Grasshoppers 散歩日記


散歩日記 −2005大晦日編−


いまさらだけどぼくの趣味は散歩だ。 特に目的地を定めずに、のんびりだらだら歩くのが好きだ。豊中北部に住んでいるが、ふらふらと難波や万博公園あたりまで歩いていくこともある。こんなに遠くまで来たらまた歩いて帰るのは大変だぞなどと考えつつもどんどん歩いて、実際どうしようもないくらい遠くまで行ってしまい、クタクタになって家に帰り着くというのが良い。よく歩いた日は、特に何をしたということは無いのに不思議な充実感がある。

高いところからの眺望が好きなので、刀根山(阪急蛍池の東の方)や、島熊山(中環で千里から池田に行くとき通る見晴らしの良い所)、五月山(阪急池田の北)あたりは特にお気に入りのスポットだ。東豊中の静かな住宅地を、でかい家だなあなどと見回しながらゆっくり歩き回るのも良い。傍目には泥棒が金持ちそうな家を物色しているようなんだろうが。

学生時代は一日を散歩に費やすということも珍しくなかったが、さすがに働き出してからはそういう暇も無くなり、その代わりに深夜に徘徊することが増えた。夕食後に家を出て午前2時3時までウロウロするわけだが、その辺の住宅地の中を歩き回るわけで、いよいよ泥棒的というか、変質者と間違われても仕方ないかもしれんな。ここに散歩の様子を記すのも、万が一不審尋問でも受けてしまったときに、こういう趣味なんです!って言い張るための証拠づくりということもあったりするが、まあとにかく始めてみようか。

2005年大晦日、年越しそばも食べ終え、年末くらいゆっくりテレビでもと思ったが、もうこれがどうにも面白くない。それじゃ今年最後の散歩でもしましょうか。 散歩するには条件があって、晴れていることと、iPodが十分に充電されていることの2点なのだが、両方ともバッチリだったので、ジンで満たしたスケットルをポケットに、先日レストランでライブしたときにお土産でいただいたワインをリュックにつめて家を出た。

昔は散歩しながら酒を飲むなんてことは無かったのだが、いつの間にか必需品になってしまった。ビールや発泡酒だとトイレが近くなって困るので、スケットルにジンを詰めて持ち歩くようになったのだけど、6オンス(180ml)では足りないことがあるんだよね。今回は年をまたいでゆっくりと時間をかけて歩くつもりだったので一応ワインも準備したのだが、酒瓶ぶらさげてフラフラ歩いてる酔っ払いって、漫画でしか見たこと無いよな。もちろん人に気付かれないようこっそり飲むわけだが、気をつけないと相当悪質な不審者に見えるかもしれない。 

ふと思い立ったときの散歩は豊中駅から東の方(東豊中、千里)へ向かって歩いていくことが多いのだが、一年の最後に高いところから大阪の町を一望したくなったので、今回は北の方、池田の五月山へ向かうことにした。気楽に歩いていける範囲のところでは、(ビルの屋上などを除けば)五月山が一番見晴らしが良いと思う。

阪急の線路から100〜200mくらい距離を置きつつ、しかし大体線路と平行に、池田駅に向かって歩いてゆく。自動車の多いところは嫌いなので、線路西側の住宅地の中を進む。なるべく一度も通ったことがない道を歩きたいのと、狭い路地や古びた家並みがあれば吸い込まれるように入っていく傾向があるため、いつも路地をくねくねと縫っていくことになるのだが、そういえばこの道は前に通ったなということがよくある。結局はついつい同じ道を選んでしまっているということですな。 

そんなこんなでただでさえ大晦日で人通りの少ない道を、更に人目を避けるように路地を選び選び、スケットルのジンをこっそりちびちび嘗めながら、蛍池、石橋、池田と、テクテク、テクテク。ところでジンってスケットルに入れて持ち歩いていると、どんどんアルコール度が下がっていくような気がするんだけど、どうしてだろう? いつも飲み終わる頃には甘いカクテルみたいな味になってしまっているような。サッカー選手が試合中にグランド脇のペットボトルのドリンクを飲むような要領で、なるべく中に唾液が入らないように気をつけて飲んでいるつもりなんだけどなあ。 

池田駅まで来ると、とりあえず駅前のワンダーパニック(レンタルビデオ&古本店)で中古CDの掘り出し物が無いかチェック。ジョンスコの"Loud Jazz"と、松岡直也の"Play 4 You"をそれぞれ500円で購入。小説やマンガもめぼしいものが無いかざっと目を通したりして時間を潰す。

店内でしばらくゆっくりした後、いよいよ五月山へと出発。駅前のアーケード商店街を抜け、長屋などの古い家並みをわずかに残す町を横目に、まずは五月山公園へ。大晦日だからか駅を離れるとまだ夜は若いのに人通りは絶えてしまった。この公園の脇には大抵エンジンをかけてるのにライトは消してる怪しい車がいるものだが、この日ばかりはそれも居ない。ああいう車ってこっちの方が気を使っちゃうんだよね。夜景の綺麗なところではカップルの姿が付き物だし、まあぼくもそういうのは身に覚えがないわけではないけど、となりに女の子がいたらそっちに意識の大半がいっちゃって、夜景がただの背景になってしまう。夜景を眺めるときは、ひとり物思いに沈みながら静かに佇んでいるのが良い。更に上質の酒と音楽があれば言うことなし。

この五月山公園からの眺めもいいが、お気に入りの絶景ポイントはもうちょっと先にある。池田箕面線を東に500mほどいくと山之手公園というのがあって、その上の方に、住宅地の方から入り込まないと行けない場所なのだけど、小さな小さな公園がある。公園といってもベンチがひとつポツンとある程度の本当にささやかなところなのだが、ここからの眺めが素晴らしいのだ。 

五月山公園を後にして、池田箕面線沿いにのんびり歩き始めるが、たまに車が通るものの、もうほとんど人は歩いていない。この辺は真新しい団地がずらっと並んでいる割に普段からあまり人通りのないところなんだけど、みんなこの時間は紅白を見てるのかな? 閑散としてる。ちなみに時間は10時くらい。

ほどなく山之手公園(の上の小さな小さな公園)に到着。寒空の下、大阪の夜景が一面に広がる。ここにもたまに怪しい車が停まっているのだが、この日はそれも無い。ゆっくり過ごせそうだ。リュックからワインを出して栓を抜く(もちろんちゃんと栓抜きも用意していた)。iPodにカラヤン指揮のベートーベン第九があったので再生。第九を真面目に聴くのはどれくらい振りだろうか。大晦日に第九だなんて恥ずかしいくらいベタだけど、やっぱり良いね。そして大阪の夜景を肴に、寒さにガチガチ震えながらワインをあおる。なんとも贅沢で充実した時間だ。

遥か遠くに連なる大阪中心部のビル群の輝きは確かに美しいが、夜景のひとつの醍醐味が深夜以降に訪れることを知る人は多くないだろう。零時を回ると、ネオンやイルミネーション、住宅の明かりなども徐々に消えてゆき、だんだん町がひっそりしてくる。そんな中でも一晩中消えることの無い明かりがある。おそらく航空用の注意灯だと思うのだが、ある一定の高さ以上の建築物には必ずある赤いランプ。夜景までもが眠りにつく夜の深い時間帯、それまで周囲のネオンにかき消されていたこの赤いランプがじわじわと存在感を現してくる。深夜2時3時にもなると、ビル群は赤いランプに縁取られた骨格見本のようだ。終末感の漂うとても寂しげな風景なのだけど、町全体がひっそりと息をひそめているような神秘性があってぼくは好きだ。

他にも好きなのは遠くを移動する乗り物の明かりを見ることかな。五月山からだと石橋駅と池田駅の間を走る阪急電車が見える。それから飛行機の明かりも良い。 空港が近い場所柄、時間帯によっては飛行機がたくさん見えるのだが、伊丹空港は住宅地の中にあり夜九時以降は発着できないので、この日は飛行機は見られなかった。普段は近所の刀根山の高所で、飛行機が列になって数分おきに空港に降りてくるのをぼんやりと眺めたりすることもある。天候しだいでは列が5機くらいまで見えることがあるし、離陸していく飛行機も、遥か上空を通過していく飛行機もあり、同時に8〜9機くらいの飛行機が空を飛び回っているのが見られる。上空を数多くの飛行機が行きかっているのを見るのは、ちょっと子供っぽいかもしれないけど、ただそれだけで何だかワクワクする感じがある。 

しかし真夜中にひとりで夜景を眺めに行くのは、自分から進んで孤独の中に身を置きに行くようなものなのに、そんな中でも、細々とした明かりや動くものに眼を引き付けられ、どこかしら慰められるような感じを受けるというのは、ひとりきりになりたいのになりきれないような、上手く割り切れない複雑な感情があるな。自分と町との距離感が快くも寂しくもある。とにかく、たまにこうやってひとり真夜中に散歩するのは、ぼくにとってはくしゃくしゃした気分をリセットすることができる大事なイベントだ。

第九を聴きおわるのとほぼ同時にワインも飲み干したが、一時間じっとしていたのでもう体がカチコチに凍え切ってしまった。夜景も十分堪能したので、また歩き始める。 

ちょっと坂を上れば大阪の街の明かりが見えるため、そのままストレートに池田箕面線沿いに進むのではなく、ちょこちょこと脇道に入って遠景を眺めたりしながら箕面へ向かう。ちょっと寄った坂の上の寺では護摩を焼いていた。フラフラと坂を上ったり降りたり、ピタッと立ち止まって遠くを眺めたり、見るからに怪しげな行動ではあるが、実際酔っ払いそのものなのだから仕様がない。いつの間にかポケットのスケットルも空になってしまった。そのうち零時を越えた。ああもう新年なんだな。途中あったコンビニで用を足し、なお歩き続ける。

箕面駅に到着。そのまま線路伝いに歩いて帰るつもりだったが、駅に明かりがついている。まだ電車が走っているらしい。ちらほらと山の方へ向かう人が見える。…ああそうか、初詣か。何処の寺に行くのかな? まさか勝尾寺ではあるまいが・・・。折角だからぼくもお参りしていこうか。人の波に加わり、滝へ続く道を登っていく。 

箕面の滝は、小学校の遠足や、家族でも何度も行ったことがある思い出深いところだ。田舎の温泉町みたいな感じで土産物屋が並ぶ駅前の風景は、ぼくの子供の頃からあまり変わっていない。当然ほとんどの店は閉まっているが、営業してるらしいところもあった。商魂逞しいな。もみじ天ぷらが好きなので初詣記念に買っていきたかったが、店番が見当たらないので、まずは人波にのって土産物街を抜け、山道へと入っていく。

山道といっても、道は舗装され街灯もついているわけだが、回りは黒々とした谷と鬱蒼とした森ばかりで、なかなか趣がある。人の流れがあるといったところで、前方と後方にそれぞれ1〜2組ずつ歩く人がいるくらいで閑散としたもんだ。駅から1キロくらい歩いたか、前を歩いていた人が脇の階段を登っていった。寺に着いたらしい。境内に入る前にiPodの電源を切り、ぼくも続いて階段を登っていく。

階段を登りきると、まもなく小さな寺が見えてきた。瀧安寺とある。境内に入ると意外なくらい人がいた。驚いたことに隅のほうに僅かではあるが雪が残っていた。大阪に雪が降ったのは10日くらい前だぞ・・・。 

賽銭を入れ鈴を鳴らす。チャリーン、ガラガラ、パンパン。いいねえ、こういうのは。これで終わりかと思ったら、まだ奥の方へと進んでいく人たちがいるので、後を追って更に裏のほうの階段を登っていくと、一回り大きな建物が見えてきた。こちらが本殿だったのか。すでに20〜30人が並んで参拝を待っている。左手にある建物では8人ほどの山伏が車座になって法螺貝を吹いている。一斉にユニゾンで「プォー」っていうのを繰り返す感じだ。右手の小さな小屋ではお神酒を配っている。ぼくも参拝を待つ列に加わるが、後ろからどんどん人がやってくる。若者からご年配の方までいろんな人がいる。何故かみんな喋るときは小声で、活気があるような無いような、深夜の初詣ならではの独特の雰囲気がある。

しばらく待ってから、再びチャリーン、ガラガラ、パンパン。お御籤を引いたら大吉だった。後で調べたところによると、瀧安寺は、日本でのお御籤発祥の寺らしい。ぼくは占いの類は一切信じないが、まあ気分は良いですな。お神酒をいただき(俺は飲んでばかりいるな)、境内の端の焚き火でしばらく暖を取る。 

初詣も済ませたのでこのまま帰っても良いところだが、久しぶりに箕面まで来たのに、滝を見ないのも何だかもったいない。ぼくにとって、昔から「箕面イコール滝」という図式が出来上がっちゃっているのだ。折角だから滝も見ようということで、帰路に着く人の流れに背を向けて、ひとり上り坂を進んでゆく。

さすがに瀧安寺から山側はピタッと人通りが絶えてしまった。静かだ。自分の息遣いの音だけが聞えるなか黙々と歩く。街灯のおかげで危ないことは何もないが、谷も山もただひたすら真っ黒で、街灯に照らされた白い道だけがうねうねと曲がりくねりながら続いている。滝へと登っていくのはぼく一人のようだったが、途中3回ほど自転車に乗った2〜3人のグループとすれ違った。あれはいったい何処から降りて来てたんだろう。勝尾寺の方かなあ。 

滝に到着。暗くてよく見えない。足元を白く照らす街灯の明かりも滝まではしっかりと届かない。先客でスポーツウェアを着た中年男性がおられたが、すぐにどこかに行ってしまわれた。年の初めに滝を見るというのは風狂でなかなか結構なことじゃないかと思っていたが、実際ここまで足を運ぶ人はほとんど居ないようで、ぼくだけたった一人取り残されてしまった。実にひっそりとして、滝の水音まで遠慮がちに鳴りを潜めているようだ。全てが白黒で墨絵のような世界。滝は己を隠そうとするように存在感を消してしまっていたが、静謐な空気は堪能できた。

ここでは長居せず、iPodの電源を入れ、音楽を聴きながら来た道を引き返す。あっという間に瀧安寺着いてしまった。風景の無い白い道をひたすら歩くだけなので時間の感覚が麻痺したのかもしれない。登りと違って、滝からここまで、ただのひとりもすれ違うことは無かったが、瀧安寺を過ぎると、ちらほらと人の姿が戻ってきた。 

もうそろそろ山を抜けようかというところで、何人かが立ち止まって上を指差している。見てみると、猿が3匹、旅館の塀の上に座っていた。すっかり忘れていたが、そういえば箕面といえば野生の猿でも有名なところであった。ぼくの子供の頃は、それこそ危険なくらいたくさんの猿がいたが(しかもタチが悪かった)、年々その数は減っていて、前に来たときも猿の姿は見なかった。まさかこんな深夜に猿に会えるなんて思わなかった。

山を抜けると、駅前の土産物屋街でも、電信柱の上に猿の親子がいるのを見つけた。こんな町の方にまで猿が降りてきてるんだ。頭上の親子猿は可愛かったが、もし滝の近辺でひとりでいるときに猿にからまれていたら怖かっただろうな。店番不在だった土産物屋には、やっぱり誰もいなかった。あれは開店してるわけじゃなかったのかなあ。そういえば明かりは点いてなかったかもしれない。 

箕面駅にはちょうど電車が止まっていた。乗り物は使わずひたすら歩くということにこだわりを持っているのでちょっと迷ったが、結局は電車に乗ることにした。深夜のありえない時間に電車に乗ってみるのも悪くないかなと思って。まあ言い訳だけど。しかし車内に入って驚いたことに、7割くらい座席は埋まっている。更に、石橋駅で宝塚線に乗り換えると、満席の上、立っている人もかなりいた。電車で初詣に行く人ってかなりいるんだな。清荒神あたりからの帰りかな?

とまあそんなこんなで無事帰宅。ただのありふれた散歩のつもりが、初詣も兼ねることになって得した気分。そのおかげでこうして散歩日記でもつけてみようかという気になったわけだが、こういう感じの散歩はわりとよくやってます。お御籤は大吉だったし、今年は良いことあればいいなと願いつつ、この稿を閉じる。 

(20060106)






by ようすけ