残照 |
長時間見つめ続けた太陽が網膜に残像として残るように ニッコリ笑ったお前の顔が、いつまでも焼き付いて離れない。 それは大袈裟な比喩なんかではなく、現実に俺の身に起こっている事実だった。 目を瞑ると見えるのが、あの時のルフィの顔だ。 笑顔で死を覚悟した、お前の。 こんなところで、逝くってのか? 野望も果たさないうちに・・・ 許さねェ! 勝手に死ぬってんなら・・・ その首は、俺のモンだ・・・ッ! ザシュッ!! 振るった刀の軌跡から、空間が真っ二つに切り裂かれた。 ゴトリと、何かが落ちる。 こちらに向かって転がってきたそれが、ちょうど靴に当たって止まった。 「くい・・・な・・・」 それは、よく見知った少女の顔だった。 首だけになってなお、彼女は不敵に笑って見せる。 「相変わらず弱いわね、ゾロ」 そこで、いつも目が覚めた。 見開いた目の前に広がるのは、見慣れた男部屋の天井だ。 大量の汗で、シャツがじっとりと濡れている。 何が夢で、何が現実なのか。一気に冷えた脳でようやく全てを認識すると、俺は自分のハンモックから降りた。 今、男部屋に居るのはウソップだけだ。彼は隣のハンモックでぐっすりと眠っている。 ちょうど自分の上に位置するハンモックは、ルフィ。その隣はサンジのものと、暗黙の了解で縄張りが決まっていた。 今はその二つ共が空いている。 ルフィは、確か今晩見張りだったと思う。 サンジは・・・またいつものようにキッチンで仕込みでもしているのだろう。あの男はこの船の誰よりも勤勉に働いているから。 自分も、もう目が冴えて眠れそうにない。 俺は梯子を上って部屋を出た。 外はまだ真っ暗で、少し肌寒かった。 見張り台を見上げると、ランタンの灯りがほのかに燈っているのが見える。 ルフィに声をかけるのは後にしておいて、まず先に俺はキッチンへと向かった。 サンジが居るかと思ったそこは、予想外に人影が見えず、しんと静まり返っていた。風呂場にでも行っているのだろうか。 深く考えることはせずに、とりあえず目的の酒を手に取る。うるさく咎める奴が居なくてラッキーだった。 その幸運に便乗して、今度は冷蔵庫を開ける。そして、中に燻製肉のかたまりを見つけると、それを一つ失敬してから冷蔵庫を閉めた。 酒瓶と肉を手に、俺が向かったのは見張り台。 そろそろ、あの食べ盛りの船長が腹を空かせている頃だろう。 「ルフィ」 そう、一声かけて、俺は見張り台の縁に手をかける。 しかし覗いたそこには、目的の人物以外にもう一人先客がいた。 狭い見張り台の中、膝を立てた姿勢で座り込んでいたのは、この船のコックであるサンジだった。 「おう、ゾロ!」 明るく笑って俺を迎えたルフィの手には、白いマグカップが。そばには空の皿が。 どうやらこっちの意味でも、先を越されていたらしい。 「テメッ!手に持ってやがるソレは何だ!」 勝手に取ってきた肉をサンジに目敏く発見されて、俺は一瞬怯む。けれど、もう後の祭だった。 「おお!肉だーー!!」 目をキラキラと輝かせ、俺の手に視線釘付けになっているルフィに向かって、投げて寄越してやる。 サンジからの差し入れを食って、もう必要ないかと思ったが、旺盛な食欲はまだ満たされきっていなかったらしい。ルフィは与えられた肉に嬉しそうに齧り付いた。 「・・・今ルフィが食った分は、明日テメェの取り分から相殺してやる」 怒ったようにというよりも、むしろ呆れた風に言ったサンジの台詞に、俺は「勝手にしろ」と返す。 そんなこと、冷蔵庫から盗み出した時から覚悟の上だ。 別にいちいち文句を言ったりしない。 それよりも、俺が気に入らないのはもっと別のことだった。 「テメェなんでここに居座ってんだ、クソコック」 声が何となく不機嫌になってしまうのは、サンジがルフィの毛布を半分奪っているからだ。それに、いくら寒いからとはいえ、男同士でやたらと引っ付いているのはどうかと思う。 「・・・あ〜、これは・・・」 一瞬口篭もったサンジに代り、その質問に答えたのはルフィだった。 「サンジ、怖い夢見たって、おれに甘えに来たんだよな♪」 「なっ・・・テメェ、このクソゴムッ!」 明るく笑ったルフィに対し、サンジは途端に顔を真っ赤に染めて喚き出す。 「脚色して言ってんじゃねェよ!だいたい俺があんな夢見たのは、テメェが・・・っ」 ・・・と、そこでサンジの台詞は一瞬止まった。 「おれが、何だよ?」と、不思議そうな顔をしているルフィを横目に、俺は続くはずだったその先の内容が解ってしまった。 きっと、俺と同じような夢に、この男も苛まれているのだ。 そういえばあの時、コイツも俺と一緒にルフィを見ていたことを思い出す。 「なら、俺も・・・ここに居座る権利はあるな」 そう言うと、俺はひょいと見張り台の中に身を躍らせて、ルフィとサンジの間に身体を割り込ませた。 「テメッ・・・狭ェだろうが!」 「うるせェ、テメェがそっちに寄れ」 定員オーバーの狭い空間で押し問答を繰り広げて、結局は男三人が膝をつき合わせて向かい合うという、かなり異様な光景が出来上がった。 「にっしっしっし!この三人で一緒に居るのって、初めてだな!」 互いに相手を押し退けようといがみ合う俺とサンジに対して、ルフィだけが何やら楽しそうだ。 「・・・で?ゾロはどんな夢を見たんだ?」 まるで友人同士で内緒話でもするかのように、身を乗り出して尋ねてくる。 俺はその質問に少し戸惑った。 自分は「夢を見た」なんて一言も言っていないのに、ルフィにはしっかりと見透かされている。 「悪い夢は、自分一人で持ってるとその通りになっちまうんだぞ?」 幼い頃、誰かにそう教えられたのだろうか。 ルフィが諭すように言って、俺に全部吐いちまえと迫る。 俺は大きく一つ、息を吐いた。 「・・・首を、斬るんだ。刀で・・・大事な奴の首を」 黙って耳を傾ける二人に、俺はポツリポツリと話しはじめる。 「落ちて転がってきたそれを見たら、昔死んだ俺のライバルの顔だった。俺は子供の頃、そいつに勝ったことがなくて、俺を負かした時と同じ顔で、「相変わらず弱いな」って言うんだ。可笑しいだろ?首斬られて、死んでんのに・・・」 俺が語った内容は、正しかったけれど、少しだけ本当のことを隠していた。 そこまで話す必要がないと思ったから、あえて言わなかったのだ。 「そっか」 ルフィは俺から目をそらすこともなく、短くそれだけ返した。 サンジは何故かごくりと息を飲んだようだった。 「じゃあサンジは?」 今度はターゲットを移して、ルフィがサンジの方を向く。 「俺は・・・」 同じように少し躊躇ったサンジも、やがてゆっくりと口を開いた。 「大事な奴が殺されそうになってて・・・俺はそれを助けようとするんだ。けど、なんでか空はヒデェ天気で、雷がガンガン落ちてきやがって」 そこで一旦止まって、大きく息を吸い込む。俺達は当然、口を挟まずにその先を待つ。 「俺は避けきれなかった稲妻にやられて、黒コゲにされちまう・・・そんな、夢だ」 全て暴露したら、サンジは目を伏せて自嘲めいた笑みを浮かべた。 俺はそれを聞いて、こいつの方が俺よりも少しだけ『素直』だと感じた。俺が濁した部分を、ちゃんと隠さずに言ったからだ。 「それで、結局助けようとした奴はどうなったんだ?」 ルフィは真剣な表情を崩さず、真っ直ぐにサンジに問うた。 「・・・わからねェ。いつもそこで目が覚める」 「そうか」 『斬首』 『雷』 それはキーワードだ。 俺とサンジは悪夢に魘されるほど、あの光景がトラウマになっていたのか。 ルフィは左右の手を俺達の肩に回した。 そして、そのままギュッと引き寄せる。 「なぁ・・・首、ちゃんと引っ付いてるだろ?雷も、何ともなかった」 その言葉に、サンジは息を詰まらせたようだった。 ルフィは俺達の苦悩を最初から解っていたのかどうなのか。 そんなことは俺の知ったことではない。 けれどあの出来事に関して、この男が俺達に謝る気など微塵もないことはよく解っていた。 ローグタウンの処刑台で、俺達は唯一の船長を失いかけた。 結果的には、奇跡のようなタイミングで命拾いしたのだけれど。 あの瞬間、ルフィは確かに一度『死』を受け入れたのだ。 その潔さが、何よりも恐怖だった。 そんなにも簡単に、生きることを諦めて良いのか、と。 何も返せない俺達を気に留める様子も見せず、ルフィは続ける。 「あの時はホントに死んでも仕方ねェかと思ったけど、やっぱりあそこはおれの死に場所じゃなかった。だから、おれは死ななかった」 よくもそんな簡単に言ってのけてくれるものだと、俺は思ったが、今は口を挟むことは憚られた。 「死なねェ約束は出来ねェ。でも、おれが死ぬ時は満足して逝く時だ」 あまりに無責任で横暴な言い様だ。 胸が潰れそうなほどに辛かった・・・そんな、俺達の想いなどそっちのけではないか。 けれど、これが『ルフィ』たる所以、でもある。 俺はキリリと痛む胸を押さえつつも、そんなコイツを気に入っているからこそ一緒に居るのだと、改めて思った。 「おれ、お前らに甘えてるんだな」 ニカッと残酷なほど明るい笑顔を見せて、ルフィが笑う。 サンジはそんなコイツにむけて、不機嫌な表情を隠さない。 「馬鹿ヤロウ・・・テメェは船長なんだ。もっと俺達を信用しろ」 「おう」 そんな、二人のやりとり。 やっぱり、サンジは俺よりも素直で優しい男だ。 「ゾロは?何か言いたそうだな」 「何もねェ・・・テメェの思うようにしろ」 「うん、やっぱゾロだな」 ルフィはそう笑ったが、俺は本音を漏らせない臆病な自分を、また少し嫌悪した。 野望以外、何かを欲しがることを忘れた俺に、唯一出来ることといったら。 それは『信じる』ことだけだ。 不安な感情に蓋をして、ただ盲目的にお前が死なないことを『信じて』いる。 「あのクソゴム野郎・・・『船長命令』だなんて抜かしやがって・・・畜生ッ!」 サンジと二人、並んで走っている今のこれは、どこかあのローグタウンでのシチュエーションに似ていると思った。 だから、この余裕のない状況にも関わらず、今更あんな昔のことを思い出したのだ。 俺とサンジは、ルフィを目指して草原を駆ける。 青キジとの一騎打ちを終えたであろうルフィを迎えに。 全身カチカチに凍らされてはいまいか。 そのまま蹴り砕かれていやしないか。 そんな、込み上げる動揺を押さえ付けて、俺はただ『信じて』走る。 そんなことがあるはずかない。 あの男は、『海賊王になる』のだから。 「こんなとこでくたばりやがったら、承知しねェ!」 俺の後ろで、サンジが呟くのが聞こえた。 怒りとも、慟哭ともつかない、切羽詰った苦しげな声。 コイツのこんなところが、俺にはやはり少し羨ましかった。 俺は、『信じる』ことしかできない。 ただ盲目的にお前が死なないことを『信じて』いる。 お前が俺達の船長であり続けることを。 ただ、信じている。 Prodused by ヨーグルト |
いつかは書きたいと思っていた『ローグタウン編その後』ネタ それを、VS青キジ「一味の瀬戸際」事件に掛けて。 原作ベースの自主変換パロなら一度はやっておかないといけないネタですよね(笑) しかしうちのルフィ、反省がない上にまた同じことやってます; でも、これこそ『ルフィ』かなぁ・・・と。あくまでも私の主観ですが。 そんなルフィに振り回されるゾロ・・・まさに私のツボど真ん中でございます(爆) 恋愛感情なしだったら、ルフィを巡るゾロとサンジの三角関係(?)は凄く好きです。 ルフィに対するスタンスの違いってヤツを、ちょっと表現してみたかった! うちのはゾロよりサンジ君の方が素直で乙女ですね。 でも心の底ではゾロのがずっと必死(笑) ルゾロのはずが、ルサン色強くてスミマセン。。。 というか、カップリングですらないですが・・・;; |