幸福な恋煩い



 一目見たその時から、落ちる恋もある。

 なんで?
 どうして?
 口で説明するのは不可能に近い。
 人を好きになるのは理屈じゃないのだから。


 初めて彼を見たときから、他の奴とは違うことがハッキリ分かった。
 喉の奥から腹の底にかけて、衝撃が走る。
 ちょうどそこにデカイ雷が落ちたみたいな感じ。
 心臓が握り潰されるかと思った。
 メチャクチャ痛かったけど、それ以上にわくわくした。
 ―――おれの人生は楽しくなる。
 確信にも似たそんな想いに胸を躍らせながら、彼に一歩一歩近づいていった。


 最初にまず気に入ったのはその眼。
 人を睨み殺すかの様な朱金の瞳。
 最初に彼を「魔獣」と形容した奴は、なかなか上手いたとえを思いついたものだ。
 一片の迷いも恐怖も、その瞳からは感じさせない。
 人に媚びる色は一点も混ざっていない。

 だが、強引に彼を仲間に引き込んで、彼と同じ時間を過ごすようになって、おれは知った。
 あの時見た朱金の瞳は、本当はとても優しい色をしてるってことを。
 深い暖色系の朱に見つめられると、堪らなく幸せな気分になれる。
 そしておれは益々彼を好きになった。


 「おい、さっきから何じっと見てんだよ」
 食い入るかのような視線を受けて、彼は居心地悪そうに身じろいだ。
 「ゾロのこと」
 あっさりそう答えるとゾロは、そりゃわかってんだよ、とわずかに顔を赤らめた。
 ラッパ飲みにしていた酒の瓶を置いて、今度はおれのことをじっと見返してくる。
 「どーした?何か言いたいことでもあんのか?」
 いつもと少し違う様子のおれに心配したのだろうか。
 その口調には、微かな不安と深いいたわりの色が混ざっている。

 おれはゾロの声がとても好きだった。
 少し掠れた低いテノール。
 その声で優しく囁かれると、どうしようもなく切ない気分になってしまう。
 心臓がキュッと音を立てるのが聞こえた気がした。

 「ゾロ・・・」
 「ん?」
 ようやく何かを言おうとしたおれに、先を促すかのように小首を傾げる。
 なんだ?、と眼を細めて微笑む。

 「好きだ」


 ―――何度目かの告白。
 だけど、こうしてゾロを正面からじっと見つめて、真剣な眼差しで。
 いつもの惚けたような声じゃなくて、低い声色で。
 それを言うのは初めてだった。
 拒絶されるのが怖くて、今まではふざけたノリで、友達に言うようにしか伝えたことがなかったから。
 でも今度は。
 ちゃんと伝えたかった。
 ちゃんと伝わって欲しかった。
 おれが、どんな風にゾロを想ってるかを。
 おれが、どんなにゾロを愛してるかってことを。
 それなのに・・・

 「〜〜っ!何遍も聞いたよ、それは・・・」
 ゾロはやれやれと視線を宙にやる。
 おれの好きだったゾロの優しい微笑みは、一瞬にして呆れた顰めっ面になってしまった。
 「ったく、真面目な顔して何言い出すのかと思えばそんなことかよ」
 額に手を当て、天を仰ぐ。

 そんなこと、だと・・・?

 「それはもう解った、ってんだよ」
 言いたいことはそれだけかと勝手に決めつけたのだろうか。ゾロは床に置いた酒を掴んで、もう一度飲み直す体制に入った。
 
 解った、だと・・・?
 一体何を解ったって言うんだ・・・

 おれは指が真っ白になるくらい、拳を握りしめた。
 力を込めすぎたのか、腕がブルブル震えるのを抑えられない。
 
 「わかってねぇっ!!ゾロはなんにもわかっちゃいねぇ!!!!」

 気付いたときには大声で叫んでいた。
 ゾロはおれの豹変に驚いたのか、ビクリと身体を震わせる。
 「ル、ルフィ・・・?」
 困った様な視線を投げかけられる。

 本当に、解ってねぇ・・・
 
 なんだか無性に悲しくなった。
 いつも自分だけがこんなにも彼のことを好きで。
 真剣な告白も、何でもなかったかのようにはぐらかされて。
 なんでだよ。
 なんでだろう。
 まともに取り合ってもくれないのは・・・
 おれが子供だから?
 おれが男だから?

 それでも彼のことを嫌いになれない。
 こんなにも腹が立ってるのに。
 こんなにも胸が痛いのは・・・
 どうしようもない。
 
 自分ばかりがこんな気持ちになるのが、あまりに悔しくて。
 おれはフイッとゾロにそっぽを向いた。
 これ以上、ゾロに困った顔をされるのは嫌だった。
 それはおれの好きな顔じゃないから。
 それに。
 涙が零れそうになるのを抑えられそうになかったから。


 「・・・ルフィ」
 ゾロのいつもの優しい声で、名前を呼ばれた。

 必死で抑えつけていた涙が、たったそれだけのことで堰を切ったように溢れ出してくる。
 好きだった。
 おれの名前を呼ぶときの、ゾロの優しい声。
 嬉しいのに、なんでこんなに胸が痛い?
 なんで涙が止まらない?
 こんな姿、ゾロには見せたくないのに。
 「ちく、しょ・・ぉ・・・」
 おれは膝を抱えて、声を殺して泣いた。
 でも無意識に肩が震えるのを、止めることは出来なかった。

 「ルフィ」
 もう一度名を呼ばれた。
 同時に後ろから肩を抱き締められる。
 おれは一瞬何が起こったのか解らなくて、ふっと顔をあげた。
 暖かい腕に包まれて、ゾロの好い匂いが鼻を掠める。
 「ごめん・・・ルフィ」
 ゾロの言葉とともに首筋に微かな吐息が感じられて、おれはドキリとした。
 「・・・なんで謝るんだ?」
 ゾロの台詞の意味を計りかねて、涙に滲んだままの声で問うてみる。
 「・・・・お前を泣かせた」
 本当に辛そうな声でゾロが答える。
 おれは少し嬉しくなった。
 やはりゾロにとって、おれという存在はトクベツなのだ、と確信してしまう。
 たとえそれが仲間への感情だとしても。船長に対しての敬意だとしても。
 いつの間にか涙は止まっていた。

 「ゾロ」
 腕で涙のあとを擦って、おれはくるりとゾロの方に身体を向けた。
 そして今度はおれの方からゾロの名前を呼んでみる。
 戸惑った様子のゾロに、おれはニッと笑いかけた。
 みるみるうちにゾロの顔が真っ赤に染まっていく。
 どうやらおれの気持ちはしっかり伝わったようだ。
 好きだと言われた相手を抱き締めてしまったことを、ゾロは今更ながら照れまくっているようだった。手をあたふたと動かし視線をあちこちに彷徨わせている。
 おれはそんなゾロの様子がおかしくなって、ギュッとその胸に抱きついてやった。
 「お、おい!ルフィ!!」
 焦って喚く声が頭の上から聞こえてくる。
 そんな抗議の声を無視して、おれは抱き締める腕に力を込めた。
 ゾロはおれを引き剥がすのを諦めたのか、はぁっ、と溜息を吐くと身体を支えるように船床に腕をついた。
 ゾロの厚い胸に顔を埋めると、暖かくて気持ちの良い香りに包まれる。
 トクン、トクン・・・と規則的に響く鼓動が、直に感じられた。
 たまらない。
 止まらない。

 「好きだ、ゾロ」
 
 もう一度、ハッキリと告げた。
 顔をあげて、真っ直ぐゾロの眼を見つめて。
 ゾロも今度は目をそらすことなく聞いてくれた。
 それでもおれの言葉を信じられないのか、頬を染めたままどう答えればいいのか戸惑っているようだ。
 その瞬間、おれは理解した。
 やっぱりゾロもおれのことが好きなんだ、と。
 おれの気持ちが本当に恋人のソレなのかを計りかねているのだ。
 そういう意味で、やはり自分は「コドモ」だと思われているらしい。
 こんなコト、ゾロ以外のヤツに言う訳ないのに。
 そして、ゾロはまだ自分の気持ちに気付いていない・・・いや、気付くのを怖がっている?
 それならば・・・

 おれはゆっくりとゾロに顔を近づけていった。
 そして優しく触れるだけのキスをおくる。
 一瞬だけ触れたゾロの唇はとても甘かった。
 その甘い唇を、思う存分深く貪りたいという欲望は今は頑張って抑えつけることにする。
 それでなくても不意打ちのキスにゾロは耳まで真っ赤にして口をパクパクさせているのだ。
 ゾロ、可愛い〜vという言葉は何とか呑み込んで、おれはにししっと笑った。
 「おれの「好き」、はこういう意味の「好き」だぞ!」
 ハッキリとそう宣言する。
 そして顔から火でも噴きそうな勢いのゾロを再びぎゅうっと抱き締めた。
 じっとそのままで、ゾロが落ち着くのを待つように黙り込む。
 しばらくすると、消え入りそうな声でありがとよ、と呟く声とともに、そっとおれの肩に腕が回された。
 おれはそれが嬉しくって、にししし、と笑い続けた。


 気付くのが怖いのならば、解りやすい言葉でゆっくりと気付かせてやればいい。
 返事をもらうのはもう少し待つことにする。
 愛されることに臆病な、おれの想い人。
 ゆっくりでも良い、でも早く気付いておくれ。
 おれの「好き」に確信を持てたその時は・・・どうかおれへの想いを告げて。


 「ルフィ・・・お前を愛してる」

 おれの好きなあの声で、そんな言葉を聞くことが出来るのも・・・きっともうすぐ。



  END


   Produced by ヨーグルト



 これは時期的には、ウソップの村を出てからバラティエに着くまでの間のお話です。
 それにしても何でしょうかね、この甘っちょろさは・・・(汗)
ルフィってば乙女入っちゃってるし(笑)
当時は「こんなのルフィじゃない〜〜!!」と叫びつつ書き上げました。
今改めて見直してみると、「ああこれは
ヨーグルトルフィね」と、結構納得して読めます(笑)
この頃の作風ですね。ルフィの泣き落としってのは・・・
これと対になる感じのゾロサイドは地下室に納入済みです。
併せてご覧いただければ幸いでございます♪




戻る