海底遊歩 2






ヨシザキが死んだ時は、隣に住んでいたお婆さんが世話をしてくれた。

というより、わたしは何も分からなかったから、彼女が全部してくれた。

わたしはその時に、お葬式というものを覚えた。彼女には身寄りがなかったので、彼女のお葬式はわたしが出した。

だから、お葬式は一昨日が三度目だった。

修理屋の喪服を入れた紙袋に、解体屋が待合室に脱ぎ捨てたままだったそれも拾って入れる。

寝心地なんてわたしには分からないが、診療所のベッドが気に入った解体屋はすっかり居ついてしまった。

仕方なく、玄関の鍵は夜も開けっ放しだ。

勿論、防犯上よろしくないのだけれど、解体屋が出入りしている家は泥棒だって避けて通ると修理屋は言う。


「 ネクタイが見当たらないわ。何処に置いたの?」

「 あっちの道ー」


それは置いたのではなく、捨てたというのだ。

緩々でも、お葬式が終わるまでは確かに締めていたのだから、解体屋にしてはよくもった方か。


この辺りで洗濯屋は配管屋のアパート近くにしかない。

カウンターで太い腕をしたおばさんが持ち込まれた服にシミやキズがないかを点検している間中、わたしは解体屋に話しかけ続ける。

解体屋が水槽の赤いひらひら金魚やらに興味を持たないように、視線を自分に向けておく為だ。

それでも、外で待たせるよりは目の届くところにいてもらった方が、こちらも止めようがある。

短時間なら何とか話がもって、洗濯屋を出た途端、どっと気疲れた。もういい。帰りたい。


「 はぁー・・・。修理屋がついて来てくれるって言ってたのに 」

「 急ぎの仕事ー。あいつじゃなきゃダメなんだって。あんたは急がないし、俺でもいいじゃん 」

「 あなたは一緒に行かなくていいの?」

「 俺が必要なら俺を連れて行ってるよー。あんた、俺よりバカ?」

「 うっ・・・」


解体屋は肉の解体をしていた頃から、修理屋の雑用のような事をしていた。主に、重い機械を運んだり。まあ、わたしも何度か運ばれている。

今はこれが解体屋の仕事のひとつ。他に何をやっているのかは知らない。


「 修理屋に言われたと思うんだけど、わたしが地下を出るまではついていてね。これって解体屋の仕事?」

「 暇ならあんたについて行ってやればと言われただけー。それを覚えてる間はついて行くよー 」


忘れられたら置き去りか。仕事なら解体屋はちゃんとするのに。


「 じゃあ、わたしがお金を払えば仕事になる?えーと、ボディガードってヤツ?」

「 あー、俺、それ仕事にすんの禁止されてんだよー 」


耳が聞こえない解体屋と話しながらでは歩き難いから、地下へ下りる駅前ビルに着くまでは自然と無言だった。

地下は少し奥に進むと刺激的な遊び場というものがあるというし、最奥は危ないモノが売買されているというし、

暴力的な事件も日常茶飯事だというし、わたしは修理屋に言われるまでもなく、そんな所に行こうとは思わない。

でも、本当に入り口付近なら、修理屋が心配するような事は何もないのだ。


「 こっちよ。すぐそこの・・・・・ええっ!店が無いっ!?閉店した?いつ!? 」

「 俺が知るわけないじゃん 」


そうだった。解体屋は少し前まで、この街から姿を消していたのだ。目当ての店があった場所は、古着を売る店になっていた。

その店の通路から、ニット帽を被った若い男が解体屋の視界に入るように移動して来て、注意を惹くように手を振った。


「 ね、本当に帰って来てたんだ?この店に用?僕はこの店の者じゃないんだけど、一時間くらい店番頼まれちゃったんだ 」


男性にしては高い声だ。前歯が一本欠けている。この人は手をよく動かしながら話す。


「 俺じゃないよー。用があったのはこいつ 」

「 そうなんだ。ね、彼女?年下は珍しいね 」

「 わたしは違うわよ。それに、用があったのは前にここにあった店よ 」


歯欠け男はわたしが客じゃないと分かると、また解体屋と喋り出した。


「 ね、奥には行った?知らない顔が増えたよ。東から随分と流れて来てる。その中に強いヤツらがいて、ちょっと困ってんだ。

 近い内にその事で連絡があると思うよ。今、鳥通りの家にいるって聞いたけど本当?」


どんな情報網なのか知らないが、自分の家がわけのわからない人達に知られているのは気持ち悪い。

修理屋が解体屋を泥棒避け扱いしたのも、冗談ではなかった。やはり、修理屋は冗談を言う人ではないのだ。


「 んー・・・あっちいたりこっちいたりー、寝るのはこいつの家 」

「 そうなんだ。ね、やっぱり彼女?」

「 違うってば。用があるのはウチのベッドで、わたしはいてもいなくても関係ないのよ 」


そしてわたしは、布地が買えないのなら地下に用はない。地上までついて来てくれた解体屋は、遊ぶと言って地下に戻った。

やれやれと伸びをして、ゆっくり歩き出したところで、さっき別れたばかりの人に後ろから追い抜きざまに腕を掴まれ、引っ張られた。

人間なら腕が抜けてたと思う。


「 俺、布が沢山ある所を知ってたー 」

「 は?ちょっと待って、待ってってば!」


わたしの腕を掴んだまま、ずんずんと前を行く解体屋の手を叩くが、中々振り返ってくれない。走って追い越して、口を指差す。


「 店の場所を教えてくれたらいいからっ。まだ日は落ちてないし、地下じゃないなら、ついて来なくても大丈夫なんだってばっ!」

「 そっかー。うん、店じゃないよ。爺ん家ー 」


そう言って、解体屋はまた地下へと戻って行った。

何故、虫屋の家?と、疑問に思うよりもまず、虫屋の所へ行くのは、まだ、遠慮した方がいいのではと思った。

でもまあ、虫屋なら、都合が悪ければ帰れと言うだろう。普段から、相手をしたくない気分の時は帰れと言うような人だ。

そう思い直し、訪ねると、虫屋は奥さんが入院していた頃ほど疲れた様子もなく、用があるのかと聞いてくれた。


「 あのね、解体屋が言ったの。虫屋が布地を沢山持ってるって。それって、気に入るのがあったら、分けてもらえる物?」

「 かまわねえぜ。好きに持ってけ。あいつは俺よりも年上だったからよ、もう、形見分けする相手もいやしねえ 」


重そうな鉄製の大きなミシンが置いてある部屋に通されて分かった。虫屋の奥さんは、衣類をはじめ布製品は自分で作る人だったのだ。

透明の衣装ケースに整理された様々な種類の布地の中から、欲しかった厚地のキルティングを見つけ出し、虫屋のところへ持って行った。


「 何だ。そんだけでいいのか?」

「 うん。ありがとう。これで録音機を入れるリュックを作ってもらうのよ 」

「 ああ、あれか。まだやってんのか。よく飽きねえこった 」


以前、虫屋は街の音を録音して回るわたしを見て、昔、同じように色々な所へ出かけて回った若い夫婦を知っていたと話してくれた事がある。

その頃は、検査で、生まれる前から色々な事が分かったもので、その若い夫婦の子供は心臓に穴が開いていたそうだ。

医者にこの子はもたない子だと言われた若い夫婦は、子供がまだお腹にいる内から、出来る限り、色々な所へ出かけて、この世界を見せた。

子供は医者が言ったようにもたない子だったので、生まれて三ヶ月で死んだ。人にとってそれは、どれ程の時間なのだろう。

少なくとも、その子供の数ヶ月は、生きて、世界を見て死ぬのに、決して短い時間ではなかったような気がする。



道具屋にキルティングを預けてから、修理屋のアパートに行き、彼が帰って来るのを待った。

帰って来たのは、わたしがこの椅子に腰掛けてから五日後だった。



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