近代砂防行政の及ぼした川の現状
田口康夫
1.下流部
1)海岸の浸食
- 貯水ダム、砂防ダムなどの建設により山からの土砂が止められ川からの土砂供給が減少し波や海流による浸食が勝ってしまう為に起きる。日本全体では一年間に約二億立方メートルの土砂が海まで流出するはずだが二十世紀初頭に比べ現在では約半分しか流出していない。ちなみに護岸堤を必要とする海岸は海岸総延長三万四千キロメートルのうち一万六千キロメートルにも及び一年間で訳170ヘクタール(甲子園球場の160倍)が失われている。建設省黒部工事事務所が1960年から1985年の間に下新川海岸に投じた費用は360億円、以後投じ続けている。1970年に始まった第一次五カ年計画後だけでも日本全体で一兆五千億円にもなり現在でもなお続けられている。
2)磯焼け
- 森林の破壊による表土流出や森林の持つ機能によって生じる様々な養分が川を経由して海に流れ込まなくなることや、ダムや砂防ダムの働きでミネラルや養分が沈殿したり濾過されてしまうことによって生じる。また排砂式ダムの欠陥によりダムに堆積したヘドロ分が河口全体に流れ込み悪影響を及ぼす。これらが海の生物の生息に悪い影響を与えている。
3)骨材(セメントと共に混ぜる小石や砂)の不足
- 現在日本の骨材は不足気味で山からの流出土砂を止めるだけの考えだと十分な対処ができなくなる。通産省の採石統計(95〜96年)によると年間生産量四億五千万トンに対し約三千万トンの廃棄物が発生している。山砂利産を含めると一億トンが廃棄されている。現在は主に、海産砂と陸上産に頼っているがいずれも海底環境破壊や山などの環境破壊と災害につながり、いずれは供給不能となる。不足分は中国からの輸入となり病害虫害や地元の環境破壊も考えられる。これらのことを考えると第一には建設工事から出るコンクリート産業廃棄物(発生残土四億三千七百万トン)の再利用をする。第二には既存の砂防ダムや貯水ダムの積極的な浚渫と土砂利用を進める。第三としては山から流出する土砂を川が本来持っている土砂運搬能力を活かしそれぞれの地域が上流、下流のバランスを考えながら利用していくシステムをつくるなどの対策も必要とになる。
2 中流部
1)貯水ダム
- この問題は多くの人々、市民団体などが論じているので多くは述べない。ダムは川の景観を壊したり、川の連続性の切断と流水をカットすることで川環境を完全に破壊してきた。特に魚類などの移動を阻害すると言う大きな欠点を持っている。また、治水、利水などの目的で造られているが、ダムの堆砂によりその機能も短時間で失われている。そして何よりもダム建設によって森林の持つ保水、治山、治水機能が軽視されている。また生態系に及ぼす影響も十分議論されていない。
2)落差工
- 河床勾配を緩和し、主に河床侵食防止と土砂の移動を少なくする為の構造物であるので中流域ではかなりの数で設置されている。従って魚類(水性動物)に限って言えば下流から上流への移動が出来ず大きな問題となっている。魚道設置で解決できるが、落差工の数がかなり多いので費用も億の桁を超える可能性が大きい。魚類の為には障害物が無いほうが良いが魚道を造るとなれば、その機能を失わずに費用のかからないものを考えていく必要がある。魚道に関して言えば費用をかけて機能しないものが多すぎる。
魚の上がらない魚道 水殿川 取水口
3 上流部
1)狭窄部への砂防ダム建設の危険性
- 今美しい渓谷に砂防ダムが多く造られているが、本当に安全でまた効果があるのか考える必要がある。1968年11月1日の砂防シンポジウムにおいて、狭窄部ダムの破壊問題が取り上げられた。林野庁の「治山施設被災原因調査報告書」(1965年〜1968年の4年間)によると、被災した治山ダムは民有林644基、国有林125基、計769基で年平均192基(この4年間に全国で築設された数は明らかにされず)であると言う。このうち袖抜けと底抜けが55.1%、うち満砂状態での破壊が約半数あった。また古いダムほど被災しやすいことがわかった。これらはダムが時間と共に防災上そぐわないものになる恐れが十分ありえることを表している。北海道大学の東三郎氏はダムを大きくすればするほど水の力を受けやすく、その危険性を指摘している。また「土石流の最終的停止状態の場所で土石と流れをコントロールする方が効率的である」とも言っている。つまり今のように谷の奥へ奥へとダムを造ることは広い意味で効率的でないと言う事です。また高いダムに比べても幅広部での低ダム群で十分対応できとも言っている。要するに大ダムの破壊は下流に対するダメージが大きすぎる。
2)コンクリートの寿命
- 一般にコンクリートは70〜100年で寿命がくると言われている。その原因として次のことがあげられる。
a)疲労・磨耗
- 土石流がダム壁に何度も繰り返し力を加える。また土石のヤスリのような働きでコンクリート表面を削って行く。
b)劣化
- 凍結と融解の繰り返しで細かい隙間を大きく広げて行く。
c)中性化
- セメントが二酸化炭素と反応して炭酸カルシウムとなりコンクリートが酸性側に傾き中の鉄筋がさびはじめて行く。
d)塩害
- 塩素イオンが鉄筋をさびさせる。さびはもとの体積の2〜4倍となりヒビ割れなどを起こさせる。
e)アルカリ骨材反応
- 骨材の中のシリカ、シリケート、炭酸塩によりアルカリシリカ反応などが起こりゲルが生じる。これが水を吸って膨張しひび割れが起きコンクリートの強度が弱まる。
- 以上のことが相互的に進んで寿命がくる。大きなダムが破壊すれば土石流災害の供給源となってしまう。
3)土砂調節量とダム造り理論
- 砂防ダムは満砂になるが貯砂量の10〜50%が、たえず調節できる量とされる。しかし多くの場合10%くらいしか調節できないので、何十年に一回と言う土石流をコントロールするには一基だけの調節量では対応できず、一基分の貯砂量を確保するためには、同じ大きさの物なら10基前後のダムを造らなければならない。また河床傾斜が急になれば侵食防止、土砂移動防止用の砂防設備を造ることが一般とされ多くの渓流がこれにあてはまる。この考えにたてば、砂防ダムを上流へと造りつづけざるをえなくなる。また建造費だけでも数十兆円を越えてしまう。
島々谷北沢5号(上部砂防ダム)
4)土石流災害と流出土砂量との関係
- 1996年度に起きた3ヶ所の災害を見てみる。
a)長野県小谷村蒲原沢(死者14名)
- 砂防ダム3基、谷止工2基、総貯砂量1万5千立方メートル、流出土砂量約十万立方メートル、工事費15億1625万円
b)鹿児島県出水市針原川(死者21名)
- 砂防ダム1基(高さ14m)、総貯砂量2万2千立方メートル、流出土砂量約20万立方メートル、工事費本体だけで3億4千万円
c)秋田県鹿角市八幡平登川温泉(死者0名)
- 砂防施設数不明、流出土砂量
約200万立方メートル
- 以上の例から分かるとうり、流出土砂量は砂防ダム能力を大きく上回っている。過去の多くの災害例でも同じことが言える。多くの専門家が指摘していることだが雨量による流出土砂量の算定は難しく学問的にも確立していないと言うことです。つまり砂防ダムの大きさを決める基準がかなりあいまいであると言うことです。
5)イワナへの影響
- どんな渓流や渓谷でも数十年あるいは数百年の間には何回かの土石流が起きて部分的にイワナが絶滅する。しかし増水時に水や土石流の影響を受けにくい小渓流や小沢などで生き残ったものが、時間をかけて本流へと移動したり、また本流の中、下流部に押し流された魚が上流へとやはり時間をかけて移動してくる。こうして絶滅した区間でもなんとか復元してくるものです。砂防ダムは川の連続性を無くすることでイワナの復元力を阻害しています。また工事用道路や林道が上流部に通じることで人が入りやすくなり、釣りブームも手伝って数が大きく減っています。しかも林道が造られ部分的と言えども完全伐採が行われれば、保水力の無くなった山から出る水の力で土砂が流れ込み、イワナの生息環境を破壊します。現在でも優れた森林を保ち、人が入り難い渓流や渓谷には沢山のイワナが生息しています。
4.対策
- 今まで述べてきたことを考慮すれば次のことが言える。
1)土砂が流出することを前提とした対策を立てる。また川が持つ土砂運搬機能を見直す。
2)土砂災害の起きやすい場所には住まない、造らない。
3)土砂災害の起きやすい危険地帯の情報を公開し、積極的な宣伝活動を進めて誘致しやすい条件をなくす。また住む人々の自己責任を強調して防災意識を高める。そして将来的には危険な場所から撤退する方向に力が働くようにする。
4)砂防ダムの新設をせず、既存ダムの浚渫で対応する。また大きな砂防ダムの老朽化がはじまったらこれを撤去する。
5)谷の奥や狭窄部への設置を止め拡幅部(谷の出口や扇状地の先端などの自然堆積地)への低ダム群工法に切り替える。
6)どんな谷でも地形的に土砂の堆積部や侵食部を持っている。このような場所での土砂コントロールは大きなものであり、この機能を見直す。
7)土砂流出を加速する道路建設や開発行為を止め、砂防ダム建設から山腹工事や積苗工などによる植林に重点を移し森林の育成に力を入れる。
8)治山、治水に影響のでやすい森林の完全伐採を止め、生態系保存にも効果のある択伐方式に切り替える。
9)イワナ保全に関しては、深山までの行程を不便にすることで十分対処できる。従って林道などにはしっかりしたゲートを設置し、車を入れないことが重要である。また源流での釣りはその日に食べるくらいの量にとどめるべきである。
- 以上の事柄が社会的に議論されることが必要だと思います。
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