四コマ・ストーリー『コンピュータは奇妙な同居人』

NO.008「出会い携」

『出会い携』もずいぶん普及したなあ。
 近くにいる他人の携帯と自動的に情報を交換する。お互いの携帯には、自分の趣味や興味のある話題がインプットされていて、同じ趣味の人が回りにいると携帯が教えてくれる仕組みになっている。
 この間なんか、飯屋で隣のテーブルの人が同じ横浜ベイスターズの大ファンだと携帯に表示されたんで、二人でカウンターに移って夜遅くまで飲みながら野球の話をしてたっけ。
 今日も駅前のカフェのテラスでノートパソコンを叩いていると、携帯が鳴った。
『右後ろのテーブルの女性が、スノーボードについて話したがっています』
 振り向いてみると、栗色の髪を肩まで垂らしたスーツ姿の女の子が、資料を横に俺と同じようにノートパソコンを使っている。
 うわ、可愛い。
 席を立って、彼女に歩み寄る。手に携帯を持って、横に振って合図をする。これは、出会い携を使うときのマナー。
 彼女も同じように携帯を振って合図する。会話OKってことだ。
 彼女の向かいの席について、挨拶と自己紹介を交わしてから、会話を始めようとした……が。
 あ、しまった。つい女の子が好きそうな趣味を適当にインプットしといたから、話をしようにもスノーボードのことなんて全然知らない。
 と、携帯にスノーボードの関連情報がさっと表示された。
 うわ、至れりつくせりだな、この携帯。
「そうですね、ゲレンデならやっぱり旭岳か水晶山あたりが楽しいですね。ボートは……そうですね、アトランティスを愛用してます。え〜エッジは……その……120cmですかね」
 う〜ん、我ながらなんか話し方がぎこちないぞ。なんせ全部携帯情報の受け売りだし。「そうですか。わたしは……その、ときたまフィンランドまで遊びに行ってます。北極圏で寒いですけど……広大な白銀の大地の中で滑るのが……ええ、最高ですよね」
 ……なんか彼女の話もぎこちないなあ。
 ふと気が付くと、彼女も同じように、携帯の画面を見ながら口をきいている。
 もしかして……。
 彼女とふたり、しばらく顔を見合わせて沈黙。
「あの……」彼女がおずおずと口を開いた。
「それで、あなたの本当のご趣味は?」