同居人 〜悠久の記憶〜
「うわっ、スゲ混んでるな!」
エレベーターを出た、第一声がそれだった。
いや、エレベーターだって定員ギリギリまで乗ってもまだ溢れた人間がいたくらいだから、この混み具合はある程度予想できたのだが。
けれど、まさかこれほどまでとは・・・
ルフィとゾロはエレベーターの前、長く連なる人の列に、思わず立ち竦んでしまった。
さて、そんな二人は一体今どこにいるのかというと。
ここは繁華街の一角にある映画館。十数階建てのビルで、上の方の階が映画館になっているタイプのものだ。
まだ新しいそこは、チケットを買う時点で座席まで指定できるということもあって、待つのが苦手なルフィにとってはお気に入りの場所だったのだ。
穴場だと思っていたのに、もうこんなにも知れ渡ってしまっていたなんて・・・
「ちくしょ〜、とにかくチケット買ってくるよ!」
ゾロはそこら辺で待ってて!と。
覚悟を決めたルフィは、あっという間に人ごみの渦に消えてしまった。
一人取り残されてしまったゾロは、ルフィに一人で行かせてしまったことを申し訳なく思いつつも、自分まであの渦に呑まれてしまったら、再びルフィと合流するのは不可能だと察し、とりあえず隅の方で待つことにする。
人ごみの予想される土曜日にわざわざこんな場所へやってきたのは、ルフィのたっての希望である。
目的は今日から公開の『チャーリーズ・エンジェル フルスロットル』だ。
一緒に観に行こうと誘われて、予備知識にとシリーズ1作目をつい先日観たところだ。
ルフィが夢中になるだけあって、なるほど面白いと思った。
ゾロだって、今日を楽しみにしていたのは確かだ。
けれど、まさかこれほどの混み様とは・・・
チケットゲットまでにはまだ相当かかるだろうと判断したゾロは、ブラブラと歩き、そこらに貼ってある予告ポスターに視線を流した。
目に止まったのは、一隻の大きな船が載ったポスター。中世ヨーロッパ風の衣装を身に着けた若者と女、そしてひときわ派手な格好の男。
「『呪われた海賊・・・』、海賊モノ・・・か」
そう呟きながら、ゾロは何故か酷く懐かしい感覚に捕らわれていた。
何故、だろうか。
『海賊』という言葉に、腹の奥が熱くなる。
「海賊・・・かいぞく・・・・・・海、賊・・・」
原因を探るように、口の中でその言葉を転がしてみる。
そして、次の瞬間口から零れ出た言葉に、ゾロの胸が大きく高鳴った。
「かいぞく・・王・・・」
『海賊王』・・・
何故、そんな単語が出てきたのか。
不思議に思う間もなく、ゾロは激しい立ち眩みに襲われた。
グラリと身体が揺れかけて、慌てて目を閉じる。
その瞬間、目の前に広がった光景は、ゾロに更なる衝撃を与えた。
目を、閉じたはずなのに・・・そこには、果てしなく壮大で鮮やかな光景が広がっていたのだ。
一面の青。
澄みきったコバルトブルーだ。未だかつて、見たこともないような・・・
いや、こうして今、目の前に見えているのだから、それは『見たこともない』わけではないのだろうか。
海と空が、切れ目が判らないほど青く、青く。
幻のような絶景に、ゾロは目を見開いた。
「・・・ッ!」
と。
開いた視界に写ったのは、さっき見ていた映画のポスターだった。わざとくすんだ色使いをしているポスターからは、鮮やかなコバルトブルーなぞ、想像もつかない。
一瞬、ワケが解らなかった。
それならば、たった今視界を占有したビジョンは、一体何だったのだろうか。
ゾロは自分の目が信じられなくて、何度か瞬きを繰り返してみた。目も、擦ってみる。
けれど見えるのはやはりポスターだけだ。
ゾロは大きく一つ息を吐き出すと、強張っていた肩の力を抜いた。眩暈も、すでに治まっている。
先ほどのビジョンが何だったのか知らないけれど・・・いや、それを思い出すためにも。
もう一度、見たい。
その時、ゾロの背中にルフィの声がかかった。
「お待たせゾロ〜!」
パタパタと駆け寄って来るルフィは、手にチケットを二枚握り締めている。無事、座席を確保できたようだ。
「あ!これ、『パイレーツ・オブ・カリビアン』だろ!スゲェ観てェって思ってたんだ!」
ルフィはそのままゾロに突進するかのように抱きつき、ちょうど目の前にあったポスターを指差して言う。
「ゾロも興味あるのか?来月公開だからサ、また一緒に来ようぜ♪」
そう言って笑ったルフィの頭に。
何かが乗っているのが見えた。
大きな帽子、に見える。
こんなもの、来る時に被っていただろうか?
ゾロはそれを確かめるかのように、手を伸ばした。
「・・・ゾロ?」
どうかしたか?と呼ぶ声にハッとする。刹那、ルフィの頭にあったはずの帽子が消えていた。
「・・・あ」
錯覚・・・だったのだろうか。
さっきの、青い白昼夢と同じ。いや、それに続いているような。
同じ世界なのだと、ゾロには説明できない『確信』があった。
「いや・・・悪ィ、何でもねェんだ」
ゾロは行き場のなくなってしまった手をぎゅっと握って下すと、再びポスターへと視線を逃がした。
けれど、今は・・・今いる世界は、此処なのだ。
映画や書物でしか、『海賊』なんて存在しない世界だ。
それでいいのだ、とゾロは思った。
「これ・・・俺も興味あるな。帰りに前売り、買っとこうぜ」
ゾロがそう言ってやると、ルフィは嬉しそうに「おう!」と笑う。
「『海賊』ってなんか、わくわくするよな♪」
子供みたいに無邪気な笑顔を見せるルフィに、きっと普通の大人ならば顔を顰めて返すだろう。『海賊』といえば、あくまでも『盗賊』や『強盗』と同類であり、平和を乱す『悪人』なのだから。
けれど、ゾロにはルフィの笑顔の理由が解っていた。
それこそ、『説明できない確信』だ。
二人は、同じ『世界』を知っているのだという事実が、ゾロには嬉しかった。
「なぁ!腹減ったよ!始まるまであと1時間くらいあるからサ!とにかくメシ食おう、メシ!」
納得したところで急に空腹を思い出したのか、ルフィはゾロを引っ張ってどんどん歩いていく。ひとつ下のフロアーがちょうどレストラン街になっているのだ。
「お、おい!」
手を引かれるままにエスカレーターに乗って。
それでも解放されない手。ルフィのそれに、握り締められたままの。
ゾロがその状態に何か言いたげな顔をして見せるから、ルフィは「嫌か?」と上目遣いに見上げてみる。
「こうしてたら、ダメか?」
すると、ゾロは参ったな、という風に優しく微笑んで見せて。
「お前が嫌じゃなきゃ、俺は構わねェよ」
そう、本心をありのままに告げた。
こんな、カップルで溢れかえった繁華街だ。男同士で手を繋いでいれば、大層目立つことだろう。
何の予備知識もない周りの目から見たら、自分達はどんな風に見えるのだろうか。
似ていない兄弟か。
仲の良すぎる友人か。
それとも、ホモのカップルか。
そこまで考えてみて、ゾロは羞恥を飛び越して何だか可笑しくなってしまった。
今更、格好悪いとか、誰に見られたくないだなんて思ったりしない。
それよりも、ルフィが大切だという想いの方が、ゾロにはずっと大事だった。
ルフィもそうだろうと確信してるのは、自惚れだろうか。
「チケット代払わせちまったからな、昼メシは俺が奢るよ。何処でも好きな店を選べよ」
気分の良さに後押しされてそう言ってやると、ルフィは「ホントか!やったぁ!」と、空いた方の手でガッツポーズを作って見せた。
こんなことくらいで、これほどまでに喜んでもらえるのだ。
ルフィの素直さこそが、自分を変えたのだと。ゾロは今更ながらに納得してしまった。
何をしてやれば他人は喜ぶのか、ゾロはそれまで知らなかったから。
なるほどルフィはそういう意味では非常に分かり易い。
ふと、こちらを振り返ったルフィと目が合った。
にししと満足そうなルフィに、何だ?とゾロが問う。
「ん、ようやくデートっぽくなってきたなと思ってサ♪」
「・・・・・・アホ」
それは、いかにもゾロらしい『照れ隠し』だった。
悠久の記憶は、二人が同じ時代に生を賜わる『鍵』となったかもしれない。
けれど今。
この時代のこの場所で再び惹かれ合ったのは
『記憶』とは無関係な、彼ら自身の『想い』に他ならない。
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