心の旅 1



 サンジが急な発熱に倒れた。

 無理もないことだ。この海賊船ゴーイング・メリー号では料理人の彼が最もよく働いているのだから。
 それに加えて、彼は雪深い「名も無き国」において、常人なら間違いなくベッドからも離れられないような怪我を負ったのだ。
 サンジの突然の体調不良がそれらに由来しているということは、誰の目にも明らかだった。

 「・・・しかし、な〜んで俺が目を覚ましてるときに限ってお前がいるんだかなぁ・・・」
 男部屋のソファに横になりながら、サンジは嫌味ったらしく呟いた。
 そのソファは小さいながらも、こうした非常時には広げてベッドとしても使用可能なものだ。ナミとビビが女部屋のちゃんとしたベッドを使うように勧めても、フェミニストな彼はそれを丁重にお断りした。
 苦しそうに少し息を喘がせながらも、いつものキザったらしい仕草で断りの言葉を述べる彼に、彼女たちは苦笑するしかなかった。

 そんな訳で、こうしてソファを広げて、横になっているのである。
 なかなか熱も下がらないサンジに、つい最近船医として加わったチョッパーは、とりあえずこまめに様子を見て額を冷やすように指示を出した。
 サンジはそんな丁寧な扱いを受けるのも少し気が引けていたようだが、照れくさいながらも皆が心配してタオルを換えてくれたり、食事を運んでくれたりと甲斐甲斐しく世話してくれるのが嬉しくもあり・・・

 「何だよ・・・オレ様がこうして直々に面倒見てやってるってのに、文句言うつもりか〜?」
 ウソップはサンジの額に乗せていたタオルを取って、ベッド脇の洗面器に浸しながら、口を尖らせる。
 先程サンジが目を覚ましてから、そばにいるのはウソップだった。それまではナミとチョッパーが付いていたのだが。
 「そりゃあ俺としては、そばにはレディが付いていて欲しいところだぜ」
 「言ってろ、エロコック」
 こんな時にまで軽口を叩けるコック殿は、やはりさすがと言うべきか。
 ウソップは面白くなさそうに、軽く絞ったタオルを再びサンジの額に乗せてやった。
 「腹、減ってないか?」
 「ああ」
 「水、飲むか?」
 「いや、ダイジョブだ」

 しばし、沈黙が流れる。
 ウソップもサンジが何も要求してこなければ、何もすることが無いわけで・・・
 何となく、ソファのクッションに沈み込んだサンジの顔をボーっと見つめる。熱のために頬を紅潮させているその顔は、いつもの尊大な表情からは想像もつかないものだった。

 「オイ、何ジ〜ッと見てんだよ」
 サンジは無表情でしげしげと投げかけられる視線に、いい加減居たたまれなくなって声をかける。
 「え?ああ・・・すまねェ」
 ウソップも声をかけられて初めて、自分が食い入るような視線を送っていたことに気付いた。
 白いクッションに散らばる金糸の髪が、とある病弱な少女を思い起こさせて。知らず知らすのうちに、思考が遠く故郷の地へと飛んでいたようだ。

 「ったく、いつもは五月蝿ェくらいに捲し立てるテメェが、急にンな風に大人しくなると気持ち悪ィんだよ」
 高熱で寝込んでいるクセに、普段女を口説くときと変わらぬ、サンジの口の回りように、ウソップはムッとさせられる。
 「あのなぁ!オレはお前の邪魔しちゃ悪いと思って・・・」
 「ヘンな気ィ使ってんじゃねぇよ。何か、しゃべれよ」
 お前のお得意のホラ話ってヤツをよ・・・と、らしくないウソップの言葉を遮って、サンジは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
 コイツ、こんな顔もするんだ・・・と、ウソップは内心驚きながら、所望されたからには答えないわけにもいかない!と鼻息を荒くした。
 それに・・・
 サンジの余裕の笑みを崩してやりたいという欲望にも駆られる。自分の話にのめり込ませて、何とかしてこの薄笑いを浮かべた表情を歪ませてやりたい。
 「よっし!それじゃ、一発めちゃくちゃ泣ける話をしてやるぜ!覚悟しろよ?」
 「誰がテメェなんかの話で泣くかよ」
 はんっと口の端を上げるサンジに、ウソップは益々語り部としての情熱を燃え上がらせた。
 ソファベッドのそばに置いていた椅子に座り直して、ウソップはワザとらしく一つ咳をする。サンジも、ニヤリと余裕の笑みを浮かべたまま、腕組みをして聞く体制に入った。

 「これはオレがまだ小さかった頃、村の長老の爺さんから聞いた話だ。
 昔、爺さんが住んでいた村から少し離れた山の中に、『サンジ』という名の狐がいたんだ」
 「オ、オイ!」
 サンジはウソップの昔話にいきなり自分の名前が登場してきたのに、驚いて目を見開いた。
 ウソップはそんなサンジの慌てた、恥かしそうな表情に、ニヤリと笑って返す。まぁ聞けよ、と黙らせると、諦めたようにサンジは再び深くベッドに沈み込んだ。
 ウソップは満足そうにそれを見届けると、サンジを物語の世界に引き込むべく、熱い語りを再開した。



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