力の象徴
当時にあって、フェラーリの水平対抗エンジンはコスワースDFVに比べて高出力を発揮した。そして
力の象徴ともいえる四本の排気管を備えていた。コスワースDFVの排気管は二本だから、312T を後ろから
拝むと、えもいわれぬ威圧感がある。
排気管は、F1にとって市販車とは異なる重要な部品で、このパイプがフルートやリコーダーのような笛に
なって排ガスを外気に吸い出す役割がある。つまり回転数、というより排気周期を基に、パイプ中で圧力の
粗密による定在波を作る。そして最後端を腹ではなく節となるよう、排気管の長さを定めている。
上の写真を見ると 312T の場合、三気筒の排気管がひとまとめとなっている。各気筒が独立してるエンジン側
を一次側と呼び、束ねた後の部分を二次側と呼ぶ。各気筒の排気条件を同様にする事を狙い、各気筒の一次側
をタコの足の如くうねらせ、同じ長さにする。排気管の総長、及び一次側、二次側の比率が出力特性を左右
する一因となる。(一次側の合流位置で、どのような粗密条件が望まれるか、是非、読者に考えて頂きたい)
話題が逸れるが、1967年に前出のコスワースDFVが出現した。この時、ホンダRA-273は最大出力では
DFVに比べて10%程度のアドバンテージを持っていたが、ホンダ勢にとっては降って沸いた悪夢だった。
オランダGPのプラクティス終了後、ロータス・コスワースがピットエリアでエンジンをバラして点検している
さなか、ホンダの技術者が作業員に紛れて、DFVの排気管(1次、2次の長さ)を計測したそうである。
(管長 → 共振周波数 から セッティングした回転数 の予想がつく)ホンダの慌て様が判るエピソードだが、
コスワースも、ライバルの目前でエンジンをバラすあたりは何とも牧歌的で、今ではとても考えられない。
バイクのレースではトルク・バンドの狭いエンジンを使用するため、コース毎に異なる寸法の排気管と交換
しているようだ。また、何本の一次側をひとまとめにするかという問題も重要だが、点火順序、というより
排気順序、及び車両の空きスペースを考慮した上で、現実的な妥協で決定する。
こうして見ると、排気管の取り回しについては水平対抗12気筒が如何に扱い辛いか解かるだろう。
グラウンド・エフェクトがトレンドとなった後、何故フェラーリが水平対抗12気筒を捨てたか推察できる。
その他の理由としては、特異な形状のためモノコックとの締結部が必然的に小さくなり、バルクヘッドの
負担を考えると、エンジンをストレス・メンバーとして使い辛かった、という説も有る。
なお、312T 以降、ラディアス・ロットは斜めに設置され、二本だけとなった。
(Fulcrum 著)