1.はじめに
今回、奇経治療を紹介するキッカケとなったのは、PM鍼を用いて左右圧を掛ける事で、今まで治らなかった病症が非常に良くなり、かなりの好成績が得られた事にあります。
奇経治療の良い所は、初心者でも子午治療と比較して容易に効果が得られ易いのであります。
観念的に頭で考える事なく、まずはやってみる事です。
例えば、証を肺虚証で肺経を補った後に奇経治療にて同じ肺経である列缺穴を補っても良いのかと言う疑問を持たれる人もいますが、これは全く問題ありません。
奇経治療は目的意識を持ってやればそれなりの効果が得られるものです。そして副作用の出る事もありません。
今回は臨床の中から得られたものを具体的に紹介する事とします。
2.奇経治療の沿革
奇経治療が東洋はり医学会で初めて紹介されたのは昭和47年10月の機関誌でありました。その際の基本的な考え方としては、正経に充満して溢れた気を流す排水路として奇経を用いるという
事でした。
正経治療で弱いところは運動器疾患、気質的疾患、経病であります。これを補う為に補助治療として子午・奇経・刺絡を用いるという事となります。これら三つの補助治療の中で、気を簡単にたくさん動かすことが可能なのが奇経治療であります。
実際の運用の中で奇経八脈の他に陽明で陥谷-合谷を用い、厥陰として内関-太衝を用います。太衝-通里を用いるという説もありますが、臨床上効果は無く、通里は心経であり
、深鍼をするのは問題なので、今回通里は用いない事とします。
学者によっては人体に異変が起きた時、奇経を診ろという人もあり、治療家の中には奇経治療のみで治療を行っている人もいるくらいであります。
奇経治療を行うには奇経の流注、病症、圧痛点を用いて診察します。ところが実際には圧痛点については押す強さにより、また患者の感受性によって違うものです。そしてかなり不確かな部分が多く、これらの点から信憑性が低いように思われます。また臨床家として患者にものを聞くのはあまり好ましくありません。
病症も参考程度で共通する正経病症と合わせて考えていくと良いようです。奇経病症は出ていますが煩雑で解り難い病症がたくさんあります。
流注についても奇経の流注はありますが正経の流注に合わせて考えていけば充分運用できます。
取穴部位は、その当時大阪の長舟松広氏が医道の日本誌上に発表したものを東洋はり医学会では用いています。
奇経治療のポイントとして1ミリでもずれると効果が全く無いことであります。しかしこれに紹介されている取穴法ではミリ単位で取穴する事は不可能であります。
今回は常用穴と同じような要領で取穴出来るように考慮しました。
3.使用鍼について
使用する鍼は金鍼と銀鍼を用います。奇経治療は最初は銀鍼を用いて行っておりましたが、昭和30年代の後半頃、小田原の外科医・間中善雄氏がイオン差を考慮に入れて金鍼・銀鍼を使い分けて行うことを提唱しました。
また館林の長友次男氏によってPM鍼が考案されました。Pはプラスで銅、Mはマイナスの亜鉛を使用してイオン差を用いて行うという事を提唱しました。長友次男氏は奇経病症の一覧表を作ったフランスのバッハマン氏の著書の翻訳等も行いました。
その後、金粒・銀粒が作られ、PM粒が考案されるに至りました。金銀粒よりもPM粒の方が影響力が大きく気も動くようです。また鍼も、金銀鍼よりPM鍼の方が影響力が強いようです。
粒と鍼の違いとしては、粒は比較的表面に影響し、鍼は深部にも影響を与えるので、深部の筋緊張等を緩めるのに非常に有効であります。一般的には置鍼で行う事となっていますが、最近になり左右圧を掛ける事で影響力が強く効果があり
、今まで治し難かった病症もよく治るようになってきたのであります。
間中善雄氏は棒磁石を利用してテスターとして用いました。その後、東洋はり医学会と前田豊吉商店によってPMテスターが開発されました。このテスターには磁石を用いたものと銅・亜鉛を用いたものがあります。磁石を用いたものは銅・亜鉛を用いたものより影響力はあ
りますが、脉が暴れて判断し難いので銅・亜鉛を用いたほうが良いようです。ただしPMテスターはPM粒を用いる時に使用し、PM鍼を使う時にはテスターは必要ありません。テスターは皮膚の表面に当てるので表面にのみ影響しますので深部には影響しません。
主穴と従穴を決めるは病症の主たるところを主穴とすると運用しやすい。そして主穴従穴の違いによる副作用はほとんどありません。仮に間違ったとしても反応はほとんど出ないのであま
り神経質になる必要はありません。
PM粒を用いる場合、気に影響を与えるので長く貼っておくと主穴従穴に逆転現象が起こる場合があるので長く貼らないように気をつける必要があります。このような点からもPM粒は運用しずらいものであります。
鍼を行う際、主穴に重点的に左右圧を掛けて補法を行いますが、従穴にも軽く補ったり、或いは交互に補ったりすると良いようです。
敏感な人や子供などは主穴のみに鍼を刺しても効果があります。もっと効果を与えようとするならば従穴にPM粒のMを貼って後、主穴にPM鍼を用いて接触鍼程度で補うと良いようです。
鍼を行う際、後谿穴は敏感で痛みを与えやすいので不適当でありますので、腕骨穴に代えて使用します。腕骨穴の他にも陽谷穴、養老穴、支正穴等を用いましたが碗骨穴が一番気が動き、後谿穴と同じような効果が得られたので碗骨穴を用いる事としました。
時には2グループを同時に行う場合もあり、この場合は4本鍼を刺して交互に左右圧を掛けて補うという事も気の巡りの遅い人や病症がいくつもある場合は有効です。
4.鍼先の方向と角度
鍼先の方向は原則として上に向けます。つまり病巣部に向けるという事になります。奇経鍼は硬く、痛みを与えやすいので、自分なりに刺しやすい方向で行うと良いでしょう。
参考として穴による鍼先の方向について表に示します。(p* 穴による鍼先の方向参照)
実際に使用する鍼は一般には竜頭、鍼体とも5ミリあるかないかの小さなものを置鍼するのが普通で、現在使用されているものの殆どはこのようなものです。実際には左右圧を掛けられるような長い鍼は前田豊吉商店で製作されていますが、これは太く竜頭が重いので痛みを与えやすく抜けやすいという欠点があります。これを補うためには特注で製作してもらったものを使用しています。その鍼は2号鍼で、鍼体は2p、竜頭は1pのものであります。なお鍼先はノゲを使用すると痛みを与えにくく刺し易い。鍼を刺す角度は45〜60度程度が一番良いようです。この角度が一番気が動くようです。通常の刺鍼よりも少し角度をあげる感じで行う事になります。
5.奇経治療の臨床例
ここでは病症に応じた具体例を挙げて、子午治療とどちらを選択すればよいかについて説明します。なお、子午治療と奇経治療の使い分けについて大まかには、急性症、表面的なもの、気の巡りの早い人には子午が良く、慢性症、深部の異常、気の巡りの遅い人にはは奇経が良いようです。時には両方を使うこともあります。この使い分けについては個人差もあり、治療しながら見極めていく必要があります。
具体的に病症を挙げて話します。
・頭痛
前頭部痛は子午が効あり、他の部分の痛みは子午が効あるが、奇経でも効あり、奇経の場合は腕骨-申脈(
時には逆の場合もある)を用いる。
・目の異常
奇経では合谷‐陥谷を用いるが、子午の方が影響力が強い。ものもらい、涙目
も子午の方が効あり。
・耳の異常
奇経が効あり、腕骨-申脈を用いる。特に中耳炎、耳鳴り、難聴に効あり。
子供の浸湿性中耳炎等。
・鼻
軽い鼻づまりは子午でも通るが、しつこいものは奇経の方が効あり、くしゃみ、鼻水も腕骨-申脈に行い、腕骨を補うと
同時にスッと通る事もある。
・歯、歯肉の異常
奇経が効あり、合谷‐陥谷はかなり強い歯肉の腫れに効き、場所として上下を考慮する必要はない。
・顔面麻痺
日の浅いのは子午でも良い、古いのは奇経が良く、合谷‐陥谷(
たまに逆もある)で行う。
・のど
軽い、いがらっぽいものは子午でも良いが、痛みが強いものは奇経、列欠‐照海(たまには逆の場合もある)で行う。
・頚、肩
後頚部の症状が強い場合は申脈‐腕骨。肩、
肩甲間部の症状が強い場合は腕骨-申脈で行う。
・五十肩
奇経が効あり。広く表面が痛いものは子午でも良い。合谷‐陥谷が中心ではあるが、時に
は痛む箇所により腕骨‐申脈、外関‐臨泣等も用いる必要がある。
・腰痛
子午で効果ある所は胆経の痛みだけで、そのほかは影響がない。申脈‐腕骨で効果がある。
・臀部痛
子午では効果がない。申脈‐腕骨で効果がある。
・股関節の異常
奇経より子午で効果がある。
・膝の痛み
効果は子午でも奇経でも同じ程度であるが、慢性的で変形を起こしているものは奇経の方が効果がある。公孫‐内関を行う。
・足関節の捻挫・痛み
急性のものは子午が良く、慢性のものは奇経が良い。臨泣‐外関、陥谷‐合谷を用いる。
・せき、喘息発作
照海‐列欠(たまに逆もある)が良い。
・子宮筋腫をはじめとした婦人科疾患
照海‐列欠が効あり。
・腹部の痛みやしこり、緊張
正経の流注に随って胃経上は陥谷‐合谷、脾経なら公孫‐内関を行うと効あり。
・生理痛
陥谷‐合谷(左が多い)
・十二指腸の異常
左陥谷‐合谷。
・胆嚢炎、胆石
右陥谷‐合谷。
・狭心症の発作や胸の痛み
左陥谷‐合谷、時にはそれに加えて列欠‐照海を使う事もある。
・便秘
左公孫‐内関を用いる。
・神経症、うつ病、気が落着かないなど
腕骨-申脈を用いる。神経症では特に左にすると良い。
・不眠症
腕骨-申脈、左が多い。
・乳腺炎・乳腺症
公孫‐内関を用い、陥谷‐合谷を加える事もある。
・慢性虫垂炎
右公孫‐内関。
・顎関節症、耳下腺炎
腕骨-申脈。
・めまい
腕骨-申脈。
・痰が絡み切れにくい
照海‐列欠。
・膀胱炎
左右の照海‐列欠。
・のぼせ
左右の腕骨-申脈、時には左だけの人もある。
・口渇(口が渇く)
合谷‐陥谷、時には列欠‐照海、のぼせから来るものは腕骨-申脈。
・肋間神経痛
臨泣‐外関、時には申脈‐腕骨を使う場合がある。
・痔疾
申脈‐腕骨。
6.主穴、従穴を決める基準
主穴、従穴を決める大まかな基準としては、病症が上半身にある時は手を主穴とし、腰から下に病症がある時は足を主穴にすると運用し易い。
これまでいろいろ話してきましたが、今までと違うところを整理すると
・主穴については左右圧をかけるという事。
・鍼を使う場合、後谿穴に代えて腕骨穴を使用するという事。
・敏感な患者には主穴のみに行うか従穴に粒を添付して行うという事。
これらがポイントとなります。
・診察法では圧痛点をやめて正経の流注に随って重点を置いて決めるという事です。
それによってかなり簡略化されると思います。
今回の内容は臨床的でわかりやすく簡単に取り入れやすいものと自負しております。理論に拘らないで先ずはやってみることです。そして効果が得られなかった時は、取り敢えず棚上げにして資料として保存しておいて下さい。いずれ必ず将来的に利用できる治療法だと自信を持っております。
参考−穴による鍼先の方向
・穴名 左 右
・腕骨 上 先 ・申脈 上 先
・外関 上 先 ・臨泣 上 先
・内関 先 先 ・公孫 先 先
・列欠 先 先 ・照海 先 先
・合谷 上 上 ・陥谷 上 上
・太衝 上 上(なお太衝穴は痛みを与え易いので注意が必要)
7.奇経八総穴の部位と取穴の順序
・腕骨(督脈・小腸経・原穴)
【部位】 第5中手骨基底と有鈎骨の間の陥中、赤白肉の間にある。
【取穴の順序】
(1)第5中手骨の尺側を後にずらしていくと、基底部で突起状になっている所を確認する。 |
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(2)そこを越えると窪みがあり、最も窪かなる所を確認する 。 |
(3)そこで赤白肉の間に取る。 |
・申脈(陽矯脈・膀胱経)
【部位】 外果の後下方1寸にあり。
【取穴の順序】
(1)外果の後下部より後下方に走っている腱を確認する。足関節を屈伸すると捉えやすい。 |
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(2)その腱の後縁に沿って下にずらしていくと、足根骨にあたる。 |
(3)その腱の後縁と足根骨の交わった所に取る。 |
・外関(陽維脈・三焦経)
【部位】 陽池穴の上方2寸にあり。この穴は内関穴と表裏を為しており、前腕背面の下橈尺関節上縁に取る。
【取穴の順序】
(1)腕関節背面の後方(しりえ)あたりで、中指を屈伸すると動く腱を確認する。 |
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(2)その腱の尺側縁に沿って上方にずらしていくと、硬く高まった所に取る。 |
(3)ここは内関穴ほどではないが、前腕の回内によりずれやすいので、腕関節掌面を寝台上に置くようにする。 |
・臨泣(帯脈・胆経)
【部位】 俠谿穴の後2寸、第4中足骨外縁、足根骨の少し前にある。この穴は八総穴の中で最も圧痛のでやすい所なので、強く押さないように注意する。
【取穴の順序】
(1)第5中足指節関節の後内側より内側の方向に走っている腱を確認する。 |
|
(2)その腱の外縁に沿って後にずらしていく。 |
(3)第4中足骨外縁と交わった所に取る。 |
・内関(陰維脈・心包経)
【部位】 大陵穴の上方2寸にあり。この穴は外関穴と表裏を為しており、前腕掌面の中央あたりで、下橈尺関節上縁の反応を目当てに
取る。
【取穴の順序】
(1)腕関節掌面で中指を屈伸すると動く腱を確認する。 |
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(2)その腱の尺側縁に沿って2寸ほど上方にずらしていくと反応点がある。 |
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(注)一般には圧痛点著名な所に取るとあるが、著名に現れることは少なく、患者によって違いが多いので考慮しない方が無難である。
この穴は前腕の回内によりずれやすいので、腕関節背面は必ず寝台上に置く必要がある。 |
・公孫(衝脈・脾経)
【部位】 第1指膨隆部の後方(しりえ)より1寸後で、赤白肉の間にある。
【取穴の順序】
(1)第1指膨隆部の後方(しりえ)で、拇指外転筋を確認する。 |
|
(2)その筋の中央の高まりに沿って1寸ほど後にずらしてい
く。 |
(3)ここは下り坂になっているので、それを感じ取りながら下りきった所に留める。 |
(4)ここより少し戻した所に反応点がある。 |
・列欠(任脈・肺経)
【部位】 経渠穴の上6分、橈骨動脈上にあり。
【取穴の順序】
(1)橈骨動脈上で経渠穴付近に指を当てる。 |
|
(2)動脈に従って後にずらしていくと最も窪かなる所に当たる。 |
(3)そこで動脈の外縁を確認する。 |
(4)それより心持内側に取る。 |
・照海(陰驕脈・腎経)
この穴は申脈穴と表裏の位置にある。
【部位】 内果の後下方1寸にあり。
【取穴の順序】
(1)内果の後下部より後下方に走っている腱を確認する。足関節を伸展すると捉えやすい。 |
|
(2)その腱の後縁に沿って下にずらしていく。 |
(3)少し窪かなる所に取る。この穴は臨泣穴に次いで圧痛を示すことが多いので、強く押さないように注意する。 |
・合谷(大腸経・原穴)
【部位】 第2中手骨の拇指側、拇指内転筋の下際にあり。
【取穴の順序】
(1)第2中手骨の拇指側の中央あたりより後ろにずらしていく。 |
|
(2)少し窪かなる所に取る。なおこれより後はすこし上り坂になっているので、その手前を意識する。 |
・陥谷(胃経・兪木・剋穴)
【部位】 第2中足骨の外縁、足根骨の少し前にあり。
【取穴の順序】
(1)第2、第3中足骨の間で、第3中足骨より第2中足骨に向って走っている腱を確認する。足指を屈伸すると捉えやすい。 |
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(2)その腱の外縁に沿って後にずらしていく。 |
(3)第2中足骨の外縁に最も寄った所に取る。外縁より少し外則になる。 |
・太衝(肝経・原穴・兪土穴)
【部位】 第1指基節の後方(しりえ)より後1寸、背面の腱の外縁にあり。
【取穴の順序】
(1)第1指背面で基節の後方(しりえ)あたりで腱を確認する。 |
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(2)その腱の外縁を確認する。第1指を屈伸すると捉えやすい。 |
(3)その腱に沿って後ろにずらしていくと下り坂になっており、最も低くなった所より心持後で腱の外縁に取る。 |
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