16.ロバート・キャパがインドシナで地雷を踏んで亡くなる直前に、『カメラ毎日』の創刊企画で日本に来ていたことを、先日仕入れた本のページをパラパラめくっていて初めて知りました。彼の日本での言動には大変興味深いものがありますが、彼が日本で撮った大量の写真の中に東京駅のホームにしゃがみこんでおしゃべりしている二人の中年女性の写真があって、これにキャパは「どこに行ってもこんなポーズはよく見うけたが、これは日本の婦人の特異なポーズだ」とのコメントを付していました。これって、この十年来コンビニ店頭などでよく目にするポーズですよね。日本(の婦)人の特異なポーズであったか・・・、うーむ。そういえば暴走族(死語?)の皆さんもよくこのポーズをキメていたっけ。
 MAMA!MILKというアコーディオンとベースのデュオ(関西ベースのミュージシャンらしい)のCDを聴いていて、以上のようなことを、ふと思ったのでした。 MAMA!MILKの無国籍音楽も、聴く人が聴けば強烈な日本の刻印があるのかな、とかね。


15.久しぶりに「上京」して、最近評判の新宿駅地下のカフェ・ベルクで生ビールを一杯。余白やも何度か立ち寄ったことがあるベルクですが、あの本(『新宿駅最後の小さなお店ベルク』井野朋也)を読むまで実はあまり意識したことはなくて、「駅地下の気楽な店なのにいろいろ充実していておいしい」程度の認識で、店の名前すら知りませんでした。しかし、ちょっと考えてみるとこれは相当すごいことですね。なんだか奇蹟のような店です。
 四谷三丁目での待ち合わせ時刻までずいぶん時間があったので、新宿通りを歩いてみました。で、いまさらながらに実感したことは、東京の街はいつも工事中ということです。新しい地下鉄ができるのか、再開発なのか知らないけれど、東京の街角に立つと、とにかく視界のどこかに工事現場が入ってきます。常に普請中。落ち着かないことはなはだしい、とみんな思わないのだろうか。何かをつくり上げ、完成させることではなく、いつもその途中であり、何かの過程であることが目的なんですかね。一応これで出来上がりということにして、ちょっと立ち止まってみないと成熟ってーものもないのじゃないか、ってなことを歩きながら(!)考えていると、あっという間に四谷に着きました。約束の時刻までまだたっぷり時間があったので、久しぶりに「いーぐる」へ。この店の雰囲気、30年来変わらないのでは? 成熟の兆しあり、か!? でも、何が??   

14.風景写真といえば(と、またまた写真のこと)、大迫力の風景写真集『森羅』には圧倒されました。中国大陸の砂漠から雲南省の目路はるかに広がる棚田、菜の花まで、ずしりと重いワイド版の写真集のページを繰っていくうちに、この写真集のサブタイトル(Trip to the Universe)そのままの想いに満たされます。そしてもうひとつの驚きは、この写真集が今年80歳(!)の写真家・篠原弘明氏のデビュー写真集であるということ。フォスター電機の創業者である篠原氏は70歳を過ぎてから本格的に写真を撮り始めたのだそうです。10年間に27回も中国に撮影旅行に赴いた結果の集大成がこの写真集『森羅』とのこと。ここまで彼を衝き動かしたエネルギーは何だろう、と解けそうにない問いが画面から立ち上ってきます。『森羅』は当店で閲覧できます(またも、ちょっと宣伝)。


13.写真の話が続きますが(といっても、実は前項を書いたのはもう2ヶ月以上前のこと)、先日鎌倉の小さなギャラリーで写真家・松井洋子さんの新作展を見ました。2年ほど前、鎌倉の町を歩いていてふと目にとまった浜辺の写真が妙に気になって、ビルの3階のギャラリーの扉を開いたのが松井さんの写真との出会いでした。画材屋に併設されたその小さなギャラリーには10点に満たない作品が展示されていて、そこに映っているのは明るい海の風景なのですが、どうやら湘南の海ではない。作家の経歴が記されたボードを読むと、なんと松井さんは植田正治氏のお弟子さんではありませんか! 余白やは植田正治氏の写真に魅かれて、植田正治写真美術館のワークショップ(あの植田正治氏が指導してくれるという!)に参加したことがあるのですが、松井さんはその植田美術館の研究員を経て植田写真事務所にも所属していた人らしいのです。写真の海は美術館からほど遠からぬ山陰の浜辺(琴ガ浜)なのでした。以来、年に一度くらいのペースで開かれる個展(son et lumiereというタイトルのシリーズ展)を見たのは今回で3度目。去年は屋久島、今年は久高島(沖縄)の風景がモチーフでしたが、それを「風景写真」と呼んでいいものかどうか。なんだか風景がよそ見しているところを「あ、それいいね」という感じでシャッターを切ったような・・・、うまくいえませんねぇ。そもそも風景なのに、写真なのにson et lumiere(=音と光)ですから一筋縄ではいかない、というか。


12..
写真を見ることの訓練は何も受けてないのだけれど、それでも偶に何かを感じる写真に出会うこともあって、そんなときには前節に記したような素朴な疑問が浮かんできたりする。鵠沼在住の写真家川廷昌弘さんの写真は、それを見る者から「そういえば・・・」といった感じでコトバを引き出してくれるところがあります。生まれ育った芦屋や、鵠沼の空間と時間の中をカメラを手に歩きながら、実は川廷さんはいわゆる「被写体」を探し求めていたのではなかったからかも、とか。今日この頃ほどシャッターが安易かつ大量に切られたことは歴史上なかったわけで、だからこそ際立ってくる写真家の姿勢もあるはずで、とか。ま、勝手な感想ですが。いい感じの映画を見た後にも似た印象を受ける写真集『一年後の桜』と『白杭の季節』は当店で閲覧できます(ちょっと宣伝)。


11.
「写真」というコトバはいつごろ(幕末?)誰が作ったのだろう。文字通りに読めば「本当のものを写す」てなことになるのだろうが、今や誰も写真がレンズの先の現実と等号で結ばれているなんて思ってない、はずなんだけどどうなんだろう? photographie(そもそも写真は発明されたときからそう呼ばれたんだっけ?)は「光で書く」とも読めるのに、どうして日本語は写真というなんとなく消極的な(?)コトバになったんだろう、ということがなんだか気になったわけです。そういえば『光画』という雑誌がありましたね。



10.
前々節を書いてから、暫くぶりにマリア・マルダーを聴いてみたら、あまり似ていませんでした、浜田真理子の声と。では、なぜ浜田真理子の歌からマリア・マルダーを連想したのか? 多分、声の質ではなくて、自分の声との付き合い方が似ているように感じたからでしょうか。声を引き寄せたり、突き放したりする、そのやり方が、かな?、



.『ファクトリー・ガール』を見ました。率直に言って、さほど感心はしなかった。残念。ならば何も書かなくてもいいようなものだけれど、この余談コーナーでは何度かイーディについて記したので、少しだけ余白やのいわずもがなの感想を。
 結局『ファクトリー・ガール』は、60年代のポップ・カルチャー黎明期(面白い!、刺激的!、かっこいい!、興味深い!)の表面を軽くなぞってみました、ということなのかな。いうまでもなく、映画はそっくりショー(古いね!)ではないし、ヴィンテージものの衣装を使うことがリアリティを保証するものでもないわけで。作り手側の「何故?」が伝わってこなかったのが、この映画最大の不満な点でありました。あ、まだ『イーディ』読んでないな。
 ところで先日、1956年から1959年ごろの『カメラ毎日』約40冊のページを繰る機会があって、これがなかなか面白かった。珍しい写真のあれこれや、「えっ!」と思うような人の作品が掲載されていたりといろいろ楽しみましたが、とりわけ飽きないのがアマチュア写真家の投稿作品。それらの写真の何が面白いのかといえば、カメラマンが写そうとしたものにもまして、実にさまざまなものが、そこに映ってしまうことです。素人以上プロ未満の投稿写真家たちが期せずしてレンズで切り取って見せてくれたのは、あの時代の姿そのものであり、リアルな空気感なのでした。



.その後、浜田真理子のCDを聴いていて、彼女の声は若い頃の(「真夜中のオアシス」の頃の)マリア・マルダーにも似ていることに気づいた。



7.浜田真理子がファースト・アルバム『mariko』発表10周年の節目に『mariko』全曲を再演する、というライヴに行きました(08年4月15日 渋谷 CLUB QUATTRO)。
 世の中の事情に疎い余白やが浜田真理子の存在を知ったのは、ご他聞に漏れず再発された『mariko』を聴いた時だから2001年の秋ごろのこと。CDショップの店内演奏で聴いた時は、これまたご他聞に漏れず「何これ、誰?」と驚いて、即レジに向かいました。まだ彼女に関する情報が少なかったので、往年のローラ・ニーロやジャニス・イアンを思わせるところもある英語詞のオリジナル曲を聴きながら「この人は帰国子女か何かかな」、などと想像をたくましくしていたところ、なんと松江在住のOLさんと知って2度びっくり。以来、東京で行われる数少ないライヴに行ったり、友人知人に浜田真理子ってすごいぞと吹聴したりしたものですが、この数年ライヴから足が遠のいていました。理由は、特にありませんが。まぁテレビでとりあげられたりしてけっこうメジャーになって「自分だけが知っている」感が薄れた、というくだらない心理も作用していたわけです。
 で、久しぶりのライヴですが、良かった。見事。特大のダイヤモンド原石が、小賢しいカットなど施されないで、いつの間にかさらに見事に結晶している、てな印象でした。会場の客層が幅広いこと、カップル客はあまり目に付かなかった(当然、か?!)ことも興味深かったっス。きっと10年後もまた聴きに来ることだろう、というか聴いてみたい、と思いつつセンター街の非現実的な(そう感じたのは、浜田真理子の音楽に圧倒的なリアリティがあったから、か?)雑踏を縫って、渋谷駅に向かいました。



6.アンビエント・ミュージックという言葉は最近あまり耳にしなくなりましたが、先日知人の歯医者さんに歯科の待合室に流す音楽CDで何かおススメはないか、と尋ねられました。うーむ。歯医者さんの待合室、か。治療への不安(痛くないかなぁ、とか)、身体的な不快(ズキズキ疼く、とか)、煩わしさ(待っている時間は長い。しかも楽しいことを待っているわけではない、とか)等等、どちらかというとマイナスのオーラがよどんでいることの多そうな環境・・・。何枚かのCDを聴いた後、その歯医者さんが選んだのは高島正明のソロ・ピアノ作品集とスペインの若手のリコーダーとファゴットとチェロ奏者がバルセロナの古い教会でバロック音楽を演奏したアルバム。どちらも遠い昔、遠い場所に思いを誘うような音楽でした。
 もう一人歯医者さんの知人がいて、その人のクリニックではなんとフランク・ザッパが!! 確かに 『アンクル・ミート』のジャケットはじめ、ザッパやマザーズのジャケットには「歯」のモチーフはよく出てくるから、ザッパは案外歯科医院向きかも。しかし歯並びは悪そうだ(雑歯!?)。ところで、前者の歯医者さんは余白やの歯の主治医さんですが、後者の歯医者さんとは一緒に飲むことはあるものの、治療してもらったことは今のところなし。もちろん他意はありません、余白やもザッパ好きだし・・・。



5.毎年、お花見の前後から梅雨入り前あたりにかけてボサノバとかウエスト・コースト・ジャズをBGM的に流すことが多くなるけれど(そして、気まぐれにポルトガル語を習い覚えようなどと思い立ったりするけれど)、そろそろ飽きてきてもいい頃かも。月並みには月並みの良さがあることも少しはわかっているつもりでも、やはり退屈。骨董や美術の世界でたくさんの人の目に触れた名品(を見せられることのつまらなさ?)を評して「目アカがついている」という表現があるようですが、そんな感じでしょうか。
 では春爛漫の今日この頃、何を聴いているのかというと、ポール・ブレイのソロ・ピアノ。ゆるゆるとした即興が、ぼんやり生暖かい春の午後のとりとめない空気に、付かず離れず寄り添う感じが心地よいのです。ポール・ブレイの音楽は、部屋の中にぽっかり浮かんでいる球体の水のように感じられることもあって、その水球の直径は150センチくらい。透明なのだけどあまり冷たくない水、そこからポタリポタリと雫が落ちるようにピアノの音がやってくる、そんな感じでしょうか。



.はずかしながらまったく知らなかったのだけど、『ファクトリー・ガール』という映画が近々公開されるのですね(4月19日)。主役はイーディ、ウォーホル、そしてディラン。前節に記したようなことはいわば周知のことのようで。筑摩版の『イーディ』も映画公開にあわせて再版されるらしいので、今度こそ読み通してみよう。



3.さて、筑摩版『イーディ』はまだ“発掘”できないけれど、青山南著『人生はクレイジー・サラダ』(筑摩書房 1985年)に収録されていたイーディ小論を掘り出しました。イーディはボストン(!)の名門セジウィック家の一族なのですね(ただし事情あって、カリフォルニア生まれ)。そして『ブロンド・オン・ブロンド』の頃のボブ・ディランと交流があったということも。前々節に書いたストーリーヴィル・コンピのカヴァー写真の撮影者が『ブロンド・オン・ブロンド』と同じカメラマンだったことの謎(ってこともないか)も氷解。もしかすると、『ブロンド・オン・ブロンド』の録音中のスタジオとか、フォト・セッションの際に一緒に撮られた写真かも。ところで、『ブロンド・オン・ブロンド』とは、イーディ(素晴らしいブロンド!)その人のことだ、というのはディラン・ファンにとっては常識に属することなのでしょうか? 大昔に読んだディランの伝記(これも行方不明中)にはそんなことは書いてなかったように思うけれど。 



2.60年代といえば、summer of loveの頃から数年の間に世に出たロック・ミュージックを「クラシック・ロック」と呼ぶのだそうですね。これは某アメリカ文学研究者から得た知識。彼は、アメリカ滞在中は、いつもレンタカーのラジオをクラシック・ロック専門のFM局に合わせているのだとか。50年代はモダン・ジャズで、60年代はクラシック・ロックというのも面白い。案外ジャズよりロックのほうが規範性が強かったりして。実際のところ、この数日聴き返している60年代ロックの名盤のあれこれ(ジェファーソン・エアプレインとかバーズ、クイックシルヴァー・メッセンジャーサービス、エリック・バードンとアニマルズ、スライ&ファミリーストーン等々)には、ノスタルジーはかきたてられても、何かを挑発されることは少ないみたいです。まぁこれも好みの問題でしょうか?



1.寺島靖国氏の選曲でStoryville Recordsのコンピレーション第二弾『BOSTON JAZZ BAR』が発売されましたが、デジパックのカバー写真はあの”イーディ”。様々な個性が集ったアンディ・ウォーホルの周辺で忘れがたい光芒を放ったポップ・アイコンです。ウォーホルやイーディならニューヨークだろう、なんて突っ込みは入れないことにしましょう。あの頃のボストンのバーに、こんなポップでキャンプな女の子がいたら、と想像してみるのはちょと楽しいことだし、そんなことが本当にあったとしても不思議ではないような、そんな懐の深さがボストンにはあるような気もする。まぁ、何も根拠はありませんが。 Storyville Recordsのデザイナー、バート・ゴールドブラット風にセピア地にデザインされたモノクロ写真のカバーを見ていて、20年近く前に筑摩書房から翻訳(訳・青山南他)が出版された際に、途中まで読んでそのままになっているイーディの評伝を読み返そうと思ったのですが、目下のところ行方不明。菊版の立派な本でした。




何年経っても古びようがないアルバムですね、これは。

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          余白やの余談

「“余白や”って何屋さんなのかよくわからない」と言われることがあります。すみません、店主にもよくわからないのです。一応お茶や軽いお酒をサービスして、ちょっと面白そうな本やCDを販売したりしているので「喫茶店で、古書店で、CDショップも兼ねてます!」などとお答えしていますが、いいかえれば「喫茶店でも、古書店でも、CDショップでもない」わけで…。ま、なにしろ「余白」ですから、ちょっとした思い付きを書きとめたり、落書きしたりするのもよかろう、と。そんなわけでこのコーナーは日付のない日記のような、店主の独り言のような、余談です。どうでもいい話。徒然なるままに追加・更新されるかもしれません。「乞うご期待」の逆(って、なんて言うのだろう?)。
スタートは余白や店内のCDラックから・・・。

『アンクル・ミート』は1968年の作品。
架空の(?!)映画のサントラだ。

例えばこれ。nothing to declare
というタイトルもいい。