◇ 基本刺鍼 ◇

 


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1 はじめに
   鍼灸といえば東洋医学ということになっていますが、実際は西洋医学の刺激理論を基にした鍼灸、所謂刺激ばりと、真の東洋医学としての伝統的な鍼灸術の2つの流れがあります。その伝統的な鍼灸術の代表が本会の経絡治療であります。
 両者の決定的な違いは「気」の問題にあります。経絡治療は、この病気にはこの穴をというような病名治療とは異なって、望診・聞診・問診・切診の四診法によって病の本質としての証を導きだし、例えば肺虚肝実証等で、その証に従って気を調整する治療法、随証療法であります。
 実施臨床にあたっては、主証を決定すると、どんな鍼を用いて、どの様に鍼を刺せば良いのかが問題になる訳であり、この手法の如何によっては効果に大きな違いがでてくるものであります。
 まずは基本的なことから述べていきます。  
 虚実と補瀉
   治療の原則は難経六十九難にある「虚したるものはこれを補い、実したるはこれを瀉す」という事が基本になります。つまり虚に対しては補法を、実に対しては瀉法を行なうということで、経絡治療では診断は虚実、治療は補瀉、即ち「虚実を弁えて補瀉する」ということであります。
 素問通評虚実論に「邪気盛んなる時は即ち実し、精気奪わる時は即ち虚するなり」とあり、虚実の根拠は邪気と生気のあり方による事が明記されております。
 虚とは生きる為の生気、生命力の不足している状態をいいます。要するに体力や抵抗力の低下した状態の事です。また実とは生気、生命力の働きを妨害するような悪条件、例えば、風・暑・飲食労倦・寒・湿を五邪といいますが、これらが生体を冒して生命力の働きを妨害する様な事、即ち邪気が盛んなものをいうのであります。
 従って虚に対する補法とは生命力の不足している患者に生気を補うことであり、また実に対する瀉法とは患者の生命力の働きを妨害する邪気を取り除き、生気の働きを助けることであります。つまり、補法も瀉法もその目的は共に生命力の強化であり、刺激の強弱等ではありません。虚実においても、大小や強弱といった相反する概念ではありません。
 補法・瀉法の基本
   補法は比較的細い鍼を用い、ゆっくり刺入、目的の深さに達したなら催気、左右圧をかけ、速やかに抜鍼、と同時に鍼口を閉じます。鍼の方向は経の流れに随います。
 瀉法は比較的太めの鍼を用い、速やかに刺入、鍼を動かして邪気と生気を分け、鍼先の抵抗ゆるむをみて下圧をかけ、徐に抜鍼、鍼口は閉じません。鍼の方向は経の流れに逆らいます。
 押手について
   補瀉の手技において,押手の働きが重要であります。本会ではこれを「左右圧は補をもたらし、下圧は瀉に通ず」としております。
 補法における左右圧の目的は押手の下面と穴所に隙間を作らない事、これは気を洩らさぬようにする為であり、更に鍼を通じて気の交流をはかる事であります。従って左右圧の強さは鍼を押手の間に感じる程度がその目安となります。
 次に瀉法における下圧は、抜鍼の時に、押手で下に向かって押す事により、鍼口がえみ割れて邪気を容易に洩らす事ができるのであります。
 下圧のかけ方は、脉状に従って使い分けるのでありますが、抜鍼にあたってしっかりと目的意識を持って鍼先に留意しなければなりません。
 刺鍼時の心構え
   経絡治療は気の調整でありますので、刺鍼時における術者の心構えは重要であります。
 古典には「心に円を想えば補をもたらし、方(角)を想えば瀉に通ず」とあります。これは補法はゆったりとした穏やかな気持ちで行い、瀉法は邪を取り除くという強い目的意識を持って行うということであります。
 また、実施臨床にあたっては自信をもって治療にあたらなければなりません。不安や自信のない態度で治療していては患者の信頼を得ることはできません。
 姿勢
   刺鍼時の姿勢の善し悪しも治療効果に大きな影響があります。
 良い姿勢は両足を肩幅程度に開き、腰に十分ウェイトを置き、臍下丹田に力を入れ、背筋を伸ばし、肩、肘、手首の力を抜き、膝を柔軟にします。そうして深呼吸に従い、手先に気を集中しながら徐々に刺鍼を行なうのであります。
 尚、押手や刺手にのみ気を取られていると姿勢が崩れ、前屈みになってきて押手が重くなり、気を洩らしたり、また気の動きというものも捉えがたくなります。刺鍼にあたっては常に正しい姿勢で行うよう心がけねばなりません。
 痛くない刺鍼
   経絡治療は気の調整を目的としますから、刺鍼により痛みや不快感を与えるようでは治療目的を達することはできません。そこで、鍼を刺入する際に痛みを与えない為の条件を、刺手と押手について述べます。
 
〈刺手〉
・鍼柄はなるべく柔らかく持ちます。
・指頭で持たず指腹で持つようにします。
・鍼体がたわまないよう、力がまっすぐ鍼尖に届くようにします。
・鍼は無理に刺入せず、自然に刺入できるまで待ちます。
・鍼先の感覚を捉えるよう心がけます。
 
〈押手〉
・左右圧は鍼が動くのを妨げません。
・穴所に密着させます。
・周囲の皮膚面に平であり、押手を置いた穴所だけが凹まないようにします。
・鍼尖の方向を安定させます。
・刺鍼中は少しも動かさない。
 補法
   生気の虚損した結果が虚であり、これに対する手法が補法であります。その目的は不足した生気を補う事でありますが、この生気とは生き抜く力、病を治す力、生体の根本的な力であります。
 東洋医学の病因論の原則は「内傷なければ外邪入らず」で、邪の侵入は生気の虚によるという事になっています。
 従って、難経六十九難には「当に先ず之を補って然して後に之を瀉すべし」とあり、補瀉においては補法が優先する事になります。
 補法手技の手順
   実施臨床にあたっては、用鍼や手法は患者の体質・脈状・病症等を考慮して行われますが、ここでは基本的な手さばきと注意点について述べます。
・鍼は銀の1,2番を用います。
・経に随いごく軽く切経し、取穴します。
★取穴した示指は動かしません。
・押手を軽く構えます。
★この時、中・薬・小指で押手の安定をはかり、肩から腕に力が入りすぎないように注意します。
・竜頭を極めて軽く持ち、その鍼を押手の2本の指の間に入れます。
★鍼の方向は経の流れに随います。
★鍼は指と平行になるようにし、指腹で持ちます。
★鍼の角度は皮膚に対して45度位にします。

・鍼尖を静かに穴に接触させ、目的の深さまで刺入します。
★刺入は自然に任せ、決して刺そうとしてはなりません。入らないときは接触のままにしておきます。
★深さは経気のある所を度としますので要穴では1〜2ミリ、深くても4〜5ミリで事足ります。

★脈状により浮脈は浅く、沈脈は深く刺鍼するを基本とします。
・留めて気をうかがいます。
★催気には回旋或いは押し又は弾爪等ありますが、これはあまり気が動かないような場合に用いるもので、目的の深さまで刺入したら鍼は動かさないのを基本とします。
・気を得たら左右圧を充分かけます。
★鍼先の抵抗が緩む、押手に気を感じる等であります。
★押手の指の間に鍼のあることを確認します。また左右圧はスーッと強めけっして衝突的であってはいけません。
・素早く抜鍼と同時に鍼口を閉じます。
★蓋をする時は抜鍼の右手に合わせて同時に左手を使います。蓋をする指は母指、示指どちらでもかまいません。また蓋をした指はすぐに離さず、一呼吸おいてから離します。
★時間の目安としては、接触から抜鍼までを2〜6呼吸位の間としますが、数脈は手早く、遅脈はゆっくり刺鍼するのを基本とします。
 
管鍼を使う場合は、管を穴所に密着し、鍼柄の頭を軽く撫でる様にして押しつけ、鍼尖が皮膚に接触したら、管を取り、後は同様に行います。
は注意事項です。
10 瀉法
   実に対する手法として瀉法がある訳ですが、この実には旺気実と病実(邪気実)があります。旺気実は内傷や外邪による実ではなく、経絡の歪みによって生じるもので、直接瀉すことはありません。
 従って瀉法は主に病実に対して行うもので、その目的は邪気を取り除くことにあります。この邪気には実邪と虚性の邪があり、これをまた気の変化、血の変化による脈状に分け手さばきを使い分けます。
 実邪の気を代表する脈状は浮脈で、これを浮実といい、また血の代表は弦脈で、これを弦実といいます。その実邪に対する瀉法の手さばきのポイントは、鍼を絶えず動かしていて止めない事と抜鍼時の下圧にあります。
11 浮実に対する瀉法手技の手順
   気は陽にして浅く積極的で変化しやすいので、その手法の基本は浅く刺し手早く行います。
・瀉法を行うには、その目的を明確に意識しなければなりません。
・鍼はステンの2,3番を用います。
・経に逆らい切経し、取穴します。
・押手を構えます。
・竜頭は補法よりやや強めに持ち、その鍼を押手の2本の指の間に入れます。
★鍼の方向は経の流れに逆らいます。
・鍼尖を静かに穴に接触させ目的の深さまで速やかに刺入します。
★深さは2〜3ミリ。*竜頭をやや強めに持つのは速やかに刺入する為でありますが、粗暴になってはなりません。
・巾狭に抜き刺しします。
・抵抗緩むを度として、下圧をかけ、ゆっくり抜鍼します。
★抵抗が緩んだ時が邪気と生気が分けられた時です。
★下圧は軽く浅く早くパッとかけます。
 
★鍼先に邪気を絡め引き摺り出すという気持ちで行います。
・鍼口は閉じません。
12 弦実に対する瀉法手技の手順
   血は陰にして深く消極的で変化しにくいので、その手法の基本はやや深く刺し徐に行います。
・その目的を明確に意識して行います。
・鍼はステンの3,4番を用います。
・経に逆らい切経し、取穴し、押手を構えます。
・経に逆らい、竜頭をしっかり持ち、鍼尖を静かに穴に接触させ、目的の深さまで速やかに刺入します。
★深さは3〜4ミリ。
・巾広に抜き刺しし、抵抗緩むを度として、下圧をかけ、ゆっくり抜鍼します。
★下圧は重く深くゆっくりズーンとかけます。また下圧はかけ初めから終わり迄連続的にいます。
★鍼先に邪気を絡め引き摺り出すという気持ちで行います。
・鍼口は閉じません。
13 虚性の邪
   虚性の邪は本会独自の用語で、陽経に現れる邪の脈状のうち、特に艶と潤いのないものをいいます。これは本来実邪となるべきものが、生気の不足の為実邪になりきれないもので、虚体や慢性的な病症等に診られます。
 虚性の邪には気の主りによる脈状に枯(枯れ草の葉にでも触れたような感じの脈)と塵(綿埃にでも触れたような感じの脈)、また血の主りによる脈状には堅(枯れた小枝にでも触れたような感じの脈)があります。
14 補中の瀉法
   虚性の邪に対する瀉法は不足している生気を補い、それから瀉的に抜鍼するので、補中の瀉法といい、実邪に対する瀉法と区別しています。
 抜鍼に際し、邪を洩らす意識を持って行い、鍼口は閉じません。この時実邪と違って下圧はかけません。また押手の密着度を補法よりもしっかりさせて静かにソーッと抜き去ります。
・枯に応ずる手法は銀またはステンの1、2番鍼を用い、経の流れに逆らって、2〜3ミリ刺入、左右圧をかけて生気を補い、抵抗緩むのを度として、更に指を締めて生気が洩れないよう注意しながら、ゆっくり抜鍼、下圧もかけず鍼口も閉じません。
★大事な事は押手を穴所に密着させた事を確認してからゆっくり鍼を引く事です。
・塵に応ずる手法は銀の1、2番鍼を用い、経の流れに逆らって接触か僅かに刺入し、チョッチョッと補って抜き去り、下圧もかけず鍼口も閉じません。
★塵といえども邪気であり、手法は瀉法でありますから抜鍼に際し鍼はゆっくりと引くのを原則とします。
・堅に応ずる手法は銀またはステンの2、3番鍼を用い、経に逆らい数ミリ刺入、充分補い、抵抗緩むのをみて徐に抜鍼、下圧もかけず鍼口も閉じないのであります。
15 和法
   これは気血が滞っている場合の手法で、実から虚に転ずる中間に多くみられますが、初めから和法を行う場合もあります。脈状は虚の中に僅かに指の腹をつくような実を触れます。この和法は補法でも瀉法でもなく、気も血も洩らさず滞っている気血を流して中和させる手法なので、和法といいます。
・経に随って刺入し、静かに押しつけたり緩めたりしていると鍼先の抵抗が緩むので、これを度として抜鍼します。この時押手の下面で鍼口を充分保護する様にし
て、血も気も洩らさぬ様に注意して抜鍼します。

 以上、補瀉の概要と基本の手法について述べてきましたが、これらを踏まえ、実技に臨んで下さい。
 尚、詳しくは福島弘道著「わかりやすい経絡治療」「経絡治要綱」「経絡療学原論」等を参照して勉強して下さい。
16 おわりに
   気を整えることのできる補瀉の刺鍼技術を身につけるには、自分自身の体に痛くなく刺せるように、日々の修錬を重ねることが肝要です。