修理屋と客 3





コンクリート塀の向こうに、角度は違うけれど、さっき見た大きな煙突がある。裏門からなら、修理屋がいる場所まではすぐだった。

解体屋は門に巻かれた太い鎖を紐のように軽々と解く。

しかし、地面に投げ出された鎖の鈍い音と足に伝わった振動で、それがかなりの重量を持つとわかった。


「 早かったね 」

「 この人がバイクの後ろに乗せて運んでくれたの 」

「 修理屋ー。まだかかんのー?」

「 いや、今日はここまでだよ 」

修理屋はスコープを外した左目を布で覆った。休ませるためだろうか。少し疲れた様子だ。
「 じゃあ、メシ食いに行こ 」

解体屋の言葉に、修理屋は胸の前で手を短く動かした。手話なのかもしれないし、また、二人だけに通じる合図なのかもしれない。

返事はどうだったのか、解体屋は机の上に座り、足をぶらぶらとさせている。

それから、手に触れたドライバを握ると、机の傷をギギギ・・と更に深く削って遊び出した。

修理屋は咎めもせず、するりとそれを取り上げて、何事もなかったかのように道具入れにしまった。

「 待つってどのくらいー?・・・そ、小1時間ね。いーけど中途半端にヒマー」

「 それなら、あの女の人の所に戻ってあげればいいのに・・・」

わたしは、人前でなりふり構わず泣いた彼女が可哀相だった。

なのに、この男は全然気にしてないのだ。あんまりだ。だから、つい、ぼそりと独り言を呟いてしまったのだ。

「 女ー?」

サングラスで隠れた目が、わたしの顔を見ていたとは全く思わなかった。ぎくりとして、後に続く言葉は途切れ途切れになる。

「 あ・・だから、さっき一緒にいた・・人・・」

「 んー?何で一緒にいたんだっけ。あー・・・あ、仕事の後にシャワー使ってたら誘いに来たからヤってー、そしたら腹減ってー、

  メシ奢ってくれるって言うから外に出てー、道具屋の前にあんたがいたから拾ってー、修理屋とメシ食う事になったんだよね 」

・・・・・何故、そうなる?それとも、解体屋の思考は、本当にこの言葉通りなのだろうか。

「 部品から作るから、時間かかるよ。二週間から一ヶ月。あんた、急いでるようだけど、俺の他を捜しても無駄だよ 」

愛想のない修理屋の声が、わたしの疑問などおかまいなしに話を進める。

「 それで、いくらで直してくれるの?」

「 三十五萬 」

「 それなら出せる。お願いするわ 」

「 修理屋ー。メシ、やっぱ運ぶー?」

「 いや、休憩したら大丈夫だ。少し寝る 」

何となく、わかって来た。修理屋がここに篭る時は、解体屋が食事を運んでいるのだ。それで、さっきの電話だ。

「 じゃあ、わたし帰る 」

「 あんた、家はこの近くかい?」

「 鳥通りの西 」

「 解体屋。中途半端にヒマなら送ってやるといい。往復すれば、丁度俺を起こす時間だ。途中、虫屋の所で茶でも飲んで時間を潰せばね 」

修理屋は解体屋にそう言うと、病院の待合室にあるような長椅子に体を横たえて、官給品のタッグが付いた薄い毛布を体に巻きつけた。

「 いいっ!大丈夫。一人で帰れる 」

「 じゃ、行こっかー」

どうして聞いて(見て)欲しい言葉は逃すのだ解体屋。

がっくりと机に両手をついているわたしの事などどうでもいいのか、解体屋はさっさと部屋を出ようとしている。

けれど、ジーンズの後ろポケットに手をつっこんだ途端、くるりと戻って来て修理屋を揺すった。

「 修理屋ー。さっきバイクのキーも取り上げた?ないんだけどー 」

「 仕事を終えるまでは俺の客だ。面倒事はごめんだよ 」

「 そうそう事故らないって。ダメ?そ、わかったー 」




+++





裏門の両端には、ひょろっと背の高い水銀灯が立っている。

六時になると、一本だけがぽうっと点いて、真下のバイクをやわらかい光で照らした。まだ日は暮れきっていない。けれど、すぐに夜は来る。

「 これに乗ればすぐなんだけどねー。修理屋がああ言うから歩いてくよー 」

「・・バイク、好きなの?」

「 配達に使うから店のヤツをもらっただけ。あいつは機械が好きだけど、俺は興味ないよー」

ああ、それで、昼間は中央区の公衆電視電話を使っていたのかと納得する。

少し遠いけれど、中央区の電視台通りは人が多いから、料理屋も多 い。

ちゃんと仕事をしている人間なら、そんなにヘンな人でもないかもしれない。・・・まだ、少し怖いけど。

点いている電灯は少なく、稼働していない工場に囲まれた道はひたすらに薄暗い。

裏門を離れてからは、お互いの顔もよく見えないので黙々と歩く。

修理屋が止めなければ、この男はこんな視界の悪い道も平気でバイクに乗り走っていそうだ。いや、実際、走る気でいたのだった。

五分も歩くと、前方に横長く居住区の明りが見えた。ヒビ割れたアスファルトの道一本を隔てて、世界はがらりと変わる。

物干しロープに裸電球と洗濯物が下げられっぱなしの路地は、机ひとつ程のスペースに少しの品物を置いた店が並ぶ。

この辺りは皆、あまり商売っ気がない。呼び込みもせず、うとうとと半分眠っている。虫屋もそんな一人だ。
しゅん しゅん

一斗缶の中で廃材を燃やし、穴を沢山空けた蓋の上にヤカンを置いて湯を沸かしている。

解体屋はその前にしゃがみ込み、勝手にお茶をいれた。

「 俺、腹減ってたんだっけ。茶ー飲んだら余計に減ったじゃん。爺ー、食うもんはー?」

これまた勝手に虫屋の荷物を探る。大きな身体をしているのに、修理屋よりもよっぽど子供だ。

案の定、虫屋に頭をポカリ叩かれている。居眠りしていた老人にしては素早い動きだ。

虫屋には今日、まだ日が高い内に会っている。

わたしの顔を見て、しゃがんでいる解体屋の足を蹴り、何でお前さんが連れ歩いているんだと聞いている。

何でだっけー、と、へらり笑っている解体屋に、修理屋はわたしを送った後にここに寄ればいいと言ったのだと教えてやりたい。




か くん


わたしは膝の後ろを蹴られた人間みたいに体のバランスを崩し、虫屋の机に倒れこんだ。

器をいくつか落としてしまい、売り物の蟋蟀が目の前を飛び跳ねて逃げる。

「 どうした姑娘、貧血か?」

「 爺ー、逃げた虫捕まえたらさっきの弁当くれるー?」

上の方から二人の声が聞こえる。起き上がろうとするけれど、手足は反応しない。

動かせるのは眼球だけだと気づき、わたしは迷子札のように首から下げていたカードを目で二人に示した。

『 わたしが倒れていたら一般の病院ではなく下記住所の診療所へ運んでください。そして、修理屋を呼んでください。お礼します 』

一応、作っておいて良かった。

視界は停電した室内のように真っ暗になり、一瞬、横に細く赤い光線が走った。その後は、もう何も見えない。

耳は、聞こえる。ああ、そうだ。声は、まだ出せるだろうか。

「 ・・○ン○ン 」

「 何だ?」

「 そう修理屋に伝○○・・」

「 音が抜けてわからん 」

「 レンレン。そう言ったー 」

「 そうか。女の子にはよくある名前だがな 」

「 修理屋には意味があるんだろ。爺、あいつに連絡して。俺はこいつを運ぶから 」

「 ここに書かれている場所までか?お前さんにしては親切なこった 」

「 修理屋の客だからね。でなきゃ、ここに捨ててくよー 」

声の位置で、解体屋に担がれたとわかる。体に一定のリズムで伝わる振動。

ことん、ことんと、揺れるこの感覚は知っている。昔々に乗った電車のようで眠くなる。


   キ ィーン


これも知ってる。飛行機が飛び立つ時の音だ。もう、長く、高い空にそれを見ていないのに。

ノイズ。解体屋の声が遠くなる。

「 あんた、重い。やっぱ、捨ててっていいー?」


もう、何も見えない。聞こえない。

解体屋が最後に聞いたのは、何だったのだろう。音だろうか。誰かの声だろうか。

無遠慮な質問だけど、わたしは、この男に聞いてみたかった。



2001.1

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