同居人 〜猫の居る生活〜
「大変だぞゾロ!人間の牛乳じゃ、猫育たねェ!」
帰りざま、ドアを蹴破ろうかという勢いで開け放って、靴を脱ぐのもそこそこにルフィがそう、喚き立てる。
その内容はあまりにも簡潔すぎて、解るようで解らない。
「落ちつけよルフィ。猫が何だって?」
今まさに『人間の牛乳』を子猫に飲ませていたゾロは、思わず手を止めて問い返した。
ゾロの手の中に収まっているのは、まだ目も開いていない子猫。小さな小さな命だ。
昨日ゾロが雨の中拾ってきたその猫は、予備知識など何もないルフィとゾロに世話されて、同じ屋根の下で一日目の晩を過ごした。
夜中にも、目を覚ましては母猫を求めてミャーミャーと鳴き続ける子猫に、随分手を焼かされたものだ。
そんな時は、タオルの切れ端を入れたダンボールの寝床から出してやって、手の上に載せてやる。人肌の温もりを与えてやると、子猫は安心して再び眠りにつくのだ。
そうして、またダンボールに戻してやって、ゾロも布団をかぶり直す。
そして数十分後にはまた、夜泣きを始めるのだ。
最終的には、ゾロは布団から手だけ出して、その上に子猫を載せたまま眠ることとなった。
子育てというものの大変さを、ゾロは身に染みて感じたというわけだ。若い母親が子育てにストレスを溜めるという気持ちが、少しだけ解ったような気がした。
確かに、これは大変だ。
さて、そんなゾロであるが、今日は土曜日ということもあって大学の授業はない。運良くバイトも入れていなかったので、朝からずっとつきっきりで子猫の世話をしていた。
朝一で大学へ行ったルフィの方はと言うと、二限目までを終えてそのまままっすぐ家へ帰って来たというわけだ。
そして、先ほどの台詞に戻る。
「あのな、ウソップに聞いたんだけど。人間用の牛乳じゃ、栄養が足りねェんだって!それに、冷たいままのを飲ませちゃダメなんだと」
参ったな〜知らなかったよな〜〜と、ルフィはあっけらかんと笑って見せる。けれど、汗だくになって肩で息をしているところを見ると、その表情以上に慌てていたのだろうということは判った。
そんな風に親身になってくれていることが、ゾロには何より嬉しい。
「冷てェのをやっちゃマズイってのは分かってたけど・・・そうか、やっぱりちゃんとソレ用のミルクを買った方が良かったよな」
なんたって乳児なのだ。しかも、母猫のいない今、母乳をやれないのだから、その分ちゃんとした栄養を与えなければならないのは当たり前だ。
「ペットショップに行けば買えるんだって・・・で、ウソップに連れてってもらって、ほら!ちゃんと買ってきたぞ!」
さっきの台詞でも出てきた『ウソップ』というのは、中学時代からのルフィの親友である。お調子者だけれど、面倒見が良くて気のイイヤツだ。ゾロも彼のことはよく知っている。
きっと、朝からルフィに捕まって事情を聞かされ、何も知らないのを見かねて懇切丁寧に教えてやったのだろう。
そういえばあいつは動物が好きだと言っていた。
「ありがとう、気が利くな」
「にしし♪」
もちろんルフィにも、礼は言っておく。我が事のようにウソップに相談している様が、目に浮かぶようだ。
ウソップの勧めでルフィが買ってきたミルクは、味が濃くて子猫にとっては飲み難いのか、最初はニャーニャー鳴いて嫌がったが、次第に慣れていくと、美味そうにちゅーちゅーと飲んだ。
「かわいいなァ・・・」
ゾロの膝の上で安心しきって眠る子猫を、ルフィはうっとりと眺めている。ソファに座るゾロの足元に座り込んだ状態で。
おかしな下心などあるはずがない、ということは十分理解しているのだが、ルフィは膝に頭を乗せて擦り寄ってまでくるものだから、正直ゾロは気が気でなかった。
ルフィのこんな無意識の甘え上手は、生粋のものだ。それをどうこう言うのも、こちらが変に意識しているみたいで、気恥ずかしい。
とはいえ、なんせ他人に接近されることになど慣れていないゾロである。
「おい、ル・・・」
「ウニ〜♪」
ゾロがルフィを退かせようと呼んだのと、ルフィがウニを手招きするのとが、重なった。
遠巻きにこちらを見つめていたウニが、呼び掛けに応えて鈴をシャンシャン鳴らしながら近寄ってくる。
昨日から、ウニはやたらと甘えん坊になっているのだ。ルフィがぐりぐりと撫で回してやるのに、嬉しそうに咽を鳴らしている。
「はははっ、なんか子猫見慣れてたからなんだか、ウニがスゲェでかい猫みたいに見えるな」
元々ウニは成猫のワリと、そこらで見かける野良猫に比べても一回りは小さいと思う。
けれど、そんなウニと比較してみても、この子猫は本当に小さくて。
そして、酷く・・・儚く見える。
大事に、しなければならないと、ゾロは思った。
手の平に収まってしまうほど小さくても、間違いなく『生きて』いるのだから。
これまで、自分の手に誰かの命を預けられたことなどなかった。
責任は重大だ。
ともあれ、まずは名前を考えなくてはならない。
まいったな・・・いきなりそこからが難題だ。
「・・・ルフィ?」
いつの間にか静かになったルフィに、あれ?と思う間もなく、膝の上から寝息が届いてくる。
子猫の気持ち良さそうな寝顔を見ているうちに、ルフィまでも夢の世界へいざなわれてしまったのだろう。
ルフィの足元に寄り添っていたウニまでもが、その場で丸くなってしまっている。
「ったく・・・皆して寝るのかよ?」
一人置いて行かれたゾロは、しょうがねェな、と苦笑を漏らして。
そして、膝から伝わってくる暖かい熱に、自分も寝不足だったことを思い出した。
一旦そう気づいてしまったら、ゾロも目蓋が重くなってくるのは時間の問題だ。
ふあぁ〜っと大きな欠伸を一つ。
あとはもう、目を閉じればすぐに意識は霧散してしまう。
外は梅雨時特有の雨。
こんな時期は、眠るには最適だ。
今や四人になった同居人は、一つのソファに寄り添って、優しく温かな夢を共有するのだった。
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