BITTER OR SWEET?



 「あいつ・・・完全に忘れてやがんな」
 俺は慌しく切れてしまった受話器に向かって、ボソリとそんなことを漏らした。
 そして、悔しいような、ムカついたような・・・それでいて嬉しいような、複雑な溜息を吐く。


 もの凄く忙しいんだ、ってのは聞いていた。
 新年度に入って、大規模な人事異動が行なわれたとか。その挨拶回りだとか、視察だとか。
 よくはわからねェが、そんな事を言っていた気がする。
 若くして大企業の社長の座に座らされたルフィが、毎日目の回るような多忙に振りまわされているということは、十分に理解しているのだが。

 「そりゃ・・・ねェんじゃねェか?」
 ポロリと口からこぼれた台詞に、俺はなんだか情けなくなってしまって。
 また、溜息を一つ。

 ふとカレンダーを見上げると、素っ気無くだが赤いマーカーで囲まれた日付が目に入る。
 『4/13』
 その日は1年に一度の・・・俺の誕生日だったのだ。
 今日は16日。すでに13日から3日が経過していた。
 ルフィからは、「おめでとう」の一言も聞けずじまいだった。

 実は、13日にルフィからメールが入ったのだ。
 しかし、そこには俺の期待していた言葉は見当たらなかった。
 今、海外にいて、もうしばらく日本には帰って来れない旨。
 戻り次第、会いに来る旨。
 あとは短く『愛してる』と一言。
 忙しい中、時間を見つけて送ってきたことは、容易に知れた。それは正直嬉しい。
 だが誕生日のことは完全に失念しているのだろう、肝心な言葉がない。


 「来年のゾロの誕生日には、絶対一緒に過ごそうな」

 去年の夏のことだ。
 8月3日のルフィの誕生日、一方的に取り付けられたその約束の為に、13日は無理を言って道場を休んでまで家に居たというのに。同じ講師をしているくいなに冷やかされたのが、今となっては虚しい。
 成長期を過ぎても変わらず大食らいのルフィの為に、コンビニで色々食糧を買い込んだ。ビールも久々に箱で買った。
 一人浮かれて準備をしていた自分がバカみたいだ。
 だが、ルフィはそんな何気ない約束など忘れても仕方ないほどの忙しさなのだろう。
 そんなこと、分かっている。
 頭では理解できる。
 だからこそ、怒りのぶつけ場所を失って。
 込み上げる寂しさを紛らわすように、一人で缶ビールを馬鹿みたいに空け、その日はさっさと眠ってしまった。

 そして、すでに誕生日から3日が経過した今日。
 たった今ルフィから、帰ってくるという連絡があったのだ。
 今空港に着いたから、これから会社に寄って、夕方にはこちらへ飛んで行くから、と。
 久しぶりに聞いた明るいルフィの声に、不覚にも怒りが霧散してしまいそうになった。
 だけど、今回ばかりは簡単に許してしまってはいけない。俺は怒っているのだ。
 よりにもよって、6年越しの恋人の誕生日を忘れるとは・・・
 「はっ・・・馬鹿みてェ」
 己の女々しい考えに、だが口ではそんなことを言ってしまう。
 20を過ぎて久しいというのに。もはや年を取って喜んでいられる年齢でもない。
 しかし、それはそれ。これはこれだ。
 もしかしてルフィの奴、俺への愛情が薄れてきてやがるんじゃねェだろうな。
 そう思うと、益々怒りがヒートアップしてきた。
 よし、これなら大丈夫。久しぶりに会ったルフィにも、キツくお仕置きをしてやれるだろう。

 「さて、と。」
 そうして息巻いて、それでも立ち上がって向かう先が近所のコンビニでは、説得力もクソもない。
 しかし、会社からこっちへ直行すると言っているのだ。どうせ部屋に入った途端の第一声は「腹減った!」に決まっている。
 結局のところ、俺はルフィに甘い。

 俺は財布だけをジーパンのポケットに突っ込むと、マンションを出てコンビニの方角へゆっくりと歩いて行った。



 キンコーン。
 何気なく付けたテレビの賑やかな音声が充満するリビングに、来訪を告げるチャイムが鳴り響く。
 ルフィだ。
 あいつには鍵を渡してあるというのに、俺が家に居ると分かっていると、必ずチャイムを鳴らして俺に出ろと訴えるのだ。
 「おかえり」と出迎えてくれる瞬間が、酷く嬉しいのだと、鼻を膨らませていたっけな。
 だけど、今日はすぐには出てやらねェ。

 キンコーン。
 急かすように、もう一度チャイムが鳴り響いた。
 「ゾロ〜〜、居るんだろ〜〜!」
 そう、戸口で呼んでいるのが聞こえる。
 まだだ。
 もうちょっと焦らして、そして目一杯不機嫌な顔で出迎えてやろう。

 キンコーン。
 次のチャイムが鳴ったのを合図に、俺は椅子からゆっくりと立ち上がり、扉に向かった。
 戸口へ立つと、「今出る」と素っ気無く声をかけ、鍵をカチャリと外す。
 ゆっくりとドアノブを回した次の瞬間、俺は何故か冷たい床に背中を強く打ちつけていた。
 「ル、ふ・・・ッう」
 抗議の言葉を発することも許されず、俺の口はルフィのソレで完全に塞がれてしまう。
 一体何がどうなってやがるんだ。
 扉が開いた瞬間、俺は凄い勢いで覆い被さってきたルフィに、両手を捕らえられて・・・それで、無理矢理床に引き倒されて、キスされた、といったところか。
 冷静に状況を分析しようとする思考も、ルフィの貪るような、食らい付くような激しい口付けに、徐々に乱されていく。
 「ゾロ・・・会いたかった、ゾロ、ゾロ・・・」
 息を継ぐ合間に囁かれるルフィの声が酷く切ない。遠く離れていた1週間、ルフィがどんなに俺を求めていたのかが、これでもかと言うほど伝わってくる。
 ルフィの強すぎる程の想いが、俺の心臓をぎゅうぎゅうと締め上げた。息苦しさから生まれたのではない、甘い眩暈すら襲いかかってくる。
 ピッタリと押し付けられたルフィの腰が、すでに狂おしいほどの熱を帯びていて、その事実にどうしようもなく情欲を掻き立てられた。
 「んぅ・・・ル、フィ・・・ふぁ」
 扉に鍵をかけるのもそこそこに、俺達は互いの肌をまさぐりあった。
 目の前に居る、相手の存在を確認するかのように。
 そのまま剥ぎ取られた服を廊下に点々とさせ、床の上で絡み合ったまま寝室へと這って行く。
 互いを感じる事に必死だった俺達は、その滑稽さに気付く余裕すらなかった。

 ああ、俺は・・・寂しかったんだなぁ。
 ルフィを間近に感じることで、その感情をまざまざと思い知らされる。
 1週間の空白を埋めるかのような激しい情交に、俺は先程までの怒りも不満も、何もかもが愛しさへと塗り変えられていくのを感じていた。



 ・・・・・・・・・・・・・と、思ったのだが。
 前言撤回。
 ルフィの嵐のような激情をぶつけられて、そんな甘い感情に酔っていられる程の余裕など、ありはしなかった。
 息を吐くヒマもないほど激しく揺さぶられ、内臓がグチャグチャになるかと思うほど、滅茶苦茶に突き上げられた。
 ・・・本気でヤり殺されるかと思った。
 いや、俺でなきゃ死んでるだろ、ありゃ・・・


 「・・・ようやく落ちついたか?」
 腕組みをしたまま不機嫌な視線を送ると、ルフィは山と積まれたコンビニ弁当の空箱を前に、コクリと頷き箸を置いた。
 すっかり小さくなってしまって、上目遣いでこちらの様子を伺っている。どうやら俺の怒りはちゃんと伝わっているらしい。
 これが23歳の若さにして、知らぬ者はない大企業を束ねることになった新社長の姿だというのだから、可笑しな話だ。
 だが、俺の怒りはもっともなことだと思う。

 と言うのも、ルフィの欲求不満は性欲だけではなかった。
 欲望のままに、壊しそうな勢いでヤるだけヤった後、コイツの漏らした台詞はよりにもよって「腹減った」だったのだ。
 予想通りと言えば予想通りなのだが・・・タイミングが悪すぎた。
 俺の機嫌が、ルフィに会うまでの最悪な状態に逆戻りしたのは言うまでもない。

 「おれが悪かったよ〜〜
 だから、そんな顔すんなってば!」
 久しぶりに会ったのに、その仕打ちはないだろう、と駄々をこねるルフィは、俺の本当の怒りの原因にまだ気付いていない。
 いつになったら気付くのか、様子を見ていたい気もするが、放っておいたらそのまま忘れられかねない。
 はぁ〜っと盛大な溜息を吐いて、俺はじっとルフィの目を見つめた。
 「ルフィ・・・お前、何か忘れてねェか?」
 「え?何?なんか、あったっけ?」
 ルフィはおれがようやく視線を合わせたのが嬉しいのか、目をパチパチさせながらも嬉しそうにしている。
 人の気も知らねェで、このヤロ・・・
 「・・・4月13日って、何の日だか知ってたか?」
 「え?13日・・・て・・・・・・・・・」
 そう言って部屋のカレンダーに目をやったルフィの顔が、面白い程サーーっと青ざめていく。
 カレンダーと俺の顔を交互に見て、口をパクパクとさせている。
 気付くのが遅ェんだよ、全く。
 「俺は怒ってんだからな」・・・と、そう言おうと思った時、突然目の前で陣風が巻き起こった。ルフィが凄い勢いで俺の前を駆け抜けて、一目散にドアの方へ走って行ったのだ。
 な、何だってンだ突然!
 予想外の展開にも、俺はかろうじてルフィの服の裾を掴むことに成功する。
 「テメェ!逃げる気かよ!?」
 「違う!逃げねェけど・・・プレゼント!何か買ってくる!」
 「それが逃げるってんだろーが!!」
 掴んだ服を力任せに引き寄せて、そのまま椅子へと逆戻りさせる。「ぎゃふ」っとカエルの潰れたような音を漏らして、勢い余ったルフィは椅子ごとひっくり返ってしまった。
 しまった・・・やりすぎた。
 「ゾロォ〜〜!!ゴメン!!ホントごめん!」
 ルフィは引き倒されてもめげずに起き上がり、ひたすら謝り倒す。
 本当に悪かったと思っているのだろう、普段傲慢で我侭で自己中心的なルフィがこんな風に謝るのは珍しい。
 「・・・もういい」
 そう言って溜息を吐くと、ルフィは「よくねェ!!」と怒鳴った。そして、俺を目一杯抱き締めてくる。
 ・・・お前が逆ギレしてどうすんだ。
 俺の肩に顔を埋めて、ルフィは問答無用でぎゅうぎゅうと俺を締め付けた。
 それが苦しいと思いつつも、心の何処かで幸せだと感じてしまっている俺は、もう相当コイツに毒されている。
 「あ〜〜もう、信じらんねェよぉ〜〜!なんでおれ・・・あ〜〜!もぉ!!」
 「・・・忙しくて、それどころじゃなかったんだろ?」
 「・・・言い訳はしねェ・・・でも、ゴメン!」
 こういう台詞は実にコイツらしい。
 だけど、ちょっと意地悪を言ってみたくなるのは、俺の天邪鬼なところか?
 「それじゃ、腹切って侘びるか?」
 「・・・うん、ゾロが望むなら
 でも、しない・・・そんな事しても、ゾロ嬉しくないだろ?」
 うッ・・・するどいな。
 「だから、ゴールデンウイークには、2人っきりで旅行に行こう」
 なんで『だから』で、旅行の話に飛ぶのかは、突っ込まなくでも分かる。
 ルフィには、俺のささやかな望みなど全てお見通しなのだ。・・・不本意ではあるが。
 「・・・お前、仕事休めンのかよ」
 「休む!」
 「役員連中が黙っちゃいねェだろ」
 「黙らせる!」
 ・・・一度ルフィがこうと決めたら、テコでも動かない。それは、俺が一番よく解っているから。
 我侭を言って役員どもを困らせているルフィの姿が、目に浮かぶようだ。
 「1週間くらい、南の島でバカンスしよう!
 ホテルのVIP取ってサ・・・グァム?カリブ?何処が良いかな〜♪」
 早速旅行のことで頭が一杯になってしまったルフィは、俺の方の予定などお構いなしだ。俺だって、色々都合ってモンがあるんだけどな。
 また、くいなに冷やかされながら、頼み込んでシフトを調節しなきゃなんねェ。せめてもの救いが、大会のない時期だったことか。
 どちらにせよ、ルフィとゆっくり時間を過ごす、ということは久しぶりだったから。
 「・・・何処でも良い。お前と・・・一緒なら、な」
 腕の力を少し緩めたルフィと視線を合わせて、俺は今日初めて柔らかく笑って見せた。
 すると、ルフィは本当に嬉しそうに目を細めて。

 「ゾロ・・・誕生日、おめでとう」
 と。


 待って、待って、待ち望んで・・・
 3日お預けを食らわされていたその言葉は、酷く甘い蜜の味がした。



 〜Fin〜


  Produced by ヨーグルト


Illstrated by ヨーグルト

スミマセン・・・
 なんつーかアタシ、、、
自惚れ過ぎですか?(爆)

 4月13日は、ワタクシ、ヨーグルトの妻的存在、あきりんさんのピーー歳の誕生日でした。
 その大事な大事な日を、作中のルフィと同じように、
原稿でしっちゃかめっちゃかになってたアタシは、すっかり忘れてしまっておりました(殴)
 もはや言い訳の余地もございません。。。腹切って侘び入れたいところです。
 でも、そんなことしてもあきりんさんには迷惑なだけだろうと、
せめてこんな企画ページを作って、1週間遅れで大々的にお祝いしてみました・・・(汗)
 大部分が脚色してありますが(当たり前)、
このSSはちょうど『ルフィ=ヨーグルト、ゾロ=あきりんさん』なイメージで書かせていただきました。
 それならば、ルフィ主体で書くべきなのですが、
それだったら「誕生日忘れてた、ごめん!」で終わりそうなので、
あえてゾロ視点でイッて、あきりんさんの気持ちを代弁してみました。
 したらば、なんかメチャメチャゾロがルフィスキーな乙女になっちまって、
こりゃ「テメェ、自惚れ過ぎじゃ!」と石投げられそうな話になっちまいました(滝汗)
 あきりんさん、ごめんなさい・・・貴方とこの作中のゾロの共通点と言ったら、
ほんのりいぢわる隠れSなトコロだけです(遠い目)

 とにかく、誕生日おめでとうございました(過去形(殴))
 こんな不甲斐ない旦那ですが、これからもどうぞよろしくお願い致します。。。(ホロリ)



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