日が沈み、だんだんに色を失って行く東の空を見ると、アンネリーはいつもドキドキした。

夜が彼の時間だった。昼間に姿を見かける事はない。
会うのは大抵、夜の八時頃から賭場を開く九時まで。

場所は、洗濯物干し場。つまり、二人が最初に出会った場所である。
昼間は洗濯物が風にはためくこの場所も、夜はぽっかりとした空間が広がっている。


シロウは風下を選んで座るため、定位置は決まっていない。
日によって、アンネリーの右だったり左だったり後ろだったり前だったり。
今夜は、右ななめ前に座った。

「あんた、魚好きか?見るのがじゃねえ。食うのが、だ」

シロウは煙管をくわえたまま、面倒そうともとれる彼独特の口調で聞いてきた。

「好きです」

フライはそうでもないが、焼き魚は好物だ。

「タイ・ホーが負けの不足分をカジキマグロで払いやがった。明日の夜食うからよ、あんた来ねぇか?」
「・・!」

それは、アンネリーの危機だった。何故なら、彼女は、











夜の人 2 +++




混んだ昼食時のレストラン。

「じゃあ、セロリは食べなよ」
「うん、わかった。・・あ、」

テンプルトンにサラダの中の生タマネギを取ってもらっていると、
席を捜す人達の中にアンネリーの姿を見つけて、ナナミは立ち上がり、ぶんぶんと手を振った。

「アンネリーちゃん!こっちおいでよ。わたしの向かい、空いてるよ」
「あ、ありがと」

アンネリーは他の大きな人達にトレーがぶつからないように、体をあっちに向けこっちに向けしながらやって来る。
その様子は本当に可愛らしくて、彼女に恋人がいるのを残念に思っている男性陣も多いだろうなあとナナミは思った。


テンプルトンとナナミはいつもB定食。量が少なめで子供や女性は大抵こちらを選ぶ。
しかし、アンネリーはいつもA定食。しかも、ライスは大盛り。ビクトールと同じ量をきれいに食べ切るのだ。
なのに、今日のアンネリーはB定食。

「アイリちゃんがね、手作りの石鹸作ったから五時頃部屋においでって。一コずつ分けてくれるんだって。
 あのね、肌がすべすべになるんだって。洗濯物取り込んだら一緒に行こうね」
「うん。アイリちゃん肌がきれいだものね。嬉しい。」

そう言いつつも、何処かいつもと違うアンネリー。笑顔に翳りがある。
アンネリーの前にB定食という点で、すでにいつもと違うわけで、ナナミは遠慮がちに体の調子でも悪いのか聞いてみた。

「ううん。あの、元気なのよ。全然、元気」

でも、やはりその笑顔が強張っている。


「じゃ、僕は用があるからお先に。二人はゆっくり食べなね」

テンプルトンはさりげなく自分の皿に残ったものをかっ込むと、
デサートに買っていたプリンをアンネリーの前に置いて席を立った。

「あ、ありがとうテンプルトンくんっ」

テンプルトンは片手を少し上げてにこっと笑い、二人から離れて行った。



「・・・あのね、ナナミちゃん」
「ん?」
「・・・・わたし、食べ過ぎかなあ」
「わたしはそうは思わないけど?だって、丁度いい量って人それぞれでしょ」
「だけど、女の子で大食いって・・みっともないかなぁ・・って・・」

アンネリーは真っ赤になって俯いてしまった。
今まで、彼女がそれを気にした事はない。けれど、何故急にこんな事を言い出したのかはナナミにもわかった。
彼女はシロウとつきあっているのだ。城の意外なカップリングNo.1なのだ。

「シロウさんが何か言ったの?あの人、そんなカンジじゃないけど」
「ううん。わたし、あの人と一緒の時はちょっとしか食べないようにしてるの。だって、恥ずかしい・・から」
「シロウさんはここには来ないんだから、いつもみたいにA定食を食べた方がいいよ。大盛りでいいじゃない。
 アンネリーちゃんは細くて小さいけど、沢山食べなきゃ体がもたないように出来てるんだよきっと」
「ううん。慣れれば普通の量で大丈夫だと思うの」
「だからB定食にしたの?うーん・・無理は良くないと思うんだけどなあ・・」

賭場や船着場にいる人達は自炊が基本で、レストランには顔を出さない。
ここでシロウと顔を合わせる心配はないのだが、アンネリーにしてみれば騙しているような気になるらしかった。




+++




夕方、アイリの部屋からは手作り石鹸をもらい、きゃあきゃあと賑やかな少女たちの声。

「ありがとう。わたしのとっておきのトリートメントつけたげるから、今夜一緒にお風呂に行きましょうよ」
「あのね、ニナちゃんのトリートメント、すごく効くのよ。わたし、一度つけてもらった事があるから知ってるんだ♪」

「くんくん、あれ?メグちゃん新しい香水?変わってるけどいい匂いがする」
「服にお香を焚き染めてみたの。どう?カスミさんの時計を直したらね、お礼にってくれたのよ」

「ねね、誰か爪を水色に染める方法知らない?」
「・・水色?好みは人それぞれだけど・・・水色?・・ミリーちゃん、あんた、変わってる」

同じ年頃の少女達が集まればやはり、香水や爪染めなどのささやかなおしゃれの話をしたり、恋の話に花が咲いたり。
それは楽しい時間であったけど、アンネリーの心はまだ何となく石が詰まったように重い。
そのままみんなで行った夕食の場では、皆に心配される事を気にしていつも通り沢山食べた。





+++





洗濯物干し場にはシロウが先に来ていた。
いつもの木の下で、いつものしゃがみポーズで煙管をくわえている。

アンネリーの姿を見ると、たるそうに立ち上がり、歩き出した。
しかし、アンネリーはついて来ない。

「どうした?具合でも悪ぃのか?だったら言えや」
「・・・違うんです」
「何が」
「わたし、今まで、嘘ついてたの」
「何を」

驚いた様子もなく、すぐに返して来るシロウにアンネリーの言葉が詰まる。
そして、泣きそうな顔になり俯いてしまった。

「・・・・・俺は女が何考えてんのかなんてわかんねぇからよ。わかって欲しけりゃ言えや」

体はアンネリーの方に向けたけれど、シロウはそれ以上、無理に近づこうともせず、その場に立っている。

「あのね、聞いたらきっと驚く・・から」
「あんたが賭場に来て爆弾発言をかましたあの時以上に驚く事なんか、俺にはねぇな」




「・・・・あのね、わたし、本当はとてもよく食べるの」
「で?」
「ビクトールさんと同じくらい食べるの。ううん。デザートを食べる分、わたしの方がきっと多いわ」
「で?」

やはり、驚いた様子もなく、すぐに返して来るシロウにアンネリーの言葉が再び詰まる。




「あんた、丈夫か?」
「?・・あ、はい。いつも、元気です」
「そうか、ならいいだろ」
「シロウさんよりもずっと沢山食べるのよわたしっ!そんな子と一緒に食べるの、恥ずかしく・・ないの!?」

ふられるのを覚悟で告白したのに、どうでもいい事のように流されて、もう、アンネリーは大声を出してしまった。
しかも、両手握り拳で。
複式呼吸で鍛えた美声が夜の洗濯物干し場に響く。

シロウはアンネリーに数歩近づくと立ち止まり、一度、空に向かって煙草の煙を吐き出した。
そのまま、かすれた声で、空に消えてゆく煙を見ながら呟いた。

「俺は、やたら小食のヤツや好き嫌いの多いヤツとは食わねぇようにしている。
 そんなのと一緒にメシ食っても美味くねぇからな。美味そうに沢山食うヤツは上等だ」

アンネリーははっと顔を上げた。
シロウはまだ上を向いて煙を見ている。

「あんた、カジキマグロを見た事あるか?」
「いえ、ないです」
「デケぇんだよ。あんたよりもな。あんたがいくら食っても大丈夫だ」

そう言うと、シロウは珍しく目を細めて笑った。
それが、とても楽しそうで、少し、子供っぽくさえ見えて、アンネリーは抱きつきたいくらい(この人、好きだ)と思った。




「ま、心配すんなや。この城を出たらよ、あんたの分は俺が稼いでちゃんと食わせるからよ」
「え?」
「ま、そういう事で」
「え?え?」
「決まりな」
「え?え?え?」

前に立つ男をアンネリーは目を丸くして見上げたが、彼は全く調子が変わることなくゆるゆると煙を吐き出している。



「返事は?」








「はい、あの、よろしくお願い・・・しますっ」

「はいよ」






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