ＳＬ写真展 （ ＩＮＤＥＸ )～アメリカ ＆ 日本現役
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・山陰本線に日本海沿岸を巡る ⅵ
161. 惣郷川橋梁のある長門路へ ・須佐－宇田郷
〈0001:２６－３－２：初期のＲＣラーメン橋で知られる惣郷川橋梁を渡る〉
〈0002?:２６－３－５：或駅の発車風景〉
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〈紀行文〉
昭和４８年１月下旬になって久しぶりの連休が取れたので、クルマを走らせて南九州撮影行を敢行した。その帰りには待望の山陰本線の萩と益田の間にあ日本海の波打ち際に架かる惣郷川橋梁を撮ることにしていたので、山陽道の小野田から国道316号へ左折して美祢（みね）へ向かった。そして秋芳洞のパーキングで朝霧の晴れるのを待ってから、秋吉台の枯れた草原に白い石灰岩の露頭が点在するカルスト台地を縦断している「カルスト道路｣である山口県道３２号を経て日本海に面した萩に出て、そこの城跡公園で一休みした。そして下関から益田を経て広島へ至っている国道１９１号を北上して惣郷川橋梁のある宇田郷駅へ向かった。この道は青くて美しい長門路の海辺を山陰本線と並走して走っていた。しばらくして、左手に北長門国定公園のハイライトとして知られる約１６kmも続く須佐湾が広がり始めた。そこには変化に富んだ七つの入り江と岬が続き、海上には大小70余りの島々が散らばっていることから“西の松島”と呼ばれている絶景が展開していた。やがて宇田郷駅のある阿武町に入り、行く手の右に連なる標高 500mを超える山並みは日本海と瀬戸内海へ流れる水を分ける大分水嶺である中国山脈の西端部にあたる阿武山地であって、阿武火山群に属していた。その山地が標高 200～300mの山並みとなって海岸近くにまで迫っていて例えば円錐形の山を抱いた奈古の遠岳山海岸や少し北にある惣郷の大刈海岸などは海食崖は高さ 100mにも達する断崖絶壁が連なっているけわしさであった。そして山地からの斜面には須佐川・白須川・宇田川・田部川などの小河川が流れ下っており、その沖積部には半農半漁の集落が営まれ、昔も今も交通の道筋ともなっているのだった。
やがて木与辺に近づくと、海際まで山がせり出していた。手前の島が姫島で奥が宇田島であろうか。この辺りの海岸は砂浜は希で、石ころのゴロゴロした浜辺なのも長門路の特徴のひとつであった。それを過ぎると宇田の大きな集落に入ったようだった。国道と日本海の間には昔の街道筋に沿って集落が細長く連なっていて、ここでひと息入れることにした。ここは昔の山陰道（この辺りでは北浦街道）の京都から３３番目の益田宿と３４番目の津和野宿とのほぼ中間にあることから、一時は本陣も置かれるなど宿駅的な役割を果して来ていた半農半漁の集落であって、合わせて箕（みの）、鍋釜、油、塩や蝋燭（ろうそく）などを商う店や、近隣からの年貢米を積み出す港としても栄えていたようだ。この集落の中央を流れる宇田川を中心として、長門路独特の赤褐色の瓦屋根の家並が続きており、国道の近くには造り酒屋の中二階のある主屋（おもや）が堂々たる土蔵を従えていて、その脇の小道からは海の青さがかいま見えた。近くの浜辺には小さな漁港の舟だまりがあって、朝の陽光を浴びて漁網の手入れに余念のない老人のの姿が見られた。
宇田集落を抜けて海沿いを１kmほど進むと宇田郷駅前に付いた。駅のたたずまいを眺めていると、ここは駅前広場も作れないほど背後に山が迫り、眼前の国道の先には波消しブロックが並ぶ日本海の海岸と云う狭い地形であった。この駅の最寄りの集落と云えば、今通ってきたばかりの宇田は南西に約1kmの位置にあり、北東へは約2km余り離れた惣郷（そうごう）であったし、駅付近には民家は見あたらないと云う駅のロケーションには首をかしげたのだった。こんな不便な駅を設けなければならなかった背景には、明治の町村制が敷かれると、昔の宇田村と惣郷村が合併して宇田郷村が生まれたようで、その後の昭和となって山陰本線が通じようとする際に、それぞれの集落が駅の誘致を譲り合わなかったのだと聞いた。
さて宇田郷駅前の国道 191号を益田方面に向かうと、直ぐに左手の山側に旧道らしい道が分かれていたが、この道は惣郷集落を通って白須川の左岸を下って再び国道へ合流するようになるらしい。そこで、海沿いの広い国道を山陰本線と並行して進むのだが、やがて線路は勾配に掛かり坂を登るようになり短いトンネルの中へ消えた。一方の国道も一段低い位置にあるトンネルで小さな岬を抜けた。その先をしばらく進むと、二つ目の小さな岬の同様なトンネルへ入った。それを抜けた途端に目前に、ゆるやかなカーブを描いて白須川の河口の上を越えてゆくコンクリート高架橋が眼に入った。これが目指す惣郷川橋梁であった。国道はコンクリート橋脚の間をすり抜けて山側へ出た。やや足を広げた橋脚柱は少し高めの基礎の上に据えられていたから、ブーツを履いたように見えた姿は大地に根を下ろしているような安定感を見せていた。その先に、クルマを止められるスペースの脇を通り過ぎてから、直ぐに惣郷川橋梁と平行に架けられた恵郷橋を渡ると、そこには川尻と云うバス停留所があった。間もなく国道は上り坂になり、次第に並行している線路よりも高くなって行くようであった。やがてコンクリート高架橋を青く広がる須佐湾を背景に上から俯瞰（ふかん）できるような絶好の撮影ポイントが現れた。この辺りの線路も国道も大刈海岸の高い崖の上を走っており、海岸線へのアプローチは不可能な絶壁であった。その先も次第に高度を上げて行き、山陰本線の大刈トンネルの真上の辺りを超えているところがあり、ここからも惣郷川橋梁を遠望できるポイントがあるとのことのようだ。そして更に数100mほど登った所が標高 178mの大刈峠のサミットであって、海を見下ろせるアングルも得られるようだった。しばらく坂を下って、視界が開けると須佐湾に横たわる高山岬（こうやまみさき）が眼に飛び込んできた。再び山陰本線を見おろすようになり、間もなく須佐側を渡れば須佐の集落に入って行くことになる。このあたりまで来ると、さすがの長かった須佐湾の海岸線も果てて、日本海に突出した高山岬（高さ:１７５ｍ）が行くてを遮（さえぎ）っているように横たわっていた。これは前にも述べた阿武火山群のひとつである標高 532.8ｍの高山（こうやま）から海側へ向かう標高200～300mの稜線なのであって海食崖が岬を取り巻いており、その先端の高所に高さを誇る高山岬灯台が遠望できた。須佐湾に面した須佐海岸には海に大きく張り出した高さ15mの“須佐ホルンフェルス大断崖”が鮮やかな黒と灰白色の5層のストライプ模様を描いて、眼を見はらせており、これは｢日本の地質百選｣に選ばれた奇岩である。この岩は割ると角ばった破面で割れることから角石（つのいし）のドイツ語の“ホルンフ ェルス”と呼ばれたのであった。この景観を見せる変成岩の1種は、約1000万念前に交互に堆積した砂岩と頁岩(けつがん)が近くの高山（こうやま）を誕生させた約150万年前の火山活動の熱作用によって作られたと云われている。
これまで述べてきた大刈峠超えの描写は、昭和48年の昔のことで、現在は大刈峠バイパス（北長門コバルトライン）が1977年（昭和５２年）に開通しており、このルートは海岸から離れて山側に大きく迂回する形で、標高 78mと云う低い位置で大刈トンネル（１４６９ｍ）次いで須佐トンネル（７１４ｍ)を貫通させて快適な峠超をもたらしていた。一方、私が通過した旧国道は県道343号宇田須佐線として生き残っているようである。
さて山陰本線の上り列車が宇田郷駅を出ると、日本海に沿って北上し、やがて次第に登り勾配に入りつつ二つの小さい岬の根本を短いトンネルで抜けると直ぐにカーブしている惣郷川橋梁を渡り始めた。ここは河口を跨ぐと云うよりも、海辺に架かる橋梁を渡っていると云った感じであった。渡りおわっても上り勾配は続いており、大刈海岸の崖上を登り詰めて、全長２２１５mの大刈トンネルで大刈峠の下を抜けると一気に下り勾配となり、やがて30mのプレートガーターの須佐橋梁で須佐川を渡れば須佐駅はもう間近である。この宇田郷－須佐間の駅間距離は8.8kmもある大刈峠超えなのであった。
この惣郷橋梁は今は惣郷川ならぬ白須川が海に流れ込む河口の海岸沿いの谷間に架けられた高架橋であって、この山陰本線では最も有名な余部鉄橋と並び称される海に面した美しい橋梁なのであった。その余部鉄橋が鉄骨造りの繊細で直線的な景観なのに対して、この惣郷橋梁の方はゆるやかにカーブを描く線路と骨太の鉄筋コンクリート作りの外観は優しい美しさを見せるデザインなのが際だっていた。
この長い大刈トンネルと、それに続くカーブした惣郷川橋梁の二つの難工事を抱えていた須佐－奈古間は最後まで残った未成区間であって、この区間が昭和８年（１９３３年）に開通すると、京都～幡生（はたぶ）間の全長 673.8 kmの山陰本線が全通したのであった。
私は国道の恵郷橋脇の崖をよじ登って撮影ポイントを探し当てた。そこでは三脚を立てることをあきらめて、手持ち撮影が得意のコニカプレスを使って、たったのワンショットに挑むことになった。
ところで、ここからの俯瞰シーンは、白須川の河口を跨ぐと云うよりも、海岸線に迫った谷間に架けられた高架橋と云った方がふさわしい光景であった。この波打ち際を大きくカーブして渡る橋桁の下には、１９基の橋脚が美しく並んでいた。その橋脚の足もとは鉄筋コンクリート造りの頑丈な基礎が築かれていて、冬の荒れた日本海の波に直接洗われても耐えられるように設計されていた。特に四本の柱で構成する橋脚は斜めの支柱を設けずに、格子状の構造であって、その脚
は末広がりの柱が大地に根を下ろしている感じを受けるデザインであった。
そこからは列車がたった今、飛び出してきたばかりの短いトンネルの坑門が遠くに見えていたのであったが、撮れた写真には後方になびいて行く煙に隠されてしまったのは残念であった。この美しいコンクリート橋を前景に、ブルーグリーンから夕陽の色まで刻々と変化する日本海の海の撮影ポンイトとして「スサウタ」（トルコ石の色）と呼ばれている地点で撮っていながら、モノクローム一枚だけだったことに悔やむことしきりであった。そこで夕暮れのシルエットか、キラキラ輝く海をバックとしたカラー撮影を試みたいと念じながら別れを告げた。
このコンクリー橋梁の架設が始まったばかりの昭和の初めと云う時期に、惣郷川橋梁のような工業デザインが採用されたところに当時の技術者の意気込みが感じられた。
この橋梁が架けられた白須川は阿武山地の白須山(標高 553.7m)を源として、急流を作って下り巨大な砂防ダムを経て、約１０kmほど流れ下って日本海に注いでいる二級河川であり、その左岸の標高約130mの扇状台地上には江戸時代後期に栄えた砂鉄を原料とする製鉄遺跡 「須佐タタラ遺跡」があって、この地域が中国山地に営まれた一大砂鉄製鉄地帯のひとつであったと云うのであった。また、白須川の水の流れは河口辺でも幅２ｍほどの枯れ川なのだが、ひとたび豪雨に見舞われたり、冬の季節風に吹き寄せられてくる日本海の荒波が押し寄せるなどの際には、谷間に大きく川幅を広げることであろう。
ここでひとまず「橋梁の諸元」について記しておこう。
橋長：189m
形式：４柱式RC連続ラーメン(二層3スパン）
（“ラーメン”とはドイツ語で「額縁」や「枠」を意味しており、柱と梁を強固に結合し、その骨組みだけで強度を確保できるようにした構造体のことである。この惣郷川橋梁は門型の構造をした橋脚の上に梁が乗ると云う二層構造の“ラーメン橋”と云うことになるであろう。）
径間6x9m、12x8.7m、1x7.4m
高さ：11.6m
曲線半径：600m
橋脚基礎構造：川の流心部分は井筒基礎7基、
その他ノ部分は鉄筋コンクリート造りの12基と橋台
施工：（株）間組
河川名：海岸線（白須川）
建設期間：昭和6(1931年)～昭和7年（1932年）
この橋梁の施工には、次のような実験的な試みが行われていることから、土木学会の選奨する土木遺産の“Ａランク”を2001年（平成13年）に受賞している。
・これは波打ち際に美しい曲線を描く、景観に優れたデザインの鉄道高架橋である。
・日本海の荒波に対する耐波性と、潮風と海水への耐腐食性を確保するためＲＣ（鉄筋コンクリート）の四柱式ラーメン梁の形式が採用された。
・橋脚が据えられる座基礎の最上部は、荒波に耐えるために満潮時の海面から１．５ｍの高さで築かれている。
この新しい形式が採用できたのは、建設材料・施工法、それに複雑な構造計算を基礎とした設計法などが相まって発達したことに負っていると考えられ、これらを元祖とすれば、最近見かけることの多い新幹線の鉄筋コンクリート連続高架などが子孫とも云えるであろうか。
・惣郷鉄橋の工事中の写真（阿武町役場提供）：
｢惣郷の鉄橋｣
〈http://www.town.abu.lg.jp/sys/topics/detail.php?detailID=568〉
撮影：昭和４８年１月２０日、～
ロードアップ－２０１０－０８．
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『山陰本線に日本海沿岸を巡る Ⅰ ～ⅵ 』シリーズのリンク：
０７７． 冬の漁村と余部鉄橋・山陰本線／鎧-餘部
３６２． 斐伊川 （ ひいがわ）旅情 ･ 直江-出雲市
－神話･｢やまたのおろち｣の舞台-
３６３． 出雲の海岸を行く、小田・田儀海岸・小田－田儀－波根
３６４． 石見の海岸を行く Ⅰ ：琴ヶ浜海岸・仁万（みま－馬路
１４１． 岩見の海岸を行く Ⅱ：小春日和の三隅海岸・折井－三保三隅