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 ルフィは建物の屋上にいた。
 屋上に設置された貯水タンクの上で、膝を抱えて座っている。きっと、あそこが彼の特等席なのだろう。
 ルフィの見つめる先・・・夜明けが迫っているのか、空は一方向のみ薄明るくて、ゾロは何気なく「ああ、あっちが東なのか」と思った。
 この辺りではここが一番高いらしく、屋上ともなればかなり遠くの方まで一望できる。
 死んだ街と化したここは、捨て置かれてからもう随分と年月が経過していて、崩れ落ちた建物は色褪せ、雑草が森と呼べるほどにまで成長していた。
 しかし、こんな場所はさして珍しくもない。
 今から約一世紀前に起こった核戦争で、世界人口の七割が死んだのだ。都市の機能は停止し、生活様式は一変した。伝染病が蔓延し、ありとあらゆる犯罪が横行した。
 それでも、何とか生きて行こうと奮起した人々の力で、ここ数十年前からはようやく社会も平静を取り戻してきた・・・そんな混沌とした時代だ。
 この場所のように、死んだまま放置された街は、まだ数多く残されている。

 ゾロは貯水タンクそばの手すりまで行き、そこに肘を付いて寄りかかった。ルフィと同じように、彼方の空を見つめる。
 明るくなり始めた空のすぐ下に、街が見えた。あれは、生きている街だ。高いビルが建ち並び、周辺には細かく建物が密集している。
 朝靄が霧のように立ち込め、どこか幻想的な光景だった。
「ゾロ、年とらねェな」
 じっと前を見つめたまま、ルフィが不意にそんなことを言った。
 さっき、泣きそうになって部屋を飛び出していったことなんてもう忘れたかのように、平淡な声で。
「十年前と全然変わらねェ・・・」
 ルフィのそれは、揶揄だった。悪気のない・・・
「・・・ああ、そうかもな」
 ルフィを振り返らずに、ゾロは曖昧に答えた。
 彼の特殊能力が、老化を止まらせているのだろうか。確かにゾロの肉体は、最も充実している二十代前後を保ったままだ。
 この、激しい速度で変わりゆく世界を、ゾロは年を取ることもなしにたった独りで生きてきたのだ。
 もはや自分が今何歳なのかさえ、数えるのを止めてしまった。

「おれ達は・・・似てるのかもな。誰にも、受け入れられねェ・・・」
 悲観性の欠片もないほど淡々と、ルフィは寂しい言葉を吐いた。
 二人の能力はほとんど対極にあったが、どちらも生きていくには残酷過ぎた。自分の周りの人間が死んでいくのを、ただ見ているしかない。
「だから、二人一緒なら・・・生きていける」
 今度はちゃんとルフィの方を見て、ゾロが言った。ルフィも、ゾロを見つめ返す。
 ゾロの金緑の瞳には微塵の迷いすらなくて、ルフィはどうしてそんなに自信満々になれるのかと、理不尽な苛立ちを覚えた。
 貯水タンクから飛び降り、ゾロの前に立つ。

「けど、おれ達は相容れない存在だ」
「だけど、想い合うことは出来る」
「けど、傷を舐め合うことなんて出来ねェぞ」
「だけど、慰め合うことは出来る」
「・・・馴れ合いなんて御免だ」
「だけど、二人一緒なら孤独じゃない」
「けど・・・おれの方が、先に年とって死ぬんだぞ」
「そしたら、お前の最期・・・俺が看取ってやれるな」
 口下手なルフィが、何とかしてゾロに現実を思い知らせようとして、そして最後の切り札として叩き付けた言葉に対する答えが、それだった。
 残酷な運命の先に待つそれは、ルフィの『結末』だ。
 受け入れるのか、それを。
 それは、ゾロの『結末』ではない。
 ゾロの路は真っ暗な闇へと、尚も続いていくのだ。

「おれが死んだらお前・・・その後、どうすんだよ」
「また・・・一人で生きていくさ」
 穏やかな笑みを浮かべて、そんなことを言うゾロに、ルフィはそれ以上何も、反論の言葉など出てこなかった。
 だた、涙が出る。
 もう枯れ果てたと思っていた涙が、ルフィの頬をしとどに濡らしていくだけだ。

「馬鹿だな、ゾロ・・・そんなの、痛ェよ・・・」
 自分なんかより、ずっと辛い。
 ゾロの孤独を想うと、胸が苦しくてたまらなかった。
 どうして、そんな風に笑えるんだ。
 馬鹿としか・・・言いようがないじゃないか。

 遂に声を上げて泣き出してしまったルフィを、ゾロは引き寄せて抱き締めた。
 ルフィのが伝染ってしまったのだろうか。ゾロの目にも涙が滲み出し、眦に溜まったそれがポロリと流れて落ちる。
「だけど、この痛みを抱えても、生きなきゃならねェ」
 お前が俺に、そう教えたんだろう?
 と。
「お前もだ、ルフィ・・・」
 ゾロは、抱き締める力を強めた。
 腕に感じる温もりは、本物だ。
 生きているのだ。自分達は。
 これからも、そうだ。
 どんなに辛くても・・・

「生きろ」

 くぐもったルフィの泣き声が、次の瞬間、大きな雄叫びのように空に木霊した。
 魂の慟哭を、今、声に出して吐き出しているのだと。
 ゾロはルフィを強く抱き締めたまま、思った。
 そして。
 この先も、二人は生きていくのだ・・・と。


 地平線の先から、朝陽がゆっくりと顔を出し始める。
 世界が琥珀色の光に満ちて、重なった二人の影を細く長く描き出した。




続く >>