雲の上で散歩
 

 さわやかな秋の風がゴーイング・メリー号の麦わら海賊旗を揺らめかせる。
 
 マストをたたみ、今はとある無人島に停泊していた。
 グランドラインに入ってから、相次ぐ嵐と異常気象に遭遇し、今や小さな海賊船は歴戦をくぐり抜けたかのような、様々な傷跡を残していた。
 今回の急な停泊も、一度ゆっくりと船の修理に時間を割くべきだ、というナミとウソップの提案を受けてのことだった。

 島の木から木材を切り出して、破損部分を強化する作業もようやくめどがたった。後はこの船の管理者と化しているウソップによる、こまごまとしたこだわりの仕上げを施すのみだ。
 わき目もふらず、ヤスリがけやペンキ塗りに熱中するウソップを横目に、ようやく自分の仕事から解放されたルフィは、頭の上で腕を交差し、大きく伸びをした。
 そして、ふと彼の想い人の姿を探す。
 先程までウソップの隣で板を打ち付けるのに精を出していたゾロの姿が、いつの間にか消えていた。
 ルフィは慌てて周りをキョロキョロと見回してみる。
 ゴーイング・メリー号の船室までくまなく探してみたが、やはりゾロの姿は見あたらない。
 
 「ゾロならちょっと散歩して来るって、さっき出てったわよ」
 あたふたと船上を駆け回る船長を見かねて、ナミは声をかけた。
 誰を捜しているのか、なんて聞かなくても解る。
 ルフィとゾロの関係は、この船ではもはや公然の仲なのだ。それに気付いていないのは、当事者であるあのニブイ剣豪殿くらいのものである。
 ルフィはそうか、とうなずくとニカッと笑って船を飛び出した。
 風に飛ばされないよう、麦わら帽子を後ろ手に押さえつつ、一目散に駆けていく。
 「あんまり遅くならないうちに帰ってきてよ!」
 見送る後ろ姿に、ナミは一応声をかけておく。
 しかしちゃんと聞こえたかどうかはアヤシイものだ。
 まったく我らが船長ときたら、一つのことに夢中になると他のものは全く目に入らなくなるのだ。
 ナミは肩を竦めて軽く息を吐いた。
 どうやら今日はこの島に一泊することになりそうだ。
 その旨を他の船員達にも伝えるため、ナミはキッチンへと向かうのだった。

 
 ゾロを探しに来たルフィは、海に向かって斜めに切り立った崖の上に出た。
 緩やかな傾斜のそこには一面に柔らかそうな草が茂っている。その短い草の絨毯に身をゆだねると、心地よい昼寝が出来そうだ。
 ゾロはきっとこの辺りにいる。
 そう確信して、ルフィは辺りの草原に視線を走らせた。

 気付くのに一瞬の間を要した。
 ゾロの淡萌葱の髪が、周りの草と同化して見えたから。
 思った通り、ゾロはそこでごろりと寝転がっていた。頭の後ろで腕を組む、いつもの体勢だ。
 ルフィはようやく見つけた探し人に、嬉しくなってパタパタと駆け寄る。
 堅く閉じられているかと思われた瞳は、しかし暖かい日差しを受けて僅かに金色の光を帯び、輝いていた。
 ルフィは何も言わずにゾロの隣に腰を下ろす。
 起きているにもかかわらず、自分に対して何の反応も返さないゾロに、ルフィは少し苛立ちを感じた。
 「ゾロ、こんなところで何してるんだよ」
 ぶ〜っと口を尖らせて拗ねた様子を見せてみる。
 「ああ、空を見てた。」
 素っ気ないゾロの返事に、ルフィは益々不満を募らせる。
 「オレに黙って、消えるんじゃねぇよ」
 今度は少し低い声で、怒りを感じていることを知らしめる。
 「・・・ああ、悪ィ・・・」
 あまり悪びれた様子の感じられない謝罪の言葉を吐き、ようやくゾロはルフィの姿をその瞳に映した。
 それでも機嫌の悪さを崩さないルフィに、ゾロは優しい微笑みを浮かべる。
 拗ねるなよ、とルフィの膨れた頬に指を伸ばす。そしてそのまま指を顎に向けて、ゆっくりと滑らせた。
 ゾロのその手付きは何だかとても優しくて、少しだけ扇情的だった。ゾロにとっては無意識な行動なのだろうけれど・・・
 ガラにもなく、ルフィは僅かに頬を赤く染めてしまう。
 ゾロの微笑みに、先程までの怒りが少しずつ萎えていくのを感じていた。
 このワガママ船長も、惚れた相手には滅法弱い。
 無情にも再び空に視線を移してしまったつれない恋人をも、既に許してしまっている自分に、ちぇっ、と舌を打った。

 こんな昼寝に最適な場所に横になっているにもかかわらず、未だに眠ろうともしないゾロに、ルフィは首を傾げた。
 少し眩しそうに目を細めて、じっと空を見つめている。
 ルフィはゾロと同じように、その横にごろりと身体を横たえてみた。
 自分もゾロと同じ景色を見ていたかったから。

 「うわ・・・っ」
 視界に飛び込んできた大空に。
 青い青い空に、均一に散りばめたかのようなうろこ雲に。
 思わず感嘆の声をあげずにはいられなかった。
 「綺麗だな・・・」
 「ああ・・・」
 素直に口から零れ落ちた感想に、ゾロも頷いてくれる。
 海の上ではなかなかそのような雲を見る機会はない。船上で見る雲は、ほとんどが巨大な積乱雲で。海面すれすれから空に向けて盛り上がったそれは、もはや見慣れた光景だった。
 だからこそ、このような空はルフィの目には目映いばかりだった。
 
 パノラマに広がる大空に、一枚一枚丁寧に並べたかのような細かい雲。
 とても高いところにあるようなのに、ちょっと手を伸ばせば掴めそうな錯覚に陥る。
 じっと見つめていると、実はかなりのスピードで流されていくのに気がついた。

 ―――ちょっと、似ているかもしれない・・・
 おれ達の続けている、この終わりのないかのような旅に。
 何故かルフィはそんな不思議な感覚に捕らわれていた。どうしてそのようなことを思ったのか、自分でもよく解らなかった。
 目の前に広がる美しい秋の空に、少し感傷的になっているのかもしれない。

 ふとルフィは、隣に寝そべるゾロに顔を向けた。
 いつも当たり前のように自分の隣にいてくれる。
 空気のように何気ないのに、実はそれ無しでは生きていけない。そんな存在。
 魂までも分け合った、己の半身。
 ゾロがいてくれるから、ルフィは前に進んで行けるのだ。
 
 ゾロの柔らかな髪が、時折吹き抜ける緩やかな風にさらさらと靡く。
 風を受けて気持ちよさそうに目が細められるのを、ルフィは息をするのも忘れてじっと見入っていた。
 この朱金の瞳に映るのが、広大な青空だけなのが、ちょっと面白くない。
 ルフィは上半身を起こすと、ゾロと空との間に自分の体を割り込ませた。
 「っ・・ルフィ・・・?」
 いきなり視界を遮られ、ゾロは驚いて目を見開く。
 ルフィは大きく開かれたゾロの瞳に、自分の姿が映し出されたのを見て、満足げに微笑んだ。
 ゾロの顔の隣に手をついて己の身体を支える。
 そしてゆっくりと顔を近づけていった。
 二人の唇が微かに触れる。
 「ゾロ・・・キスしても良い?」
 言葉を紡ぐたびに動く唇が、ゾロの唇をも震わせる。
 お互いの顔も見えないくらいに近い位置での囁き。
 息遣いまでもが混じり合う、そんな距離。
 「もう、してるじゃねーか」
 もっともなゾロの意見に、二人は同時にプッと吹き出した。
 額と鼻とを摺り合わせて、互いに笑い合う。
 しかし二人の笑い声がいつしか深い口付けにすり替わるのにも、さほどの時間を要さなかった。
 
 
 その後、結局二人がキスだけで満足したのかどうかは、また別の話。



  END


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 バイト先の巨大窓から見える秋の空を眺めながら思いついた、結構突発なSSです。
 本当に綺麗な空だったのですよvv
バイト先の生徒が「竜のうろこみたいな雲!」と表現したのが、どこか印象的でした。
この生徒さんは結構な詩人で、時々アタシもハッとさせられます。
おっ!そのネタいただき!みたいな(爆)
 こういうほのぼのなルゾロはとても書きやすいです〜v
言葉はなくても解り合える、というのが理想なのですvv
ルフィとゾロは原作からしてそうですからね(笑)
いやはや、あっちっちなカップルでございますv(笑←ルゾロ馬鹿的発言?)
 ちなみに題名の「雲の上で散歩」というのは
アタシの好きなキアヌ・リーブス主演の映画のタイトルから頂いておりますv



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