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北の奔流は北国の爺様が実釣に基づいてお届けする四季の情報です。

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タケちゃんの旅日記

その1 その2 その3 その4 その5 その6

その3 葬儀で日焼け

相変わらず不況の真っ只中にある東北の建設業界、その中を40年間に渡り這いずり回ってきたオイラの
サラリーマン生活も、いよいよ終焉の時が近づいていた。
愛社精神に燃え売り上げ拡大に精一杯務めてきた40年であった。
しかし近頃では会社からの評価は低くく、ひところの存在感など全く失ってしまっているオイラであった。
本人の気づかぬうちに正真正銘の窓際族に成り下がってしまっていたのであった。
そんな辛く悲しい日々を癒す息抜きは、いつまでたっても上達しない鮎釣りと、密かに出かける「沖縄」と「北海道」への一人旅なのであった。

会社からはまるでアテにされてはいないオイラでも、いざ旅行のための長期休暇を願い出るとなると、それはそれでなかなか容易なことではない。
いろいろ様々乏しい知恵を搾り出しては作戦を練るのである。
仙台の親戚は、この10年の間に確か3回も殺してしまっている。
めげずに4度目の不幸をでっち上げ、その葬儀列席を理由にした休暇願いを出した。
かくして4月中旬、土日と合わせてめでたく4泊5日、15年ぶりの沖縄の旅を楽しむことになった。
                   万座毛の先端で手を振っている女の子がいた。 オイラにでないことは明白だったが妙に嬉しかった。

交通事情の良くなった昨今は、朝出発すると昼には那覇に到着。
ただちに予約しておいたレンタカーでの行動を開始できるのである。
さすがは南国沖縄、この時期の陽射しはなかなか強烈なものがあった。
浜辺の照り返しも尋常ではない。
あちこちを巡ってホテルに着くと、腕も顔も真っ赤に日焼けしている。
初日にしてこの有様じゃ、この先エライことになるとオイラは慌てた。
休暇明けの出勤時、葬儀のはずが派手に日焼けしていては、何を言われるか堪ったものではない。
いつ肩叩きに遭ってもおかしくないオイラだから、待ってましたとばかりの最悪の状況に追い込まれる危険だけは回避しなければならない。
しかもTVによれば、運悪く仙台方面は連日の大雨だと言っているし・・・。

沖縄2日目、宿を出てすぐに「日焼け止めクリームください」と、小奇麗な化粧品店に立ち寄った。
ケント・デリカット似の店主が、既に手遅れとなっているオイラの赤ら顔をまじまじと見つめ、「・・・日焼け止めクリームですかぁっ?」とデカイ声で聞き返してきた。
店にいた若い娘たちが、こっちを振り返ってヒソヒソ話し。
終いにはクスクス笑い出す。
むっとしたオイラは、「オラがフランスの香水買おうが資生堂の口紅買おうが、オメェらには関係なかんべっ!」とやけくそで怒鳴った。
必ずしもオイラのなりを見て笑った訳ではなさそうだが、葬儀をでっち上げて出てきた負い目と、この日焼け顔を何とかせねばとの焦りが発した大声だった。
さらに「この糞オヤズっ、・・このバカ娘っこがっ!」と捨て台詞。
2,800円のクリームを、バカ殿よろしく顔や首筋にベタベタと塗りたくった。
開き直ったオイラは、「旅の恥は掻き捨て」とばかりに、そのあと何処へ行くにもバカ殿メイクで通した。

沖縄一人旅最後の夜は那覇、同級生の出世頭でもあるで住宅関連会社を営む「H雄」と一献酌み交わ
すことになった。
本場もんの泡盛は実に旨かった。
「T郎」はカカァを近所の若僧に寝取られたらしい。
「Y子」は姑をいびりまくっている。
「K子」は夫婦喧嘩で婿殿の腕に噛み傷を負わせた。
「R二」は三度の飯の間にも焼酎をかっ食らい、肝硬変で死んだ。
郷土料理と旨い酒、尽きることのない同級生のゴシップネタで夜が更ける。
もう飲めないぞと言いつつも、空のボトルを振ってママにお替りを注文するオイラ。
のんベエの悲しい性は、今宵も留まるところを知らない。

明けて沖縄最終日の朝、鏡に映ったオイラの顔は赤銅色の般若の面だ。
あの日、恥を掻いてまで買い込んだ日焼け止めは、薬効乏しく甚だしい焼けムラとなった。
明日の出勤がそら恐ろしい。

そして恐怖の出勤日の朝がやって来た。
おそるおそる開けた事務所のドア。
想像していた通り、オイラの顔を見るなり社内は気まずい雰囲気に包まれた。
冷たい空気は午後になっても暖まらず、上司はもとより同僚も若い事務員さえもが暫く口を利いてはくれなかった。

北東北は短い鮎シーズンが終ると急速に秋めいてくる。
かつての窓際族は更に進化して、今では完璧に窓の外に追いやられてしまっている。
それでも振り落とされてなるものかと、必死に窓枠にしがみついているオイラであった。
そして今年もまた秋の北海道一人旅の予定が迫ってきた。
まだ休暇届けを出してはいないが、今度は北海道の叔母を危篤にする作戦で行こうと思っている。