奇経治療 ◇

 


<1>  はじめに <2>  基本論 <3>  病症論 <4>  実際 <5>  流注

 <1> はじめに
   奇経治療とは奇経八脈を使って治療を行う方法で、その論拠については『難経』の二十七難、二十八難および二十九難に書かれている。
 故間中喜雄博士や浜松の長友次郎氏らにより、基本的治療方法が発表された。
 その後、多くの諸先輩が追試され奇経治療の治効について成果が出ているようである。
 本会でも北大阪支部長の宮脇先生が「わかりやすい奇経治療」という本を出されているので参照されたい。
 経絡理論においては、十二経を正経とし、これに気血が平らに運行するものを平人無病とする。しかし人体は常に内外の邪気によって冒されるので、十二経の気血循環にも大過不及のひずみを生ずる。
 しかして、正経に気血満溢する時は、奇経がこれを受けて調整するという仕組みになっており、いうならば、奇経は経絡循環における排水路の役目を果すことになる。
 <2> 奇経治療の基本論
   奇経は八脈ありその名称を列記すると、督脈、任脈、陽驕脈、陰矯脈、陽維脈、陰維脈、衝脈、帯脈となる。
 その治療法は、「正経に満溢した気血を受けて排水路の如くその循行を補正する」というのである。そこでこの八脈を二つずつ組み合わせて四グループとし主治穴を設け、PM鍼等の異種金属鍼を留置してその調整を行うのである。従って、正経治療において経絡の虚実を補潟調整するという治療とはその理念を異にする。

 次にその組み合わせを列記する
(1)衝脈(公孫)-陰維脈(内関)
(2)帯脈(臨泣)-陽維脈(外関)
(3)督脈(後谿)-陽矯脈(申脈)
(4)任脈(列欠)-陰驕脈(照海)

 (注) これは鍼灸聚英によるが、カッコ内はその主治穴である。
(5)大腸経(合谷)-胃経(陥谷) 
(6)心包経(内関)-肝経(太衝)
又は心経(通里)-肝経(太衝) 
 (注) 手の陽明大腸経(合谷)と足の陽明胃経(陥谷)による陽明同士のグループと、手の蕨陰心包経(内関)と足の蕨陰肝経(太衝)とを蕨陰同士の組み合わせた2グループで、治療を臨床応用することもあるが、蕨陰心包経にかえて少陰心経(通里)を使うこともある。これは本会で開発した奇経治療の演繹的発展の精華として、すこぶる優秀な治療成績を得ることができる。
 その病症診断は、ほぼ正経の経絡病を参考にする。
 <3> 奇経病症論
   これは奇経治療の診断法として最も重視しなければならないので、繰り返し暗誦し、臨床の現場に備えなければならない。
 次に各グループによる主治症と診察点を列記する。
1、衝脈(足では脾経、胸腹では腎経)-陰維脈(心包経)
 これらの経路に現れる疼痛、腫脹、麻痺、熱感、冷感等の諸候。
(1) 咽喉腫痛
(2) 心臓性・陰性の胸部疼痛、胸いきれ
(3) 心下及び大腹の嘔気、嘔吐、食滞、膨満、癩痛、動悸等
(4) 脇腹(脾)・臍腹(腎)の脹満、疼痛、攣急、癪痛、逆気上衝、動悸
(5) 胃・腎・大腸性の下痢、便秘、下血
(6) 婦人科疾患、泌尿器疾患の一部、更年期障害、冷えのぼせ
(7) 脱肛、痔疾
「診察点」衝脈-気舎・肓兪・三陰交・公孫。陰維脈-天突・期門・腹哀・大横・府舎・築賓。
2、帯脈(胆経)-陽維脈(三焦経)
 これらの経路に現れる諸候
(1) 前頭、側頭、後頭、頭頂の疼痛、浮腫
(2) 眼病、耳病の一般、三叉神経痛、外側歯牙歯齦痛
(3) 頭眩、目眩、メニエール氏症候群、自汗、盗汗
(4) 少陽病の胸脇苦満、寒熱往来、肝胆の疾患
(5) 脇腹・下腹の脹満、疼痛、腰部冷痛、月経不調、赤白帯下
「診察点」帯脈-章門、帯脈、五枢、維道、居膠。陽維脈-肩井、天膠、居謬、陽陵泉、陽交。
3、督脈(小腸経)-陽踊脈(膀胱経)
 これらの経路に現れる諸候
(1) 頭頂、後頭、後頸の疼痛、麻痺および言語障害を伴う中風
(2) 眼、耳、鼻の病一般
(3) 三叉神経痛(第二、三枝)、歯牙歯齦痛
(4) 咽喉腫痛(後部督脈に圧痛を現わすもの)
(5) 太陽病の諸候(発熱、寒気、上衝性頭痛、喘咳、肩背・項頸の牽引性疼痛、全身疼痛、無汗又は自汗)
(6) 表虚、気虚、陽虚の自汗、盗汗、疲労
(7) 老人ボケ、狂、癲癇、痔疾一部
「診察点」督脈-諸病により圧痛部が相違するから必ず全体的に診査する。
陽矯脈-附分、膏肓、委中、承山、跗陽、僕参。
4、任脈(肺経)-陰矯脈(腎経)
 これらの経路に現れる諸候
(1) 前部歯牙歯齦腫痛
(2) 咳嗽、喘息、少気、痰の病
(3) 心下部の膨満、疼痛、嘔気、嘔吐
(4) 臍腹および小腹の脹満、疼痛、下痢、便秘、遺尿、尿閉、血尿
(5) 婦人科疾患(難産、胞衣不出、死産、産後腹痛、血道症)、精神病
(6) 痔疾、脱肛、便秘
(7) 足寒、足熱、原気衰弱、腎疾患
「診察点」任脈-諸病により圧痛部が相違するから全体にわたって診査する。陰矯脈-人迎より欠盆、交信、照海、然谷。
 <4> 奇経治療の実際
   俗に四百四病というが、日常臨床の中から、奇経治療に的中すると思われる病症、或いは未だ好成績を上げ得ない難症に対し、救急法、補助療法として、奇経治療を施すというのが普通一般である。
 その診断法には、まず奇経病症診断があり、該当する主治穴や診察点への圧診法がある。
 また近頃は、テスターによる診断法もある。急性劇症や敏感な患者には、これを応用すると著効を上げることができる。しかし慢性症や鈍感な患者になると、中々著明な反応が得られないので、時間の浪費となるのが欠点である。そのような時は、病症診断や圧診法によって進めても、ある程度治療成績を上げることができる。
 
 さて、その実際についてであるが、病症診断や圧診法およびテスターによって奇経治療適用とみたならば、該当する主穴従穴に金・銀鍼を留置して治療を行う。
 次にその主穴、従穴の決定についてであるが、臍を中心としてそれより上は手経変動とし、臍より下に多く病症を現わすものは足経変動とする。しかして、手経変動は手を主穴とし足を従穴とするが、足経変動はこの反対になる。
 その治療法は、まず主穴に金鍼、従穴には銀鍼、或いはステンレスを留置するが、PM鍼やPM粒、マグレイン粒、灸を使う方法等がある。抜去する時は従穴より先に、主穴を後から抜くのであります。留置の深さはわずか1、2ミリで抜け落ちない程度とする。
 奇経治療のみを強調する治療家は、留置しても症状が緩解しない時は、その経に随って円鍼や按撫を施し、或いは愁訴部(合穴)に留置鍼を加え、諸症快然たるを得て留置鍼を抜去する。
 しかし、本会では本治法を行い、脉の整うを診て取り去るので、およそ4、5分ないし10分程留置することになる。その後主治穴に金、銀の皮内鍼を貼布したが、近頃は奇経灸と称して主穴に5、従穴に3(三分の一米粒大)、いわゆる5-3の施灸を行うようになった。
 この奇経灸の応用についてであるが、急性劇症に対しては3−2、3-2と何回も繰り返して行う。また慢性痼疾や劇症には10壮、20壮、時に百壮に及ぶこともあるが、病症の鎮静するをみてやめる。
 また奇経灸は、その応用として電話口で患者に指示をし、救急法を行うこともできる至極便利な方法であり、自己施灸が可能なので、長期にわたる健康法としてもすこぶる優れた効果を上げることができる。
 (注) 八総穴の取穴法は、従来の経穴と少し異なるが、本会の「要穴の部位とその取り方」を参照。
 <5> 奇経八脉流注上の要穴
  ・衝脉
 下腹の女子胞(子宮)に起り、鼡径部の気衝に出て腹部腎経の諸穴を経て肋下に達しダン中に至って散るように終わる。
 別経として鼡径部気衝穴より別れた枝は足の内側を下って第1中足骨内側の公孫穴に至る。
 気衝、横骨、大赫、気穴、四満、中注、肓兪、商曲、石関、陰都、通谷、幽門、腹の通谷
・帯脉
 下肋部の章門穴に起り、臍をはさんで腹部中央を帯の如く一周する。
 
 章門、帯脉、五枢、維道
・督脉
 会陰部に起り、後、正中を臀部、腰部と脊柱上を上り、肩、項、後頭を過ぎて百会に至り、前頭部より鼻尖を過ぎ、人中を経て上唇内面の粘膜に終わる。2つの別枝があり、その1つは身柱穴より分かれて左右に行き風門穴を循り第1胸椎の陶道穴に至る。他の1つは風府穴より頭蓋骨内に入り脳髄を絡い、百会に出て本経と合す。
 長強、腰兪、腰の陽関、命門、懸枢、脊中、筋縮、至陽、霊台、神道、身柱、陶道、大椎、唖門、風府、脳戸、強間、後頂、百会、前頂、顖会、上星、神庭、素髎、水溝、兌端、齦交
・任脉
 会陰部から起り、生殖器に帰属し、鼡径部から腹部、胸部の正中線を上り、咽喉を循り口唇に至って督脉と合す。次に口唇から下眼窩に至り承泣穴にて胃経と合す。
 会陰、曲骨、中極、関元、石門、気海、陰交、神闕、水分、下脘、建里、中脘、上脘、巨闕、鳩尾、中庭、膻中、玉堂、紫宮、華蓋、璇璣、天突、廉泉、承漿
・陰維脉
 下腿の築賓穴に起り足では腎経、腹、胸では脾経に随って循環る。府舎、大横、腹哀、期門の諸穴を経て胸に上り天突、廉泉穴の所で咽喉を絡い頤の下に終わる。  築賓、府舎、大横、腹哀、期門、天突、廉泉 
・陽維脉
 金門穴より起り、外果を経て足の外側を胆経に沿って上り股関節外側から側腹部を経て棘下部の小腸経に至る。上膊部の大腸経、三焦経を循り肩上部に至り頭の胆経に入り後頭部下際の風池穴に終わる。
 金門、陽交、居髎、臂臑、臑会、天髎、肩井、臑兪、風池、脳空、承霊、正営、目窓、頭の臨泣、陽白、本神 
・陽蹻脉
 僕参穴に起り膀胱経に沿って外果より足の後側を上り、臀部に至り、側胸部より肩甲部の小腸経、大腸経を循り側頸部を経て地倉穴より胃経に入り上って眼の下部を循り内眥の睛明穴より膀胱経に入り、これより上行して前額髪際に入り更に進んで後頭部の風池穴に終わる。
 申脉、僕参、附陽、臑兪、肩髃、巨骨、地倉、巨髎、承泣、睛明、風池 
・陰蹻脉
 足の踵骨より起り、内果より足の内側腎経を上り陰部に入り更に腹部、胸部を経て鎖骨上窩の欠盆穴を循り、頸動脈拍動部に出て循り、頬骨内側より内眥の睛明穴に終わる。
 然谷、照海、欠盆、睛明