修理屋と客 2







川を越えて南の工場区。建物を覆う複雑な形状をしたパイプライン。

骨組が剥きだしになって壁の役目を果たしていない壁の向こうに、腐食した巨大な機械が見える。

時折、軽いものがコンクリートに落ちる音がする。錆びて剥がれ落ちた金属の破片だ。しゃらり しゃらり 皮膚に心地良い音だ。

途中、いくつもの扉を開けたが、修理屋は毎回似たような鍵の中から、迷い無く合う鍵を選んだ。

奥の区間は稼働していたが、作業員の姿は見当たらない。機械音と振動。これが伝わって、さっきの建物はああなったのだろう。

やっと到着した部屋には大きな木の机と部品棚。どう使うのやら見当もつかない小型の機械が沢山と、大きな機械が少し。

修理屋は小鳥を籠から取り出すと、左目に合わせたスコープを調節した。そして、何も言わずにいつのまにか修理を始めていた。

わたしは、機械の事はわからない。彼のしている事が、どんなにすごくても分からない。



ピーッ・ピーッ・ピーッ

突然、安っぽい電子音が耳を塞ぎたくなる音量で鳴り響いた。

「 出て 」

修理屋は手が離せないのか面倒なのか、わたしにそう言った。

赤いランプが点滅しているマイクのスイッチを入れると、ムー・・という低く震えるような音がして、横のモニタに不鮮明な映像を映し出した。

解体屋だ。背景から、中央区の街角にある公衆電視電話からである事がわかった。


『 メシー 』
・・・・・が、何?と思う間もなく、修理屋に右手を上げるように言われ、モニタの前でその通りにすると、通信は切られた。

今の横着なやりとりの意味はさっぱりわからない。

修理屋は一方的に切られた電話を気にする様子もなく、淡々と作業をしている。集中しているというより、あくまでも淡々と、だ。

だから、話しかけるのもかまわないような気がした。

「 今の、何なの?」

「 夕食をここで食うか外に出るか聞かれた 」

「 どうしてわたしに右手を上げさせたの?」

「 ここで食う時は左手、外で食う時は右手を上げる事にしているから 」

「 こっちからの音声は向こうに届かないの?」

壊れているなら直せばいいのに。修理屋なんだから、と不思議に思った。

「 向こうには届くよ。でも、あいつには聞こえない 」

「 どうして?」

「 耳、聞こえないんだよ 」

「 ・・・・・だけど、わたしが言った事、わかってたわ。それに、さっき店で呼んだ時は振り返ったわ。後ろからだったのに 」

「 呼んだだけかい?」

「 えと・・窓を叩いたけど 」

「 振動。それで振り返ったんだよ。あとは読唇術。だけど、それは不鮮明で大きな動作でないとわからないから 」

修理屋はドライバの先で、電視電話のモニタを指した。

解体屋の話し方はクセがあって聞き取り難かったけれど、聴覚がある者と変わらない。生まれつきではないように思えた。

だんだんに聞こえなくなっていったのか、突然なのか、そんなことを考えていると、修理屋に暇なら使いに行ってくれと言われた。

行き先は道具屋。

ここに辿り着く前、汚れた服を着た大男に行けと言われて行った場所だ。頭髪も眉も剃った猫目の青年が店番をしていた。

『 修理屋を捜しているのなら、○○に聞いてみな 』 と、台本のように皆と同じセリフを言ったけれど、

彼だけが笑って 『 お嬢さん、またおいデ 』 と付け足した。
再び橋を渡り、修理屋のアパートの前を通って、道具屋へ。

道具屋は店先で大男と茶を飲んでいた。確か、配管屋だ。頬杖をついた彼が、からかうように言う。

「 よぉ、ねーちゃん。修理屋は見つかったかい?」

「 おかげさまで 」

嫌味でそう言ってやった。クソオヤジと続きそうになった言葉は何とか飲み込んだ。

「 修理屋にこれを取りに行けと言われたの 」

修理屋から預かった5514DRFSPという番号しか書かれていないメモを渡すと、

道具屋は奥から小荷物程度の箱を持って来た。

「 ご注文の充電式インパクトドライバ。スライド式ニッケル水素バッテリ搭載ネ 」

「 ここ、何でも売ってるの?」

「 捜し物を捜す店ネ。店にある物も売るヨ?」

「 こんなガラクタ、ゴミ屋だって持って行きゃしねぇや。だがな、ねーちゃん。

 こいつはこの世にある物なら何でも調達しやがるぜ。自分はこのボロ店から動かねぇのにな」

道具屋は唇から片八重歯をにゅっと出して笑っている。

本当に猫みたいな人だと思って見ていると、猛スピートで近づいて来たバイクが土煙をたてて

店の前に止まった。咄嗟に顔を伏せ、きゅっと目を瞑る。

「 先週、連れてたねーちゃんじゃねぇな 」

「 先月、連れてたお嬢さんとも違うネ 」

「 何で女ってのは、酷ぇ男が好きなのかねぇ? 」

配管屋と道具屋の会話がエンジン音に紛れて聞こえる。

顔を上げると、視界が黄土色に煙る中、解体屋の顔が見えた。

彼はバイクに跨ったまま、サングラスを上げてわたしが抱えている箱を指した。
「 それ、修理屋のー?」

わたしは大袈裟なほど大きく頷いた。

「 乗りなよ 」

と、言われても、解体屋の後ろには、ぽってりと厚い唇が色っぽい女の人が乗っている。三人乗りなんて危ない事は遠慮したい。

首を振ると、解体屋は自分の背中にぎゅうっと大きな胸をくっつけている女の人に言った。

「 用が出来た。下りてー 」

「 そんなぁ。こんな所で下ろされても困るわ 」

女の人はサイドミラーに解体屋の顔を確かめ、彼から自分の口が見えるように喋っている。

けれど、解体屋が前を向いたまま女の人の腕を掴んだかと思うと、彼女の体は道に転がっていた。

「 あーあ、美人が道に座り込んで大泣きしてらぁね。勿体無ぇよなぁ。拾えるモンなら拾いてぇや 」

「 ゴミでもあんたには拾われないネ 」

「 ・・・お前、さっき言った事怒ってんなら、そういう顔しろや 」

道具屋も配管屋も慣れた様子で茶をすすっている。だけど、わたしはこんな人に慣れていない。

この状況に混乱しつつ、まずは、女の人を起こそうと近づくと、今度はわたしが解体屋に腕を掴まれた。

「 乗って 」

この人、本当に力が強い。もたもたしていたら、今度はわたしが投げられるような気がする。

修理屋はやはり、冗談を言うタイプではなかったのだ。

『 あんた、されないように気をつけなよ 』

わたしは 『 されないように 』 気をつけなければならない。



2001.1

■NEXT (修理屋と客 3)■   ■オリジナルTOP■