After birthday



 こんなにも心臓がギクリと震えたのは、これまで生きて来た人生を通して初めてなんじゃないだろうか。
 俺は、ショックと後悔と、そして激しい自己嫌悪に、全身が凍りつくようだった。
 とにかく、今の俺に出来ることは、『今すぐあいつの所へ行くこと』
 それだけだ。
 絡み付いて無様に転んでしまいそうな脚を叱責し、俺は走る。
 あいつの元へ。
 酸素不足で肺が悲鳴を上げるのも感じないほど、俺の心は一点だけを見ていた。



 思い出したのは、友人とのふとした会話の中で。
 彼が、自分の切り盛りしているレストランであった事を話すのを、眠りかけの脳で何気なく聞いていた。
 「お祝いに、デッケェ肉を焼いてやったんだよ。そしたら、アイツ・・・5分とかからねェで、全部食っちまいやがってよ・・・って、おい、聞いてんのかゾロ!
 ボケた俺の脳は、サンジが言う言葉の意味すらも理解できずに。
 「お祝い・・・って、何のだ?」
 そんな、間の抜けた質問をした。
 そうすると、サンジは俺を見て目を丸くして。
 口からは「ウソだろ?」なんて台詞が漏れる。そして、ショックを受けたようなその顔が、みるみるうちに怒りを露わにしたそれに変化した。
 「テメ・・・まさか、忘れてたんじゃねェだろうな?」
 サンジの表情の変化に、俺は酷く、嫌な予感がした。
 何か・・・忘れて、いる?
 ・・・いや、『忘れていた』のか?

 「馬鹿野郎!一昨日はルフィの誕生日だったろうが!」
 信じられねェ!と罵るサンジに、俺は一瞬で脳が飛び起きるのを感じた。

 『まさか』という思いが、まず先行する。
 信じられないのは俺の方だ。
 でも、改めて見直した携帯電話の日付は、確かにその日を過ぎている。
 ルフィの・・・俺の、大事な奴の誕生日。
 一年に一度しかない、記念日を。
 よりにもよって、それを思い出したのが2日も過ぎてからだったなんて・・・

 飲みかけのペットボトルも、開いたままの本も、全て放り出して、俺はレストルームを飛び出した。
 講義の合間、一緒に休憩を取っていたサンジが何か言っているのを背中に受けながらも、俺はその内容までは聞いちゃいなかった。
 大学の構内を駆け抜け、俺はただひたすらに走った。

 『大学での課題で忙しかった』なんて、言い訳にならない。そんな下らないこと、言い訳にしたくもない。
 ルフィは俺にとって、何物にも増して大切な存在だ。
 望むなら、この命をくれてやってもいいとまで思っている。
 初めて逢ったときから、好きで好きで・・・どうしようもないくらいに愛している、唯一の相手。
 何よりも、自分が許せない。
 きっと、ルフィは俺からの言葉を待っていたはずだ。
 一言で良かったのに。
 電話して、一言「おめでとう」と言うだけで良かったのに。
 そんな簡単なことすらも出来なかったなんて。

 ルフィはきっと怒っているに違いない。
 そういえば、ここの所ずっと連絡がない。いつもなら一日に一回は必ず電話をくれたのに。
 どうして「おめでとう」を言ってくれなかったのかと、腹を立てているのだ。きっと。
 今更謝ったって、もう遅いだろうか?
 もう、俺にはその笑顔を見せてはもらえないのだろうか?

 胸を裂いて、この心を見せれば・・・お前は許してくれるか?



 酷く長い時間走っていたような気がする。
 だが、実際には十分もかかっていなかったようだ。

 俺は、大学から三駅先にある、ルフィの通う高校へと辿り着いた。
 馬鹿が付くほど極度の方向音痴である俺が、全く迷わずに行き着いたのは、ほとんど奇跡に近い。
 本来なら電車を使うべき距離なのだが、電車を待つ時間さえも惜しかった。とにかく一刻も早くルフィに近付きたくて。
 そこでようやく乱れ切った息を整える。ダラダラと流れる汗もそのままに、俺は校舎に向かいグラウンドを横切って歩いた。

 しかし着いたは良いが、俺はルフィがどの教室にいるのかを知らなかった。
 一応受験生のルフィは、普通なら夏休みのこの時期も、補習だとかで午前だけの登校日になっていると聞いた。勉強嫌いのルフィにとってはまるで拷問のようなその計らいに、「行きたくねェ」と悲鳴を上げていたのを思い出す。
 窓際の後ろの席なのを良い事に、ほとんど寝て過ごしている、と言ったルフィに、「ダメだろうが」と拳骨をくれてやったのは、つい先日の記憶だ。

 勢いでこんな所まで来てしまったが、よく考えてみたら、授業の真っ最中にわざわざ謝りに来ただなんて、ルフィにとっては迷惑以外の何物でもない。
 余計に怒らせてしまうかもしれない。

 教室にまで突入しかねなかった自分を思い止まらせて、俺は午前中の授業が終わるまで校門で待っていようと、その場で踵を返した。
 その時。


 「ゾロッ!!」

 聞こえたのは、俺を呼ぶ聞き慣れた声。
 この俺が、その声を聞き違えるはずがない。
 ルフィだ。

 声のした方を振り返ると、三階の教室の窓から顔を覗かせるルフィが見えた。

 信じられない。
 まるで都合の良いテレビドラマのようだ。
 ルフィが、目一杯手を振って俺に笑いかけている。
 そんなルフィの行動に、同じ教室の学生達も「何だ、何だ」と窓際に集まってくる。授業の担当者だったらしき女教師の叱責する声が、少し離れた俺の耳にまで届く。
 しかし身体を乗り出していたルフィは、「危ない」と引き止めるより早く、窓から身を躍らせた。そんなルフィに女子生徒が悲鳴を上げる。
 当然だ。ルフィの居た所は三階で、下は硬い地面なのだから。
 しかし、そんな心配をよそに、ルフィは驚くほど軽やかに地面へと降り立った。

 その瞬間。
 俺には、ルフィの背に真っ白な翼が見えた気がした。

 「ゾロ!どうしたんだ突然・・・ビックリしたぞ!」
 ルフィは嬉しそうに俺の方へと駆け寄ってくる。
 「論文、書き終わったのか?邪魔しちゃいけないと思って我慢してたんだけど・・・」
 未だ、驚きのあまり声もなくルフィを見つめるしかなかった俺を、ルフィは覗き込むように見上げて。
 「会いに来てくれたんだな・・・嬉しい」
 そして、真夏の太陽よりもなお眩しい笑顔で。
 にしゃっとはにかんでみせた。

 ああ・・・
 もう、俺は声も出ない。
 俺の想い人は、どうしてこれほどに真っ白なのだろう。
 この世界で18年間生きてきて、どうしてこんなにも純粋なままでいられるのだろうか。
 怒って「顔も見たくない」と突っ撥ねられないだろうかと怯えていた自分が、あまりにもちっぽけなものに感じる。
 お前がこんな人間だってこと・・・未だ理解しきれていなかったのか、俺は。

 「ルフィ・・・ッ」
 俺にはもう、消え入りそうな声でルフィの名を呼んで。
 そして、その愛しい身体を腕に抱き締めることしか出来なかった。

 誰もいない真昼の校庭でのそんなワンシーンだ。
 様子を見ていたルフィのクラスメイトからは、黄色い悲鳴や冷やかしの声が飛んでくる。
 皆が見ている前でこんなことをして、ルフィに申し訳ないと、頭のどこか冷えた部分では理解していた。
 だが、ルフィを愛しいと叫ぶ俺の中の細胞が、それでもなお離したくないと俺をせき立てる。

 「ゾロ?」
 普段は人前でこんな行動を取ったりしない俺を訝しんでか、ルフィが不思議そうに声をかけてくる。
 それでも、俺は腕の力を緩めることができない。
 こうして抱き留めておかないと、白い翼を持った神の子供は、天に飛び去ってしまいそうだった。
 一生自分の元に繋ぎ止めておけないと知りつつ、しかし俺は醜く縛り付けようとする。

 ルフィの手が、俺の背に回された。
 宥めるように背中を撫でられる。
 「ゾロ・・・スゲェ汗だな・・・ここまで、走って来たのか?」
 ねちねちして気持ちが悪いだろうに、ルフィは俺の首筋に頬を摺り寄せてくる。
 「ちょっと痩せたんじゃないか?ちゃんと飯食って・・・」
 「すまねェ、ルフィ」
 俺を気遣うルフィの言葉を遮るように、俺は上から言葉を重ねた。
 「悪かった、ルフィ・・・許してくれ」
 心なしか、声が掠れてしまっている。

 涙が・・・俺の頬を伝っていた。

 「ゾロ?」
 「すっかり忘れてたんだ・・・お前の、誕生日」
 ルフィが息を呑む気配がした。

 「・・・もう、2日も過ぎちまった。・・・ごめん」
 ようやく抱き締める腕を解いた俺を、ルフィが真正面から見つめてくる。
 だが俺は、もうルフィに合わせる顔がなくて、この期に及んでさえも、恐くて目を開くことが出来なかった。

 フッと、ルフィが微笑ったのが判った。
 項垂れてしまった俺の頭が、再びルフィの胸へと抱き寄せられる。
 「なんだぁ・・・そんな事か、ゾロ」
 そんな深刻そうな顔するから、何かあったのかと思ってビックリしたじゃねェか、と。
 ルフィが笑った。
 「『そんな事』なんかじゃ・・・」
 そう言うが、俺にとってはそれは物凄く深刻な事態だったのだ。
 俺は思わず反論しようと顔を上げた。
 すると、ルフィの蒼い瞳とかち合って・・・

 綺麗な色だ、と思った。
 透明な海の底を覗き込んだかのような蒼。
 それが酷く穏やかで優しげだったから。
 俺は、次に接ごうとした言葉を忘れてしまった。

 「良いんだ、おれは・・・こうして、ゾロがおれに会いに来てくれただけで、嬉しい」
 「ルフィ・・・」
 「ほら、泣くなよゾロ!」
 お前がそんな風に泣くのなんか初めて見たぞ、と。
 ルフィが少し困ったような、でも何故だか酷く嬉しそうな顔をして、俺の涙を拭ってくれた。

 そうだな。
 きっと、こんな風にルフィの前で泣いてしまうのは初めてだ。

 でも、今日だけは許して欲しい。
 これは、『嬉し泣き』なんだ。
 ルフィという人間に会えて、そしてこんなにも想い合えていることへの・・・
 感謝の、涙だ。


 「ルフィ・・・お前を、此処から攫っても良いか?」
 みっともなく垂れてきそうになる鼻水をすすって、俺はルフィに問いかけた。
 この俺がこんな事を言うなんて、ホントどうかしてると、お前も思うか?
 だけど今、たまらなくお前が欲しいんだ。

 ルフィはさすがに少し吃驚したように目を丸くしたが、すぐにその表情も崩れる。
 ニッと笑って見せて、今度はクルリと校舎の方へと向きを変えた。
 「センセ〜〜〜!!おれ、今から大事な用事が出来たんで、このまま早退しま〜〜す!!」
 学校中に響いたのではないかと言うほどの大声で、ルフィが宣言する。
 途端、ルフィの教室からワァっと歓声が上がり、ヒューヒューと口笛が鳴り響いたりする。
 ポーーンと、ルフィに向かってカバンが投げられた。
 「ルフィ!お幸せになっ!!」
 「もう戻ってくんなーー!」
 「裏切り者〜〜!」
 「よろしくやれよ〜〜!」
 ルフィを見送る、色んな挨拶・野次まで、一緒に飛んでくる。
 何にせよ、ルフィはこの学校でもそれなりに人気者のようだった。
 ルフィは放り投げられたカバンを見事にキャッチすると、「ありがとなーー!」と一言。
 後は俺の手を取って、校門の方へと真っ直ぐに走り出す。
 俺も、慌ててその後を追って。

 校門をくぐって外に出たら、俺はルフィの注意を引くかのように手をギュッと握り締めた。
 「ん?どうした、ゾ・・・」
 こちらを振り返ったルフィに、掠めるようにキス。
 そして。

 「誕生日おめでとう、ルフィ」

 言いそびれていた2日越しの言葉を、俺はようやくルフィに送ることができたのだった。


 このキスの続きは、俺の家でイイだろう?




  <FIN>



    Produced by ヨーグルト



うおぐえぶしぶし様に捧げた誕生日お祝いSSでした。
 なんと、アタシとしたことが・・・あきりんさんの時に引き続き
今度はうおぐえさんの誕生日まで、すっかり思考から抜け切っておりました(殴)
 そんな訳で、今回はゾロにルフィの誕生日を忘れてもらいました(笑)
 つまり、今回は「ヨーグルト=ゾロ」

 ・・・だからかな。やたらとゾロル臭いのは(笑)
 しかし、意外と思われるかもしれませんが、アタシとしては、こういうゾロ・・・好きです。
 公衆の面前での羞恥心よりも、ルフィへの愛の方が勝ってしまうゾロ(笑)
 たまにはこういうのもいいよねvv
続きを書いたら絶対にルゾロになることは間違いないんですけどね。

今回同時に再アップしたあきりんさんへのプレゼントSSと読み比べても
面白いかもしれません。
 誕生日を忘れられた二人の、反応の違いってヤツを見てみてくださいv
 とりあえず、こっちのSSの見所は、『青春真っ盛りルゾロ!』ってとこかな(笑)
 楽しかったですよ♪
 こんな突発モノでのお祝いでスミマセンでした〜〜(汗)



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