同居人 〜忘れないで〜
朝、夜じゅう降り続けた雨はすっかり上がり、眩しい太陽が差し込む梅雨の晴れ間だった。
昨日の衝撃の事件がまるで夢だったかのように、またいつも通りの月曜日がやってきた。
三日間の幸せなひとときは、こうして煩雑とした日常に埋もれて、記憶からも消え去ってしまうのだろうか。
そして、ルフィとのキスも・・・
「好きだ」と言われたあの後、散々雨に打たれた二人はそのままマンションへ帰った。
部屋へのドアを開けると、もうあの告白なんて忘れたかのように、いつも通りのルフィに戻ってしまって。
「ごめん、速攻で上がるから先にシャワーしてイイ?」と、バスルームに消えて、入れ替わりでゾロが入り終わった時には、リビングでもう自分の飯の支度をしていた。
「先食ってるぞ〜」と手を上げて笑ったルフィは、あまりにも普段と違いがなくて、ゾロはホッとしたのと同時に、内心ほんの少し寂しかったのも事実だ。
ルフィのあの言葉に、深い意味なんてないのだと、思い知らされた気がした。
いや・・・それで良いのだ。
自分とルフィとは、ただの『同居人』なのだから。
一体自分はどうなることを望んでいたのか。考えるだけで自己嫌悪に陥る。
これでは、ルフィを縛り付けようとした過去の女達と一緒だ。
それだけは許されないことだ。
ルフィにその気がないのなら、自分だって変に意識してはならない。気まずくなるだけだ。
結局、あの告白は聞かなかったことにしようということで、ゾロの心は落ち着いた。
けれど、そう決意してスッキリしたはずなのに、ゾロの胸には未だ昇華しきれない痛みが潜んでいた。
それは、気付いてはならない『想い』のせい・・・
「おはようゾロ!」
ゾロが身支度を整えて自室から出ると、ルフィはもう起きていて、リビングのソファでトマトジュースを飲んでいた。
ルフィの朝は極端だ。
こうしてビックリするほど早くに起き出していることもあれば、ゾロが家を出る頃に声をかけてやったところで、ようやく慌てて飛び起きることもある。
しかしどちらにせよ、ルフィは朝から何もしない。早く起きても、お決まりのトマトジュースをグラスに注いで、夜着のままソファでテレビを見ているだけだ。
そんなルフィに「おはよう」と返して、ゾロはお湯を沸かしにキッチンへ入る。ゾロの朝は、ホットコーヒーで始まるのだ。
と言っても、ただのインスタントだけれど。
「トースト焼くけど、お前も食うか?」
カウンターキッチンからそう問うてやると、ルフィはテレビから一瞬だけ視線を移して、「おう♪」と答える。
そうすると、ゾロは食パンを二枚、トースターに放り込むのだ。
これが、二人の日常だった。
今日もこの光景は変わらない。
だが、ルフィの次の台詞は、予想だにしない突飛なものだった。
「今週の土曜日にさぁ・・・デート、しようぜ」
あまりに唐突なそれに、ゾロは口に含んでいたコーヒーを思わず派手に吹いてしまう。
「なにやってんだゾロ、汚ねェぞ」
眉を顰めて布巾を投げて寄越してくるルフィに、「・・・お前が変なことぬかすからだろ」・・・などとは言えない、ゾロである。
『デート』と言っても、ルフィにとっては別に深い意味はないのかもしれない。ならば、それは別に『変なこと』ではないのだ。
無言でコーヒーの飛沫を拭き取りながら、ゾロの頭は真っ白だった。
そんなゾロに、ルフィは構わず続ける。
「観たい映画があるんだよ。『チャーリーズ・エンジェル』の2がサ、今度の土曜日から公開なんだ。あ、でもゾロは1観てなかったっけ?ならウソップがDVD持ってたからさ、それまでに借りて来てやるよ」
なんだ・・・そんなこと、か。
『映画』と聞いて、ゾロは思わず気が抜けてしまった。それならば、別に意味深に『デート』などと言う必要はないではないか。以前だって何度か、映画には行ったことがあるのだから。
「ちょっと待て・・・俺は週末もバイトだ」
ゾロの口から出たのは、何故か不機嫌そうな声色だった。
いや、実際腹立たしかったのかもしれない。
ルフィの思わせぶりな言葉と、自己中心的な予定とが。
今までだったらこんなこと、「しょうがねェな」の一言で済んでいたはずなのに、何故か今日は酷くむかっ腹が立ったのだ。
「テメェの都合で勝手言うな。そういうのは女と行けばいいだろ」
言ってしまってから、「しまった」と思った。ルフィがこの間付き合っていた女に振られたばかりだということは、ゾロだって知っていたのに・・・
それでも、一度言ってしまった言葉は取り消すことも叶わない。
ゾロは己の失言を謝ることも、ルフィと視線を合わせることさえも出来なかった。
「ゾロ・・・」
「とにかく俺はパスだ!もう行く。おまえも遅れないうちに準備しろよ」
何か言おうとしたルフィを遮って、ゾロはたたみ掛けるように言葉を被せる。そして、そのまま目も合わせないで踵を返した。
とても・・・ルフィの顔を見ることなど出来なかったのだ。
きっと、驚いて目を見開いているか、有無を言わせぬ自分に腹を立てているかのどちらかだろうから。
全く、自分はどうかしている。
昨日のことを、全然振っ切れていない。
未練がましい己の心が、何よりも許せなかった。
通学用のリュックを肩に引っさげて、ゾロは逃げるように家を飛び出す。どう考えても、まだ一限目の授業にだって早すぎる時間だ。
「・・・クソッ!」
この憤りは、どうすれば鎮める事ができる?
エレベーターの前で立ち尽くしたゾロは、コンクリートの壁をガツンと殴りつけた。
残されたルフィはというと。
いきなり怒り出したゾロに、目を丸くするばかりだ。
そして、次第に落ち込みはじめた。ルフィにしては珍しく。
「なんだよ・・・ゾロとデートしたいって思っちゃダメなのかよ・・・」
ルフィとしては、昨日のあの告白は勢いでも冗談でもなかった。
ゾロが好きだと思ったから、そう伝えたのだ。
答えの代わりに抱き締め返してくれたのが、本当に嬉しかった。
そして、ゾロも自分を好いてくれているのだと、確信したのだ。
しかし、今はその確信が揺らいでいる。
デートしようと言った自分に、急に怒り出したゾロ・・・
解らない。
ゾロの気持ちが。
自分の気持ちすら、解らなくなってくる。
その時、リビングに大きなチャイムが響いた。
その音に、ルフィはテーブルに伏せていた頭をガバッと上げる。
もしかすると、ゾロが戻って来てくれたのだろうか。ゾロは普段チャイムを鳴らしたりしないけれど、それにしてもあまりにタイミングが良すぎる。
ルフィはバタバタと玄関まで走って行くと、慌てて鍵を外し、ドアを開いた。
「ゾロッ!?」
「うおアイテェッ!!」
あまりにも勢い良く開いたせいで、前に立っていた人物はモロにドアとガッチンコするハメになる。
「テメ・・・ルフィ〜〜!何すんだよバカヤロ〜〜ッ!」
たまらず鼻と額を押さえて蹲った犠牲者は、どう見てもゾロではなかった。
「ウソップ・・・?」
それは、ルフィの親友のウソップだった。
「いや〜〜ワリィワリィ〜なっはっは〜〜」
真っ赤になった鼻をさするウソップに、ルフィはたいした反省も感じられない様子で謝る。
リビングのソファにまで丁重に案内して、「何か飲むか?」と冷蔵庫を開くルフィに、ウソップは「それよりも」と話を切り出した。
「お前、昨日何遍も電話してきてただろ?オレは昨日ずっとバイトだったからよ、留守電にしてたんだけど・・・切羽詰ったような声でメッセージが入ってたから・・・」
「え?・・・あ、ああ・・・」
そういえば、とルフィは思った。
昨日、子猫の様子がおかしい事に気付いて、ルフィはまずウソップに電話したのだ。けれど、何度かけても留守電のままで・・・
「バイトが終わってメッセージ聞いてよ、オレからも何度も電話したんだぜ?お前、出ねェから・・・心配して来たんじゃねェか」
「あ?ホントか?」
ルフィは慌てて自分の携帯電話を探ってみる。が、パジャマのポケットになど入っているワケもなく・・・
「あれ?おれ、ケータイ何処やったっけ?」
「いや、オレが知るかよ・・・」
あちこち歩き回って携帯電話を探し始めたルフィに、ウソップは呆れた風に返した。おそらくそんなことだろうと思ったが。
「あ!こんなとこに挟まってたのか〜はっはっは」
ソファの背もたれの隙間、奥にまで入り込んでいるのを見つけて、ルフィは悪びれもせずに笑う。
確かに、ウソップからの着信履歴が7件も入っていた。ルフィはいつもバイブで着信を知らせるように設定しているから、こんなところに放置してあれば気付かないのは道理だ。
「こないだ言ってた子猫・・・調子悪いんだって?結局、どうなっちまったんだ?」
少し言い難そうにウソップが問う。
本当はこの家に入った時から、何となくその答えは解っていたのだけれど・・・
案の定、ルフィは寂しそうな苦笑を浮かべて、肩を竦めて見せた。
「うん・・・死んじまったよ。呆気ねェモンだな・・・」
「そう、か・・・悪かったな、力になれなくて・・・」
「ううん、心配してくれたんだろ?ありがとな」
しばし無言で、二人はソファに身体を預けていた。その時の悲しみを思い出したかのように黙り込んでしまったルフィに、ウソップはかける言葉が見当たらない。
しかし、ルフィのショックはウソップの想像とは別のところにあった。
ルフィは、朝からゾロとのことがあって、『子猫の死』をすっかり忘れてしまっていたのだ。
このまま、駆け抜けていく日々に埋もれて、あの記憶までもが風化してしまうかもしれないことが、ルフィにとっては酷くショックだった。
ゾロと一緒に可愛がったちびのことを、いつまでも忘れたくはない。
本当に短かったけれど、あの三日間はルフィにとってもかけがえのないものだったのだ。
「ウソップ・・・おれ、忘れたくねェんだ・・・」
「?」
突然ポツリポツリと話し始めたルフィに、ウソップは黙って続きを促してやる。
「ちび、な・・・おれの手の中で死んだんだ。でも、幸せだったと思う・・・おれも、幸せだったから」
ルフィの台詞はいつも少し言葉が足りなくて、おそらく彼の事をあまり知らない人間からすると、何てことを言うんだと思われるだろう。
けれど、ウソップはルフィのことなら昔からよく解っているから、それだけで彼の言いたいことを十分に理解した。
ルフィは、子猫が居た日々のことを記憶に止めておきたいと、言っているのだ。
しかし、そのすべを知らないルフィに、ウソップは一つの提案をしてみる。
「写真を飾るのはどうだ?」
「え?」
「ほら、お前ケータイで撮ったっての、見せてくれただろ?」
「あ、うん・・・でもどうやってプリントすんのか知らねェし・・・」
「そんなこと、このウソップ様に任せとけよ!バッチリキレイに出力してやるよ!」
大学のパソコンでやれば、キレイにできるぜ、と言うウソップに、ルフィはたちまち元気を取り戻した。
ウソップとは学部こそ違えど、同じ大学なのだ。これから一緒に行けば、ちょうど良い時間だ。
「そうか!それじゃすぐ行こう!準備してくるっ!」
バッと立ち上がると、ルフィは自分の部屋へ駆けて行く。
パジャマをベッドに放り投げて、クローゼットから適当に引っ掴んだ服を身に付けると、「さぁ行こう!」と未だリビングにいたウソップを促す。
「オイオイ・・・歯くらい磨いていけよ。顔も洗え、まだ時間ならあるんだからよ」
「え?ああ、そうか」
頬に付いていたパン屑を目敏く見付けたウソップの指摘で、ルフィは素直に今度は洗面所へ向かった。
それからも、ほらカバンにちゃんと教科書詰めたか?財布と定期入れはちゃんと入ってるか?と一つずつ聞いてやるのに、ルフィはそのたび慌てて部屋を出たり入ったりする。
「ったく、準備くらいしておけよ〜、そんなだから毎回隣の奴に教科書見せてもらうハメになるんだろうが・・・」
「・・・面目ねェ」
まるで母親のように持ち物チェックをしてくれるウソップに、ルフィは頭が上がらない。
「よし、オッケーだな?じゃあ行くぞ、ほらっ」
「お、サンキュ〜!」
最後に携帯電話を放って寄越されたのを受け取って、ルフィはそれを尻のポケットに押し込んだ。
ウソップのこんなおせっかいに、実はいつも助けられているルフィである。
だらしない性格を見兼ねて、こうして物を言える数少ない友人がウソップだった。ルフィも彼の言う事なら素直に聞く。
もちろん、ウソップのことが好きだからだ。
廊下でエレベーターを待つウソップの横顔に、ルフィは感謝を篭めてこう言った。
「好きだぞ」
すると、ウソップはちょっと驚いたように目を開いて、しかしすぐに肩を竦めて「あ〜あ〜、オレも好きだよ」と返す。
「好きじゃなきゃここまで付き合ってやれねェよ」
「にししし♪」
そうは言うけれど、ウソップは好きじゃない奴にだって優しいということを、ルフィは知っている。皆に公平に親切なのがウソップだ。
何を思ったかルフィ。今度は、ウソップにふっと顔を近づけて、掠め取るようなキスを送った。
「ななっなにすんだ!?」
さすがのウソップも、その行為にはぎょっとしてあとずさる。
そこを通り過ぎる、主婦二人連れ。
こちらから慌てて目を逸らし、こそこそと何やら話しながらそそくさと去っていく。
「オオイ!どうすんだ!?見られたじゃねェか!全く何考えてんだテメェはッ!」
半泣きで喚き立てるウソップに、しかしルフィは何か考え込むように腕を組んでいる。
「う〜ん・・・やっぱり何か違うんだよなァ・・・」
「・・・は?何が?」
この様子を見ると、どうやらルフィのキスは本気ではなかったようだ。
そのことにちょっとばかりホッとしたウソップは、一体何なんだ?と問い詰める。
「好きだったらサ・・・キスしたり、抱き締めたりしてェって思うモンだよな?」
「あ、ああ・・・まぁ、そうだな」
もうとっくの昔に筆下しも済ませているクセに、今更コイツは何を言い出すんだ、とウソップは思う。
「ウソップはカヤとキスしたらどんな感じだ?」
「え?い、いやぁ・・・そりゃ、ほわ〜〜んと幸せ〜な気分になって・・・って、ナニ言わせんだコラッ!」
顔を真っ赤にして裏拳を入れてくるウソップ。カヤというのは、もうかれこれ何年も付き合っている恋人のことだ。
彼も自分のこととなると人並みに照れ屋である。
「ウソップのことは好きだけどサ・・・キスしてェとは思わねェんだよな」
「やっちまってから言うなよ・・・」
「しても、別に幸せになったりもしねェ」
「安心しろ、オレもそうだ」
色々合いの手を入れつつではあるが、ウソップはルフィがこんなことを言うのには、何か意図があればこそだということも解っていた。
急かさずに、それを聞き出してやる。
「今の、な・・・ゾロにもやったんだ。スゲェしてェって思ったから。そんで、したらなんか気持ち良かった」
これって、ゾロのことが好きって事だよな?と。
上目遣いに問うて来るルフィに、ウソップはああそういうことか、と納得した。
それはまるで、木から離れたリンゴが重力に引かれて地面に落ちるように、ストンと胸に落ちてきた。まるで成るべくしてなった『必然』のように感じたのだ。
人の心に敏いウソップは、ゾロがルフィのことを少なからず想っていることも、何となく気付いていた。
だから、それに続いたルフィの台詞に、天地が引っ繰り返るほど驚いたのも事実だ。
「でもゾロは・・・おれのこと好きじゃないのかもしれない」
「えええっ!?」
イキナリ大声を上げたウソップに、今度はルフィが驚く番だった。
目を丸くするルフィに「あ、いやスマン」と一言謝りはしたが、ウソップは内心信じられない気持ちでいっぱいだった。
しかし、何故そんなことを思ったのか、まずは聞いてやるのが先だ。
「なんでそう思うんだ?」
「ゾロ・・・なんか機嫌悪ィんだ。顔合わせてもくれねェし、おれのこと避けてる気がする」
「う〜〜ん・・・」
ルフィの言葉に、ウソップは思わず低く唸ってしまった。
彼思うに、ゾロがルフィのことを好きなのはまず間違いがない。しかも、ルフィが気付くもっとずっと前からだ。
ルフィに紹介されて初めてゾロに会った時のことを思い出す。自分達がまだ高校に入りたての頃だ。
その頃から、外見はかなり強面で、何となく近寄り難い雰囲気を持つ男だった。背は高いわ目付きは悪いわで、正直ウソップはどうしてこんな奴がルフィと一緒にいるのかと訝しんだものだ。
しかし、目の前に立ちはだかった彼が、ルフィの「おれの親友のウソップだ」という言葉で、「そうか」と素直に手を差し出して来たのを見て、「ああ」と思った。
ああ、この男も、ルフィにほだされて惹かれて、そして心を奪われた一人なのだと。
それ以来、第一印象よりもずっと気の良い奴だったゾロとは、ウソップも懇意に親しい付き合いを続けている。
そのゾロが、だ。ルフィに突然「一緒に住もう」と言われたのにも、その日のうちに承知してしまったゾロが、だ。
よもやルフィのことが嫌いだなんて、そんなことがあろうはずがない。
きっと生真面目な彼は、ルフィの気持ちを測り兼ねて戸惑っているだけに違いない。
ならば、ちょっとルフィの背中を押してやれば、二人は落ちつくところに落ちつくだろう。
「お前らしくねェな」
ウソップは肩を竦める大袈裟なジェスチャーをしながら言い諭す。
「思い立ったらガンガン押しまくるのが、お前のスタイルだろ?な〜に弱気になってんだよ、らしくねェぞ?」
その言葉に、ルフィはハッとしたように顔を上げた。
そうか・・・
確かにそうだ。
こんな風にくよくよしているなんて、自分の信条に合わない。
ゾロが好きだというこの気持ちに、もっと堂々としていたい。
ゾロが仮に自分のことを好きじゃないとしても、脈はあると思う。
絶対に、おれのことを好きになる。自信は、ある。
「そうか〜うん、イイな、それで行こう♪」
途端に目を輝かせていつも通りの彼に戻ったルフィに、ウソップは「頑張れ」と肩を叩いてやる。
ルフィはにししっとはにかんで見せて、内緒話でもするかのようにこっそりと言った。
「キスしたくはねェけどな、お前のこともスゲェ好きだぞ、ウソップ♪」
「・・・オレも、抱き締めてェなんてこれっぽっちも思わねェけど、お前が好きだよ」
「ははは!おれ達『ソーシソーアイ』だな♪」
「・・・お前、意味解って言ってんのか?(汗)」
二人はまるで小学生のようにふざけてはしゃぎ回りながら、駅への道を駆けて行った。
※
「あれ?」
玄関の扉を開けると、そこにはすでにゾロの靴があった。
ルフィは、そうか今日は珍しくバイトが入ってなかったのか、と納得して、ゾロの隣に靴を並べる。
まだ今朝のことで機嫌悪かったらどうしよう、と、さすがのルフィも少しだけ心配だったから、すでにゾロが帰っていると知って、嬉しくなる。
さて、ルフィより先に帰宅していたゾロはというと。
気まずい状態のまま家を飛び出してしまってから、それはもう猛烈に落ち込んだ。『ロープがあったら首を吊りたい』と思うほどに。
しかし、その挫折を反省、そして改善へと切り替える程度にまで立ち直って。
最終的にやはり、最初に決めた姿勢にまで立ち帰ることを決意した。
つまり、『これまで通りの同居人としての位置』に。
どう考えても、それが一番ベストなのだ。
そして、朝のことは素直に謝ろう。
ちびのことで落ち込んでいたから、ついあんな態度を取ってしまったのだ、と。
月曜は5限までみっちり授業が入っている日だから、ルフィの帰りはいつも夕方の7時を回る。
仲直りの意味も篭めて、先に帰宅したゾロは晩御飯にオムライスを準備して待つことにした。数少ないゾロのレパートリーの中でも、ルフィが一番気に入ってくれている料理だ。
冷蔵庫で長い間眠っていた野菜(!?)と、奮発して買った焼豚を切っているところで、玄関から物音が響いた。
ルフィが帰って来たのだ。
「ゾロ!」
リビングの扉を蹴破ろうかという勢いで入ってくるルフィに、ゾロは普段と何ら変わらない態度で「おかえり」と言う。
心臓がいつも以上に早鐘を打っていることなんて、知られてはならない。
「見せたい物があるんだ、ゾロ。こっち来い」
だから、ルフィが帰るなりそんなことを言い出したのにも、ゾロは「ったく、何事だよ」と困った風に笑って見せた。
本当は、もうそれだけで逃げ出したい気分になっているなんて、おくびにも出さずに。
しかし、我慢できずにゴクリと唾を呑み込んだ音が、やけに耳に大きく響いて、ゾロは頭が真っ白になってしまった。
ルフィは一体なにがしたいのだろうか。
『見せたい物』とは、一体・・・?
「これ、サ・・・ウソップに頼んで写真にしてもらったんだ」
そう言って、ルフィがリュックの中から取り出したのは、木製の写真立てだった。
填めたガラスの間に入っているのは、丸くなって眠る子猫の写真。
ちび、だ。
ちびを拾ったその日に、携帯のカメラでルフィが撮ったものだ。
それほど最新でもないそのカメラでは、画質も良くなかっただろうに、輪郭がうっすらボケているとはいえ、明るくキレイに出力されている。
「ルフィ、これ・・・」
「ちびの事、忘れないためだ」
迷いの欠片もない声色に、ゾロはハッとして顔を上げた。
ルフィの、深い蒼の瞳が、真っ直ぐに自分を見つめている。
ゾロはただただ驚いた。
霞んで消えてしまいそうな記憶を、ゾロも同じように惜しんでいたから。
小さく温かい生命が生まれ、そして儚く散っていった。その、悲しみを分かち合って涙したあの日々を。
なかったことには、したくない。
ゾロは胸がぎゅうっと締めつけられるように痛むのを感じた。
ルフィも同じ気持ちだったということを知って、泣いてしまいそうなほど、嬉しいと感じている。
けれど、ルフィの『言いたいコト』はそれだけではなかった。
「昨日、お前に言った言葉も、忘れて欲しくない」
続いたその言葉に、今度こそゾロは心臓が壊れるかと思った。
駄目だ。
違う、んだから。
変な期待はするな。
そう、頭の奥で喚き立てる声が、ゾロに眩暈を引き起こす。
しかし、そんな騒音をも全て一掃するような、凛とした声が、ゾロの耳を打った。
「好きだ」
昨日、雨の中で聞いたのと同じ言葉が、ゾロの胸にジワリと染み渡る。
もう、逃れられない。
ルフィの『気持ち』からも・・・そして、自分の『気持ち』からも。
「映画、お前と二人で行きたいんだ」
緊張に強張ってしまったゾロの身体を、ルフィはやんわりと抱き締める。
ぴったりと身体を合わせると、ゾロの心臓が激しく脈打っているのを感じて、ルフィは表情を緩めた。
やっぱりな。
『脈あり』と踏んだ予想は、当っていた。
押せば、堕ちる。
「だから、バイトは休め」
背中に回された腕に力が篭もると、ゾロは観念したかのように肩の力を抜いた。
なんて勝手な言い草だ。
ここでもし、今朝のように怒って突き放してやったとしても、おそらく自分を責める人間はいないだろう。
それなのに、こんな我侭にもすでに手を打ってしまっている自分は、まさしく『馬鹿』としか言いようがない。
「・・・もう、休み取っちまったよ」
昼間に、バイト先の主任に電話して、すでに土曜日は休暇にしてしまったのだ。
仲直りに、映画付き合ってやるよ、と言うつもりで。
「ホントか!?やったぁ!デートだ、デート!」
ルフィはゾロの言葉に、まるで子供みたいに両手を挙げて喜んで見せる。
ゾロはそんなルフィを前に急に照れ臭くなってしまって、慌ててキッチンに舞い戻った。
カァーっと顔中が熱くなって、耳まで真っ赤になっているであろうことが自分でも判る。
「晩飯、オムライス作ってやるから、さっさと手を洗って来い」
そう、誤魔化しついでに言ったら、ルフィはそれにも「やったぁ!」と万歳して喜ぶから、ゾロは心底参ってしまった。
この男が好き、なのだと・・・思い知らされる。
ずっと、ゾロはルフィのことが『好き』だったのだ。
そう自覚してしまったら、益々顔が熱くなった。
こんな風に料理を作ってやることさえ、まるで『新婚さん』のような・・・
「ば、バカか俺は!」
そこまで思い当たって、ゾロは慌てて妄想を押しやった。
二人の関係は、この日、また少し前に進んだ。
けれど、それはまだ幼く純粋な関係だ。
これがもう一歩深く踏み込むには、今しばしの時間が必要だった。
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