主人に言い渡された部屋は、雨戸を閉め切った状態のため、真っ暗だった。ランプが置いてあるのだろうが、こう暗くてはそれがどこにあるのかすら分からない。
 外は砂嵐が止んだのか、風の音も途絶えて不気味なほどの静けさを保っていた。
 青年は手探りで窓辺まで行き、雨戸を開け放つ。途端、西に傾いた茜色の光が部屋中を満たし、部屋の全様が見て取れた。
 部屋は寂れてはいたが、思ったよりも広い空間があり、大きなベッドが二つ、鎮座していた。その一つに、未だ眠りについている少年を、そっと横たえる。
 外套をその場に脱ぎ捨てた青年は、腰の刀をすぐそばの壁に立て掛け、ベッドに座って少年の顔を覗きこんだ。
「ルフィ・・・起きられるか?」
 少年の頬を優しく撫でて、覚醒を促す。
 黒髪の少年―――ルフィは、青年のその声に、ようやく「ん・・・」と身を捩って反応を返した。
 しかし、それだけだ。起き上がる事も、目を開く事さえもできない。
「水だ、ルフィ・・・」
 青年はそんなルフィに、なんとか水を飲ませてやりたくて、グラスから少し水を煽った。そしてそのまま、そっと口付けることで、まずは乾いた唇を湿らせてやる。
 久方振りの液体の感触に、ルフィの口が僅かに開く。
「ん・・・ぞろ・・・」
 呼ばれたそれは、青年の名。
 ゾロは、そのまま深く口付け、乾ききったルフィの口内を舐めて潤していった。
 甘いキスは、ただ『癒す』行為だ。
 やがて唇を離すと、ルフィは「もっと」と強請るようにゾロの首に手を回す。ゾロはそのまま小さな身体を抱き上げるようにして、引き起こした。
「ゾロォ・・・」
「もう少し、飲め」
 甘えるように抱き付いてくるルフィの背に腕を回すと、今度は口元にグラスを持っていってやる。
「やだ、ゾロ・・・」
「ん?」
 顔を逸らせて拒絶するルフィに、ゾロはどうしたのかと顔を覗き込んだ。
 ルフィの瞳と、視線が絡む。
 薄く開いたルフィの瞳は、左右の色が違っていた。
 右が深い海の底のような蒼なのに対し、左は琥珀に太陽の光を当てたような金色。
 稀有なそれは『オッド・アイ』もしくは、神の目の意で『ゴッド・アイ』とも呼ばれていた。
 神の目を持つ者。つまり、先見の能力を持つ者として、彼らは神に仕える神聖な地位を築いていた。
 そんな崇高な存在であるルフィが、何故こんなところに居るのか。
 それには、深い事情があった。

 トロンとしたルフィの瞳に、ゾロの姿が映る。
「ゾロの口からが、イイ・・・」
 そうしたら、ゾロも一緒に飲めるだろ?と。
 にしゃっと笑ってそんなことを言うから、ゾロは胸にキリリと走る痛みを感じてしまう。
 こんな幼い身で、この砂漠の過酷さを思い知ることになるなんて。それなのに、ルフィはこんなにも優しく、自分を気遣ってくれる。
 ダメだ、と思っても、ゾロは目頭が熱くなるのを抑え切れなかった。
 それを誤魔化すように、ゾロはグラスの残りの水を煽る。そして、ルフィの口へと全て注ぎ込んだ。むせてしまわないように、少しずつ、少しずつ・・・
 コクコクと喉を鳴らして、ルフィはゾロに分け与えられるままに、僅かな水を飲み干した。

「美味かった、ゾロ・・・ありがと」
 そう言うや否や、ルフィの身体から再び力が抜け落ちる。砂漠の旅に体力を奪われた小さな身体には、もう少しの休養が必要だった。
 普段は目が離せないくらい賑やかに駆け回っているルフィであるから、ゾロは余計に心配でたまらなかったのだが。
「ルフィ・・・」
 空気が震える程の僅かな呼び掛けに、ルフィからの返事はない。代わりに、スースーという穏やかな寝息が返ってきた。
 抱き付いたまま眠りについてしまったルフィを、そっとベッドに横たえる。身体を引いてルフィの腕を解こうとするが、しかし背中に回された小さな手は、ゾロの服をしっかりと掴んでいて、離してくれそうにない。
 ゾロはルフィの顔の脇に肘を付くと、体重が掛からない様に注意しながら、ルフィに覆い被さった。
 頬に、額に、鼻先に・・・キスを落としながら、少し埃っぽくなった髪を撫でる。

 この小さく儚い存在が、ゾロの心を酷く掻き乱すのだ。
 彼の心を占めるのは、『不安』。
 嗚咽が、漏れた。



続く >>