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旅日記・1 黄泉の世界

旅の終わりが近づいたその日は、広尾の街に泊まることにした。
旅先ではいつもの如く宿飯は食わず、街へと繰り出した。
まだ明るさ残る飲み屋街だったが、先ずは体調を整えるために横丁の薄汚い焼肉屋に入った。
もうもうたる煙にまみれながら、ホルモン3皿、牛タン1皿を軽くいただいた。
生ビール数杯で胃袋を洗い清め、夜の街探訪の態勢を整えた。

北海道へ来たからには新鮮な魚を食わねばならぬと、続いて炉端焼きの暖簾をくぐった。
お任せで何か旨い物をと注文すると、すかさずハッカクの刺身が出てきた。
輪切りにしたものがまさしく八角形だったことが妙に嬉しかった。
その見てくれの悪さから想像できなかった味の良さは、オイラにとても似ていると思った。
オヤジのお世辞を聞きながら、調子に乗って更に2人前を追加した。
そこから俄然酒のピッチも上がった。
パヤパヤの状態から2時間後には、かなりの酩酊の域に達していたようだ。
他にもホッケ、ホタテ、イカなどむさぼり食ったような気もするが途中からすっかり記憶がとんでしまってい
る。

鼻息も荒く勇んで出かけた夜の街探訪だった。
しかし旅の疲れと前夜の寝不足から、飲み屋街制覇どころか2軒目にしてだらしなく酔いつぶれてしまっ
たらしい。
それでもなんとか宿にはたどり着いたらしく、翌朝着どころ寝のままでどんよりと目覚めた。
二日酔いにはならなかったが喉が酷く乾いていた。

とりあえず朝一番のおつとめへ・・・。
が、如何にいきんでも小便(以下""と呼ぶ)が出ない。
溢れんばかりの""タンクは今にも暴発しそうな感覚があるのに、♂配管の先から染み出てくるものな
どは全くなかった。
それとは逆にハッカクを始めとする北海の珍味は、全て消化不良のまま暁の超特急(以下"呼ぶ)とな
って激しくほとばしり出ては陶器に飛散した。

不安を抱えたまま、朝飯抜きでそそくさと宿を後にした。
途中のコンビニや駅のトイレを見つけるたびに臨戦態勢に入るも、""が好転する気配などなく、""も
また一向に治まることはなかった。
少し走っては停まり、またまたトイレへ駆け込む繰り返しが続いた。
下っ腹はパンパンに膨張しコーモンはヒリヒリと痛んだ。
背中は愛車のヘタったシートに食い込んで苦しく、当たり前の呼吸すらできない状況に陥った。
出ない""と出過ぎる""との板ばさみに悶え苦しむオイラ。
ヘロヘロになって黄金道路の展望台駐車場に辿り着くなり、あまりの苦痛に耐えかねてベンチに横たわ
ってしまった。
過去金銭面の苦しみはしてきても、我が生命の危機を感じるような苦しみは初めてのオイラなのであっ
た。


ああ・・・北国の空、北国の海のなんと美しいことか・・・・・。
この北の大地でオイラの命運尽きるのか・・・、ま、それも悪くないかな・・・。
辞世の句ってどんなだっけ・・・、オイラが生きた証を何か残しておかなくちゃ。
訳の解らない思いばかりが、意識朦朧のオイラの頭の中を駆け巡った。



・・・と、オイラに話しかけてくる女の声で我に返った。
なんでも道内を自転車で旅をしているとか。
階段を数段上がった場所で海をバックに記念写真を撮りたいらしい。
できれば自転車を担ぎ上げ、カメラのシャッターを押して欲しいと言うのだ。
何はともあれ、女性からの声掛けなどこのところ久しくなかったオイラだ。
まして輝くばかりの若き彼女の願いだ。
一瞬苦痛を忘れてしまったオイラは鼻の下を伸ばし、すかさず自転車を担ぎ上げその要求に応えるので
あった。
しかし如何に平静を装っていても、額ににじむ大粒の油汗と憔悴しきった哀れないでたちは、彼女の目に
も奇異に映ったらしい。
如何されたんですか」と優しく聞いてきたが、事の成り行きなど説明できる訳もない。
持ち上げたからには下ろすのも仕事、苦痛に表情を歪めながらもオイラはヨロヨロと自転車を担ぎ下ろし
た。

間断なく下っ腹を襲う悪寒と辛く悲しい下痢症状に耐えながら必死にハンドルにしがみつき、海に切れ落
ちる日高の山並みを無我夢中で横断した。
そして何とかこの状況から解放されたい一心で道沿いの薬局へと駆け込んだ。
店主曰く、それ程苦しいのであれば薬局よりも病院へ行くべきだと。
藁にもすがりたいオイラは、紹介された日赤浦河病院の門をくぐった。

診察待ちの間、長椅子に座ったり横になったり、終いには直立不動の姿勢も試みた。
どんな体勢をとっても、苦しみが和らぐはずもなかった。
待つこと数10分、医師の問診に""と""の症状をかくかくしかじか説明した。

患部のX線撮影で♂配管内部に立派な結石があることが判明した。
結石が配管内部に傷を着けて炎症や出血の可能性もあるので""の検査を行うことになった。
が、朝から一滴も出ていないことを涙ながらに訴えるオイラ。
ならばと、直接体内より吸引することになった。
早速スポイト付きの管を持ってきた看護婦が、萎縮してすっかり存在感を失っている愚息()をしげしげ
と見つめた。

まぁ可愛いこと、これってホントに役に立つのかしらっ」って、そんな目つきをしながら管を採""
口へ僅かに押し込んだ。
激痛に耐えかねたオイラは小さく唸った。

痛いですかぁ、それじゃもう少し細いのにしましょうねっ

細い物があるなら最初からそっちを使えって、一目瞭然だろうが、・・・ったく。
細い管に替え、さらに力なく首うなだれる愚息の採""口から再び所定の位置に押し込もうとする彼女。

う〜っ、う゛ぉ〜〜、ぶあ゛〜っ 
激痛に耐えかねて、ゆるゆるの""を確実にチビってしまっているオイラ。

それでも「はいっ、出して下さぁい」と優しく声を掛けてくれる彼女。

か細い涙声で、「・・・イ、イ、イってもいいですかぁ♂」とオイラ。

ふぁぁい、いいわよぉ・・・」と彼女。

何度かイキんだ結果、雀の涙ほどの""が吸引されたようだった。
あぁ〜っ・・いいわぁ・・、・・・出ましたぁぁ〜♪♪」と彼女。

カーテン越しの待合室にも隣りの診察室にも会話は筒抜けだった。
周辺からくすくすと笑い声が聞こえたような気がした。
恥辱に塗れながらも妙にプライドの高いオイラ、何事もなかったかのような表情を懸命に取り繕い診察室
を出る。

検査の結果、♂配管内部には炎症も出血もなかったことに一安心。
数種類の薬をありがたく押し頂いたオイラは、日赤浦河病院を後にしたのだった。


相変わらず少し走ってはクルマを停め、付近のトイレへ駆け込む繰り返しは続いた。
おそらくオイラの臨戦態勢は、朝からもう20回を超えたはずだ。
そして次の瞬間、♂配管内部に焼けるような痛みが走り、同時に元栓が一挙に全開となった。
ドッ、ドッ、ド〜ッと激しい飛沫をほとばしらせて、待望の""が大きな弧を画いた。
♂配管を詰まらせていた石が、溜まりに溜まった""と共に一気に流れ出たことが理解できた。
それは、これほどの感動がこの世にあったことを知る一瞬であった。
気が付くと、あのゆるゆるだった""の症状もいつの間にか見事に完治しているのであった。


あの日、地獄の苦しみの先に黄泉の世界がちらついたにも拘らず、咽元過ぎれば熱さを忘れ
る・・・で、そのあとの数日間も懲りずに暴飲暴食の旅は続いたのでした。

あれから何年も経ったのに、愚息で遊んでくれた看護婦さんの憐みとも軽蔑とも愛情ともつかぬ眼
差しを思い出しては、恥ずかしさで顔が赤らむ純情なオイラなのであります。

予想だにしなかった旅先での"チン騒動"、益々好きになってしまった北海道の旅情、さて次なる
旅立ちは・・・・・。