東日本大震災 いがみ合うより助け合いましょう
3月11日に東日本を襲った地震は、マグニチュード9.0という巨大なものでした。古文書等から地震の規模が推察できる過去(天平時代~)以降千数百年以上の間、これほどの規模の地震がかつて日本を襲ったことはありません。確実に起きるといわれている南海トラフ沿い巨大地震のうち最悪の、東海・東南海・南海地震が3つ連動した場合の想定規模すら、今回の地震は上回るものです。これ以上の災厄があるとすれば、大カルデラを形成するような破局的超巨大噴火(日本では凡そ1万年に1度)以外にはあり得ません。実際、今回のように仙台平野深くにまで津波が到達するような巨大地震があったことは、ごく最近になって1100年前に起きたことがやっと明らかになったところです。それだけ希な『未曾有の大災厄』に、我が国が襲われているのです。
被害は悲惨な様相を呈しています。現在進行形の災厄に対して、「想定外だった」「予測出来なかった」という説明が良く聞かれます。今回に限って、この言葉を「準備や予想が足りなかった怠慢を言い訳するもの」と解釈するのは止めたい思います。1000年に1度しか起きないような災厄を予測し、かつ社会的コンセンサスを得て全てを計画すべきだった、と思うのは、単なる人間の傲慢なのではないでしょうか?そんな事態を予測出来て、それに基づき他人を批判する権利を持つ存在があり得るとしたら、それは神様だけです。人知が及ばぬ事象が起きてしまい、そこに今生きている私たちが、たまたま十数世代ぶりに居合わせてしまった、ということです。ですが、今回の悲惨な経験の代わりに、確実に子孫に伝えられる有益な教訓と情報を、私たちは得たのです。付け加えるならば、1000年に1度しか起きない災害を恐れるために、残りのほぼ10世紀の間、全てを投げ出して震え続けているわけにも行かないのです。
「誰が悪い」「いや悪くない」と議論するのは、全く非生産的です。それより、今後どうすべきかを考えたいと思います。怒号や憎悪は、人々から正常な判断力を奪うだけです。我々に今必要なのはまずマンパワーであり、食料であり、日常必需品であり、そしてそれが提供できないのなら、確実に提供できるのは「お金」です。それを惜しみなく被災地へ提供しましょう。被災者に住まいの一角でも提供できる余裕のあるお宅は、是非それをお考えになることをお願いしたいと思います。災害国日本では『明日は我が身』なのです。それを忘れ、自分たちの快適性だけを追及していれば、日本は間違いなく滅びます。
私自身、職場から何時間もかけて帰宅したり、輪番停電の影響で、出勤できても帰りの足が無くて再度歩いて帰ったりしましたが、実際に大津波に襲われたり、強大な揺れに見舞われたりして家族を失い、身一つで避難された被災地の皆様に比べれば、10の何乗倍もましです。経験のない大災厄のただ中なのですから、どんなに想定外のことが起きたり、自分自身が不自由を経験するようなことがあっても、それは誰の責任でもない、と思うべきです。怒りの感情を他人にぶつけたりするのではなく、助け合いましょう。誰かを非難する前に、状況を改善するために知恵を絞り、それを社会に提示しましょう。この危機を切り抜け、皆の生活を立て直すためには、そうするしかありません。
最後に、このHPに即したコメントをします。東北新幹線の沿線では、最大で重力加速度の2倍を超えるような激烈な揺れが数分間も続きました。施設の一部は破損し、高架橋のコンクリートがはがれ鉄筋がむき出しになったような箇所もあります。そして列車は急停車し、長時間閉じ込められた乗客の皆様には、誠に不自由な思いをされたとお察し申し上げますが、新幹線乗客のどなたも怪我をされることなく、そして施設も、トンネル崩落や高架橋倒壊などの回復不能なダメージを被ることもなかったことは、大いに誇っても良いのではないでしょうか。(3/17/2011)