|
+++ 化石が見た夢 周囲、360度は風に波打つ草の原。 その真ん中に立っている事を確認すると、少年は歩き出した。 しかし、その一歩目が地に着く事はなかった。 ふにっ 「・・・・・」 蛙でも踏んだかとゆっくり足を上げると、そこに見えたのは手袋。 正確には、手袋をした誰かの手。だんだんに辿っていくと、仰向けに寝転んだ少女と目が合った。 「・・・・・すみません。気がつきませんでした」 「わたしも、気づかなかったわ。草を踏む足音がしなかった」 少女は上半身を起こすと、少年をじっと見た。 ハルモニアの服を怪訝に思った様子もなく、ぽんと手を打ち、にこっと笑った。 「わかった。あなた、魔法使いでしょ?瞬間移動って、あれが出来る人なんでしょ?」 「・・ええ・・まあ」 「そんなふうに、何処へでも行けたらいいねえ。わたしはここまでずっと、歩いて来たのよ」 「すみません」 少女の言い方は決して嫌味ではなかったが、何故か謝ってしまった。 まあ、それなりの魔力を使うとはいえ、歩くより楽をしているのは事実だ。 それを、この少女に遠慮する義理はなかったけれど。 「でも、何でこんな何もない所に来たの?」 「・・・・・」 「あ、秘密だった?・・だったら、わたしがあなたを見つけてしまって、ごめんね」 そのあっけらかんとした言い方が何となく心地良くて、少年は表情を和らげた。 「ちょっと、息抜きに来ただけなんです」 「じゃあ、一緒ね。・・・その帽子、変わってるのね。重くない?」 「いいえ。軽いですよ。被ってみますか?」 「うん、ありがとう」 少女は少年の青い大きな帽子を受け取ると、冠でも戴くかのように両手で慎重に頭にのせた。 重くはないが、その形ゆえ、バランスを取るのが難しい。 「ぐらぐらする」 「それで結構歩いても走っても大丈夫なんですよ」 「ふうん・・でも、わたしならあちこちにぶつけてボロボロにしてしまいそう」 少女は少年の頭に帽子を返そうとして、真後ろ部分の合わせ目が解れているのに気づいた。 ごそごそとポケットからソーイングセットを取り出し、中に入っている糸の色を確認する。 昨日、青騎士団長の服を繕ったので、青い糸がたっぷりと糸巻きに巻き付いたままだ。 「あ、いいですよ。帰ったら誰かに・・」 「わたし、お裁縫だけは得意なのよ。だから、こうしていつもコレを持ち歩いているの。 この広い場所でわたしに出会ったのも縁。たまたまわたしが同じ色の糸を持っていたのも縁」 少女はそう言って手際良く針を滑らせ、細かい見事な縫い目で繕うと、小さな糸切り歯で糸を切った。 「ありがとう」 「どういたしまして」 「お礼がしたいので、また会えますか?」 「お礼はいいわ。でも、会おうと思えば会えるけど?」 「じゃあ、明日また」 +++ 「突然戻って来られたと思えば、大掃除ですか?それは結構なことですが、今はそれどころではないかと」 ハルモニアで留守を任せている部下が、ササライの部屋の入り口からもっともな事を言う。 しかし、ササライは堆積物を掘り起こし、見つけた物を時折じっと見ては、またそれを放り投げている。 地層。地盤沈下。地殻変動。雪崩。そんな言葉の羅列がよく似合うササライの部屋で、彼の探し物を手伝おうという者はなく、 誰も彼の行動を深くは問わなかった。 「・・・あ、これなんかいいかもしれない」 ササライは最下層で片手で掴める程の石のような物を見つけると、それを手に再びハイランドへと消えた。 +++ 「三葉虫?」 「ええ。約5億7000万年前に出現し、約2億5000万年前に絶滅した古生代を代表する化石です。 それゆえ、古生代は別名「三葉虫時代」とも言われています」 もし、ササライが、誰かに『女の子にプレゼントしたいんだけど、何がいいかな?』と助言を求めていれば、 その人は『そりゃあ、やっばり、花や宝石がいいんじゃないか?』と答えただろう。 もし、ササライが、誰かに『女の子に三葉虫の化石をプレゼントしたいんだけど、どうかな?』と聞いていれば、 その人は『三葉虫は、よせ』と一言、肩にぽんと手を置きつつ答えてくれただろう。 しかし、 「すごいねえ。そんな昔に、このコ生きてたんだねえ。珍しいものをありがとう!」 少女は嬉しそうに受け取ると、虫嫌いなら目にも止まらぬ早さで地に投げつけたに違いないその化石を、 可愛い小動物でも見るかのような優しい目で見た。 「何か、眠っているみたいね。化石も夢を見るのかなあ」 「この世界がそうかもしれませんよ?」 「そうって?」 「世界は何かが見ている夢だっていう話は、世界中にあるから」 「ふうん。じゃあ、いい夢だといいわね」 お互いの事は、話さなかった。 聞いてしまったら、きっと、敵だろうから。 名前も聞かなかった事を思い出し、振り返る。 けれど、手を振り続けていた少女の顔を見て、そのまま去った。 短い夢のような、出会いと別れの間に、 ササライの帽子には少女の縫った糸が残り、少女の手にはササライの渡した化石が残り。 縁があればまた会う事もあるだろうか。 そう思い、 風の音と草の波以外は何もなかったあの場所へ、何度か行ってみた。 +++++ (2002.11.11作品) 部屋の様子ですが、潔癖ではない、むしろズボラな人だとは公式設定です。 ■幻水2小説TOP■ ■TOP■ |