目覚め前


静かに輝く月の光の下、私は海を見ていた。
かすかな光のなか、夜の浜辺の光景は変わることなく、波打ち際だけが静かにさざめいていた。
浜辺の光景を眺め続ける私の傍らには一人の女性が寄り添うようにして立っていて、
私と同じように海を眺めていた。
そういえば、私達はずっと、こうやって二人で夜の海を見ていたことを
いまさらながらに思い出したのだった。
私達は互いに言葉を交わすことはなかったが、
彼女が傍らにいるというだけで、何故か私はずいぶんと安らいだ気分になった。

そうして私達は幽かな月の光に照らされる海と
寄せては返る波打ち際を
ただただ、眺め続けた。




どれくらいそうしていただろうか。
ふと気付くと、私達の傍らに一頭の馬がたたずんでいた。
馬はなにか言いたげに私のことを眺めていたが、
私はそのことを気することもなく、
今までどおり月の光に照らされる海を見つめ続けた。

それからさらに幾百幾千と月が巡った頃。
私を待つことに飽いたのだろうか。
馬は踵を返して海とは反対側のほうへと歩み始めた。
私は立ち去ろうとする馬のことなど気にとめず、今までと同じように海を眺めていたが、
傍らに立つ彼女が馬を引き止め、私に何か語った。
そのとき、彼女が何と言っているのか理解できなかったが、
私は彼女の言葉に促され、馬に乗って旅立つことにした。
馬のもとに行くと、ずいぶんと待たされたというのに特に不満そうな様子もなく、
私はすんなりと馬に跨ることができた。
私が馬上の人となると、彼女は
ただ、いとおしげに私の手を抱き、別れを告げた。
私は、別れを告げる彼女に、いつかここに戻ってくると言おうとしたが、
それはできなかった。

そして、私は浜辺を離れた。
ふと、後ろを振り返ると、
夜の浜辺にたたずみ、
私の旅立ちを見つめ続ける彼女の姿が見えた。
その姿はたとえようもなく寂しげで
私は馬の背に揺られながら、彼女が見えなくなるまでその姿を眺め続けていた。

彼女の姿が見えなくなって、
前の方に視線を戻すと、
私の前には荒野が広がっていた。
この果てしない荒野を旅しなければならないかと思うと、
あの夜の浜辺に還りたいとの思いに駆られたが、
それ以上に強い、なにものかに駆り立てられ、
私は前に進むことにした。


それからどれくらい荒野を進んだのだろうか、
何一つとして変化のない旅路に倦み疲れたころ、
突然、何かを告げるように、馬が一声いなないたのが聞こえ、


 …そして、私は目覚めを迎えた。






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