それ行け !! 猫舌  

   過去の記事   日常の亜空間

1 「猫舌」なワケ 00・11・03
 私が猫舌だったりする。で、「日常の亜空間」なるコラムを連載する事になった次第だが、そもそも「猫舌」とは何ぞや、という質問が来るのは想像に難く無いので、申告しておこうと思う。
 私は無類の猫好きである。特に仔猫の肉球のプニプニ感と桃色の舌に弱い。勿論猫なら全てOK、ストライクゾーンは至って広い任せろ。
 そして熱い食品に弱い私は、実際に猫舌なのである!
 と言う事で、これは一回しか言わないのでよく憶えておくよーに。テストに出るよ(何の?)。
 以上、初回にあたっての口上である。ご静聴、感謝。

2 試す勇気、ある?  00・11・19                     
 や、ご無沙汰ぶり。お元気?ちょっと間が空いたのは、「ドラクエZ」にハマってたからなんだな、これが。・・・でもまぁだエンディング見てないの。
 そんな事ぁどーでも好いんだ(ホントは早く見たいのだがな)。
 今回は、ちこっとコワいお話をしてみよーかな、と。
 今、これをご拝読くださってるアナタ、健康に自信はおあり?あろーと無かろーと、知っといて損は無いよぉお立合い!
 色々な患者さんをみてると、「門前の小僧」の私じゃぁあるが、さすがにおのずと解かってくる事もありまさぁね。その中でも、知りたくなくってもぉ解かっちゃう事もあるワケです。・・・例えば「癌」を患ってる人なんかね。
 しかも本人の自覚ナシ、の場合がほとんどでね。
 どう説明すれば好いのか。・・・触覚なの。指でその人の肌を少しばかりこう、押すでしょ、そーすっとね、普通なら弾力で押し返してきますわなぁ。
 だけど「癌」と疑わしき人はその弾力が殆ど無くて、ズブズブと指が肌にめりこんでゆく・・・という感じなんですよ。これは嫌なもんだよぉ。
 と、ここまで聞いてしまったあぁた、それでも自分に試す勇気、ある?

3 ヴィレンヌドルフのヴィナス  01・02・01
 私を惹きつけて止まぬ古代の土偶の一つに、俗称「ヴィレンヌドルフのヴィナス」と呼ばれる、現代人の美意識(あくまで先進の諸国から見ればの話だが)からは程遠い位置に存在する女性像がある。ほぼ3頭身で、大きな乳房が腹まで垂れ、またその腹部は臨月と言っていい程大きく張り出して二段になっている。手足も太く、極めて短い。
 彼女の考古学上の分類は「太古における祭祀土偶」であり「ヴィナス」の名称からもわかる様に、この人形は「女神」なのである。体全体のふくよかさ、隠す事もせぬ性器等は、彼女の役割が「豊穣」である事を告げている。顔は単に体の表裏を識別できる程度の造作でしかなく、「美」が目的ではない事が顕かである。
 人類の草創期において、彼女の持つ意味は「豊穣の女神」のみにとどまらない。雷や地震等の自然現象、人や家畜の老・死、その他あらゆる、現代の科学でならば説明のつく、事象が未だ神秘で捉えられていた時代において、彼女ひいてはすべての土偶が単なる「依代」以上の存在であったろう事は想像に難くない。それは森羅万象への畏敬の念であり、偶像を自ら作ることでの未知への模索であると言えよう。
 しかし、そういった古代人達の試行は今日の我々と、一体どれ程の差異があるというのだろうか。成る程、科学の少しばかりの発達をみた現代では彼らの知り得ぬ様々な事柄が幾らか暴かれてきてはいる。だがそれとて所詮は人の知識の及ぶ範疇での話であって、根本的には何も変わってはいないのではないか。その証拠に、所謂「月面に人が立つ」この時代でさえ「神聖」だの「神の領域」だのという語句が日常的ごく当然に使われているではないか。それは取りも直さず古代の彼の人々と我々と同等であるという明白な事実であるとは言えないだろうか。
 つまり我らは「
ヴィレンヌドルフのヴィナス」を拝めこそすれ、無用の長物と決め付けるに微弱な根拠すらをも持たぬのである。

4 サ・ク・ラ  01・04・22
 桜の時季が終わってしまった関東です。
 桜って・・・・・いいよね。あぁ、これじゃもうエンディング。
 
 古の法師、西行が「満開の桜の下で死にたい」と言ったそうだけど、私も同感。誰も見取ってくれなくたっていいから、おだやかな日の午后、これでもかっつーほど咲き誇っている花の元で息を引き取りたいものです、うん。

 高遠城址公園のコヒガンザクラ高遠城址の桜

 日本人は何故これほど桜が好きなのでしょうか・・・。私だけかな?いやそーじゃない。私だけだとしたら、高遠城址があれほど混む訳ないもんなー。
 や、ホント、あの混雑は凄かったよォ!!もー歩くのがやっとなの。今回の教訓は「桜の季節には、名所に行くモンじゃない!」です。
 でもそんな人々の思惑に関係なく、桜はとってもとってもビュチホだったのでした。

 やー、桜って、ほんとに好いですねー。

 「世の中に絶えて桜の無かりせば
   春の心はのどけからまし」全くだ!!
 


5 それでいいのかっ!! 01・05・01
 や、ども、猫舌です。

 しかし何だね、これだけ世の中が多様化してくるとだね、「何でもあり」になってしまうね。
 例えば女装癖。「趣味でやってます」と言われてしまうと、こちらとしては言葉に詰まってしまうのだな。この「趣味でやってます」という一言は、免罪符というか、黄門様の印籠というか、そう言われたら何でもありになってしまう感があるんすよ、私にゃ。勿論そこに犯罪のにほひがしちゃいかんつーのは基本だが。

 前フリが長くなったが・・・何が言いたいかとゆーと、「アホやな」の一言で尽きてしまうのがツライのだけどね・・・時代はまさに「宇宙」ですな。一般人も、リゾート気分で地球を飛び立つことが出来る昨今ですヮ。パイオニア精神があってよろしーな。
 しかし!何を酔狂に、日本円で24億も払って、数日の体験にトライしたいんだ成金アメ公!あ、失礼、お金持ちのアメリカ人!!
 外貨の欲しいロシアにゃオイシーお話だし、個人のお金を本人がどー使おうとそりゃ自由なんだがねー、ホント「アホ」だよナ。
 安っぽいヒューマニズムや正義論をふりかざすつもりはさらさらないが、こーゆー「死に金」の使い方は許せんなァ。しかも、共同開発中の各国の意見を無視してまで、金持ちに媚びよーつう、ロスケ、あ失礼、ロシア側のゴリ押しは凄いモンだな。
 そしてこの金持ちヤンキーは言うのだろう、「趣味でやってます」って。
 これって、貧乏人のひがみっすか?


6 止められないっ!  01・06・05

 止められない行為って、誰にでもありまさぁね?たとえそれが背徳的なモノでないとしても。「止めようと思っているのに止められない」と思う時点で、己れの中で悪しき行為としてランク付けしてしまうのだなぁ、これが。
 で、拙にもそれがあるんですわな。
 人間ウオッチング。他人様を観察するというのは、かなり卑しい行為じゃなかろうか、と思う反面、こんなオモロイもん止められまっかいな、と自分に言い訳しちゃったり・・・小心者でスマンす。
 最近はこれに分析までつけてみたりして。かくしてビョーキは悪化の一途をたどるのである!
 も一つ、こっちも別に害のあるもんじゃないんだけど・・・それはTVの画面の人物へのツッコミ。近ごろは拙だけでなく、拙の配偶者までこのツッコミをするようになってしまって。罪深いこっちゃと思うが、弟子を得た気分でなかなかよろしーっ!・・・つー具合に私の阿呆度は悪化するのだった。

 人として生まれたからには、もちっとくりえぃちぶな思考をせぇなあかんのやろけどな、出口のめぇんモンをぐちゃぐちゃとこねくり廻しておるんが心地えーねんて。たとえば・・・某消費者金融プ○ミスの看板は吉野家によーけ似とるのォ、とか町田の東急○ンズ8Fレストランのパスタ「なすのボロネーゼ」は、どないなったらあの材料であれだけ不味い仕上がりになるんや、しばいたろかと言うよーに、果てしなく思考は拡散しよんねん。
 誰かこのシナプス結合の電気信号、止めてくれはらへん?・・・わややな。

 今回は、まったくまとまりを見せぬまま、これで終わるのであった。 尻切れトンボで、スマン。


7 やっぱ夏は、これっしょ!の巻  01・07・06
 うっほほーい!ども、猫舌です。6月下旬から7月上旬の暑さで、脳みそタリラリラーン状態です。(フダンと変わっとらん、と言う声アリ)。

 拙の喜んじゃう、怪談の季節が今年も巡ってめーりやしたでげす。

 これをご拝読下さってるあァた、突然ですが「心霊写真」なんつーのお持ちですか?もしくは「霊体験」なんつーものをなさったご経験、おありですか?―――ふっふっふ、拙はござんすのよ、二度ほど。

 最初は高3の夏、某文科系クラブの合宿中の出来事でした。丁度、田舎の月送りのお盆の時季でございます(この辺から、講釈師風に行こう)。夕食を済ませた部員は、思い思いの場所に座って、部員の一人をモデルにしたクロッキー(素描)大会をしてました。
 モデルが数人替わって一休み、というところで、拙は何気なく部屋の外、ガラスの引き戸の外の、夜の闇を見たのです。すると、人の歩く高さと速度ぐらいで、白い人影のようなモノがスーッと、移動してたのです。何だろうとは思ったけれど、別に外に出てまで確認したいほどの好奇心はなく、お!これで後輩の女のコたちをキャーキャー言わしたれ!と、持ち前の冗談好きが本心を持たげてきたのでした。一同の前で「今、窓の外を人のような白い影がすうっと動いてたよオ!」と言うと、案の定「まーた先輩冗談!」と、後輩達は本気にしてくれませんでした、始めは。しかし、拙と同級生の友人(彼女は部内で超マジメで通ってる人)が「私も見たわ!」と言い出すにつれ、事態はパニックになりました。拙一人の目撃なら、冗談や目の錯覚で済んだのですがね、超マジメ人間の友人が同時に見ていたとは思いもよらぬ事でした。しかし、見た二人して恐怖心は無く、真実はわからないままで、たぶんお盆に帰って来ていた、合宿所にさせてもらっている民宿のお家のご先祖様であろうと言う事に落ち着きました。

 で、2回目のは――以下次回にいたしとうございます(もしかしたら語らんかも知れん。何せ思い出すもキョーフの体験ゆえ)。

 ちょっとは涼しくなった?・・・ならねェだろな、こんなんじゃあ。

8 意識する無意識 01・07・16
 や、ども、猫舌です。太平洋高気圧が青春真っ盛りであーる!
 
 覚えていられないのは何故だろうか、と思う。睡眠中の異世界の話だ。日常の雑多な事に紛れていようと、忘れたくない事柄ならば人は忘れ得ぬものでは無いのか。という事は「忘れたくない」類の事では無い訳だ。いとも簡単に忘れてしまうのだから。
 内省の多い人間あるいは日常に己を殺している人間は夢を他者よりも見ると言う。成し得なかった様々な思いが、体を横たえて無意識界へと入って行くと、そこでは成就する訳なのか。
 それを一言で「虚しい」と言い切ってしまうには、いささかのためらいがある。何故ならば、現し世の自分と夢の中の自分、どちらの自分が本当の自分なのか、夢を見ている時点では全く意識し得ないからである。これは中国の故事「胡蝶の夢」を引用するまでもなく、多くの人に共感していただける事と思うが。
 
 なんてな。拙はフロイトでもユングでもないからな、深層心理だとか超自我とか言われっと困っちゃうんだけどな。
 でもさ、すっごい楽しいあるいは嬉しい、それらに属する感情の夢を見た朝って、全部を思い出せなくても、断片が心に残って、思わず微笑んだり赤面したりしません?―拙だけでしょうか。
 それでその日は何となく幸せーってこれも拙だけ?・・・もしかして拙は超シアワセモン(脳ミソが)なのでしょーか?・・・やべーよな、それ。

 ま、連日の猛暑で、大脳がドロップアウトしたっつー事で勘弁ね。

9 美学のススメ 01・08・01
 や、ども、猫舌です。毎日暑うおまんなー。

 「心頭滅却すれば火もまた涼し」たら言ーたボーサマがおるが、凡人モードで涼しくなる方法はないものかね?・・・出家するには俗世への煩悩が多すぎるんでね、入道は無理なのヨ。

 ところで今回のテーマは「美学」である。
 いろんな美学が街に氾濫しておる。「男の美学」とか「古典の美学」だとか、様々である。でもここ猫舌で扱うのはもっとクダけたモノ、「日常のシーンにおける美学」だったりする。
 拙は主婦だからな、家事全般を一応網羅しておるにワケだが、この家事一つ一つに美学を追及しておる。
 例えば「洗濯の美学」。拙宅では全自洗を使用しとる。して、その際「これとこれを組み合わせてネットに入れる。これは裏返し。これは別洗い。これは予洗してから。」と、第1段階で既にこの美学が発揮される。ま、これは「手順」とも言うけれどな。
 拙の場合、全自洗を使ってても、最后までメカに委せるを潔しとしないのである。柔軟剤入れーの、脱水は途中で一旦止めーのと、さらに美学を追う。そうしてこのフィナーレは「乾し方」である。
 バランス・風通し・見栄え(誰も見んが)等々を考え、ここに至って「洗濯の美学」は完成されるのである!
 ・・・でもね、最近はいささか重いのよ。「美学」=「こだわり」なもんだから、手間が増えまくるワケよ。こう暑いとねー、「美学」もへったくれもあったモンじゃあないのよ。

 と言う事で、「美学」を持つ人はツライよと言う教訓でした。
 タメになったかな?
 ではまた次回!!

10 戦後も消えぬモノ 01・08・09
 や、ども、猫舌です。良い子のみんなは夏休みでリフレッシュしたかな?

 小泉首相が、公約を貫くためなのだが何だか、相変わらず靖国を参拝するゾと頑を張っておるな。諸外国と揉めてまで行かねばならんよーな問題だろうかと、拙は思っとる。

 ところで拙は寅年生まれである。そして今回の話は、「戦争」について、ほーんのごくごく一部分を取り上げてみたいと思う。

 戦争―どうしても、TV映画の「コンバット」などに代表される最前線の戦闘シーンが真っ先に頭に浮かぶ事と思われるが、ドンパチは置いとく。
 戦争の犠牲者・被害者とは、一般市民、特に女子供であろう。けれども声高に反戦を唱える術を持たぬ多くの善良な人々は、時代の大きな渦に巻き込まれて、個人レベルでは対処できないのが常である。そこで不本意ながら前線へ送り出さざるをえなかった家人のために、ささやかな「抵抗」をするのである。
 千人針、これだよこれ、今回のテーマは。
 死んで御国に奉公せよと教育された男に代わって、銃後の女達は「絶対に生きて帰って」と、街角に立って道往く人々に千人針の布への一目を求めたのだ。ちなみに「千人針」とは、出征兵士が戦場で弾に当たらぬよう願いを込めて、妻や姉・妹、あるいは母親といった女性が布に一人一針の縫い目や玉結びを、街頭で人々に乞うた物である。
 拙が寅年なのだと前フリしといたのはここだよ。
 普通の人は、一人一つの針目なのだが、寅年生まれの女は年齢分の縫い目を作れるのである。これは「虎は一日で千里を往って帰る」と言う故事に由来している。
 日本は憲法で戦争の永久放棄をした。だからもう千の糸目を求めて通りに立つ女性の姿は見られないだろう。心からそう願う。
 そう願ってやまぬのは、いくら拙に数十個の針目の権利があっても、そんなもの嬉しくもなんともないからだよ。

 やー、今回はマジだったな、自己マン自己マン。

11 ―やっぱ夏はこれっしょ、その2―  01・08・21
 や、ども、猫舌です。相変わらず脳ミソ溶けまくりの状態が続いてます。タリラリラーン プラス トロリラリーです。
 
 さて、先日はさして涼しさを呼ばない話で恐縮です。で、その点を日本海溝よりも深ぁく反省・・・してると思う?へっへっへ。拙の辞書に「反省」だとか「深慮」だとかの文字は無い!しかし今回はもー少し怖がっていただけそうかな?と言うのを一つ。

 3年程前の夏。配偶者が鍼の研修で不在の夜の事です。拙は一人、所在の無い時間をTVで潰しておりました。ひいきのプロ野球のチームは大敗、ビデオも見飽きてしまったので、いつもより大分早い時間ではありましたが、さっさと寝入ってしまったのでした。そして真夜中。いわゆる「丑満時」頃、ふと目が醒めて、寝返りを打ちました。右を下側にして横向きになり、上側になった左のわき腹に右手を乗せて、そのまま再び眠りに付こうとした時・・・それは起こったのです。
 背中を向けている側から、何かが拙の右手中指をぐいぐいと、2回ほど引っ張るのです!目も意識もはっきりと醒めておりましたので、この時指を一本だけつかまれ引かれた感触は、もの凄く確りとしたものでした。振り向いて、その場に何があるのか(いるのか)を直ぐ確認すればよかったのですが・・・何せ拙は至って小心者、背側の空間に科学で説明のつかない類の事象が存在した日にゃ泣いちまいますからね。だから、結構強力に引っ張られたにも拘らず「これはこのまま眠ってしまったほうが好い」と決めて、冷や汗をしたたらせつつ目を開けないと誓って朝を待とうと思いました。万が一、何か耳に入って来たらと考え、頭の中を空にするため真言を唱えておりました。かくして拙は恐怖と対時しつついつしか眠ってしまったのですが・・・真言を復唱していたあの時、何者かが「そんなの唱えたってムダだよォ」なんぞと拙の耳に囁きでもしてたら、と考えるにつけ、今も恐怖を思い起こすのです。

 こうして話している今でもあの感覚がこえ〜だよ。・・・これを知ったあァた、今夜あァたの指を何者かが握るかも・・・拙は知らんよ。

12-大いなる野望- 01・09・01
 ここ数ヶ月の小泉内閣を見てて、ふと思ったのだけど・・・
 親族に政治屋さんがいる人以外で、政治家を目指そう!と思った人は、何がキッカケなんだろうなァ。
 ま、動機は多々でしょ。昨今の政界の腐敗を憂いて、己がこの状況を打破せん、と志を持つ人もあろーし、単に儲かりそーだなどと不純極まりない輩もおろーしな。シボウドウキを各人に問うてみたいものである。

 さて今回のタイトル「大いなる野望」編・・・察しのよい子はもうわかっちゃったかナ?そーです、猫舌はこの先の人生において、一度でいいから政治家を目指しててみよー!!!とか考えたりした訳でありますが・・・如何せん、悲しきかな元手がないっ。
 政治家への最短コースは、地方自治体のいっちゃん小さい枠の議員でせう。村議・町議・市議・区議たら言うヤツね。
 しかしこれとて、立候補には、まずおアシがかかりまさァね。さらに選挙運動にも。ぼらんちあなんざ、無名の候補者には望むべくも無し。人心の掌握も宣伝も、全てはお金の成せるワザ。
 まいったなァ・・・「大いなる野望」は、その最初の一歩にしてつまづいてもー
た。どこが大いなる野望だっつーの。

 スミマセン、タイトル変更します。「大いなる無謀」です。

 えー、物好きな方おられましたら、どーぞこの猫舌めを大いにバックアップしてやって下さい。
 条件は只一つ、「物好きで、お金持ち」!これだけです。男女・地球内外生物は問いません。

13 超能力って本当ですか? 01・09・27
 夏も去りまして、様々に想い巡らす秋がやって参りましたわな。
 猫舌の夏は一般の方々よりツライものがございます。なんたって自前の肉じゅばん、人様より2〜3枚多く着てますのでな。これは簡単に脱げぬもんでして、それゆえ夏がツライ、とこういう訳で。
 「汗かき屋」なんつー商売が成り立つもんなら、一夏で左団扇!

 現代の日本において、ひっじょーに遅れている・・・と言うか、ぜーんぜん科学で取り上げようとしない分野の一つに「超能力」あるいは「超常力」と言うモノがある。TVなんかで時々特集を組む、いわゆるアポーツ(物品移動)とかクレヤボヤンス(透視)とかゆーヤツ。あれを見ていていつも思うんだけど、それってホントに「超」がつくほどの能力かあ?
 ま、確かにESPカードを透視するなんつーのは、常人にゃ出来ん事じゃあるが、だからと言って、それが世の役に立っとるか?本当の本当に、そんなパワーがあるなら、誘拐された子供の行方をK察に通報するくらいの事をしてみて欲しいもんだよナ。赤城山の埋蔵金にしても、プロジェクト立ち上げて、さんざんひっぱった挙句出ませんでしたって事も無かろ?
 本物の力を持った人物が現れないのは、正しい使われ方が危ぶまれる昨今の人心の荒廃が原因かも知れんが、いくらサイレント=マイノリティーだからと言って、この21世紀に魔女裁判もあるまいよ。・・・いや、わからんぞ。未知なる能力の保持者は、いつの時代も迫害を受けとるからな。人は己と異なる顕著な力を持つ者に寛容じゃないしな。
 旧ソ連は、中央自ら超常力を開発していたそーだが、それって使用目的は「対外」っきゃないじゃん。冷戦時代には特に力を入れとったそーだ。

 ・・・人類って結局、現段階では平和の爲にこーゆー力を使おうってレベルの精神じゃないんだよ。直ぐ他を牽制する道具にしちゃうんだよなー。尤も、言葉が通じ合う人間―例えばお隣さんとか―だって、利害で対立するんだから、民族・言語・宗教等異なれば当然戦いにもなろーってもんだよね。無理ないのか、平和共存は。

 今回のエンディングは、ちょっとアカデミックだった?

14 ガンバレ!遺伝子!! 01・11・02
 や、ども、猫舌です。――そろそろこのオープニングも倦きたと仰るムキがあるか知れんので、次回からは考えませう。

 ところでアナタ、人の行く先に何があるがと問われて答えられる?
 この場合、人と限定せず、地球上のあらゆる命の行き着く未来、と言っていい。生命の目的、それは何か?

 拙は若い頃(拙にもあったんだよ、花も恥らう乙女期が!)、その道の権威に問うてみた事があった。結構真面目に、人生を考えていた頃の事。
 今こうして生きている、命あるのも全ての行く先には何がある?
 DNAの最終目的は何だ?
 ・・・そしてオーソリティーの答えは明確で且つ拙を不完全燃焼しかさせてくれぬものだった。
 曰く、「DNAはその存在を次代以降へ伝え行く事こそが目的である。環境に適合して進化しようと、現状のままであろうとそれ自体が命を継ぐ、それこそが最終形である」と。
 ―何だよそりゃ。じゃあ今ここにおる拙とて、目的は達成しておるワケだな?
 そして結局あなたも拙も、単にDNAを先へ送るためだけの器にしかすぎんのよ。現在進行形でありながら結果でもあるって事?――うーむ、解かったよーな、丸め込まれたよーな。納得したよーな、全然解かっておらんよーな。
 たかが遺伝子、されど遺伝子。

 ・・・しかし拙はな、やっぱ期待しとるのだ。「人」としての、最終的な完全進化の究極型があるのではなかろーかと。そーゆーのって、期待をしちゃいかんなぁ。なんかこう、「をぉ!ぱーふぇくと!!」と言う感じがあるよーな気がするんだがなー。

15 ―パイオニアとはそう言う事さ!― 01・12・02
 師走になりますってえと、かなり冷え込んで参りますな。「この冬一番の寒さ」が連日更新されて行きますわな。本格的に猫舌の冬がやって来ました。他人様が着膨れているところで一人薄着でおりますと、ごくフツーの人に見えない事もない、そんな季節ですわな。

 さて拙は「伝統」だとか「古式床しく」とか「お作法」だとかこう言ったものに直面した時、しばし考えちゃうのである。
 例えば茶道。にじり口から這って入るの、袱紗の使い方はどうの、茶碗はどのくらいの高さで何回廻すのと、兎角「伝統」の所謂「作法」で雁字搦めだわな。列席の面々は、己が不作法しやせぬかと、折角のお点前は二の次三の次になってしまっとるよーにしか見えんのよ、拙には。
 で、言いたいワケ。
 何でこんなにウルサいんだ、とね。
 もっと楽しくやればいいのに。人に不快感を与えない、と言うのは礼儀(マナーと言うのか?)であって、作法(ルール)じゃないよ。

 利休以前、こんな煩わしい事言ってたんですかぁ?そもそも今日の作法は、利休の望んだ本質なんですかぁ?
 碗を愛で、生けられた四季の草花に季節を感じ、炉の造形の匠を誉める。これらは、現代ではともすれば本来の自然あるがままを無視し、人為的な規則のみが中心に据えられ、それに縛られているのを疑問視する行為だと思えてしょうがないんですけど。
 で、思ったワケ。
 こーゆーのは始めちゃったモン勝ちだ、とね。
 創始者がルールよ。
 ああでも、クリエイターとパイオニアは、全然異なるなぁ。
 ま、いいか、所詮、お気楽エッセイだもの、と逃げ道。
 ではまた!

16 ―それはコワイぞ、たぶんの巻― 02・01・24
 全国の、片手に満たない猫舌ファンの皆々様、本年も何卒お引き立ての程、おん願い奉り候。イェーイ!!!

 さて、拙宅では雑種の犬を一匹飼ってます。名は「ムク」と申しまして、当年推定9才の雄ワンコです。「ムク」の命名は、仔犬の頃ムクムクしておったからと言う、いたって芸の無い発想で・・スマン。
 飼い犬「ムク」ペット自慢に聞こえたらゴメンなさいなのですが、コイツが拙にゃ実に忠実、ご機嫌を取りに来ると言うか、平身低頭な姿勢を見せるヤツなんでついつい撫でてやらぬワケにゆかぬのですよ。全く、今にも喋り出しそーなんですヮ。朝、牛乳を取りに庭に出る、その瞬間、目敏く拙を見つけ「奥さん!おはようございます!!今日も好いお天気ですねぇっ!!」と全速力で走り寄ってくるんですなー。
 ホントだって。ヤツは拙に話し掛けて来るんだてば。耳を横に寝かせて、額を拡げ、目をキラキラさせて、実に実に嬉しそうな表情で喋るんですってば。

 だけどね、実際に動物が人語を解し、話す事が出来るとしたら、これは相当まずいよ。第一に待遇の改善を求められるだろーなぁ。それにね、動物への虐待や殺傷沙汰が今よりずーっと増加すると思う。殺人他の犯罪での証言なんぞは有効視されるのか、とか、社会問題が多くなるだろ―なー。

 ウン、やっぱね、余計な事を喋らんからその分可愛いんだろぅと思う。人間である以上、誰だってペットにプライド傷付くような事を言われたりしたら嫌だもんね。慰めてくれる事もあるだろうけどさ、「会話」として成り立つかと問われるとねー。

 でも、ウチの子は可愛いんだァ!!



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