「海風汽車旅缶ビール」
K−say新検見川
「独身時代には休日になるとしょっちゅう列車に乗りにいっていた」
そう「列車に乗って旅に出かけていた」というより「列車に乗るために旅に出ていた」のである。
冬の休前日の仕事明けに新宿から村上行きの夜行快速に乗り日本海の雪景色を眺めつつ鈍行で函館まで北上、函館山の夜景を観賞しつつユースにでも一泊し、そこで知り合った人達と朝市でタラバガニなんぞ味見しつつ列車を乗り継いで帰ってくるということをよくやっていた。
いまでこそ「泊りがけ一人旅での鉄道三昧」なんてのはやらなくなったが、一季節に一回は鉄道の旅をしないと「鉄」分が不足して半ば衝動的に列車に乗り込んでしまう。そういうわけで連休には嫁さんを列車の旅に連れまわし、休みが合わない時には一人で日帰りの汽車旅をしている。
「海っぺりを走る列車がいい」
雪景色が見たくて列車で北海道に渡る。まあそんなに遠くに行かなくても越後湯沢や福島あたりに行けば見れるのだが、北海道はやっぱりスケールが違う!
小雪舞う函館駅から札幌行きのディーゼル特急列車に乗る。大沼小沼を抜けて、いかめしで有名な森駅を過ぎれば列車は噴火湾の海岸線に出る。最新鋭の列車は時速130キロで雪を飛ばしてゆく。右側車窓にはクルマも滅多に通らない国道越しに人っ子一人いない海岸線が続く。そんな景色が東室蘭あたりまで延々一時間ぐらい続くのである。「暖房の効いた」車内でそんな景色を眺めつつ、缶ビールなんぞプシュッ、うぐうぐ、ぷはぁーっとやったら最高である。苫小牧から内陸に入り南千歳を過ぎれば雪に染まった都会・札幌。所要時間は三時間。なかなかやるねえJR北海道!
1999年2月、さっぽろ雪まつり50周年を見に行ったときと2001年12月新婚旅行のときにこの特急列車を利用したが、車内は快適、車内販売の弁当は旨いし客室乗務員のキレイなお姉さんが弁当の空き箱なんかも片付けてくれるわでヒコーキ並みの待遇である。トーゼン缶ビールも進む。なかなかやるじゃねえかJR北海道!
2月の北海道はまだ雪の降りしきる真冬であるのだが、千葉県・房総半島ではもう春の花が咲き乱れている。なんとも気の早いオハナさんたちなのである。
この季節の朝、千葉駅から内房線木更津回りの安房鴨川行き普通電車に乗り込む。勿論、千葉駅で冷えた缶ビールとおつまみを調達しておく。君津を過ぎて単線になり、上総湊辺りから車窓右側に海が見える。国道越しの穏やかな海、その向こうには三浦半島、よく晴れていれば富士山だって見えちゃうのである。漁港あり、菜の花畑あり、国鉄時代からの古い車両といい、房総の海辺ののどかな景色といい、実にいいのである。トーゼン缶ビールが進む。やるじゃねえかJR東日本千葉支社!
館山で降りる。東口駅前JR直営の土産物屋で自転車を借りれば海辺の散策やイチゴ狩りにも便利である。さすが海沿いの町。東口には旨い寿司屋がある。
内房線を極めるならばそのまま安房鴨川行きで進んでもらいたい。館山から半島を横断して千倉で外海側に出る。そこから列車は人気の少ない海岸線を右に見ながら北上する。線路の両側はお花畑だ。トーゼン缶ビールが進む。
やがて山が海にせまり、房州大橋を渡ると太海。そして安房鴨川である。太海から安房鴨川には海岸を走るバスもあるのでそれを利用するのもいい。
鴨川にも旨い寿司屋がある。トーゼン酒が進む。いやはや非常に体に悪い。笑。
「海」と一口に言っても、その様子は地域によって全くちがっている。また、同じ場所であっても季節や時間、天候によって実に様々な表情を見せてくれるので飽きることがない。缶ビール片手に列車に揺られてぼんやりと海を眺めるのは本当にココチヨイのである。また、海辺の、しかも漁港のある町というものは新鮮な魚介類とミッセツに結びついており、そういう土地でそれらを肴に地酒なんぞをちびちびとやるのはまったくココチヨイのである。そうなるともう完全に海の虜である。
しかし、よくよく考えてみれば「海の虜」というよりも「サケサカナの虜」というほうが適切なのかもしれない。そのあたりは、まぁ微妙である。
海はロマンチックでドラマチックである。ゆえによく歌やドラマに登場する。愛を語り合うにも、思い出に浸るにも、青春して殴りあうにも海は絶好のロケーションなのである。酔いどれている場合ではないのである。
そんな「海」と「海辺の列車」をテーマに二つの物語をつくってみた。ただ、ふたつとも冒頭の部分だけであるので続きは読者の皆様に委ねることにしました・・・
なんて書くとかっこいいのだが、ほんとのところは「続きの物語が思いつきません!」ということなのである。
「粉雪の朝」
K−say新検見川
夕べは結局、一睡もできなかった。
小雪舞う夜明け前の静かな通りを僕は停留所に向かって歩いていた。
湯の川の電停はしんと静まり返っていた。
雪は一晩のうちにまた積もったようだ
やたらと寒い。
しばらく待って6時41分の始発に乗り込む。
市電はすいていた。暖かい車内からまだ少し薄暗い町並みを眺めつつ、僕は夕べの電話を思い出していた。
夕べはいつもの仲間と大門横丁で呑んでいた。週末ということもあり、みんなタガが外れたかのように呑んだくれていた。みんなすっかり出来上がり、三件目に入って熱燗をオーダーしたとき、僕の携帯電話が鳴き始めた。
電話の向こうの彼女は、なにを言っているのかわからなかった。ひとつだけわかったことは、「明日、会いに来てほしい」ということだけだった。
仲間たちは酔った勢いで「ラブコールかい?」「もてる男はつらいねぇ」「いますぐにでも会いにいってやりゃあいいべさ」などと呑気に笑っていた。
今すぐ といっても 夜行急行「はまなす」も夜行バスもとっくに出てしまっている・・・
電話の向こうの彼女の様子は明らかにいつもと違う。僕は彼女に「とにかく明日一番にそっちにいくから」と伝え、電話を切った。最初は笑っていた仲間たちも「彼女、なんかあったんでないかい?」などと心配してくれたが、それは僕にもわからない問いであった。僕は平気を装い話題を変えた。
その後、仲間とどんな会話をしたのかは覚えていない。
1時過ぎに仲間と別れアパートに戻った。
函館駅には7時過ぎに着くことが出来た。7時20分発のスーパー北斗1号は ガラガラとアイドリングしながら 出発を待っていた。
青い先頭側面にHEAT281のロゴ、銀色の車体、外側に開くプラグドア・・・
函館と札幌の間318.7Kmを3時間ほどで結んでくれる列車である。
発車のメロディが鳴る。プラグドアが静かに閉まると列車はゆっくり動き始める。
「10時半過ぎに札幌に着くよ」
デッキで彼女にメールを入れてから右窓際のシートに身を預けた。
「ありがとう。」
五稜郭を出たあたりで彼女からメールが届く。
言葉少な である。
「札幌行き スーパー北斗1号です。 停まります駅は 森 八雲 長万部 洞爺 伊達紋別 東室蘭 登別・・・」
テープのアナウンスが 距離を感じさせる。
列車は七飯を過ぎ、右に左にカーブしながら雪景色の山間を駆け抜けていく。
札幌に着いて、彼女に会ってみないとわからないな
シートに備え付けてあるJR北海道の冊子に目を通す。内容は頭に入らない。
列車は森駅から海岸線に出る。鉛色の空、冷たい海、そして容赦なく降り続く雪。
そんな景色がいつまでも車窓を流れていく。雪に埋もれた小さな駅が時折現れ、消えていく。
「今、手稲駅にいます。札幌に向かいます。」
東室蘭を過ぎたあたりで再び彼女からメールが来る。
手稲なら乗ってしまえば札幌まで15分。
こちらはあと1時間ほどである。その時間が長い。
車内販売から、ペーパーカップの薄いコーヒーを買った。
登別で観光客が降りてゆく
勇払原野を直線で突っ切り苫小牧から大きく左にカーブしていく。
南千歳を過ぎると、少しずつ街の景色になっていく。時折雲の間から顔を出す太陽が、都会の雪景色をまぶしく照らしている。
車内がざわつき始めれば終着駅は近い。
やがて 列車は少しずつ速度を落としてゆく。
10時33分。札幌着。
ぼくは広いコンコースを出て、大通公園に向かって歩き始めた。
粉雪が 北の200万都市を静かに包んでいた。
横断歩道を渡り公園に入る。
「札幌。久しぶりでしょ?どこ行きたい?何食べにいこか?」
ぼくの顔を見るなり彼女は無理に明るい笑顔で、まくし立てるように言った。
いつもの笑顔を一所懸命に作ろうとしているふうだった。
「とりあえずラーメンでもくいに行くか」
「賛成賛成!」
ぼくは彼女と札幌の街を歩き始めた。
「波音がきこえる」
K−say新検見川
二月
数年ぶりに帰ってきた彼女を、ぼくは朝の上野駅に迎えに行った。
9時40分、札幌からの「北斗星2号」を降りてきた彼女は以前に増して瘠せた様に見えた。
「おかえり ひさしぶりだね」
「うん ただいま」
短い言葉のやりとりをしながら電車を乗り継ぐ。
東京駅の地下通路を「相変わらず長いね」と言いつつ彼女は笑顔でぼくの前を早足で歩いていた。
「さざなみ7号」に乗り換える。
彼女は黙って車窓に続く東京湾を遠い目で眺めている。
なぜ 彼女が急に帰ってきたのか ぼくにはわからなかった。
先週、彼女は電話で 「もう札幌は卒業するんだ。今度の週末の北斗星で千葉に帰るから・・・」と話していた。
列車は幕張新都心を駆け抜け、千葉市の海岸の町を軽快に飛ばしてゆく
蘇我駅を出ると内房線に入ってゆく
五井では小湊鉄道のディーゼルカーが佇んでいる。
袖ヶ浦を過ぎ 田園風景が広がる頃、彼女が口を開いた。
「ちょっと寄り道していい?」
「いいよ」
ぼくたちは木更津で列車を降りた。
「なつかしいなあ。でも少し寂れちゃったね」
「そごうなんかがなくなったからな」」
線路越しに看板の外されたそごうが見える。
「あっ。ここは健在だ」
「寄っていくか」
線路脇の店に入る。
「ここは昔と変わんないね」
「そうだね」
しばらく木更津の町を歩いたあと、ぼくたちは安房鴨川行きの普通列車に乗り込んだ。
上総湊を出ると右車窓に青い海が広がる。彼女は黙って懐かしそうにそんな景色を眺めている。青空が眩しい。
「やっぱりこれだよね」
不意に彼女が呟いた。
「ん?」
「向こうの・・・札幌あたりの海って、冬はとっても寂しいんだよね。鉛色で、吹雪いてて、寒くて、誰もいなくて・・・」
「・・・・・」
「冬は・・・海も空もこんなに青くないし、明るくないし」
「房総は暖かいからな」
「北海道じゃ2月に菜の花なんてありえないよ」
「だろうね」
館山で列車を降りると、ぼくたちは海へと続く道を歩いた。
砂浜から続く石積みの防波堤に腰を下ろす。潮風が心地よい。
「どうして・・・急に帰って来たの?」
「なんだかね、急にこっちが懐かしくなっちゃってね・・・」
「向こうで・・・札幌で・・・なんかあったの?」
彼女の眼が一瞬曇る。笑顔を作ろうとする彼女。
「なんでも・・・なんでもないよ。」
「ほんとに?・・・」
「どうして?」
「急に・・・こっちで暮らすなんて言って、向こうの部屋引き払って帰って来りゃあ。そりゃ心配するよ」
「なんでもないから安心して」
「・・・・・・・」
「ホント なんでもないってばっ」
「わかりました」
静かな波音が続いている。
冬の 早い夕日が少しずつ空を黄色に変えてゆく
「そろそろみんな集まる頃だな」
「みんなに会うのたのしみだな」
「行こうか」
「うん」
ぼくたちは、もうみんなが集まっているであろう店に向かい、歩き始めた。
以上 2004年2月23日 K−say新検見川 執筆
2006年6月28日 うえさんのホームページ 記載