これでいいのだ ではなく、これでなければならないのだ
日本人の感覚からすれば、中凡中庸ということで「無理の無い妥協」が有るのだろうが、ドイツ人のメンタリティーとすれば
一点凝視で、正しく「正解は一つでなくばならない!」らしい。そのために他のところで窮屈な思いをするのは、なんとも
思っちゃいない。だから「流線型」と言ったかと思うと、「ターボーは絶対だ」となれば、コブだらけの飛行機を飛ばす。
一般にエンジンは高回転になると、バルブ・スプリングの反発が回転に付いて行かなくなる。一つには動弁系部品の中で
最も固有振動数が低いのがスプリングなわけで、高速時にカムの強制振動と同調してしまうからだ。
まぁ、柔らかい部品の宿命である。しかし閉弁行程もバネに頼らず機械的に戻してやれば、バルブが勝手に踊りだす事は
ないだろう。そこで出てくる発想がデスモドローミック(ギリシャ語:軌道に繋がれている)機構である。これだと涼しい顔で
高速回転をこなし、ギア・チェンジでミスしても、オーバーランでエンジンを壊す心配が無い。
件のM196はデスモドローミックを採用した。だからカムカバーが、やたらに大きい。
しかし、熱膨張で各部品の寸法が変化するため作動が不正確なデスモドローミックは、機構が複雑で信頼性に乏しく、
スプリングの進歩が著しい現在は全く見られない方法だ。スプリングの共振は、あらかた8000 r.p.m を超えたところで起こる
現象である。1986年にルノーが(92年頃から各チームに普及)スプリングの代わりにゴム風船を使い、カムと連動して
風船に圧搾空気を挿入する方法を開発した。これが2004年現在に至るもF1のトレンドで、20000 r.p.m 近く回っても、
ニューマティック(風船)方式で対応している。
2001年にウィリアムズに搭載していたBMW製のエンジンが「スロットル・レス」と噂された事がある。
これはアクセル・レスポンスの向上を狙って、従来のスロットルの代わりに、バルブのタイミング、及び、バルブのストロークを
都度変更する事で俊敏な出力特性を得ようとする物である。
しかし当事者であるBMWのマリオ・タイセン博士は、「スロットル・レス」を否定していた。仮に「スロットル・レス」が実在
すれば、それこそ現代に蘇るデスモドローミックだったはずだ。
(Fulcrum 著)