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余白日誌 (2008~) by Kohji YANAGI


1030日(金)

少し前にチェーホフの『ワ―ニャ叔父さん』(by東京ノーヴイ・レパートリーシアター)を観て、面白いけれどわからなかった、いや、わからなかったけれど面白かった。大昔、どこかの新劇の舞台で観たときはわからなくてつまらなかった記憶があるから、観客として少しは進歩したのかもしれない。それにしても何がわからないのかといえば、ワーニャをはじめとした人々の、生きていくことに対するさまざまな機微というか、筋が通っているのか縺れているのか、あるいはその両方なのか(筋が通った縺れ方とか?)、結局何なのよと言いたくなるところをぎりぎりのところで言わせないで、すうっと進行していくドラマの流れ方とか…。結局それは実人生のわからなさによく似ているように思えたのだった。
 ま47歳のワーニャ叔父さんは何故そこに、セレブリャコーフの田舎屋敷に居るのか、それがそもそもわからない。もっとほかの場所でもいいはずなのに、ワーニャはそこに居る。そういう47歳の男のわからなさを、43歳で亡くなったチェーホフは36歳の時に描いた。これもまたわからない。ほかにもいろいろ、いくらでもわからないことが次々湧いてくる、これは芝居なのであった。こちらが不注意な読者であり観客であることを差し引いても、『ワーニャ叔父さん』とはかなり稀有な「謎」生産機械的な芝居であるように思える(これまた大昔に哲学史の教科書で「所産的自然」と「能産的自然」という言葉を眼にした記憶がよみがえるが、あれはおよそどんな概念であったか?)。

 

923日(水)
所沢ビエンナーレ(西武鉄道所沢駅構内の旧車両工場で開催)で戸谷成雄の近作「雷神」を見た。巨大な水滴のような形象の細く長い「角」が、車両工場の天井を突き抜けんばかりに垂直にそそり立っている。高さ12メートルのその木彫は、あたかもはるかな天空から飛来したかのような圧倒的な印象で、周囲の気を祓う。静謐さとともにある運動の感覚は、「森」のシリーズなどからはあまり感受されなかったものだ。
 
表面と質量の同時存在。異なった位相で出来すべきふたつのテーマが、視る者の意識の中で衝突する。戸谷成雄の作品と対面するといつも、自分の立っている足元を確かめたくなる。

 

429日(水)
小谷野敦『東大駒場学派物語』(新書館 2009)は快著か、怪著か。何かと物議を呼びそうな本だが、もちろんそんなことは承知の上で書かれている。門外漢の下世話な覗き見趣味をほどよく満たしてくれるだけにとどまらす、深読みすればあれこれの問題提起も含んでいる好著だ(?)。この種の文化系人脈ものは、可能ならもっと読んでみたい。面白かった。

 

41日(水)

今さらではあるが、村上春樹『海辺のカフカ』(新潮社 2002)を読み始める。
 もう20年近くその著書を手に取ることのなかった村上春樹の小説(『海辺のカフカ』でなくともよかったのだが…)を久しぶりに(1988年の『ダンス・ダンス・ダンス』以来)読んでみようと思ったきっかけは、エルサレム文学賞授賞式での講演をめぐる『文藝春秋』のインタビューを瞥見したことである。自分はどうもこの作家のことを少し誤解していたのではないか、と感じたのだ。作品を誤読していたという意味ではない。これまでも、これからも、読者の権利として(村上作品に限らず)誤読は続ける予定である。
 で、確かめたかったことの中味なのだが、これはなかなか上手く言えそうにない。月並みだが、書くということについての作家の姿勢、とでもいえばいいのだろうか。ただ、「壁と卵」で語られていることを手がかりに解き明かせることがあるとしても、それはその一面に過ぎないようにも思う(件のインタビューでも、人前で話すことは不得手であると本人も述べていたが、あの講演も例外ではなかったことだろう)。要するに、講演をめぐる作家の語りに触れて、筆者の個人的な整理の仕方(「村上春樹」体験をどの引き出しに収納しておくか)にちょっと修整を加える気になった、ということなのだ。

 さて『海辺のカフカ』だが、何しろ「今さら」なので、一昔前の新潮文庫(近代文学の「名作」や戦後の欧米小説をそれなりに読ませていただきました)でも読んでいるつもりでページを繰っている。そしてどうやらその印象は、久しぶりに訪れた街に昔よく通った喫茶店が(バーが、と言ったほうが「気分」か)ほぼ昔のまま営業していて、思わず懐かしい気持ちに浸ってしまった、といったところに落ち着きそうだ。村上春樹小説の読者にはお馴染みのはずの、"理由もない悪意"や"邪悪なこと"も、もちろんこの小説の世界の主要な構成要素となっている。こうした要素は具体的・歴史的なことと時折関連付けらることがありはするものの、主に倫理的・観念の世界のことである、と従来は思いなしていた。ところが、今回この作品を読み進みながら感じつつあるのは、具体的・歴史的なことと地下茎で繋がっているそのあり様が意外な(と感じるのは怠惰な読者のみか)形をとってもいるように思えてきたことだ。「壁と卵」効果か。
 ひと月前に初期三部作に関して記した「思いつき」は思いつきとして、もちろん具体的・歴史的なことと小説世界が1対1で対応しているわけではない。当たり前のことである。仮にそのあたりを突き詰めていっても、村上春樹作品がグローバルに(!)評価されていることの理由をは多分まったく明らかにはならないだろう。しかしまぁ、サリンジャーが、アップダイクが、ナボコフが、ガルシア
=マルケスが(このリストはいくらでも続けられる)、世界中で読まれていることの意味を問う気にはあまりならない。





3
1日(日)

近代文学の明晰な研究者である鈴木貞美の小説『谺』(河出書房新社 1985)を初めて読んだ。この小説では、一人の死者をめぐる3人の男女の歳月が描かれる。作中の物語が進行しているのは、作品発表の時点から10年ほど遡った時代で、同じ頃発表された『スターバト・マーテル』『風のクロニクル』(桐山襲)などの読後感をふと思い出す。これらの小説や戯曲と村上春樹の初期の作品(3部作、『世界の終りと…』など)は、ある意味でネガポジ関係といえないか、という思いつきは気になる。


128日(水)

駅前に新しく開店した大型書店のフロアをうろついて、大変遅ればせながら片山杜秀(1963年生まれ 音楽評論家・思想史研究者)という書き手の存在を知った。今、『音盤考現学』(アルテス・パブリッシング 2008)という本を驚愕と、賛嘆と、共感と、反発と、畏怖と、その他あれこれの入り混じった気持ちで読み進みつつある。この人の、特に日本の現代音楽の聴き方が半端ではない、圧倒的だ。スーパー・オタクなのかといえば、まったくそんなものではなく、レベルが違う。
この本で言及される音盤と音楽のほとんどが、筆者のような門外漢は聴いたことのないものであり、今後も耳にする機会は滅多になさそうな類のものだ。それらについて語る彼の言葉は、ちょっと強引に思えたり、「それは牽強付会ってものでしょう」といいたくなる場面もたまにはあるけれど、とにかく音楽が切り開く世界の広がりを(その音楽を聴いたこともない読者に!)鮮やかに見せてくれるのはすごい。片山氏の開かれた言説はオタク的なものの対極にある。実にかっこいい言説のスタイル。続編『音盤博物誌』を繙くのが楽しみだ。




1月6日(火)

『埋れ木』に続いて『覺書』(1974 青土社 著作集23)を読む。吉田健一の文章についていつも思うことだが、「読む」というよりも「言語浴」、結構熱めの温泉に浸る感覚だ。
 ところで「何かしなければならないといふ考へが餘り昔からあつたのでそれが凡そもの心が付いてからといふ氣がしてならない」と書き始められた『覺書』第一章を読み進んで「この何かしなければならない考へでゐることが何か書くことである際に生じる事情がそれが日本では明治以後のことであるのと思ひ合せてその頃から今日に至るまでの日本語の状態と関係があるといふことである」との文章に出会うあたりで、先日読んだ水村美苗『日本語が亡びるとき』との共鳴を覚えた。このような文章の存在自体が日本語の豊饒の証左のひとつといえるだろう。




12
26日(金)

『橋本治と内田樹』(筑摩書房 2008)は3、4年前に出版社のPR企画として行われた対談である。橋本治と内田樹――なんとも魅力的で刺激的な組み合わせで、本書は読者の期待を裏切らない様々な知見に満ちている。だが、それらの多くは性質上、要約することのかなわぬものだ。例えば、1960年以前には江戸時代が続いていたというくだりの面白さは彼らの説明そのものの中にあるのであって、「1960年を境に江戸時代が消えた」と命題風に言い切ることはできない。
 ちょっと驚いたのは、内田樹が二歳年長の橋本治を「先生」と呼んでいることで、もちろんそこには微塵も皮肉な響きはなく掛け値なしの尊称としての「先生」なのだ。



1210日(水)

趣味はあるが思想はなく、好事はあるが体系はない、多芸ではあるがこの一筋がない、玩物喪志といいたいが、すでに失うべき志を持っていない、ディレッタントの一代表…そんな木村兼葭堂に特別な関心は持てない、と唐木順三が述べている文章を見つけた(『無用者の系譜』筑摩書房 1960)。文人の頽落形態とでもいわんばかりで、兼葭堂のサロンにユートピアを夢想した中村真一郎(『木村兼葭堂のサロン』新潮社 2000)とはまったく異なる位相に文人観のベクトルが向いていることに興味あり。あるいは中村的把握のほうが少数派なのだろうか。

 

 

125日(金)

初冬の青空に誘われた(?)のか、吉田健一の日本語に触れたくなって『埋れ木』(集英社 1974 著作集23)のページを開く。20数年前に同じ本で読んだ形跡があるが、もちろん何も覚えていない。愛犬「彦七」に捧げられているこの長編小説の任意の一節、例えば――「…田口もそのうちにビールを酒に変へた。もうそろそろ冬至だった。「ただ年を取つて行くのか」と唐松が言つた。「先づそんな所だらう」と田口が答へた。「それでいいんぢやないのかね。他にそのことの言ひやうがなければ。ただ年を取つて行くといふのが實は凡そ色んなことなんだ。」」といった風なヨシケン調に言いようもなく魅かれるのはこっちが年を取ったからか。この小説は全編この種の言葉で出来ている。当然のことながら、20数年前には一言半句も頭に留まらなかった。吉田健一の例の甥は今年68歳になるが、吉田健一はこの小説を61,2歳頃に書いて、65歳で世を去ったのだった。


1123日(日)

鷗外や漱石の文章を読むことができない学生が増えている、と話題になったのはいつ頃のことだったか。今や明治期の日本語が外国語に等しい日本人が、日本社会の中堅層の過半を占めている(のだろうか?)。かくいう自分自身も、漱石、鷗外、露伴くらいは辛うじて手に取って読む気にはなるものの、それ以前の近世文学やさらに遡って王朝文学となるとかなり覚束ない、というか読めない(高校の頃読んだ小西甚一の『古文研究法』という学習参考書は、今も読まれているのだろうか? いい本だった、ような気がするのだけど)。もちろん白文の漢文などは白旗掲げてお手上げだ。
 日本語の乱れやら何やらへの憂いは、いわゆる識者にとって定番的な話題のひとつだし、最近は声に出して読みたい日本語とかもちょっとしたブームだから、水村美苗の『日本語が亡びるとき』(筑摩書房 2008)が発行後1ヶ月で3刷になったのも驚くほどのことではないのかもしれない。とはいえ読み進むにつれてなんとなく暗澹たる気分にさせられたことも事実だ。もう手遅れなんじゃないか。筆者のように日本語も普遍語も拙い場合はどうすれば? 

 

1114日(金)

『柳宗悦 時代と思想』(中見真理 東京大学出版会 2003)を興味深く読み終えた。明治の子である柳宗悦を、無政府主義やギルド社会主義と関連づけながら思想史的に定位するという試みで、参照されるのはブレイクやトルストイはもちろんのこと、クロポトキン、石川三四郎、アーサー・ペンティ等など。鶴見俊輔(『柳宗悦』平凡社 1976)や水尾比呂志(『評伝 柳宗悦』筑摩書房 1992)による評伝の隣にこの本を置くと、柳宗悦の稀有な個性がより立体的に見えてくる。民藝運動の指導者であり教祖的存在である柳宗悦の、そうではない部分をこれほど丁寧に読み解いた仕事は、これまでにあったのだろうか。柳宗悦の思想が21世紀の今日も(いや、今だからこそ)、ヴィヴィッドな可能性を秘めていることに眼を開かれた。

 




1113日(木)

満月。百々徹(どどどおる)トリオ(百々徹p、安カ川大樹b、中村雄二郎ds)のライヴを聴いた(横浜・KAMOME)。4作目のCDDo You Like Cappuccino?」(DODO/MUZAK)発売にあわせての帰国ツアーの一夜である。演奏したのは彼のオリジナルとジャズ・スタンダードがほぼ半々。彼が書く曲、彼が弾くピアノはそのいずれもがクリアな輪郭で描かれた一枚の絵のように感じられる。
 ジャズ(と一応呼ばれる音楽)からアクチュアリティが失われて久しいが、それを当然の前提として演奏し享受する人々にとってのジャズとは少し違ったイメージが、百々徹の音楽にはあるように思う。「ジャズって、大体こんなものでしょ?」というスタンスで提出されたものではなく、「これもジャズだと思うんだけど、どうですか?」というのが百々の姿勢だ。いすれそう遠くない将来、百々徹は百号超の大作を描くことがあるかもしれない。




11
5日(水)

横浜・関内のエアジンでky(キィ)と、さがゆき(v)&石田幹雄()のジョイント・ライヴを楽しむ。Kyはパリ在住のサックス奏者・仲野麻紀とギター&ウード奏者のヤン・ピタールのユニットで、生演奏に接するのは去年の夏以来約1年ぶりだ。kyの音楽は、大雑把にいえばフリー・ジャズ系の即興音楽だが、エリック・サティや武満徹の楽曲をしばしば取り上げたり、ウードの他にもトルコ・クラリネット(金属製のスリムなクラリネット)のようなエスノ楽器も取り込んだもので、いわば多文化即興音楽である。こうした傾向自体は今やさほど目新しいものでもないのかもしれないが、初顔合わせのさがゆきと石田幹雄がさらに異文化・他文化的要素を持ち込んだことで化学反応が生じたのだろうか、大変面白いライヴだった。仲野麻紀が日本語訛りのフランス語(?)で歌う、古き佳き時代のシャンソン(おフランスのイメージ!)を装ったオリジナル曲はサルコジ政権の外国人排斥政策を皮肉ったもので、秀逸。座頭市のようにスポンテニアスな石田のピアノも印象的だった。
ところで、唐突だが、セロニアス・モンクとエリック・サティはよく似ている。その楽曲がどれほど自由に演奏されようとも、聴くものには(演奏するものにも?)作曲者の現前が強く感受されるという点で。演奏者に自由な解釈を許しながら、どこまで行ってもそこに作曲者の刻印が存在する。お釈迦様の掌の上の孫悟空みたいな感じ、というのは聴き手の勝手でお気楽な感想だが、これは決して不快なことではない。それどころか結構楽しい。

 

113日(月)
横浜・港の見える丘公園内の神奈川近代文学館で開催中の「堀田善衛展」を観た。この展観は二部に分かれていて、堀田善衛の生涯を写真や原稿、書籍などで辿る第一部と、スタジオ・ジブリが堀田善衛作品をアニメ化することを想定して作成したイラスト・ボード等の展示で構成された第二部からなる。貴重な史料が展示された一部も興味深いものがあったが、やはり二部のインパクトはちょっとしたものだった。ジブリ(宮崎駿)と堀田善衛という組み合わせの意外性(かな?)は、数年前に既成出版社で絶版になっていた堀田作品がスタジオ・ジブリから美しい本(表紙は宮崎啓介の精緻な小口木版)として再刊された際に経験済みだったけれど、架空のアニメ映画企画には圧倒された。堀田善衛という優れた作家が、いつの間にか、さりげなく忘れ去られようとしている現実は様々な感慨を誘うものではある。その一方で、トトロやポニョに夢中になれる子供たちに、彼らの親の世代に代わってジブリが堀田善衛の名前を伝えようとしていることは大いに多とすべきことだと思う。文学者をテーマにした展覧会としては画期的なものなのではないか、と僕などには思えたのだが、この展観には集英社と筑摩書房が後援者に名を連ねていた。

 

1030()

カート・ヴォネガットの2冊目の死後邦訳本『追憶のハルマゲドン』(早川書房 2008)にひときわ暗い印象が伴うのは、やはり彼の唐突な死(自宅の階段で転倒して頭部を強打したため、という)に読みながら思いが及ぶからだろうか。『国のない男』(NHK出版 2007 金原瑞人訳←金原ひとみのお父さん?)の後に本書を読むと、ヴォネガットの作品に関しては、浅倉久志訳の日本語の呼吸にいつの間にか馴化されていることに気づく。それにしても、ドレスデンをはじめとした近代的絨緞爆撃(?!)の完成者であるルメイ将軍に大きな勲章を授けた国は、世界中に何カ国あるのか、ちょっと興味あり。まさかドイツの勲章は?!



924日(水)
NHK総合テレビの「SONGS」という30分のシリーズ番組を見る。今回の主役は沢田研二。還暦を迎えて全国ツアーを行い、最後は12月の武道館とのこと。タイガース時代、ソロ時代の代表曲を歌い、ゲストの岸部一徳、森本太郎、加瀬邦彦と語らう。
 還暦ジュリーの歌は悪くないと思ったが、その挙措動作(彼の克己心には大いに敬意を表したいのではあるが)には老いの色が濃く漂っているように見えた。沢田個人に、自らの老いを隠そうという気持ちがあるかどうかは別にして(あまりなさそうな気がするが)、気になったのは次のようなことだ。それは、沢田研二という「青春のアイドル」が年を重ねていくことが、単線の価値観しか具現していないように見えるということだ。これはあくまでも結果としてであって、沢田個人の問題ではない。耳タコの言い草になってしまうのだが、日本の社会は(文化は、と言うべきかもしれない)年のとり方がおそろしくヘタクソになってしまった。いったいいつ頃からなのかといえば、まさに沢田研二全盛期の頃からではないだろうか。


916日(火)
藤井郷子と田村夏樹が主宰するLIBRAレコードから一挙に3枚の新作が出た。『ヒートウェーブ/藤井郷子mado』(LIBRA Records 204021)、『チュン/田村夏樹、藤井郷子』(102022)、『サマー・スイート/藤井郷子オーケストラニューヨーク』(215023)の3枚で、いずれも藤井・田村の二人が関わる。彼らの多岐にわたる演奏活動のすべてが高い完成度と凝縮度を示していることは知る人ぞ知るところだし、それがまた最近ひときわ高いテンションで推移していることはまさに驚異の一語に尽きるというもので、これもまた知る人ぞ知るところだ。今回の3枚もいずれ劣らぬ面白い作品(紙ジャケのデザインも秀逸)。特にmadoと名づけられたカルテットは藤井・田村プラス是安則克のウッド・ベース、堀越彰のドラムという新しいプロジェクトで、とても興味深く刺激的な演奏が詰まったアルバムだ。近年は藤井の中の演奏家的な要素が表面に浮かび上がることが増えて、逆に田村のコンポーザーとしての地平が広く開けつつある、というのは僕の感想なのだが、このアルバムや『チュン』等を聞くとさらにその感を強くする。しかし、今は彼らの新作の中味に深く立ち入ることは控えよう。
 問題は「知る人ぞ知る」にある。藤井・田村の二人が活動の拠点をNYから東京に移して早11年。決して短い時間ではない。この間にリリースしたCD50タイトル以上。自主レーベルばかりではない、国内・海外(欧米)の有名レーベルからのリリースもある。にもかかわらずというべきか、「知る人ぞ知る」歴も10年以上になる。もちろん彼らの表現は一般大衆的レベルに受け入れられるような種類のものではない。だがそれにしても「知る人ぞ知る」が徹底しすぎているように思われる、特にこの日本国において。彼らの表現そのものだけでなく、それに関わる言説もあまり流通しない。例えば、知名度の高い某メディアで行われる「○○ジャズ賞」の類の批評家投票では、彼らは毎年かなり高いポイントを獲得する。だがそれだけ。一般的にはほとんど知られていない彼らが、批評家(つまり「知る人」でもある)によって超有名ジャズ・ミュージシャンたちと同等かそれ以上に評価されるのは何故か、語られる機会はほとんどない。つまらないハナシではあるのだが、ここから派生するあれこれの問題は結構幅広そうで、ちょっと苦い(彼らにとって、ではない。念のため)。


825日(月)
そういえば、と思いついて吉田健一『交遊録』(著作集第22巻)を開くと横光利一の章があった。その真ん中近くに「日本の小説家で最初に近代に正確に自分の現實を認めたのは荷風でもなければ芥川龍之介でもなくて横光さんだった」という文章が見つかった。近代、か。横光利一や河上徹太郎(多分。例えば、だけれど)が読まれないのも、平成の今日が「近代以後」ゆえ、なのだろうか。



823日(土)
横光利一『旅愁』を読む。講談社文芸文庫で上下2巻、約1000ページを通読するのに半年以上かかったことには別に仔細はない。毎晩寝床でページを繰っていて、数ページも読み進まないうちに意識朦朧となる日々が延々と続いたということである。とはいえ、中途で放棄しないで最後まで(といっても、作者の死によって未完に終わっているのだが)読み通したのは、この小説に気がかりな何かがあったからだ。そもそも何故この小説を手に取る気になったのか、読み終えた今の時点で思い出せないのはちょっと情けない。「そういえば、横光利一ってきちんと読んだことなかったな」ぐらいのノリだったのかといえば、そんな気もするし、それだけでもなかったような気もする(何しろ文庫本2冊で3000円超の出費!)。
 かつて大変な名声を博し、知的な読者層からも絶大な関心を寄せられていながら(加藤周一『羊の歌』に、一高で講演した横光を講演後の座談の席で一高生たちが暴力的なまでに論難するエピソードが出てくる)、今日ほとんど忘れ去られている作家、この落差への興味は大きかったが、それだけで1000ページ付き合ったわけではない。だが、とにかく読み終えるのに時間をかけすぎたためか、その小説的魅力(それは確かにあると感じた)がどうも捕らえどこらがない。加えて、「小説の神様」と称された60年前と、それが見事なまでに黙殺される今との間の隔たりをどんな性質のものと考えるか、今は見当もつかない。
 なんだか横光利一のいくつもの作品が巨大な問題の塊のように思われ始めた。


819日(火)
10年前のヒットCDBeyond the Misouri Sky」(Verve)を久しぶりに聴く。なんとなく炎暑が和らぐような気がして同じくチャーリー・ヘイデンのユルユル音楽を続ける(「American Dream,Land of the Sun」など)うちに、近頃この手の音楽が増えてきたような気がしてきた。グローカリズム(グローバリズム+ローカリズム÷2、だそうな)ってのも、ちょっとこんな感じか。表面的には「癒し」っぽいが、意外な隠し味もあるような、ないような。「Beyond the Misouri Sky」のもう一人の主役、パット・メセニーや、少しテイストは違うけれどビル・フリーセル、田村夏樹のガトー・リブレなんかもなんとなくグローカル(誤用かも)。戦わないけれど、協調もしない。否定を留保した暫定的な肯定、みたいな。なんだかよくわかりませんね。


722日(火)
思春期後期あたりで世界に対する態度決定を迫られることがあったかどうか、これがちょっと気にかかる。「世界に相渉るとは何の謂ぞ」といった類の、考えてみればぶしつけで、まともに答えようもない問いかけをいきなり仕掛けられるなどといったことは、最近は滅多にないのではないか、と思えるのである。何の根拠も裏付けもないけれど感覚的に言ってしまえば、東京オリンピック以後生まれの日本人男女、つまりバブル世代以後の世代(もう中年だ!)にとっては、なのだけれど。どうなのだろう?
 評判の『傷だらけの天使』(矢作俊彦 講談社 2008)を楽しく読んでいて、そんなことを思った。往年のアンファン・テリブルによる『ららら科學の子』(文藝春秋 2003)『ロング・グッドバイ』(角川書店 2004)などの物語の世界に遊んでいると、オリンピックといえば北京ではなく東京を指すのが当たり前の世代は、ほろ苦さも含むさまざまな思いに誘われる。ただ、今回のこの作品が矢作俊彦の最高傑作、と言い切った某書評子には同意できない。同タイトルのTVドラマ・シリーズを見ていなかった読者にも、萩原健一や水谷豊、岸田今日子のイメージを彷彿とさせてしまうところは、小説的にはなんとなくまずいような気がするからだ。


7月8日(火)
四方田犬彦がことに日本映画を論じる時には、しばしば彼自身の個人史のエピソードが参照されることがあって、面白い。そこには映画が、アーカイヴやデータベースではなく生々しい出来事として、想起される感覚があるからだ(これはいうまでもなくセンチメンタリズムやノスタルジーとは縁遠い感覚だ)。『若松孝二 反権力の肖像』(平沢剛との共編 作品社 2007)に収められた論考や、『日本映画と戦後の神話』(岩波書店 2007)に目を通して、そんなことを感じた。これらの著作が映画学や映画史の文脈でどう評価されるものなのかは知らないが、ここにある映画をめぐる言説は、映画の内部にとどまらない知見や考察を多く含み、ある意味であまり行儀のいいものではないところも刺激的なのだ。四方田の文章はオススメ・レビュー的映画評論の対極にありながら、とにかくそこでとりあげられ論じられる映画を自分も一度見てみたいという気持ちを喚起する不思議な力がある(少なくとも僕にとっては)。


76日(日)
田之倉稔『林達夫・回想のイタリア旅行』(イタリア書房 2008)は、1971年に齢70歳を過ぎて初めてイタリアを旅行した林達夫をアテンドした著者の回想記で、雑誌「イタリア図書」に20年来掲載された文章を中心にまとめられたもの。今となってはその人自体がリヴレスクな存在である林達夫の生身の表情に触れられる楽しさもさることながら、著者があとがきで軽い嘆息交じりで記す「今昔の感にたえない」感覚がこの本をさらに魅力的で挑発的な読み物にしているのではないだろうか。「いまやヨーロッパのどこにでも、いつでも行くことができ」て、「食でも、服でも、すべてが『同時代文化』として」「日本に流入し」ワインやチーズが「デパ地下」にあふれる…(「おわりに」)。先日もある新聞の日曜版に「週末弾丸ツアーでどこまで行けるか」という趣旨の読み物記事が載っていた。なんでも金曜の夜成田を発ってパリへ、さらにサン・ミシェルまで行って月曜の朝一番の便で成田着&会社直行が可能なのだそうだ。イタリアでも週末にしかるべき場所まで行って週明けには日本に帰ってくることができる、という。こういった「旅行」にどれほどの意味があるのかよくわからないが、それを実践している30台くらいの「旅行者」のコメントもいくつか紹介されていた。その内容は失念。
 旅行記の後に付されたドン・ファンをめぐる(林達夫の考察をめぐる)考察(!)は、一読して得した感じのオマケ。林達夫へのよき“チチェローネ“だ。


528日(水)
97年に晶文社から刊行されたときには手に取らなかった鶴見俊輔の『期待と回想』が文庫化されたので(朝日文庫)購入。主要な著作に即して語り下ろしたもので、鶴見俊輔入門本といいたいところだが、案外鶴見俊輔卒業試験本かもしれない。巻末の年譜は、97年以降文庫版刊行年までの補完をしてほしかったところ。  


5月26日(月)
蓜島庸二個展『グーテンベルクの塩竈焼き~8月の雪』を見る(六本木・ストライプハウスギャラリー)。百科事典等の書物を、食塩と卵白と片栗粉を練り合わせたペーストで包んだ後に焼き上げた(塩竃焼きはもともと料理法の一つ)“炭書”が20数冊、蜜蝋の皿に載せられて並んでいるさまは、挑発的で過激な企てであるにもかかわらず(いや、それ故に、か)冷ややかで静謐な印象だった。無名の庶民が造形した文字の形態を自らのカメラで丹念に追った『町まちの文字』(芳賀書店 1973)という著書で出会った批評的な精神・蓜島庸二がもともと美術家であることは後に読んだ瀧口修造の文章で知った。高度成長期の日本全国の町まちの片隅で忘れ去られそうになっている看板や暖簾、幟などに書かれた文字は、もちろん決して声高に何かを主張するようなものではないのだが、一方それら町まちの文字を蒐集する蓜島の視線ほど懐古趣味から遠いものもなかった。この乾いた眼差しは今回の作品群にも通じるもので、塩竃焼きの炭書(そこには『町まちの文字』等の自著も含まれる)はどうやら陳腐な鎮魂の作法ではなさそうな気配だった。 

5月2日(金) 
『評伝 菊田一夫』(小幡欣治 岩波書店 2008年)を読む。今、何故菊田一夫なのかはさておき、この本を手に取ったのは、最近偶々川口松太郎の著作を古書で何冊か(『しぐれ茶屋おりく』、『信吉人情ばなし』等)読んで楽しい時間を過ごしたことが伏線になっていた。第一回直木賞を受賞した往年の人気作家の著作は今や手軽に読むことはかなわず、『鐘の鳴る丘』や『君の名は』で一世を風靡した菊田一夫の仕事もまた“忘却”されつつある(『放浪記』でも、まず思い起こされるのは菊田の名前ではなく森光子ではないだろうか)。「昭和」という言葉を冠したレトロ・イメージが各所で目につくけれど、その手触りはすでにかなり曖昧になっている。 


424日(木)
『空飛ぶモンティ・パイソン“日本語吹き替え復活”DVD BOX』(ソニー・ピクチャーズエンタテインメント)をアマゾンで購入。1999年のVHS全14巻、翌年のDVD全7巻以来3度目の買い替え。やれやれ。しかし初放映時(1976年)の「チャンネル泥棒 快感ギャグ番組!」(DVD監修者のひとり、田口重雄も述べているように、あの番組の視聴者数は意外に多かったのでは?)追体験の誘惑には抗しきれず…。
 東京12チャンネルのあの番組については知りたいこと、確かめたいことがいろいろある。例えば…。東京デビュー直後のタモリ(アイパッチ時代の)のコーナーがあったように記憶しているが、自信はない。モンティ・パイソンのコーナーでは今野雄二がホスト役で、他に何人かの男女(二瓶正也、前田美波里?)が、パイソンのコントについてあらずもがなのコメントというか感想(?)を述べたりしていたように思うけれど、これも記憶は定かではない。何よりも制作側のあれこれ(どんな人々が関っていたのか、とか)について、興味は尽きない。
 そういえば同じ頃、やはり東京12チャンネルで放映していた(と思う)過激な(と思う)コメディ「ソープ」も吹き替えで再見できないだろうか。   

420日(日) 
 さそうあきらの傑作『マエストロ』(全3巻 双葉社 08)の完結編を再読。掲載誌(漫画アクション)の刊行形態や編集方針が大きく変わったりしたためか完結までに思わぬ時間がかかったけれど、待った甲斐があった。最終巻に収められたクライマックス部分はスムーズに発表されたものらしく、絵の流れもいい感じだ。さそうあきらの漫画は、『神童』にしても『マエストロ』にしても(さらに、音楽以外のテーマの作品も)、ただ美しいだけのお話ではなく、人間の成すことの卑小、悲惨、残酷な面も描かれていて、ゆえに一層音楽への讃仰の思いも深く伝わる。思わずフルトヴェングラーの「運命」や「未完成」などを引っ張り出し、吉田秀和の『世界の指揮者』のページを繰る(単純かつ素直な反応!)。『世界の指揮者』ちくま文庫版(2008)には旧著の倍近い量の増補があり、嬉。カバー袖の著者紹介に、生年や経歴、受賞暦が並べられた後に「著書多数」とのみあるのがちょっと可笑しい。  

 

418日(金)
曇天。風強し。先日から『文学鶴亀』(国書刊行会 2008年)を読んでいる。面白い。ためになる。
 面白い、というのは著者の話術の巧みさによる。ほとんど苔生していて思わず辞書を引きたくなるような古風な言い回しから、賢そうなイマドキ女子のポップな口調まで自在に使いこなす。著者は「朗読」にことのはか興味があるらしいし、辞書に関する著書も何冊かある。「言葉」が好きなのだろう、きっと。こういう本に触れると、こちらの言葉も少し豊かになるような気がする、というのがためになる点その一。しかしなんといってもこの本は実に多くの新知識を授けてくれるのが、ためになる。書かれていること、記されている書名、言及される人名には、初めてお目にかかるものがたくさんある。
 さて武藤康史その人の名前を初めて目にしたのは「週刊文春」連載の「批評の細道」で。都立高校のことを書いた文章だった。少し後になって新潮社「吉田健一集成」の解題などでも武藤康史の名前に出会った。吉田健一からジャズまできちんとやっていて、ずいぶん守備範囲の広い人だなぁ、と感心したが、これは音楽評論家の村井康司と混同していたのだった(「む」音と「康」字が重なるだけじゃ! ←という言い回しからの連想で思い出したが、当時お二方の名前は安原顕周辺で時々見かけることがあった)。ともあれ武藤康史は気になる書き手として記憶の片隅にとどまりつつも、なかなかその書き物に触れることがなかった(それは、こちらが怠慢で、諸雑誌その他をごく気まぐれにしか手にとらないから、ではあるのだが)。しかし今回まとまった形で読んでみて明らかなのは、これらの文章は、メディアから注文があったからといってぽんぽん書き飛ばせるようなものではなく、さまざまな調査・検証など念入りな準備を経て書き上げられたものであるということだ。それでいてちっとも重くも硬くもなく、それどころか軽やかでユーモラスですらある。したがって、面白くてためになる。里見弴に由来する『文学鶴亀』なる書名もいい。こういった稀有の文章家(といってもいいだろう、今日の日本では)が育まれた土壌であるらしい往年の都立高校のような知的環境は、今も日本のどこかで健在なのだろうか?
 それにしても国書刊行会のことは、いつもながら気になる(そしていつも、気になるところで終わる)。不思議な社名、不思議な会社所在地、不思議なセンス…、の出版社だ。