なぜ前輪を4輪にしたか?
F1マシンの運動性能、特に加速・旋回・停止では、他のカテゴリーのマシンと比べて抜群に優れている。
ところが、巨大なタイヤが剥き出しのため空気抵抗となって直線での速度が抑えられてしまう。そのため、
最高速度では、WSCカーやルマン・カーには劣ってしまう。
「それじゃ、タイヤを小さくしよう!」 というのが6輪車誕生の発端である。ティレルの場合は、
カウルの影に小径の前輪を収めることで、前部の空気抵抗を減らし、直線での速度を稼ぐ
これが当初の目論見。
しかしタイヤを小さくすると前輪の接地面積が減少し、グリップの低下に伴い旋回時の速度が落ちてしまう。
対策として小径タイヤを2本追加することで、接地面積を普通のタイヤ2本より稼ぐ
という発想でこのマシンは誕生した。
その結果、当初の目的である直線スピードには大した効果はなかったが、舵の利きは鋭く、コーナーリング
での速度が高まり、加えてブレーキの強化(制動距離の短縮)がタイム短縮に寄与するはずだった。
デビューから3レース目のモナコGPでは、J.シェクター2位、P.デュパイエが3位に入り
そろって表彰台へ上がった。そしてスウェーデンGPでは、シェクター、デュパイエの1、2フィニッシュを
決めてしまう。
この年6輪ティレルは、優勝はこの1勝だけであったが、2位に9回入り、コンストラクター3位という
現在のティレルからは想像もつかない好成績を納め、一時は6輪車の優位を証明したこともあった。
しかし二年目を迎えると、後述するウィング・カーのロータス78(これはテストケースで79から本腰)や、突然出てきた無名の
ウルフWR1(いやらしい事にデビュー・ウィン)の出現、更にブラバムやリジェの躍進は正に想定外であり、相対的地位が
下がってしまった。
従来の13インチ・タイヤを2本にした場合に比べて、10インチ・タイヤを4本にすれば接地面積が4割増にはなるが、
重量が大きく変らない限り接地圧が減少するので、グリップ力を大幅に稼ぐに至らない。そうした中でコーナリング対策は
深刻な問題で、小径タイヤをカウルで覆うことで40馬力 をセーブする目論見は大きくつまづいた。
P34の特徴である小径タイヤは、フロント・トレッドが 116cmであり、これは先代 007の 153cm に比べても非常に狭かった。
これらの対策として、みっともなく張り出したタイヤは、最終的にフロント・トレッドが 140 cm を超える。
結局のところ、デレック・ガードナー(6輪車を開発したデザイナー)がチームを出たり、特注タイヤの
性能が思うように上がらなくなったりで大不振に陥り、ティレルはこの年をもって6輪車を止めてしまう。
6輪車は、このほかに当時のマーチ(後のレイトン・ハウス)が後輪の空気抵抗を減らそうと、
前輪と同じ大きさ(同じもの?)のタイヤ4本を駆動するマシンを試作したが、実戦投入には至らなかった。
(Fulcrum 注:おそらく中央と後端の動力車輪間に必要なデフのスリップが微妙で、曲がり難い癖にコーナー出口で舵が残るなど、
いずれにせよ、ニュートラルなステアリングが得られなかったのだと考える)
MARCH FORD 2−4−0 (1976)
WILLIAMS FW08B (1982)
6輪車は、フェラーリとウィリアムズもテストはしていた。
ただし、フェラーリは、何を血迷ったのか後輪をトラックのダブルタイヤのようにアップライト一つ
(と言っていいのかも?)に2本つけていた。これは空力的にはマイナスだと思うのだが…
(ken2mng 著)
マーチが6輪を試したのは、ティレルが6輪を出した時と重なるから、次世代技術が空力か多輪化か
議論していた時代だが、ウィリアムズは、初の本格的ウィングカー(後述)であるロータス79をそっくり
コピーした FW07 をもって、自ら件のロータスを駆逐した、その後の事である。
WILLIAMS FW07 (1979)
FW07 を見ると、直径こそ同じだが、前輪と後輪の幅は倍ほども違う。せっかくグラウンド・エフェクトを
得たのに、ドラッグを対策しないのは愚だと思ったのだろうか。接地面積を損なわずにタイヤを小さくする
方法として多輪化の可能性を模索したのかもしれない。一説にはホイルベース(車軸間距離)を変えずに
床面積(後述)を稼ぐ手段として成功したが、それ以降の車両規則改定で日の目を見なかったらしい。
なお、マーチ2-4-0 と ウィリアムズ FW08B を比べるとホイルベースは両車ともほぼ同じながら、FW08Bの
トレッド(横幅)は 2-4-0 の1.3倍もあるで、2-4-0の全長が相当に長いような錯覚に陥る。しかしFW08Bの
トレッドは FW07 と大差がない。
残念な事に、現在のレギュレーションでは車輪は4本と決められており、6輪車にはお目にはかかれない。
しかし規制がなかったとしてもセッティングの難しさや、重量、タイヤの事を考えると多分もう出てこないと
考える。 (Forza Jean 著 / Fulcrum 写真)
注) グラウンド・エフェクトは、後の章で後述する。