血が、飛び散る。
 紅くて黒い血が。
 殴られる衝撃に身体が振られるたび、それは左右の床にぱたぱたと落ちた。
 鎖で繋ぎ止められた彼は、ほとんど声を洩らすこともなく、一方的な暴力にただ身を委ねている。
 珍しい薄萌黄の髪。
 ゾロだった。
 もうどれくらいの間、そんな状態が続いただろうか。
 最初は拳や脚でだったものが、今は角材や鉄パイプに変わっている。あまりにゾロの表情が変わらないからだ。むしろ殴る拳の方が傷付くほど、彼の身体は強く鍛えられているのだ。
 武器を手に調子付いた数人の男達は、入れ替わり立ち代わり無抵抗なゾロを散々に痛めつけた。

 そんな惨状を、瞬きすらせずに見つめ続ける眼があった。
 ルフィだった。
 同じく太い鎖によって椅子へと繋ぎ止められた状態では、眼前のゾロをどんなに助けたくとも、動くことすら叶わない。
 それが悔しくて歯痒くて、今にも「やめろ」と泣き叫びたいはずだった。
 けれど、それを見守る視線は逸らされることもなく、能面のような顔はピクリとも歪まなかった。不気味なほどの沈黙を守り続けている。
 男達は何としても、その無表情を崩す必要があった。
 何故ならこれは、ルフィへの『見せしめ』なのだから。


 最初に掴まったのはルフィだった。
 いつものことだ。人の良さそうな顔をして飯を奢ってくれた男に、一服盛られてアッサリ落ちた。
 けれど、それはいつもと違ってもう少しだけ巧妙で残酷な罠だった。
 ルフィをただの金ヅル――高額の賞金首――として捕らえたわけではなかったのだ。
 それは、ルフィのことをよく知った上で、激しい憎しみを抱く者の仕業だった。ルフィにとっては名前も覚えていないような存在だったけれど。
 そんなルフィの無関心さが、益々彼の劣等感を煽り、こんな事態に走らせることになったなど、預かり知らぬところだ。
 男の目的は、ルフィを足の下に跪かせることだった。
 そうして、いつか味わった屈辱を同じように味あわせてやる。
 そのための『生贄』に、ゾロを選んだ。
 男はゾロにもまた、強い恨みを抱いていたから。

 男の名は『モーガン』と言った。


「・・・そろそろ許しを乞いたくなったか?」
 モーガンは二人とはまた少し離れた場所で、ふんぞり返って脚を組んでいる。
 彼は直接手を下してはいない。海軍大佐だったあの頃と同じように、鋼の顎をしゃくりながら偉そうに指図するだけだ。
 もう何度目かになるその台詞にも、ルフィは相変わらず見向きもしなかった。
 ゾロは麦わら海賊団一の古株だ。最も信頼し、大事にしている仲間のはずだった。
 あの甘ちゃん坊主の麦わらのこと、おそらく自分を痛めつけられるよりも仲間を傷付けられる方が効くに違いない・・・そう思ったからこその『策略』だった。
 だから、船長を助けに来たゾロをも、卑怯な手で捕らえたのだ。
 それなのに、さっきからルフィは何を考えているのかも分からない様子だ。
 いい加減はらわたが煮えくり返ってきたモーガンだが、なんとかその怒りを抑えつけて、今度はゾロに向けて言い放つ。
「ロロノア・ゾロ・・・貴様も哀れなことだ。こんな薄情な船長に付いて行ったこと、後悔しているだろう」
 嘲笑うように言ってやると、モーガンの予想に反してゾロは突然クックックと笑い出した。
 さも可笑しそうに、血まみれになった顔でニヤリと口角を上げて見せる。
「ああ、全くだ。テメェも狙いが外れたな」
 その台詞は、モーガンの神経を逆撫でするには十分だった。
「貴様ァ!!」
 遂にはモーガン自らがゾロを殴りつける。
「がはッ!」
 叩き落される拳は、まるで鉄球のように重かった。さすがに元海軍大佐の名は伊達ではない。
 全身が千切れそうなほどの激痛にうめきながら、けれどゾロは心の底から思った。
 ああ・・・これが・・・こんな目に遭ったのが、自分で良かった、と。
 自分以外の、例えばナミだったら・・・それともウソップだったら。
 ルフィは間違いなく心を乱されただろう。
 足掻いて、咆えて、喚き散らして・・・奴等の思うツボになっただろう。
 でも自分ならば、ルフィは大丈夫だ。
 俺が、これくらいで壊れたりするような柔なヤツじゃないってことは、あいつが一番よく知っている。
 テメェの『意地』に付き合えるのは俺だけだと、一応自惚れてもいいだろう?


 全身ボロボロの血まみれになっても笑っているゾロと、そんなゾロを見ながら顔色一つ変えないルフィ。
 いつまでも折れない二人の男に、モーガンの焦りと苛立ちは頂点に達した。
 不意に布が破れる乾いた音が響き、ビリビリなった布切れが床にかなぐり捨てられる。それは、さっきまでゾロの服だったものだ。
 思い当たった事態に、ゾロの表情が一瞬恐怖に彩られる。
 しかしそれはあくまでもほんの『一瞬』だった。おそらく、それに気付いたのはその場にただ一人だけだったろう。
「オイ、何すんだ?」
 他の男達にはモーガンの意図が分からなかったらしい。急に殴るのをやめてしまったモーガンをいぶかしんで問う。
 二人を捕らえる手助けをしたその男達は、モーガンに金で雇われた者だ。当然真っ当な一般人ではなかったけれど、もっぱら陸で生活している彼らには、男を慰み者にするなどという考えはすぐには浮かばなかったらしい。
「お前ら全員で輪姦(まわ)してやれ。二度と船長の前に顔を出せなくなるくらい、辱めてやればいい」
 男が男に犯される・・・それは、尊厳とプライドをズタズタにするには最高の手段だと、モーガンは知っていた。
 それを味わっても尚、平然としていられるのなら・・・それはそれで見物だ。

 ゴクリと唾を呑んだのは、果たして誰だったか。

 ゾロは男だ。とてもじゃないがふくよかな女の身体とは作りから言っても比べるべくもない。
 それなのに、引き締まった筋肉を血が伝い落ちる様は、ある意味扇情的ですらあった。
 最初は男に突っ込むなんてことに抵抗があった男達だが、この異様な雰囲気の中ではそれもアリかと思えてくるのだから不思議なものだ。
「全然堪えねェ奴を殴るのもいい加減疲れたしな」
「ついでだ、俺達も楽しませてもらおうじゃねェか」
「ま、男でも穴には違いねェか」
 好色そうな目をした男達が迫る。
 思わず身を捩ったゾロの、鎖がガチャリと鳴った。
「呆れた物好きだな。節操ねェにもほどがあるぞ」
 ゾロはそこに至っても冷静な態度は崩さずに、軽口を叩いてみせる。
 何故なら、『ソレ』がもうすぐだと、ゾロは知っていたからだ。
 だから、男達の手がゾロの身体を這い始めても、鳥肌すら立てなかった。
 股間のモノを握られても、悲鳴など上げてやらない。
 ルフィを信じている。
 でも、出来るだけ早くしろ。
 テメェ以外の奴に触れられるのを我慢できるのにも、限度がある。


 男達の一人が、ゾロの後孔に触れようとした時だった。
「うおぉぉーーーーッ!!モーーガンッ!!!」
 響いた声に、全員が振り返る。
 見ると、さっきまで座らされていたはずのルフィが、何故かそこに立っていた。
 弾け飛んだ鎖が、バラバラと床に落ちる。
 もはや、それは鉄くずと化していた。
 まさかあの頑丈な鎖を、自らの力で引き千切ったというのか。
 しかしそれよりも何よりも、モーガンはルフィが自分の名前を覚えていたことに驚いていた。
 いや・・・『驚き』、だけではない。
 それは『歓喜』だった。

「もう良い・・・わかった」
 静まり返った空間に、一層静かなルフィの声が響く。
 赤く染まった手首から、ポタポタと血が零れて落ちていた。
 さすがのルフィでも、太い鉄の鎖を壊すのにはある程度の時間を要する。徐々に亀裂を侵蝕させて、ようやく自由になった彼は、まさしく封印を解かれた魔神だった。
 立ち竦む男達に向かって、突風のように襲い掛かる。
「お前は28発だ」
 そう言ったら、一人の男を集中的に攻め立てた。
 顔がめり込むほどの猛撃に、おそらくその男は10発くらいの時点で、もう絶命していただろう。けれど、宣言した28発分を残らず叩き込むまで、ルフィは倒れ伏すことすら許さなかった。
「お前は19発」
 あまりの事態に、死の宣告を受けた男達は抵抗することすら叶わない。ルフィの言った回数分の罰を受けて、ようやく死を許される。
 それはちょうど、ゾロが殴られた回数だった。
 ルフィは後ろ手に鎖を攻略しながら、五人居た男全ての行動を数え、記憶していたのだ。
 ゾロを傷付けた者を許す気なんて、更々ない。こいつらのしたことは、死をもって償うに値する行為なのだ。
 あの時点から、死へのカウントダウンはすでに始まっていた。
「お前は34発」
 逃げようとした男の襟首を掴んで引き戻し、顔面に拳を叩き込む。
「や、やめっ!助けてくれェ!」
「お前は38発」
 泣き叫んで許しを乞う男にも、容赦なく拳を叩き付ける。
「お前は29発」
 腰を抜かして失禁する男にも。
 その様はまさしく『死神』だった。

 最後に残ったのは、首謀者の男一人だけ。
 ルフィを見つめたまま、その場にへたり込んで動かない。
 けれど彼の表情は恍惚とした色を帯びていて、まるで裁きを待つ殉教者のようだった。
 ルフィが、ようやく自分を見てくれたからだ。
 ずっと気付かなかった、これが真の望み。
 何でもいいから、こっちを向いて欲しかった。

「モーガン、お前を救おう」
 ルフィはそれを知っていて、あえて深遠なる慈悲を与えた。
 振り上げた拳を、力一杯眉間に叩き込む。
 強烈な一撃はモーガンの頭蓋骨を砕き、割れた額から鮮血が噴き出した。
 自らの体液がルフィの全身を汚すのに、狂った悦びを覚えながら。
 不器用で愚かで哀れな男は、けれど望み通りの最期を迎え、命を持たぬただの肉塊と化した。

 その一部始終を、ゾロはじっと見つめていた。
 手首にめり込む鎖よりも、殴られて傷付いた肉体よりも、何より胸が痛む。
 やっとこちらを振り返ったルフィ。
 ああ、そんな血まみれになっちまって・・・
 拳・・・裂けて骨が見えてるじゃねェか。
 無茶、しやがる・・・

「ゾロ・・・」
 ルフィはゆっくりとゾロの所まで行き、鎖で吊るされた身体を愛おしむように舐め上げた。
 抉れて肉の見えた部分も。
 骨が折れて赤く腫れ上がった部分も。
 一番手酷くやられた顔面も。
 まるで赦しを乞うように、優しく舌を這わせる。
 そして耳元にそっと、卑怯な台詞を語りかけるのだ。

「ゾロ・・・愛してる」

 謝罪の言葉など、ルフィは決して吐かない。
 この囁きだけで、全てを許せと言う。
 簡単にとっ掴まってんじゃねェよ、とか。
 遅ェんだよボケ、とか。
 ゾロはルフィに言ってやりたいことがたくさんあった。
 けれど、もういい。
 それでいい。
 悔しいけれど、その言葉だけで俺は。

 ルフィ。
 何もかも抱えすぎなんだよ、テメェは。
 その優しさが、そのうちお前を壊すんじゃねェかって、俺はいつも・・・
 今はもう。
 ただ引き寄せて、強く抱き締めてやりたい。
 けれど、それすらもお前は拒むのだ。


「ハ・・・ッ、あァッ・・ルフィ!外せ、コレ・・・ッ」



 いつまでも解かれぬ鎖が、ガチャガチャと悲鳴を上げる。




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9999キリリク「緊縛ゾロでルゾロ」SSでした。
以前書いた『ゾロへの見せしめ』編と対になる『ルフィへの見せしめ』編でもあります。
『男達の理解不能な濃ゆい世界』ってのを描きたかった(笑)
いや・・・そうでもないか。結構耽美な世界になっちゃってますよね(汗)
きっとルフィ×モーガンなんて、ワンピ同人界広しと言えど
マジで書いたのはアタシくらいでしょう(爆)
つか、この先ワンピ本編でモーガンがピンピンして出てきたら一緒に笑って下さい。

ゾロがワリ食いまくってる気がする今回のお話ですが、
こんなプッツンルフィがそれでも一番信頼してるのはゾロなんだ!ってことで
納得してやって下さい。
うおぐえさん・・・ゴメンね、こんな痛いモンになっちゃって・・・(涙)
でも必死でゾロを男前に書こうとした努力は買ってください(笑)



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