四コマ・ストーリー『コンピュータは奇妙な同居人』
NO.020「最後の一セクタ」
彩が病気で入院したって聞いたとき、あたしは最初、たいして深刻なことだとは思わなかったんだけど。
お見舞いに行ってあげたら、彩はベッドの上で悲しそうな顔でノートパソコンを見つめていた。
「ねえ、見てよ。ハードディスクの空き容量が残り少ないの」
そう言って、彩は画面をあたしに向けて見せた。
本当。あと十二セクタしか残ってないわ。
「毎日メールはたくさん届くのに、ディスク容量は増えないの。もうすぐ、最後の一セクタまで使い切って、そうしたら……もうメールは受け取れないのね」
彩は寂しそうに、ほうっと息を吐いた。
「人生って、こんなものなのね。なんだか空しくなってきたの。ぼんやり考えてるのよ、この最後の一セクタがなくなったとき、わたしも静かにこの世を去るんだって……」
「な、なに馬鹿なこと言ってるのよ!」
思わず彩の肩に手をかけたあたしの視野の隅に、彩が読んでいた文庫本の表紙が写った。その本の表題を見て、あたしは彩がなぜこんなことを言い出したのか理解できた。
まったく、この娘は本のお話とかにすぐ影響されるんだから。いくら病気で弱気になっているからって……。
とにかく、馬鹿なことは考えないように言い聞かせてその日は帰ったんだけど、すっかり心配になって、それから毎日、あたしは彩のお見舞いに行った。
次の日、残りセクタは六つ。その次の日は二つ。そして、一つになった。
彩が「いよいよね……」と呟くのを聞いて、あたしは背筋が寒くなった。
でも、次の日も、また次の日も、その最後のセクタはなくならなかった。
そうして一か月。ようやく彩は元気になって退院し、あのときのことは馬鹿な冗談だったって笑えるようになった。
でも、どうして最後の一セクタが残ってたのかしら?
メールは毎日変わらず届いていたのに。
彩のパソコンを取って調べたあたしは、あることに気がついた。
「ねえ、彩……」
「なあに?」
「このメールソフト、古いメールは自動削除になってるわよ……」