船長に関する考察


※ ウソップ ※

 
 ゴーイング・メリー号は一週間の停泊の後、再びログの示す方向に沿って航海を始めていた。
 青雉との騒動の後も、クルー達の雰囲気は以前と何も変わってはいない。
 そう・・・一見しただけでは。
「凍ったおれの真似!」
 全身に小麦粉をまぶしたルフィが、倉庫から飛び出してくる。
 それを見て、オレとチョッパーが腹を抱えて笑い転げる。
 そんな、平和すぎるほどの日常風景だ。
 けれど、あれはそう簡単に片付けてしまえるような事件でもなかった。
 ゾロが言った通り、確かに『一味の瀬戸際』だったのだ。
 そんな一大事の際にも、怒鳴り散らすばかりで何も出来なかった自分が、ほとほと不甲斐なく、もどかしいと感じた。
 オレはこのままで良いのだろうか。

 ある日ルフィと二人、後部甲板で釣り糸を垂れていた時だった。ふと、ルフィがこんなことを漏らした。
「強く、なりてェんだろうなぁ・・・」
 その視線の先には、何百キロという重りをつけた鉄の棒を振る、ゾロの姿があった。
 もうどれくらいの時間、あの素振りは続いているだろうか。
 あの事件以来、ゾロのトレーニング量は確実に増えていた。あいつ自身、青雉に手も足も出せなかったことが、悔しくて仕方がなかったんだろう。
 ナミも、オレに天候棒の強化を頼んできた。
 かく言うオレも、実は密かに筋力トレーニングを始めたのだ。ゾロなんかと比べるのもおこがましいくらいの時間しか、やれてないんだけど。
「・・・おれもなりてェ」
 ボソリと。ルフィがゾロを見つめたまま呟いた。
 それは波の音で掻き消えてしまいそうなくらいに、小さな声だったのだけれど。
 オレの心を揺さぶるには十分すぎる言葉だった。
「お前はもう十分に強いだろ!これ以上化け物みてェになってどうするよ!」
 何故だかオレは、愚かだと知りつつもそんなことを慌ててまくし立てる。
「まだまだ足りねェよ、こんなんじゃ・・・」
 ルフィはオレの方をチラリと見て、そしてフッと笑った。
 その大人びた笑みに、オレはドキンと心臓が痛いほど高鳴った。
 いや、擬音としては『ギクリ』の方が近いだろうか。
 ルフィは一体何を微笑ったのだろう。
 まだ足りないと思っている自分自身のことなのか?
 それとも、戦闘ではほとんど足手まといにしかならないオレのことか?
 バカな・・・そんなのはただの被害妄想だ。
 ルフィがそんなことを考えるはずがない。
 そうとは知りつつも、オレの心は酷く焦るばかりだった。




※ チョッパー ※


「なぁチョッパー」
 オレが薬の調合をしている時だ。突然ルフィが後ろから覗き込んできた。
 いつものルフィらしくない、ちょっと神妙な口調だ。
「どうしたんだ?」
 手を止めて尋ねたオレに、ルフィは親指と人差し指で丸い形を作ってみせる。
「お前のアレ・・・不思議玉、あるじゃんか?」
「うん」
 ルフィが言っているのは『ランブル・ボール』のことだ。それが解ったから、オレは頷いて返し、続きを促す。
「あれをもしおれが飲んだら、どうなるかなぁ?」
「飲むのか?」
 まさかそう来るとは思わなくて、オレは目を丸くした。
「おれも、お前みたいに変形できんのかなぁ〜って思ってサ」
 ルフィは何か悪戯でも思いついたかのような顔つきだ。
 けれど、オレはどうだろうかと少し戸惑った。あれはトナカイ人間である自分に合わせた薬なのだ。何度も自分の身体で試してみて、やっと辿り着いたベストの配合が、あのランブル・ボールだ。
「確かに、悪魔の実の能力を生かして引き出すための薬だけど・・・ルフィには多分効かないと思う」
「う〜ん、そっかぁ・・・」
 ルフィはオレの答えにも案外あっさりと返した。巧くいかないであろうことを薄々感じていたような口ぶりだ。
「でも変形ってのはイイ線だと思うんだよな〜」
 独り言のようにそう言って、そのまま立ち去ろうとする。
 オレは何だか心配になってしまった。何かおかしなことを企んでいるんじゃないかって。
 ルフィはいつも無茶ばかりするから、心配だ。
 ついこの間だって、全身氷漬けになって死にかけたところなのに。
「病み上がりなんだから、無理しちゃダメだよ!」
 慌てて背中にかけた言葉にも、ルフィは笑って手を上げてみせただけだった。

 もう・・・ルフィってば。
 ちゃんと聞いてくれてるのかなぁ。




※ サンジ ※


 本日の夕食。
 ウソップが仕留めた海鳥の肉をたっぷりの玉葱で甘みをつけたホワイトソースでぐつぐつ煮込んで、カップに七等分。これに小麦粉を練ったパイ生地を被せてポットパイにする。
 少ない上に臭みのある海鳥の肉を、食い盛りのクルーのためにボリュームたっぷりのメインディッシュにするための『コックの知恵』だ。
 あとは、前に停泊していた島でたっぷり採って積み込んであった野菜で、フレッシュサラダ。生で食べられるのも、あと一日くらいが限界だ。今のうちにたっぷりとビタミンを取っておかなきゃならねェ。
 あとは・・・そうだな。肉、野菜と来たらもう一品は魚。
 この間釣り上げた白身魚をマリネにしてあったのが、ちょうどいい頃だな。それを海草と和えれば一品になる。
 このメニューだと、米よりパンの方が良いか。ポットパイを焼く横でパイ生地を多めに作って焼こう。
 昼食の片付けが終わった頃には、もうこれくらいまでの計画はいつも練っておく。それがプロのコックってヤツだ。
 当然、途中色んなハプニングやら思わぬ収穫があるもので、今日もチョッパーが新鮮な鯛を一匹釣り上げたから、マリネをやめて、サラダ風カルパッチョに切り替わる。お頭と骨の周りの身は、あら炊きにすると美味い。
 夕方、ポットパイをオーブンに仕込んだら、俺は一服がてらキッチンを後にした。
 もう空は西の方が真っ赤に染まって、夕日の三分の一くらいが海に沈んでいる。
 雲が茜から黄色のグラデーションを帯びる様は、息を呑むほどに美しかった。
 だが、同時に胸を締め付けるかのような、言い知れぬ切なさにも捕らわれる。
 そう感じた途端、ズキンと右脚が微かに痛んだ。しばらく前、凍傷になりかけた箇所だ。
 青雉に凍らされたあの日から、もうかなりの時が経ったというのに、まだ時々思い出したかのように痛む時がある。
 これはきっと精神的な傷跡なのだ。
 何かを失いかけて、自分の無力さを痛感した時、こうして一つずつ傷が増えていく。

 キッチンから、パイの焼ける良い匂いが漂いはじめた。
 そろそろ戻らないと、夕食を待ちきれずにやってきた船長につまみ食いされちまう。
 煙草を二本吸い終わったところで、俺はキッチンへと入った。
 しかしそこには・・・
「ルフィ!?テメェ・・・ッ!」
 すでにオーブンの前にはルフィの姿があった。
 しまった・・・と一瞬頭を抱えるが、驚いたことにルフィはオーブンの中をただ覗いているだけのようだ。てっきりもう食われた後かと思った。
 危ねェ危ねェ・・・
「何やってんだ?」
 こいつが食い物を前にただおとなしくしているなんて、珍しいこともあるものだ。
 どうやら、オーブンの中でパイが膨らむのが面白かったらしい。
「なぁ、なんでこれ・・・こんな湯気が出てんだ?」
 ルフィはポットパイを指差して、俺に問いかけてきた。
「ああ、それはな」
 ルフィがそんなことを気にするなんて、これまた珍しい。
 口に入れば何でも良いんだと思っていたが。
 俺はカップの中にシチューが隠れていることを説明してやる。温まったそれが、パイ生地の蓋を押し上げて、湯気を漏らしているのだ、と。
 ルフィは関心があるのかないのか、「ふぅん」と曖昧な相槌を打っただけだった。
 どうやらそれだけで、もう彼の素朴な疑問は解消されたようだ。
 今はそれよりももっと別のことに関心が移ったらしい。
「サンジ!腹減った!!」
 船長の大声を機に、GM号での賑やかな夕食が始まった。




※ ナミ ※


「きゃああぁ!!」
 誰も居ないと思って入ったバスルームの中に、思いがけずに人が入っていたとしたら。
 こんな風に悲鳴を上げてしまうのも仕方のないことだと思う。
 ランプもつけず真っ暗な浴室で、一人バスタブに身体を浸していたのはルフィだった。
「ちょっとあんた!何やってんのよ!」
 こっちは小さなタオル一枚で、大事なところをかろうじて隠している状態だ。
 だって、あんまり静かだし真っ暗たし、これじゃ誰だって空いてると思うじゃないの!
「おぉ、幸せパンチ?」
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!」
 ニッと笑ったルフィの顔面に、あたしの鮮やかなストレートパンチがキマった。
 ・・・ま、別に見られても構わないんだけどね。ルフィになら。
 それよりも、だ。
「・・・なんか、焦げ臭くない?」
 何かが燻っているような変な臭いがして、あたしは辺りを見回した。
 トイレの方じゃない。それはバスタブから漂ってくる。ランプを近付けると、その根源が明らかになった。
「うん、ちょっとまだ加減が分からねェんだ」
 ルフィが頭をポリポリと掻きながら、暢気に笑っている。
 よく見れば彼は服を着たままだ。赤いベストの所々が黒く焦げ付いている。更にルフィ自身の肌にも火傷の跡があった。
 とすると、今彼が水に浸っているのは、焼けた身体を冷やすため?
「ちょっと・・・何やらかしたのよ・・・」
 あたしは思わず息を呑んだ。
 一体何をしたらこんな風に身体が焦げるというのか。
 この間全身が凍ったばかりで、今度はこれ?
 ルフィは水の中で赤くなった腕を擦りながら、酷く穏やかな声で説明する。
「このままじゃおれは大事なものを守れねェから、だから強くならなきゃなんねェんだ」
「それとこれとに、何の繋がりがあるの?」
 その説明はまるで的を得ていなくて、あたしは苛立ちを露わに問い返した。
 そんな様子を見て、ルフィは「見てろよ」とバスタブの中で構えを取って見せる。口で説明するよりもこっちの方が早い、と。
 何を?などと問う間もなく、ルフィの身体が手足の先から脈打つように鼓動し始めた。
「え!?」
 グラグラとバスタブの水が揺れたかと思うと、動いてもいないのに水が天井まで激しく吹き上がり、飛沫となって蒸発していく。
 もうそれは水ではなくて、湯になっていた。
 ルフィの身体から湯気だか蒸気だか分からないものが立ちのぼっている。
「これで、いつものおれよりスピードもパワーも大幅にアップする。これはまだ第一段階だけど、これよりもっといけるよ」
「車の・・・ギアチェンジみたいなものかしら」
「ん、ああ・・・そうだな、それがいい」
 ルフィはこの技に名前を付けることができたと、無邪気な様子だ。
 けれどあたしはとても一緒になって喜んでやることなど出来なかった。
 それよりも、そんなルフィが恐ろしいと思う。
 それはまるで、自分自身の命を燃やしているようだったから。
 実際、パワーアップ状態を解いた彼は、かなり疲労しているように見えたのだ。
 いつか全ての命を燃やし尽くして、星が流れるように散ってしまうのではないか。そんな錯覚に陥る。
 仲間のために、ルフィは自分の命さえも簡単に差し出してしまうのだ。
 それが怖い。
 彼を失ってしまうことが。
 この時あたしは、今にも泣き出してしまいそうな、酷い顔をしていたのかもしれない。
「心配するな、ナミ」
 ルフィはニッと笑って、あたしの頭を優しく撫でた。
 あたしは胸がギュウギュウと痛んで、それ以上言葉が出てこなかった。
 息が詰まって、苦しい。

 ルフィ・・・お願いだから、あんまり無茶しないで。




※ ゾロ ※


 船はその日、小さな無人島に停泊した。
 一日かければ一回りできそうなくらいの広さの島だ。
 一見すると何の用事もないと思われるその島に、今回は船長の意向で上陸することとなった。
「ゾロ、ちょっと付き合えよ」
 陸に下りたらすぐに、俺はルフィにそう誘われた。
 俺は「ああ」とだけ返して、一も二もなくそれに従う。言われるまでもなく、その目的を理解したからだ。
「ちょっとあんた達!ほどほどで帰ってくるのよ!?」
 ナミがそんな俺達を見て、すかさず母親のような説教を垂れる。誰も共に付けようとしなかったところをみると、こいつもまた、その理由を知っているのだろう。
 早く帰れるかどうかは船長次第だ、と俺は思ったが、彼女には頷いて見せるだけにとどめた。
 ルフィは俺に振り返ることもなく、島の中心に向かってジャングルを分け入っていく。俺も、それに付いて黙って歩く。
 しばらくすると、少し木々の疎らになった広い場所に辿り着いた。
「よし、此処まで来れば平気だろ」
 ルフィは誰に話すでもなくそう言ったら、初めて俺の方を振り返った。
 それを合図に、俺は腰の刀を二本抜く。
 俺が構えたのを確認したら、ルフィは右手の親指を自分の口元まで持ってきた。
 眼光は鋭く、殺気すら帯びている。
「最初から本気を出す。殺されねェようにしっかり付いて来い」
 刹那、ルフィの身体に異変が起きた。
 体内の血が沸騰したかのように、全身から気と蒸気のようなものが立ちのぼる。周りの木々が激しく揺れ、木の葉が舞い散った。
 ビリビリと感じたのは、いつもとは段違いの気。
 俺はすぐさま三本目の刀を抜いた。
 と同時に、ルフィの拳が飛んでくる。
 それは身体が覚えている彼のパンチの威力をはるかに凌駕していたから、受け止め切れずに後方へと吹っ飛ばされてしまった。
 すかさず、ルフィは第二撃を放つべく、追いかけてくる。
 ・・・早いっ!
 俺は刀を構え直す隙すら与えられず、顔面にルフィの肘を食らってしまった。
 今度こそ、俺の身体は木々を薙ぎ倒しながら地面に叩きつけられる。食らう寸前に地を蹴っていなければ、致命傷になっていただろう。
 今の彼は、これまでと比べ物にならないほど、強い。
 胸に湧き上がるのは、歓喜と高揚感。
 俺は口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。

 それから、一体何時間打ち合っただろうか。
 倒れたのは二人同時だった。
 だが、間違いなく傷は俺の方が多かったように思う。
 突然ルフィが電池の切れた人形のようにぶっ倒れたのを見て、俺もやっと緊張の糸が切れたのだ。ようやく許されたと、俺はその場に背中から倒れ込んだ。
 周りは四方一帯百メートルほど、木が全て折れて、見晴らしが良い状態だった。
 全身が酷く痛む。
 アバラ、何本かイッたな・・・これは・・・
 あいつは大丈夫か?
 俺よりダメージは少ないはずだが。
「オイ・・・生きてるか?」
 問いかけてみるが、返事はない。
 俺もまだ起き上がることは出来そうになかったから、寝そべったまま地面を這って、ルフィの元まで行く。
 彼は随分体力を消費した様子で、俺の顔を見ると一言だけ、こう漏らした。
「・・・腹、減った」
 訴えるだけ訴えたら、あとは再び目を閉じて、すぐに寝息を立て始める。
 なんて現金な奴だ。
 俺は折れたアバラが痛むのも忘れて、クククッと笑った。

 もうちょっと休ませろよ。
 テメェのマジパンチを何発も喰らったんだ。
 ちょっと休んだら、船まで運んでってやるから・・・




※ ロビン ※


 他人に依存したり、心を許すなんて感情は、もうずっと昔に捨てて、忘れてしまった。
 誰かを護りたいという衝動も。
 私を変えてしまった残酷なあの事件から、初めてのことだったのだ。
 彼はまるで太陽のよう。
 闇を渡り歩いていた私には眩しすぎて、まるで吸血鬼のように灰になってしまいそうだった。
 でも、灰になるのは彼の方なのだ。
 私と一緒に居たら、彼は灰にされてしまう。
 そんな姿は絶対に見たくなかった。
 だから、私は青雉に身体を凍らされた時、同時に心をも凍らせて、彼の元から姿を消した。
 それなのに・・・

「ロ〜〜〜ビ〜〜〜ン〜〜〜!!!迎えに来たぞォ〜〜〜!!」
 エニエス・ロビー。
 そこは地獄への入り口。
 彼は遂にこんな所まで来てしまった。
 誰かに必要とされ、求められ、護られる甘さが一身に降りかかる。
 私の身体は、まるでエクスタシーを感じた時のように震え、身悶えた。
 政府の囚われ人となった私は、今度は貴方という名の鎖に囚われる。
 もう逃げられない。

 本当に良いのでしょうか?
 ルフィ・・・
 私は貴方のものになっても、良いのでしょうか?
 勝手に船に乗り込んだだけの女なのに。
 それでも私を、貴方のものにしてくれるのですか?
 貴方のそばに居ても、良いのですか?




  Prodused by ヨーグルト




本編388話を読んで、すぐに書き始めたお話でした。
ルフィの新技が生まれるまで。
あんまり眠かせておいたら、すぐに本編の展開から取り残され
覆されそうなネタだったので、とにかく急いでアップ!(笑)
その後、ちゃっかり覆されてたらゴメンナサイ。
でもそれもタイムリーで面白いですよね♪(と苦しい言い訳)

初めて本誌でルフィの「ギア・セカンド」を見た時
私の気持ちはこのお話でのナミでした。
色んな人に訴えたんだけどあんまり解ってくれる人がいなくて
ついにこんな話まで書いてしまいました(笑)
同じようなことを思って、ルフィの身を心配された方が
私の他にもいらっしゃれば嬉しいです。