と人間編集部編 技術と人間出版 TEL03-3260-9321
  『川の何でも小事典』 土木学会関西支部編 講談社ブルーバックス

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