自動車塗装の自分史とSL蒸気機関車写真展〜田辺幸男のhp
SL写真展 ( INDEX )〜アメリカ & 日本現役
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SL写真展 ( INJEX )
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(メールは上の
SL写真展 ( INJEX )
にある送付先へドウゾ。)
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・蒸気旅客列車
“CHESSIE SEFTY EXPRESS”
を追って」S・CSX鉄道網
070.
朝のカンバーランド駅出発のC&O 614号
・メリーランド州
〈0001:〉
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〈紀行文〉
アメリカの中西部から東部にかけて路線網を持つChessie SystemはC&O(チサピーク・アンド・オハイオ)鉄道を中核に、アメリカ最古のB&O(ボルチモア・アンド・オハイオ)鉄道、とWM(ウエスタン・メリーランド)鉄道で構成されており、1977年にはアメリカ鉄道150年祭り祈念蒸気列車をはしらせたし、そのご1978年にはその列車を使用して“Chessie Steam Special”を走らせた。その時にホスト役のSLは元Reading鉄道の♯2101を所有者であるったRoss Rowlandさんからリースしたものであった。この行事が一段落して♯2101はケンタッキー州にあるC&Oの機関区で保管されていた時に、不運にも火災に遭い再起の危機が危ぶまれる損害を受けてしまった。Chessieの会長は法的に責任はないものの、所有者であるRoss Rowlandさんに対して、大修繕するか、またはC&Oの保有するSLのいずれとでも交換することを申し出たのであった。そこで Ross RowlandさんはB&O鉄道博物館に永久保存されていたC&O ♯614に白羽の矢を当てたのが1979年のことであった。そして1980年の春を目標に復活のための整備に入ったのであった。
この元C&O ♯614は1948年製の4−8−4の車軸配置を持った最強の高速旅客機“Greenbrier”の生き残りで、C&Oの記念機関車であった。
これが数奇な運命のいたずらから、1980年3月に再び火が入り、その勇姿を世間に披露することになったのである。
それは 1980年3月に再起した元C&O ♯614が牽引する“Chessie Safety Express”は東海岸のメリーランド州を皮切りに約20回にも及ぶ初年度1980年のツアーへとスタートを切った。
この“Chessie Safety Express”(チェシー安全特急)と称する行事は、すっかり旅客列車に乗ることの無くなった今日の人々に、列車から踏切を見てもらって踏切安全の啓蒙をねらったもので、社会教育の一環と踏切技術改善を旗印として二年間の予定で Chessie
System の路線のある各地を旅する者であった。
1980年の初夏に山峡の町 カンバーランド発の二つの峠越えのツアーが催された。このカンバーランドの町は首都ワシントンを流れるポトマック河の上流、アパラチアン山脈の真只中にあり、メリーランド州の中ではボルチモアに次ぐ都市で“クリーン・シテイ”と呼ばれ、ワシントンやボルチモアから西部に向かう国道や運河、鉄道などの大動脈の要として生きて来た町である。
今は、無人駅となっているAMTRAK(米国旅客輸送公社)の待合室のあるカンバーランド駅は元1860年代にB&Oが建設したクイーン・シテイ・ステーションの所にあり、この昔の駅は素晴らしい庭と噴水を従えた150室もの豪華なホテルであったと云うが1972年に建物を保存しながら近代化された。
そして1981年秋から現在、“Capitol Limited”が764マイル(1230 km)をCSXの路線を走破して、首府のワシントンDC.から、カンバーランドンMD.、ピッツバーグ PA.、そしてクリーブランド OH.を経由してシカゴ il.へ毎日一往復している。
このワシントンからピッツバーグまでは殆どが古い踏み後の道に沿っている歴史的なB&oの路線で、ホトマック河の上流の谷を登るサンドバッチ峠を越えて、
オハイオ川の上流に当たるMonongahela(モノンゲヘラ)河すじの狭い谷を下るルートであるのだ。
」の東海岸のボルチモア港からスタートしたB&O鉄道は、このカンバーランドに到達すると、ピッツバーグ経由でシカゴを結ぶメーンラインと、
ノ少し南に寄ってシンシナチを経てセントルイスに至るメーンラインを分岐させている。
私の狙ったのは前者のカンバーランドとサマセット往復のサンドバッチ峠越えのツアーであった。ピッツバーグへのメインラインガアパラチヤン山脈の分水嶺を横断する所に当るのがサンドパッチ峠越えと呼ばれている難所である。こののポトマク河の支流のWills creekに沿って、標高640フイートのカンパーランドから、標高 2258フィートのサミットまで、18マイルも続く最大19.4パーミルの勾配区間へのアタックである
古風な駅とそれに並んだホテルなどの立ち並んでいる山あいの街に、長い汽笛と鐘の音が冷たい朝の空気をふるわせた。そして、径27.52ンチのシリンダによる径72インチの動輪と重厚な従台車に備えた二気筒のブースター・エンジンも全開にして35.8トン(内ブースター:6とん)の牽引力を発揮して♯614は力強いドラフトヲ響かせてスタートダッシュニ掛かった。それにつれて、高く吹き上げられた黒煙はファインダを飛び出しそうになって私をあわてさせた。
この後、クルマを駆って、サンドパッチの峠に先回りして勾配を登る列車を迎えようと駐車場へ走った。
この時に撮ったサンドパッチ越えの写真は、このシリーズの3.にあり、シャープ614の生い立ちは4.に詳しくのべてあります。
撮影:1980年
れーるがい」誌・1982年春の号
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・蒸気旅客列車
“CHESSIE SEFTY EXPRESS”
を追って」S・CSX鉄道網
003. Sandpatch峠を登るC&O 614号・メリーランド州
004. 南オハイオを快走するC&O 614号・オハイオ州
005. 早暁のコロンバス機関区のC&O 614号・オハイオ州
015. リマ駅での楽しいひとときのC&O 614号・オハイオ州
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97. アメリカのスモール タウン“Flora”でのC&O♯614・イリノイ州
021.“Sefty・Express”のSLとDL(アメリカ・C&O鉄道)
(自己主張とコーポレートカラー)