Love Notes


 突然ルフィが腹を押さえてその場に蹲ったのは、嵐のようなアラバスタ脱出劇の直後。
 海軍との一戦で大暴れしたルフィは、急に貧血でも起こしたかのように座り込んでしまった。
 皆が驚いて駆け寄るのに、ルフィはいつもの笑顔で「大丈夫だ、たいしたコトねェ」と笑った。しかし「診せてみろ」と脱がせた白の着衣の下、真っ赤に染まった包帯を見て、皆は一様に息を呑んだ。
「ちょっと、バカ・・・傷、開いちゃったんじゃないの!」
 口元に手を当て真っ青な顔をしたナミが、声を震わせる。
「あれ?またこんなに血が出ちまってたのか」
 ルフィはその真っ赤な包帯を見て、自分でも驚いたように目を丸くした。
 まるで他人事のようなルフィの言葉が、実に『彼らしい』と思いつつも、だからといって誰も笑うことなど出来はしない。
クロコダイルとの戦いにおいて負ったルフィの腹の傷が、笑って済ませられるようなシロモノでないことを、このゴーイング・メリー号のクルー誰もが知っていたからだ。


 アラバスタの長い戦争が終結し、王宮に運ばれたルフィ海賊団は、皆が一様に酷い怪我を負っていた。
 その中でも、船長であるルフィの傷は特に、王宮の専属医ですら絶句するほどの凄惨なものだった。
 彼の、いつもの赤い上着のせいで、分からなかったのだ。
 滴るほどの血を吸ったベストを脱がせて、そしてようやく傷を直接見た皆が、事態の深刻さに気付いた。
 抉られた腹の傷からは、未だに鮮血が噴き出しており、運んだベッドのシーツが瞬く間に真紅に染まった。
 悲鳴を上げて目を逸らすナミを、サンジがそっと胸に抱いた。
 大粒の涙を瞳いっぱいに溜め、嗚咽を漏らしたビビ。
 ウソップはそんなビビを慰めるように、肩を叩いた。
 チョッパーは泣きそうになりながらも、必死で止血のツボを押さえて、手術の手配をするようにと叫んでいた。
 ゾロは。
 目を逸らすことも出来ずに、ただじっとルフィを見つめていた。

 三日もの間、意識を取り戻さなかったルフィを、皆がどれほどに心配したことか。
 無事に出血が収まり、傷が塞がったことすら、本当は奇跡に等しかった。
 思うに、皆はルフィの『血』に対して、免疫がなかったのだ。もちろん、これまでだってルフィが多くの血を流して勝利を勝ち取ってきたことは承知している。
 けれど、そのときはいつも、あの赤い服を着ていた。まるで、カモフラージュのようなあの服のせいで、さもルフィが血を流すこともなく、勝利を収めたような気になっていたのだ。

 麦わら海賊団にとって、ルフィとは常に『絶対的存在』であった。
 誰もが、彼の流血する様など見たくないと思っていた。
 痛みに喘ぐ姿さえ、彼には似合わないと。
 だが、ルフィだって人間だ。負けることだってあるし、泣くことだってある。痛みに、苦痛を訴えることだってあるのだ。
 だが、今のところそれを知っているのは、この船において唯一人だった。


「と、とにかくすぐに縫い直ししよう」
 最初に我に返ったチョッパーがそう言うのと同時に、ゴーイング・メリー号は再び慌しさに包まれる。
 サンジは消毒用の湯を沸かしにキッチンへと走り、ウソップは男部屋へ駆け下りて急ごしらえのソファベッドを整える。
「包帯が、足りないわね」
 ナミはそう言って、女部屋へと駆けて行った。
 チョッパーは、手術道具と薬品を揃えに走る。

 そうして、甲板にはルフィとゾロの二人だけになった。
 とにかく男部屋へ運ぼうと、ゾロがルフィを抱き上げた時。
「ゾロ・・・痛ェんだ」
 そう言って、ルフィはゾロの腕を掴んだ。 
「痛ェよ・・・腹、熱くて・・・気が狂いそうだ」
 先程までのケロリとした顔が嘘のように、脂汗を浮かせて眉間に皺を寄せている、ルフィ。
 ゾロと二人きりの時にだけ、ルフィはこうして弱音を吐くことがあった。
 ゾロはそんな時、黙って手を握り返してやることくらいしかできなかったが、ルフィが本音を話せる相手がいるということには、素直に「良かった」と思う。その相手が自分である、ということも含めて。
 本当は、辛いのだ。ルフィの本音を知ることは。
 それは、ゾロにとってもルフィが『トクベツ』であるからだ。
 いつもルフィには笑っていて欲しいと思うから。ルフィが苦しむところなど、本当は見ていたくはないのだ。
 今だって、『本当は痛い』ルフィの苦しみを代わってやれないもどかしさが、つきまとって離れない。抱き上げてソファまで運んでやることしかできない己が、酷く恨めしい。
 けれど、自分がルフィにとっての安心感になれるのならば、それで本望だとも思う。
 自分の思いを理解してくれている相手の存在は、必要不可欠なのだ。
 常人には理解しがたい、超越した考えを持つルフィには、特に。
 唯一人にだけ本音を明かすルフィの『真意』も、ゾロは理解していたから。

 この胸の痛みも、全てはルフィと自分を繋ぐもの。




  ※

「あ〜〜キモチイイ〜〜」
 ランプを灯した明るい浴室に、ピチョンと水の跳ねる音と、ルフィの溜息のような声が響く。それと、ガシガシと少し荒っぽく髪をかき回す音も。
 眠気を誘われるような快感に身体の力が奪われていったのか、だんだんと背中を浴槽にズリ下げていくルフィに、ゾロは一旦動かしていた手を止めた。
「おい、ちゃんと傷押さえておけよ?」
「う〜〜ん、大丈夫だぁ〜〜」
 心配げにかけたゾロの言葉も聞いているのかいないのか。ルフィはトロンと目を泳がせながら、相も変わらず浴槽に身をたゆたわせていた。

 アラバスタを出て、三日が経過していた。
 開いたルフィの傷も、再び驚異的な治癒力で塞がり、こうしてチョッパーから風呂解禁令が出たわけである。
 しかし、塞がったとはいえまだ日も浅い。なるべく傷に負担をかけないようにと、防水加工の施した腹巻のような物を腹に巻いての入浴だ。
 しかも、ルフィからのおねだりで、なぜか風呂での世話を全てゾロが請け負うことになってしまった。
 この船の人間は皆大概ルフィに甘いが、きっと他の誰も自分には適うまい、と自覚するほどには、ゾロはルフィに弱かった。

 髪を梳きながら泡をシャワーで流してやると、ルフィは恍惚とした表情を浮かべて、うっとりと目を閉じる。
「ああ、今なら死んでもいいな、って・・・思う瞬間があるんだ」
 突然、ルフィが縁起でもないことを口走るのに、ゾロは一瞬眉を顰める。
「ゾロが、スッゲェ優しくしてくれる時」
 続いて発せられたルフィの台詞に、ゾロは照れ臭くて「バカ」とだけ返した。
 少し間を置いて、またルフィが口を開く。
「でもな・・・そしたら、やっぱりもっと生きていたいって思う」
「なんだそれ・・・ワケわかんねェぞ」
 くくくっと笑うと、ルフィも「そうだな」と笑い返した。
 また、シャワーが泡を洗い流す音だけになる。

「ゾロ、好き・・・すげぇ好き」
 ルフィが少し潤んだ目で、見上げてきた。
 贈られるのは、聞き慣れた愛の言葉。

 ゾロにだって、『死んでもいい』と思う瞬間はある。
 それは、こんな風にルフィが熱っぽく愛を囁いてくる時だ。幸せすぎて、死にそうになる。
 けれど・・・そうだな、自分もその後は同じ気持ちになる。
 ずっと、生きていたい、と。
 コイツの・・・ルフィの隣で、ずっと一緒に生きたい、と。
 そう、思う。
 ならば、二人の想いは同じなのだろうか。

 それをいちいち口で説明するのもおかしくて、ゾロは言葉を使わずに想いを伝えるために、ルフィの額にキスを落した。額の次はまぶたに。そして頬に、キスの雨を降らせていく。
 されるがままにキスを受けていたルフィも、やがて自ら頬を寄せ、口付けを返した。
 猫がじゃれ合うかのような、優しい触れ合いを共有し、やがてそれが息遣いさえも乱れる激しいものに変わるのも、彼らには常であった。



 二人の間に、今また離れ難い絆が生まれるのを感じていた。
 それは酷く甘くて。
 けれどほんの少し胸が痛かった。





  Prodused by ヨーグルト



オフライン発行物『愛のリサイクル法〜表編〜』より再録でした。
アラバスタ直後のお話です。今更でスミマセン;
珍しくルフィが痛がって苦しんでるのを書きたかった!
でも一番は『ルフィの髪を優しく洗ってあげるゾロ』vvコレですね♪(笑)
そして。結局いつもと同じダダ甘SSに。。。



戻る