X |
何処からか、微かな声が聞こえる。 よく耳を澄ましてみると、それは泣き声のようだった。 まだ幼い、少年のものだ。 ゾロにはよく聞き覚えのある声だった。自分がこの声を聞き違えるはずがない。 声のする方向へと歩いていくと、案の定そこには見知った姿があった。膝を抱えて蹲っている。 「どうした?どこか、痛いのか?」 ゾロは少年の隣に腰を下し、静かに問いかけてやる。 少年はチラリとゾロに視線を流すと、また顔を伏せてしまった。赤銅色の瞳は暗く沈んで、闇に溶け込んでしまいそう。 ゾロはそれ以上何も言わずに、ただ少年を引き寄せた。腕で包み込むように抱き込んでやると、少年はさっきよりも大きな声で泣き出した。ゾロにしがみ付き、ぎゅうぎゅうと頭を押しつけてくる。 そんな少年を、ゾロはただ優しく撫でてやった。今、自分にできることはこれくらいしかない、と。 「ゾロォ・・・皆、居ないんだ・・・」 少年が、涙に滲んだ声で訴えかける。 「皆、おれを置いて死んじまった・・・おれ、行かないでってお願いしたのにっ・・・みんな、おれの言う事聞いてくれねェんだっ」 そう言えば、少年の周りは一面に崩れたコンクリートの破片が積み重なっていて、他に人の気配はない。かつては立派なビルだったであろう建物は、全て廃墟と化していた。 吹き抜ける風がそれらに反響して、まるで人間の呻き声のようだ。 孤独に震えて、もうどれくらいの間こうして泣いていたのだろうか。 ゾロはどうしてもっと早くここに来なかったのかと、己を悔いた。どうして、早くこの涙を止めてやれなかったのかと。 「もう、大丈夫だ。俺が居る」 言い聞かせるように放った言葉に、少年はパッと顔を上げる。 「ホントに?ゾロはどこも行かない?」 「ああ、ずっとそばに居て・・・お前を傷付ける全てから、護ってやる」 「約束・・・する?」 「約束、だ」 少年はゾロのその言葉にようやく笑顔を見せた。頬に幾筋もの痕を残していた涙を拭い、ゾロの首に手を回して抱き付いてくる。 また、太陽のような心を取り戻してくれたことが嬉しくて、ゾロは抱き返す腕に力を篭めた。 と、その時。 ゾロの身体に異変が起こった。 急に手足が痺れだし、ガクガクと痙攣し始めたのだ。全身を駆け抜ける強烈な痛みに、ゾロは目の前が真っ暗になる。 「な・・・ん、ぅぐッ!」 「あ・・・っ、ゾ・・ロ・・・ッ!」 少年は一瞬にして絶望に顔を歪め、後ずさった。大きな瞳から、止まったと思った涙がまた溢れ出してくる。 「ゾロ・・・ああ、そんな・・・ひどいよ・・・」 急激に力が抜けていく中、ゾロは愕然とした思いで少年を見つめた。 自分が、護ると決めたのに・・・何故だ?どうしてまた、泣かせてしまう? 「やっぱり・・・ゾロもダメなんだ・・・皆みたいに、おれが・・・触ったら、死んじゃうんだ・・・」 ゾロの手から離れた少年は、積み重なった岩の方へと、退いていく。 いや・・・岩、と思ったがそうではなかった。 それは・・・人だ。 かつて人間だった肉塊が、積み重なって岩のように見えていたのだ。 屍の山の前で、少年は呆然と立ち尽くした。滝のように、両眼から血の涙を滴らせて。 「こんなの、ひどいよ・・・おれ、これからどうしたら・・・」 ゾロは力の抜けきった手を必死で少年へと伸ばす。 けれど、二人の距離はもうこんなにも遠くて、欠片も届かない。 「簡単さ・・・死ねばいい」 刹那、屍の頂上から低い声がした。 血色の瞳が妖艶に細められて、その場の空気までが冷たく凍りつくようだった。 男は妖しげな笑みを浮かべたまま、そこからスッと飛び降りる。手に握った、長い鎌を振りかざして。 そのまま、鎌の切っ先は少年に向けて突き下された。 「ヒッ・・ゾロ!助け・・・ッ!?」 動けないゾロが見守る中、少年は鋭い刃の餌食となった。 腹の真ん中を突き通された幼い身体は、真っ赤な体液を迸らせて、簡単にこと切れる。 「・・・ッ!!?」 その一部始終を、ゾロはただ信じられない気持ちで見ているだけだった。 胸が苦しい。息までもが荒くなる。 これは、力を吸い取られたせいだけでは、ない。 地面に這いつくばって、物凄い形相で目を見開いているだけのゾロに、黒い死神は冷たくせせら笑った。 「結局、お前は何も出来なかったな。 守れもしねェ『約束』なんて、するんじゃねェよ」 深紅の瞳が失望したように踵を返し、孤独な背中はそのまま遠ざかっていった。 「ルフィーーーーーッッ!!」 |
| 続く >> |