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 何処からか、微かな声が聞こえる。
 よく耳を澄ましてみると、それは泣き声のようだった。
 まだ幼い、少年のものだ。
 ゾロにはよく聞き覚えのある声だった。自分がこの声を聞き違えるはずがない。
 声のする方向へと歩いていくと、案の定そこには見知った姿があった。膝を抱えて蹲っている。
「どうした?どこか、痛いのか?」
 ゾロは少年の隣に腰を下し、静かに問いかけてやる。
 少年はチラリとゾロに視線を流すと、また顔を伏せてしまった。赤銅色の瞳は暗く沈んで、闇に溶け込んでしまいそう。
 ゾロはそれ以上何も言わずに、ただ少年を引き寄せた。腕で包み込むように抱き込んでやると、少年はさっきよりも大きな声で泣き出した。ゾロにしがみ付き、ぎゅうぎゅうと頭を押しつけてくる。
 そんな少年を、ゾロはただ優しく撫でてやった。今、自分にできることはこれくらいしかない、と。
「ゾロォ・・・皆、居ないんだ・・・」
 少年が、涙に滲んだ声で訴えかける。
「皆、おれを置いて死んじまった・・・おれ、行かないでってお願いしたのにっ・・・みんな、おれの言う事聞いてくれねェんだっ」
 そう言えば、少年の周りは一面に崩れたコンクリートの破片が積み重なっていて、他に人の気配はない。かつては立派なビルだったであろう建物は、全て廃墟と化していた。
 吹き抜ける風がそれらに反響して、まるで人間の呻き声のようだ。
 孤独に震えて、もうどれくらいの間こうして泣いていたのだろうか。
 ゾロはどうしてもっと早くここに来なかったのかと、己を悔いた。どうして、早くこの涙を止めてやれなかったのかと。
「もう、大丈夫だ。俺が居る」
 言い聞かせるように放った言葉に、少年はパッと顔を上げる。
「ホントに?ゾロはどこも行かない?」
「ああ、ずっとそばに居て・・・お前を傷付ける全てから、護ってやる」
「約束・・・する?」
「約束、だ」
 少年はゾロのその言葉にようやく笑顔を見せた。頬に幾筋もの痕を残していた涙を拭い、ゾロの首に手を回して抱き付いてくる。
 また、太陽のような心を取り戻してくれたことが嬉しくて、ゾロは抱き返す腕に力を篭めた。

 と、その時。
 ゾロの身体に異変が起こった。
 急に手足が痺れだし、ガクガクと痙攣し始めたのだ。全身を駆け抜ける強烈な痛みに、ゾロは目の前が真っ暗になる。
「な・・・ん、ぅぐッ!」
「あ・・・っ、ゾ・・ロ・・・ッ!」
 少年は一瞬にして絶望に顔を歪め、後ずさった。大きな瞳から、止まったと思った涙がまた溢れ出してくる。
「ゾロ・・・ああ、そんな・・・ひどいよ・・・」
 急激に力が抜けていく中、ゾロは愕然とした思いで少年を見つめた。
 自分が、護ると決めたのに・・・何故だ?どうしてまた、泣かせてしまう?
「やっぱり・・・ゾロもダメなんだ・・・皆みたいに、おれが・・・触ったら、死んじゃうんだ・・・」
 ゾロの手から離れた少年は、積み重なった岩の方へと、退いていく。
 いや・・・岩、と思ったがそうではなかった。
 それは・・・人だ。
 かつて人間だった肉塊が、積み重なって岩のように見えていたのだ。
 屍の山の前で、少年は呆然と立ち尽くした。滝のように、両眼から血の涙を滴らせて。
「こんなの、ひどいよ・・・おれ、これからどうしたら・・・」
 ゾロは力の抜けきった手を必死で少年へと伸ばす。
 けれど、二人の距離はもうこんなにも遠くて、欠片も届かない。

「簡単さ・・・死ねばいい」

 刹那、屍の頂上から低い声がした。
 血色の瞳が妖艶に細められて、その場の空気までが冷たく凍りつくようだった。
 男は妖しげな笑みを浮かべたまま、そこからスッと飛び降りる。手に握った、長い鎌を振りかざして。
 そのまま、鎌の切っ先は少年に向けて突き下された。
「ヒッ・・ゾロ!助け・・・ッ!?」
 動けないゾロが見守る中、少年は鋭い刃の餌食となった。
 腹の真ん中を突き通された幼い身体は、真っ赤な体液を迸らせて、簡単にこと切れる。
「・・・ッ!!?」
 その一部始終を、ゾロはただ信じられない気持ちで見ているだけだった。
 胸が苦しい。息までもが荒くなる。
 これは、力を吸い取られたせいだけでは、ない。
 地面に這いつくばって、物凄い形相で目を見開いているだけのゾロに、黒い死神は冷たくせせら笑った。
「結局、お前は何も出来なかったな。
 守れもしねェ『約束』なんて、するんじゃねェよ」

 深紅の瞳が失望したように踵を返し、孤独な背中はそのまま遠ざかっていった。

「ルフィーーーーーッッ!!」




続く >>