同居人 〜父と子〜



 ふと、手が止まった。
 何気なくつけていたテレビからのアナウンスに、気を取られたのだ。

『剣道日本一を決める最終戦、右は十五年間王座を守り続けている「鷹の目」ことミホーク、左は・・・』

 今までテレビになど全く関心を示していなかったゾロの目が、その瞬間完全に釘付けになる。 
 いや、それだけでなく、食べ終わった皿を片そうとしていた手まで、その状態のまま固まってしまって。まるで身体が一瞬のうちに凍りついたかのようだった。
 ―――『剣道日本一』
 その単語が、ゾロの胸を深く抉ったのだ。

「ゾロ」
 小さく名を呼ばれるのと同時に、ぎゅっと手を握られた。
 ルフィだ。
 刹那、ゾロはハッとしたようにルフィへと向き直り、止まっていた呼吸を再開する。
「悪ィ・・・」
 少しバツが悪そうに目を伏せて、苦笑いを浮かべたゾロ。
 そんな彼の様子を見て、ルフィは表情を変えずにただこれだけを問う。
「チャンネル、変えるか?」
 ゾロは再びテレビのブラウン管に視線を戻すと、自嘲気味に本音を漏らした。
「・・・まだ、辛ェな」
 その台詞を受けて、ルフィは何も言わずにリモコンを取り、別の番組に切り替えようとする。
 が、ゾロがそれを止めるのが僅かに先だった。スッと手を差し伸ばし、ルフィの動きを遮る。
「待ってくれ。そのままでいい」
「・・・そうか」
 ルフィはゾロの気丈な様子を見て取ると、彼が手に持っていたカレー皿だけを受け取って、席を外した。そしてそのまま皿をキッチンへと運ぶ。
 今日の皿洗い担当はルフィなのだ。
 比較的皿の枚数が少なくて済む昼食は、いつもルフィの担当だった。

 久々に二人共バイトの入っていない日曜の午後。
 前の晩に作ったカレーライスを食べて、その後は一緒に映画でも観に行こうと言っていた。
 それは、単なるバックミュージックとしてつけていたニュースが、いつの間にか次の番組にすり替わっていただけだ。
 偶然耳に入ってきた剣道の選手権大会中継が、ゾロの心をかつての夢と野望に燃えていた時代へと連れていく。

 好きだった。
 緊張感に包まれた空間。
 気迫と気迫とがぶつかり合う、張り詰めた独特の空気。
 それら全てを切り裂いて響く、竹刀の音。
 一斉に上がる審判の旗。
 上がる歓声。
 全てが心を高揚させる、闘いの舞台だった。

 けれど、もう自分はあそこには立てない。
 ゾロは左手をギュッと握り締める。
 力の入りきらない掌。
 彼の左手の握力は今、平均的な成人男子の半分にも満たない、酷く頼りなげなものだった。
 不幸な事故が、ゾロの夢を志半ばで打ち砕いてしまったのだ。

 剣道においては、竹刀を持つ軸となるのが左手だ。右手は剣先の軌道を調節するために添えるだけに過ぎない。
 つまり、左手の握力低下は選手生命断絶に直結する事態だった。
 それでもゾロは諦めずに、一旦は剣を取ろうとしたのだ。
 それまで筋力アップに使ってきた木刀が、重すぎて握れなくなっても、もう一段階軽いものに持ち換えることで切り抜けた。
 思うように力の入らない左手に、テーピングで竹刀をグルグルに巻きつけて素振りを続けた。
 無茶苦茶だと言われても、決して鍛錬を止めようとはしなかったのだ。
 不安と焦燥とに駆られつつも、そうして何とかやってきた中、しかしある決定的な出来事が、遂に彼を挫折へと追い込んだ。
 それは軽い対戦試合の最中、相手の攻撃を受け止めようと構えた竹刀が、呆気なく弾かれて、床に叩き落されたのだ。
 以前なら軽々と受け止め、更に反撃に転じうる程度のものだった。
 それが、こんなにも簡単に竹刀を取り落とす羽目に・・・
 手が痺れて、感覚を取り戻すのに数時間を要した。
 それを機に、ゾロは自分の限界を思い知ったのだ。
 もう、剣士としては使い物にならないのだ、と。
 目指していたのは『世界一』だった。
 一番でなければ意味がない。
 全てを賭けてやるからには、野望は高く。
 しかし、それまでハッキリと見えていた至高の座は、途端に霞んで見えなくなった。
 努力や気合いだけでは埋めきれない深い溝が、ゾロの夢を闇の底へと呑み込んでしまったのだ。


 パァン!と軽快な音が響き、日本一を争う勝負が決する。
 綺麗な面を二本決めて、王者ミホークが圧倒的な勝利を収めた。
 ―――『鷹の目』のミホーク。
 かつては自分も一番の目標に据えていた男の名だ。
 何故、あの場に居るのが自分ではないのだろう。
 つい数年前までは、いつか自分があの場所で彼に勝負を挑むのだと、信じて疑わなかった。
 今、同じ時間に同じ世界の何処かで確かに行われていたはずの試合が、まるで現実味のない曖昧なもののように感じる。
 ブラウン管の中の小さな世界でのみ繰り広げられる、作り物のような・・・
 いや、違う。
 小さい世界に留まっているのは自分の方だ。
 本当はあっちが現実で、ただ指を咥えて眺めているだけのこっちが、時代から取り残された『迷い子』なのだ。
 悔しさと遣り切れなさに、胸が痛む。
 思い通りにならない左手を、反対側の手でギリッと握り締めた。

 その時、テレビからの音が途切れて、ゾロの手を何かが優しく包み込んだ。
「・・・ルフィ」
 そのまま手を取られて、指先にキスされる。
 ルフィが、愛しいものを慈しむように、ゾロの左手に唇を落とす。
 たまらなくなった。
 胸が苦しい。
 ルフィの優しさがじんわりと心に染み渡ってきて、それが嬉しいと同時に切なくもあった。

「俺から剣の道を取ったら、一体何が残るんだ?」
 あの時、自分自身に問うた言葉を、今度はルフィに投げ掛ける。
 少しの間を置いて、ルフィは答えた。
「おれは、ゾロの手・・・好きだ」
 それは一見、ゾロの問いを無視したような言葉だったけれど。
 ルフィはゾロの身体を引き寄せ、頭を抱きかかえるように包み込む。
 彼の怪我の話は、もう随分前に聞いていて知っている。そのせいで、剣の道を断念したことも。
 だが、ルフィも、ゾロと一緒で口は巧くない。気の利いた慰めの言葉なんて、浮かびやしない。今思ったことをそのまま伝えるのがやっとなのだ。
 ゾロはそれを十分に解っているから、素直なルフィの気持ちが何より彼への『癒し』になる。
 耳に、ルフィの鼓動が伝わってくる。
 その穏やかな心音に、己の心まで酷く落ち着いていくのを、ゾロは不思議な面持ちで感じていた。


 ゾロの脳裏に、一つの記憶が甦る。
 彼がまだ高校二年生だった頃のものだ。
 ただ我武者羅に前だけを見据えていたあの日々の、とある不幸な出来事だった。
 不良に囲まれていた女を庇って、ゾロは左手をバタフライナイフで切り付けられた。
 深く抉られた切傷は手の神経をも傷付けて、彼はもう剣を握れない身体になった。
 絶望と茫然自失の日々。
 生きる意味を亡くしたと思った。

 彼が剣の道を選んだのには、二つの理由があった。
 一つ目は、孤児だった彼を引き取ってくれた先が、剣道場を営む家だったことだ。
 道場主は、後継ぎにと期待していた一人娘を事故で喪い、その代わりとして施設からゾロを引き取ったのだ。
 けれど、主人はとても温厚かつ賢才な人間で、尊敬に値する男だった。ゾロのことも本当の息子のように扱ってくれた。
 だから、ゾロはその恩に報いる為にも、必死で腕を磨いてきたのだ。
 そして、二つ目の理由。
 それは、剣道で日本一になれば、どこかで生きているかもしれない両親に、自分のことを見つけれもらえると思ったからだった。
 いかにも子供らしい、純粋で浅はかな考えだ。
 今になって気付く。
 本当は認めたくなかっただけなのだ、と。
 自分が、捨てられた子供だということを。
 有名になれば、両親が迎えに来てくれて、また一緒に暮らせるようになるだろうなんて・・・

 そんな、淡く儚い希望も、全て霧散してしまった。
 もう、日本一にはなれない。
 剣を捨てたら、道場を継ぐこともできない。


 二人はソファの前の床にゴロンと横になる。
 ルフィの胸に頭を埋めたまま、ゾロは確かめるように問うた。
「・・・俺達が初めて逢った日のことを覚えてるか?」
「うん」
 ルフィはその時の様子を思い出したのか、クスクスと可笑しそうに笑う。
「ゾロ、凄い顔して柱に頭をぶつけてた」
 う・・・っと、ゾロは固まってしまった。作り話のようなそれが、まごうことなき真実だからだ。
 さすがにちょっとバツが悪い。


 放課後、ひとけのない体育館の校舎裏。
 ゾロは言うことを聞かない左手に激怒して、己を痛めつけることで襲い来る重圧から逃れようとしていた。
 
「やめろ、怪我するぞ」
 ルフィがそう言って声をかけたときには、もうすでに額は血まみれで。
 顔の上半分にまで垂れて真っ赤になった状態で、目だけはやたらギラギラして、今なら何にでも噛み付いていきそうな勢いだった。
 実際、命知らずにもそんな風に彼を止めようとしたルフィに、ゾロは振り返りざま裏拳を叩き込んだのだ。
「うるせェ!引っ込んでろっ!!」
 ・・・が、怒りのままに手を出してしまった相手が、ゾロにも全く見覚えのない男だったことに、一瞬躊躇する。
 けれどそんな迷いもすぐに吹っ飛んだ。
「やりやがったな・・・」
 そう言って、「お返しだ」とばかりにルフィが思い切りゾロの顔面をブン殴ったからだ。
 グラリと後ろによろめかされるほどの強烈な一撃に、ゾロは目の前が真っ赤に染まった。
 そして、そのまま掴み合いの大喧嘩に発展する。

「テメェ誰だよ!いきなり絡んできやがって!」
「お前こそ何だよ!柱にヘッドバッドして・・・頭おかしいんじゃねェか!?」
「テメェに言われたかねェ!」
「うるせェ!おれは『テメェ』じゃねェ!『ルフィ』だ!」

 顔中身体中ボコボコになって、同時にその場に倒れ伏すまで、それは続いて。
「なぁ・・・お前は?」
 ルフィが眼前に広がる青い空を見つめたまま、唐突にそんなことを言う。
 名前を聞かれているのであろうことはなんとなく判った。
「・・・ゾロだ」
 だから、短くそれだけ答える。
 ルフィは「そっか」と、満足げに返して。
「またケンカしよう」
 柱は反撃してこねェし、つまんねェだろ?
 そう言ってニッと笑った。
 その顔を見て、ゾロは初めてこの相手が自分よりもずっと年下であろうことを知ったのだ。
実際には二つしか違わなかったのだが。
 無邪気なその笑顔は、とても幼かった。まだ中学生かそこらの子供だ。
 だから、もうこんな殴り合いはするまい、と思った。
 怒りに任せて誰かを傷付けるなど、言語道断だ。
 けれど、こうして狂ったように殴り合って、もう指一本すら動かすのが億劫になるまでに疲労して。
 なのに心はそれに反比例するかのように晴々としていることにも気付いていた。
 さっきまで、もう俺の人生は終わりだ、なんて悩んでいたことすら、馬鹿らしいと・・・

 ゾロはこの日、義父に申し出て家を出た。
 剣を捨て、別の道を選ぶための第一歩を踏み出したのだ。

 あれからもう四年。
 失ったものは大きかったが、得たものもあった。


「ルフィ」
 ゾロは少し身体を起こすと、ルフィの顔を指で撫でながら話す。
「ワリィ・・・今日の映画、キャンセルしてイイか?」
 今日は特に観たかった映画があったわけじゃない。お互い時間が取れたし、それならば一緒に過ごそうかと言っていただけ。
 でも、ゾロには行くところができた。
「先生のところへ、行って来る」
 先生の・・・義父のところへ行く。改めて言わなければならないこともあった。
 毛足の短い薄緑の絨毯に、意外と艶やかな黒髪がサラサラと広がっている。宥めるようにそれを指で梳いてやると、ルフィは気持ち良さそうに目を細めた。
「そっか」
 納得したようにそれだけ答えたら、後は素直に微笑んで見せる。
 行って来い、と。ゾロの背中を押すように。
 その笑顔が、あまりにも綺麗だったから。
 ゾロは今すぐ、彼にキスしたいと思った。

「でも・・・まだ早い。夕方までは子供達の稽古があるはずだから・・・」
 明るい日差しが、リビングの大きな窓から差し込んでいる。
 その光を遮るように、ゾロはルフィへと覆い被さった。



  ※

「先生、ご無沙汰しております」
 稽古を終えて帰っていく子供達と入れ違いに、古びた道場の門をくぐる者がいた。
 ゾロだ。
 先生、と呼ばれた男は、驚いたように振り返り、次いで優しげに微笑む。
 彼の、いつもの憂いを帯びた穏やかな表情だ。
「よく来てくれたね」
 道場の主人はゾロを母屋へと案内し、久々に父子水入らずのひとときとなった。

 小さな丸い眼鏡に、少し長い後ろ髪を一つに束ねたこの男が、この道場の主人であり、ゾロの義父だった。
名をコウシロウという。
「随分涼しくなってきましたねぇ・・・」
 コウシロウは色づき始めた縁側の楓の木を眺めつつ、のんびりと言う。
 彼は、ゾロが突然訪ねて来た理由など、聞いたりはしない。顔を合わせたのは二ヶ月前のお盆以来で、その間何の連絡も取ってはいなかったが、根掘り葉掘り聞いたりしないのが、この男だった。
 ゾロは彼のそんな所が好きだった。
 必要なことしか話さない、とても思慮深い人間だ。
 けれどもしかしたら、とも思う。
 もしかして、自分が他人との付き合いが下手なのは、この人と二人きりで、言葉少なく過ごしてきたからかもしれない。
 そんな自分を変えたのが、ルフィの存在だった。
 今日は、そのことを伝えるために此処へやって来たのだ。

 けれどそれを言い出すより先に、コウシロウが驚きの告白を漏らした。
「この道場は、取り壊すことにしました」
「・・・え?」
 ゾロは一瞬耳を疑う。
 だって、この道場は小さいながらも代々由緒ある流派で、コウシロウでもう七代目になるのだと聞いていたのだから。
 彼にとってこの道場がどれほど大切なものかは、ゾロが一番よく知っている。
 だからこそ、ドキリとした。
 ゾロの・・・自分の、せいなのだろうか。
 自分が勝手を言って家を出てしまったから。
跡取がいないということは、知っていたのに。
 サァ・・・と顔から血の気が引くのが判った。
 そんなゾロの、無表情の中にも確かに垣間見える動揺を見て取って、コウシロウは続ける。
「貴方のせいじゃありませんよ。この一帯に電車が走るようになるとかで、立ち退き勧告が出ているんです」
 この場所は高架になるから、どちらにせよ建物は一旦壊さなければならないらしい。
 それは、ゾロにとってもあまりに衝撃の事態だった。
 でも、とゾロは思う。
 正式な立ち退き命令ならば、きちんとそれに見合う保障は出るはずだ。別の場所に移って、そこでまた道場を建て直すことはできないものか?
 けれど、コウシロウはその気はないと言う。少し寂しげな表情を浮かべながら。
「もう、ね・・・生徒の数もかなり減っていて、このままやっていくにしても、経済的に苦しくなってきたところだったのですよ。これが引き際なのでしょう」
 代々守ってきた道場を、自分の代で潰すことになるなんて、相当の葛藤があったはずだ。
 悩んだ末に、出した結論なのだろう。
 優しげな瞳の中にも、コウシロウの固い意志を感じ取って、ゾロはそれ以上何も言えなくなってしまった。
 ただ、ショックだった。
 ゾロにとっても、十数年を共に過ごしてきた思い出深い屋敷だ。それが、この場所からなくなってしまうなんて・・・
 まるで、生まれ故郷を永遠に亡くしてしまうかのような感覚に陥る。
 何より義父の気持ちを・・・苦渋の末の決断を想うと、胸が潰れそうに痛かった。

「ゾロ」
 俯いてただ呆然と畳を見つめていたゾロに、コウシロウが呼びかける。
 それと同時に、自分の手に触れた温かい感触に、ゾロは顔を上げた。
「貴方は見つけたのでしょう?」
 慈愛に溢れる漆黒の眼とかち合う。
「帰る場所を・・・」
 薄い眼鏡のレンズごし、吸い込まれそうな澄んだ瞳に、自分の姿が映っていた。
 彼はこんな状況下においても、ゾロのことを深く想ってくれているのだ。
「はい」
 ゾロは短く、しかしハッキリと答えた。
 そうすると、コウシロウはまた満足そうに微笑んで見せる。

「ならば、貴方は貴方の道を行きなさい」
 いつも正しいことのみを告げる彼の口から、ゾロを導く言葉が。

「私も、これからは私自身の人生を歩みます」
 晴々とした表情の彼は、実年齢よりもずっと若く感じられた。
「私にもね、やりたいことがあるんですよ。緑に囲まれた田舎で、陶芸をやってみたいと思ってるんです」
 楽しそうでしょう?と、いつもより饒舌に話すコウシロウに、ゾロは胸が熱くなる。
 この四年間、ずっと義父には申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。
 施設から引き取ってくれた彼を、結果的には裏切ってしまったのだ。恩を仇で返したようなものだ。
 決断の末の離別だったとはいえ、ずっと、罪の意識に苛まれていた。
 けれど、今は。
 もちろん、悲しい気持ちだってある。
 だが、心をいつも縛り付けていた枷は、今この瞬間ガシャンと解かれたような気がした。
 もう、許されたのだ、と。
 代りに、腹から胸にかけて、熱いものが込み上げてくる。

「父、さん・・・っ」

 その言葉は、意外なほどにするりとゾロの口から零れ出た。
 ずっと、言いたかった。
 けれど、言えなかった呼び名だった。
 コウシロウは突然のことに酷く驚いたような顔をする。
 しかし次の瞬間、ゾロを胸に抱き締めて、小さく「ありがとう」と言った。

 ゾロにとっては、この人こそが『父親』だった。
 本当の両親よりも、ずっと近い。
「俺を・・・引き取ってくれて、ありがとうございました・・・」
 そんな、涙ながらの言葉に、コウシロウも込み上げるものを抑え切れない。

「大きくなったな、ゾロ・・・」
 抱き締めた身体は、もうこの老いた腕では収まり切らないほどだ。
 彼がこの家に来た時から考えると、本当に立派に育ってくれたと思う。
 死んだ娘の身代わりにして、きっと辛い思いをさせたに違いないのに。
 本当はコウシロウこそ、ゾロへの罪悪感でいっぱいだった。
 お互い、これからは自由になるのだ。
 『家柄』という重荷から解き放たれて。


「幸せに、なりなさい」
 熱の篭ったコウシロウの言葉に、ゾロはただ、強く頷いて返した。


 深まった秋の涼風が、大きく開け放たれた縁側から、優しく吹き流れてくる。
 その心地良さを共に感じながら。

 血の繋がらない父と子。
 しかしこの日ようやく、二人は本当の意味で『親子』になった。
 そんな、気がした。







ゾロがこのお話で『剣道』をやっていない理由・・・
ルフィとの出会いと絡めて書いてみました。
オフ本の方で読んで下さった方には
「このお話で泣いちゃいました!」というご意見も戴きました。
全く、ありがたいことでございます(感涙)


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