ハイテクと新素材

 1980年代の新語もしくは流行語にハイテクだとか新素材というのがあったと思う。考えてみれば縄文人に

とっては土器の焼き方は当時のハイテクだったろうし、青銅器だって新素材だったはずである。なにも20世紀

の終わりになって、突然出てきた事象ではない。しかし、まぜっかえしても先に進まないので、歴史を紐解く

にせよ、産業革命以降の話に留めよう。

 

 ヨーロッパにおいて、煉瓦が主たる建築材料だった頃、鉄と言えば蝶番や釘が定番で、それ以外の建築用途

に使われる事は少なかった。しかし「鉄の骨組みこそ次世代建築の構造材料だ」と主張した連中が、パリ博

に向けて壮大な実験を遂行した。エッフェル塔である。ただ、当時は鉄の性質について現在ほど詳細に把握

していなかったから、おっかなびっくりで材料を多く使いすぎた。つまり過剰品質である。現在の技術で当時

と同じ材料を使い、エッフェル塔と同じ高さの塔を建てるなら、1/2〜2/3程度の鉄材で済むらしい。

 余談だが、最近の家電製品はよく壊れるという声を聞くが、実は家電製品もエッフェル塔と同じ理屈で、昔の

製品は無駄なところを過剰品質に作っていたので、現在の方がむしろ適切な寿命なのである。

 エッフェル塔が成功してから、鉄はあらゆる工業分野で構造材料として使われるようになった。アルミも鉄に

習う形となった。当然の流れである。

 

 話題をF1に戻すと、アルミ・モノコックが普及して以来、重心位置の工夫や空力的な変遷はあったが、

捩じり剛性の向上は長い間目覚しい進歩がなく、600 kg・m/deg 〜 900 kg・m/deg 止まりであった。

 F1と市販車では、断面積も重量も確かに違うため比較が出来ないが、1990年頃のホンダのインテグラ

例に取ると、1800 kg・m/deg だった。F1は市販車に比べて過酷な条件で使用されるはずである。対する

インテグラは、けして悪いクルマでは無いが、御世辞にも最高の市販スポーツ・カーとは言えないだろう。

 

 当時マクラーレンの主任設計者となったジョン・バーナードは、1981年のマクラーレンMP4に、ミサイル

の機体を製造していたハーキュリーズ社の協力の下、CFRP(炭素繊維強化樹脂)を採用する。カーボン

と言えば、テニス・ラケットゴルフ・クラブ或いは釣竿などで御馴染みだろう。マクラーレンMP4

捩じり剛性は、一挙に 1650 kg・m/deg に達し、モノコック単体の重量は20%減となった。

マクラーレン MP4 (1981年)

 

 その後、とてつもない長足の進歩を遂げ、1989年のマクラーレンMP4/5では 2800 kg・m/deg に達し、

一説によれば2000年のF1では 3500 kg・m/deg という推測も成り立つらしい。    (Fulcrum 著)