子午治療 ◇

 


<1>  はじめに <2>  基本論 <3>  実際 <4>  具体例 <5>  絡穴一覧

 <1> はじめに
   経絡治療は十二経の虚実を補瀉調整する本治法と、局所の虚実を整える標治法から成り立ち、両者は車の両輪に例えられるが、その真髄は飽く迄も本治法が主体であることは言うまでもない。
 本治法によって経絡が調整され、生命力が強化されると、その必然の結果として病症は取れていく訳であるが、術者の刺鍼技術や患者の体質、病歴、病症によってはいかに本法が優れているといっても、中々それのみで解決しがたいこともまた事実である。
 このような時、標治法や補助療法を活用し、駆使するならば、本治法で整えた脉証を乱すこともなく、一層本治法の効果を賦活し、すばらしい結果が得られるものである。
 テーマの子午治療は奇経、刺絡、ナソ、ムノ治療とともに本治法の補助療法、救急法として用いられている。
 子午治療の特徴は、遠隔部の刺鍼が患部の比較的広い範囲に短時間で影響を与えられることにある。敏感な患者になると患部のみならず、全身に影響を及ぼし、時には対象となる経絡の流注に従い暖かみ等の快感を覚えることもある。
 遠隔部に行なう一本の鍼で症状の緩解が自覚され、患者は鍼治療の不思議と且つその高い治療効果を認識して、信頼感を深めることとなる。
 患者はもちろん、多くの鍼灸家にとって患部に直接治療を施すことは当然のことと考えられているが、子午治療をすることにより、患部に直接刺鍼しなくても症状が取れるということが身をもって体験できる。
 さて、東洋医学の治療理論を大別すると、陰陽五行論、三陰三陽論、子午運気論の三項目となるが、三千年の歳
月と東洋全域という背景より生み出された数多くの医学古典においてはこの三者は混然、錯綜している。
 陰陽五行論は主として素難系鍼灸医学「経絡治療」の根幹をなすものであり、三陰三陽論は傷寒論医学における病位論(湯液学)の基礎になっている。子午運気論は自然界における五運六気の運行によって影響を受ける小天地、即ち人体の生理現象に基づいてその治療法が考案されたものである。
 <2> 子午治療の基本論
   この運気論は、二千数百年前より中国で研究開発された学問である。主として方位、方角、人の運勢等を占うための基礎理論であったが、その一部が治療法に応用されたものである。
 「素問」の中に六十六篇より七十四篇にかけて運気七篇と呼ばれているものがある。これは、唐時代の王冰によって再編纂されたときに、散逸部分の補足として挿入されたと言われているが、これには諸説があり定かではない。
 参考までに運気七篇とは六十六篇天元紀大論、六十七篇五運行大論、六十八篇六微旨大論、六十九篇気交変大論、七十篇五常政大論、七十一篇六元正紀大論、七十四篇至真要大論の七篇である。
 次にその要点であるが、五運とは木火土金水であり、六気は風熱湿燥寒火を言い、更に五運は兄と弟の剛柔に分かれ、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸の十干となり、六気は陰陽に分かれて、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の十二支となる。
 運気論では天地自然界はすべてこの五運六気の運行によって支配されているとして、六十年でその運行が一周する(還暦)と考えられている。
 戊(つちのえ)というのは土運大過、即ち土の性質が強くなること、また己(つちのと)は土運不及、つまり土の性質が弱まるということである。
 これは六十年という長いサイクルであるが、一年の春夏秋冬、或いは一日の朝昼午夕夜においてもこの五運六気の運行に影響されている。例えば季節でいうと春は肝、夏は心、土用は脾、秋は肺、そして冬は腎が旺気するとされている。
 古代中国では自然界はもとより小天地である人体もこの影響を強く受け、日常生活から農業、漁業、はては商業から兵法に至るまで広く取り入れられ、医学においてもこの理論を応用した治療法が行なわ
れた。これを子午運気の治療法、即ち子午治療という。
 子午の子は子の刻と言い、夜中の十二時に当たる。また午は午の刻で昼の十二時になり、この子午をもって十二支の代表とした。
 自然界では、太陽熱によって森羅万象が生成可育され、風熱湿燥寒火、即ち六気に種々の変化が起きる。これは地球の公転により季節が生まれ、自転により一日の変化(昼と夜)が生じることで、小天地である人体もその影響を受けて、その生命統制機構の十二経絡は時間的な過
不及を生ずる。これを経絡時といい、それぞれの時間に該当する経絡が旺気する。
 肺は寅の刻、午前四時を中心にその前後一時間で三時〜五時、以下同様に大腸は卯の刻、五時〜七時、胃は辰の刻、七時〜九時、脾は巳の刻、九時〜十一時、心は午の刻、十一時〜午後一時、小腸は未の刻、一時〜三時、膀胱は申の刻、三時〜五時、腎は酉の刻、五時〜七時、心包は戌の刻、七時〜九時、三焦は亥の刻、九時〜十一時、胆は子の刻、十一時〜午前一時、肝は丑の刻、午前二時を中心に一時〜三時となる。
 これを更に午前と午後で組み合わせると、
胆‐心、肝‐小腸、肺‐膀胱、大腸‐腎、胃‐心包、脾‐三焦の六グループになる。
 これらは互いに影響し合って人体の営み、特にその病的反応に微妙な影響を与えるので、これを応用して子午の治療法が考案された。子午治療はまたの名を経絡時調整法ともいう。
 「経絡治療学原論」(福島弘道著)等には、これを臨床に応用するために、次のようにして暗誦するとよいとある。
 「
胆心が肝小して肺膀大腎の胃心包が脾三した。」と。
 これまで子午の基本論としていろいろ述べてきたが、ここのところ、即ち上記の6つの組み合わせ、
胆‐心、肝‐小腸、肺‐膀胱、大腸‐腎、胃‐心包、脾‐三焦が最も重要で、子午治療を行なう上で必ず覚えておかねばならないものである。
 <3> 子午治療の実際
   用鍼は主として金の30番鍼である。子午治療は時間帯を合わせて、即ちそれぞれの旺気時に行なうのが最も効果的であるが、臨床上、時間の都合で中々そうは行かない。時間が合えば細い鍼でも効くが、そうでない時は、太鍼を使わないと実しないし影響を及ぼさない。特に金鍼は一番反応を強く現わすので、金の30番鍼が良いということになる。
 金の提鍼を使ってもある程度の効果がでるようである。
 次に取穴について。圧痛点を目標にしているが、それに囚われず触覚所見で決めたほうがよい。
 選穴は絡穴を用いるのが原則であるが、希に原穴を使うこともある。また補った後、症状が残っている場合病経の絡穴或いはげき穴に銀30番で瀉すこともある。
 救急法として一般には本治法の前に行なうのが一般的であるが、本治法により気の巡りがよくなり、生命力が高まったところで行なう方がより効果的である。

 手技について。
 取穴をしたら押し手は軽く構える。鍼は経に従い、竜頭と鍼体の間を極めて軽く持ち、初めは20度位に寝かせ、鍼尖より2〜3ミリ上の所が当たるよう静かに置く。それから徐に鍼を引き、穴所に鍼尖を当て、30〜45度位の角度に立てるようにする。痛みに敏感な人にはそのままの角度で行なう。その後、鍼尖に心持ち重みをかける感じで刺し手を使う。この時、痛みを与えぬよう注意する。即ち鍼を刺そうとしないことである。
 敏感な者や子供では鍼尖を皮膚面に接触させないで1〜2ミリ離して行なう場合もあり、また提鍼を使うこともある。
 子午治療のポイントは常に気の動きを窺うことにある。鍼尖を接触させた時からそこに気を集中する。即ち鍼の状態、鍼尖が硬いとか軟らかい或は少し押すと空虚な感じがする等を捕えるように心がけることである。
 鍼を当てると空虚な感じがする時は心持ち鍼を進める。そうすると気が動き、それに従い密となり、締まった感じになってくる。また抵抗を感じ、それが緩んだ後に実状態になる者もいる。気の巡りの遅い者には右にゆっくり捻るとよい。
 限度に近づくと、気の動きが緩やかになり、刺し手と押し手が共に充実した感じになる。ここで、飽和状態に達したとみて抜鍼する。この時、左右圧は軽くかけて、スーッと抜く。補法の時の様に素早く抜くと気が漏れたり、痛みを与えたりすることがあるので抜鍼の際は注意が必要である。
 自覚症のある患者には刺鍼前にその状態を確認させておく。刺鍼中に気の動きに伴い症状が軽減するので、その旨を伝え認識させるとよい。また動作痛のある時はその運動を静かに行なわせるとよい。動かすことで気の巡りが一層よくなり、何回か動かしているうちに軽減してくるので、治療効果がはっきりと判る。
 また、気の動きに伴い脉状が変化するので、その手技の適否を確認することができる。そのため脉状観察は技術修錬に役立つ。
 子午治療は患部に直接刺鍼するよりはるかに広い範囲に影響を与えられる。例えば患部の緊張を緩める等は著明である。また治療効果の持続時間も比較的長い。
 子午治療を行なう上で留意することは、本治法と異なり押し手の気をあまり入れないことである。左右圧をかけすぎると、痛みを与えることがあるので、左右圧は軽くかけ、刺し手の気を中心に入れるということである。
 子午治療は補法ではあるが、実際は補うよりも気を巡らす気持ちで行なった方がよいように思う。
 子午治療の適応症は、主として急性で実症状を呈し、それが特定の経絡に、つまり流注上に集中していて、また対称点となる経穴に著明な反応がある等、条件が整っている時には驚くほどの効果がある。慢性症の場合でもある程度の効果は得られる。また、症状が深部にあるときは刺鍼の深さもそれに応じてやや深めの方が効果があるように思える。
 首から上の症状では必ずしも反対側の絡穴を使うとは限らない。同側になることもあるので、左右の絡穴を比較する方がよい。これは経絡が交叉している場合があるからだと思われる。
 <4> 具体例
 

 ここに臨床の中から効果のあったものを列挙してみる。

1.頭重痛
 後頚部から後頭部、頭頂部は膀胱経とみて肺経の絡穴・列欠。また側頭痛は胆経とみて心経の通里、これも膀胱経とみた方がいい場合もある。前頭部は膀胱、胆経が通っているが胃経とみて心包経の内関。また頭全体が重いときは膀胱経とみる。患側がはっきりしない場合、膀胱経の経路上、例えば天柱等の凝り所見の強い方か、或いは絡穴の左右を比べ反応を見て取穴する。

2.眼
 ものもらい、目が重い、かすむ、涙が出る、乾く、飛蚊症、結膜炎、まぶたが重い等、胃経とみて内関。目の奥の痛みは肝経とみて小腸経の支正。

3.鼻
 軽い鼻つまり、鼻水、大腸経とみて腎経の大鐘。

4.耳
 耳塞がり、腎経とみて大腸経の偏歴。

5.顔面部
 頬周辺は胃経とみて内関。口の周囲と顎は大腸経とみて大鐘。主に痛み、麻痺、湿疹等。

6.頚部
 後頚部は任脈も通っているが膀胱経とみて列欠。側頚部は三焦、小腸経も通っているが胆経とみて通里。前頚部は大腸経も通っているが、胃経とみて内関。主に痛み、突っ張り感等。

7.喉の異常
 痛み、いがらっぽい、渇く感じ、詰まる、痰が絡み、中々切れない等。大腸経とみて大鐘。
 原因は喉の奥の粘膜が乾いているためで、降圧剤とか安定剤が関与していることもある。
 左右を判断するには大鐘の反応を比較するとよい。

8.寝違い
 痛む部位や首の動作痛の状態にもよるが、多くは小腸経とみて肝経の蠡溝、次いで膀胱経とみて列欠。

9.肋間神経痛
 痛む部位にもよるが多くは胆経とみて通里。

10.背腰部
 急性の背筋痛、ギックリ腰、膀胱経とみて列欠。

11.五十肩
 多くは肩ぐう付近を中心に痛み、腕を横に挙げると痛むのは大腸経とみて大鐘。次に多いのが肩甲間部、肩甲骨外縁の痛みや突っ張り、腕を後へ回した時の痛みで、これは小腸経とみて蠡溝。三角筋後部の痛み、髪をとかすような動作で痛むのは三焦経とみて脾経の公孫。また大胸筋外縁が緊張している場合、腕を前に挙げた時の痛みは肺経とみて飛陽。
 尚、腕の動作痛は何れも三角筋の内部にあることが多いが、症状に応じて行なうとよい。

12.肘
 俗にいうテニス肘、女性に多いが、曲池を中心に痛み、タオルを絞ることが出来ない。大腸経とみて大鐘、ひどくなると三焦経まで痛むことがあるがこれには公孫。

13.腱鞘炎
 手関節付近の大腸経流注上に起こることが多い、大腸経とみて大鐘。その他はどの経かを診て行なう。

14.鼠径部と大腿内側の異常
 つったり、痛んだり、重かったりして歩行の際十分に足を上げられないことがあるが、これは脾経とみて外関。また内転筋を痛めた場合は肝経とみて支正。

15.股関節の異常
 若い女性、特に婦人科に問題のある者に多く、股関節の外転痛とか、外転が十分に出来ない。また幼児では走ると転びやすい。これらは大転子の周囲に緊張等があり、胆経とみて通里。

16.膝痛
 変形性の膝関節症や水が溜まったとか或いは運動で痛めた時等、多くは膝蓋骨内上角より数センチ上にかけて異常があり、脾経とみて外関。次に多いのが犢鼻、膝眼の異常で胃経とみて内関。また膝窩の異常は膀胱経とみて列欠。

17.足関節捻挫
 多くは丘墟を中心とした胆経で通里、次に解谿から足背にかけて胃経で内関となる。ひどいものでは商丘を中心に脾経が冒され、これには外関、その状態で無理をして歩きすぎるとアキレス腱の外側の膀胱経で列欠、次いで内側の腎経が冒される、これは偏歴。症状に応じて行なうとよい。

18.虫刺され
 毛虫や蜂等に刺された時の痛み、腫れ、痒み等、その症状のある経絡の対称点に行なうと症状が軽減することがある。
 思いつくままに例を挙げてみたが、この他にもまだまだ適応症はたくさんあると思う。

 <5> 絡穴一覧
 

肝経‐蠡溝・小腸経‐支正 胆経‐光明・心経‐通里

肺経‐列欠・膀胱経‐飛陽 大腸経‐偏歴・腎経‐大鐘

胃経‐豊隆・心包経‐内関 脾経‐公孫・三焦経‐外関