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夜の人 1 +++ 洗濯物がよく乾くだろう、そんな気持ちの良い朝だった。 アンネリーは、洗濯カゴを草の上に置いて、大きく伸びをした。 金属製の大きなそれを抱えるようにして持っていた両腕には、赤い線がくっきりと残っている。 水分を含んだ布は重い。でも、今日は人手が足りなかった。 白いシーツを、まず端を揃えて4つ折りにし、長方形にたたむ。 それを木から木へと渡したロープにかけて、引っ張り、伸ばす。 ねじれたままだと、ロープにかけた時に形を整えるのが大変だし、 うっかり裾を擦って洗い直し、なんて事にもなりかねない。 背が低いアンネリーには、大変な作業であったが、自分に出来る事があるというのは嬉しい事だった。 ここでは、舞台で歌も歌っていたが、それは仕事であり、ただ手伝う、というのとは違った。 ・・・〜♪ 誰もいない場所で、歌ってみる。 プロとして歌っている彼女だからこそ、気軽に人前では歌えなくなってしまった。 お金を払って聴きに来てくれる人がいる以上、それは仕方がない。 〜♪・・っ! アンネリーの歌声が驚いたように止まった。いや、実際に驚いたのだ。 少しだけ軽くなったカゴを抱えて隣のロープに移動すると、その木の根元で寝ている青年がいたからだ。 太陽はまだ東四十五度。昼寝という時間帯ではない。 (えーと・・朝食の後、二度寝・・・しているとか・・・かしら?でも、この人、誰だろう?) ある意味、決して目立たないタイプではない青年だったが、アンネリーに見覚えはなかった。 このくつろいだ様子は、ここに来たばかり、といった雰囲気でもない。 (気づいて良かった・・起したりしたら・・ちょっと怖そうだもの) と、アンネリーがホッとした瞬間、 「聴いてんだよ」 寝起きらしいかすれた声は、元々の地声なのか、いずれにしろアンネリーを再び驚かせるには十分で、 でも、それは不機嫌そうではなかった。 アンネリーは、少し深呼吸をしてから、またよく通るきれいな声で歌いはじめた。 ピコには、プロ意識が足りないと怒られるかもしれない。 でも、自分の歌を聴いてくれる人がいる。それが嬉しいだけでいられた頃のように、歌ってみたくなったのだ。 洗濯物を全て干し終わり、そっと振り返ると、青年はやはりそこに寝ていた。 止まった歌声に、今度は何も言わない。 (・・・・・) アンネリーは、何故か何度も振り返りながら、その場所を後にした。 (怖そうな人だったけど・・・怖くなかった。あの人、誰・・だったのかなあ) +++ ばったり会うという期待は出来なかったけれど、 この城の人間ならば、捜せばすぐに見つかると思っていた。なのに、 (・・・傭兵さんでもなかった・・・。あっ!もしかしたら、元マチルダの騎士さんかもっ! 制服を着ると雰囲気が全然違うものなのかもっ) 道場の入り口から、ひょこっと顔だけ出すと、きょろきょろと彼の姿を捜す。 そんな、傍から見れば挙動不審の彼女に、騎士団員と一緒に稽古をしていたナナミが声をかける。 「こんにちは、どうしたのー?ここに来るなんて珍しいね」 「あ・・邪魔をしてしまってごめんなさい。あのね、騎士団の人でこんな目をした人いないかしら・・」 アンネリーは自分の目を、指で思いきり吊り上げた。 可愛い顔を自覚していないのか、それを崩す事に躊躇いはないらしい。 「ツ・・ツリ目の人?」 見てはいけないモノを見てしまったかのように、ナナミの目が右へ左へと泳ぐ。 「多分・・目を開けた所は見てないんだけど。あと、えーと、髪がここだけ金色で、横は黒っぽいのよ」 「んー・・んー・・・」 顔が広いナナミにも、見覚えがないらしい。そこで、ナナミはカミューとマイクロトフに聞いてみた。 男の人なら、夜の酒場にも出入りしているから、知っているかもしれないと思ったのだ。 「そうですね。酒場では見かけた事がありませんね」 「しかし、食堂で見かけた覚えも・・・本当にここの人なんですか?」 「多分・・・そうだと・・・・思っていたんですけど・・・・」 アンネリーの声が、自信なさ気にだんだん小さくなる。 (入城を許可されている行商の人というカンジではなかったけれど・・でも、これだけ姿を見ないんだもの・・) 「あ、食堂にも、酒場にも出入りしない人達なら、知っていますよ」 と、マイクロトフが思いついたように(ぽむっ)と手を打った。 「ああ、夜の人達か。食事は自炊しているみたいだな」 カミューにも分かったらしい。しかし、ナナミとアンネリーには分からない。 『夜の人達?』 と、少女達の声はきれいにハモった。 +++ (そうかあ・・・賭場があるのは知っていたけど、アルバートさんもピコも賭け事はしないもの) そこは、道場のすぐ近くにあった。 『あの扉の向こうですけどね。女の子が一人で行く場所ではありませんから、人捜しをしているのなら、私かマイクロトフが行って来ますよ』 (そう言ってくれたけど・・・でも、やっぱり) 何となく、アンネリーは自分で捜して見つけたかったのだ。 でも、まだ九時を回ったばかりだというのに、その扉の向こうはすでに独特の雰囲気を、外にまで醸し出していて、 アンネリーは扉の前で手をもじもじとするばかりだった。 「嬢さん、迷子かい?」 振り向くと、タイ・ホーが立っていた。 タイ・ホーの船には何度か乗っているので、かろうじて顔見知りだった。 でも、彼とも城の中で擦れ違う事は滅多になかった。 (そうかあ、この人も夜の人なんだわ) タイ・ホーはアンネリーの返事を、急かす様子もなく待っている。 アンネリーはハッとして、そして、聞いてみる事にした。 「あのっ・・あの、人を捜しているんですけどっ。こう、目がこんなで髪がここだけ金髪で・・」 「ああ、シロウかい?」 アンネリーの言葉途中で、タイ・ホーはあっさりと答えた。 「嬢さんがシロウに用とは驚いたね。中の連中はあまり品がよろしくねェからなあ・・。ま、安心しな。俺が嬢さんについてよう」 そう言って、タイ・ホーは扉を開けると、アンネリーを中に入れた。 (用って・・用って・・・あれ?わたしの用って、何・・かしら??) 「おう、シロウ。お前さんに女のコが面会だ。こんな所まで来させるたあ珍しいねェ・・」 「女ぁ?・・・知らねー」 愉快そうなタイ・ホーの声に、奥から、アンネリーがあの朝聞いたと同じ声が答えた。 ただし、今度はあからさまに不機嫌そうな声だった。 それでも、やはりこの城の人間だったのだと分かり、ホッとした。 何故か、怖くなかった。 アンネリーは一度小さく頭を下げてから、一番奥にいる彼に、ゆっくりと近づく。 興味深々の目で自分を見ている男達は皆、強面で、でも、後ろをタイ・ホーがついて来てくれているのがわかると、それも気にならなくなった。 だいたいにして、アンネリーは今、そんな男達の中でも大将クラスの凶悪顔をした男に、近づこうというのだから。 「知らねーな。あんた、人違いだろ?帰んな」 「あのー・・お仕事中に失礼します」 「・・・・・」 シロウはその声を聞いて、眉を片方だけ上げた。 「おい、タイ・ホー。ヤベえよ。もう連れて行ってやれよ。 お嬢ちゃん、シロウは見かけは怖えが、中身も怖えという意外性のない男なんだ。悪い事は言わねえから、早く帰んなっ」 アンタが言うかとツッ込みたくなるようなスカーフェイスの男が、タイ・ホーに合図を送った。しかし、 「あー・・声でわかった。あんたか」 「ヘエ、お前さんが歌を聴きに行ってたとはねェ」 アンネリーの声に反応したシロウを見て、タイ・ホーはますます愉快そうだった。 「あー、そういえば楽団の子だよな確か」 賭場のざわつきを一瞥で黙らせると、シロウはアンネリーで視線を止めた。 「楽団?そいつぁ知らねーな。オレに何の用だ?」 「いえ、あのっ、わたし、アンネリーといいますっ」 相手が聞き返さなくて済むようにと、不自然な程はきはきとした口調になってしまったアンネリーだった。 澄んだ少女質の高い声に、それとは対照的な、シロウのかすれた声が続いた。 「・・・・はあ、アンネリーさんね。で、何?」 (えーと、えーと、わたし、この人を捜してた。見つかったんだけど、用はそれで終わりじゃなくて、 わたし、何で捜してたかというと、この人の事が知りたかったんだと思うわ。だから、えーと・・・そう、) 単刀直入に話をしなければと、アンネリーは頭の中でぐるぐると思った。 シロウの仕事の手を止めている事が、アンネリーを焦らせてしまった。元々、人と話をするのは苦手だった。 「あのっ、わたし、わたしとおつき合いしてくださいっ」 叫ぶように、そう言ってしまった。 賭場は、凍りついた。そりゃもう、誰ひとり、身動き出来ないくらいに。 「お仕事中にごめんなさい・・・非常識ですよね。でも、お昼間は何処にいらっしゃるのか見つけられなくて・・・」 非礼を詫びるアンネリーの後ろで、ようやくタイ・ホーが、 「いや、問題はそういう事じゃなくて」と呟き、額に手をやった。 そして、彼以外の全員が、自分が今この場にいる不運を呪った。 相手が少女ではシロウも手は出さないには違いないが・・・・・怒る・・・・怒るぞと。 「わたし・・・何事もなければ、朝はあの場所で洗濯物干してます。 だから、あの、返事は明日でも明後日でも、もっと後でも構わないので・・・。 あのっ、今日はお仕事の邪魔して本当にごめんなさいっ。では、わたし、これで失礼します。 ・・・タイ・ホーさん、ありがとうございました」 「いいさ、嬢さん。今度は船で会おうな」 そう言いアンネリーを見送るタイ・ホー以外は、まだ凍りついたままだった。 +++ 「だからよ、あんた楽団のリーダーで、父親代わりみてーなモンだっていうじゃねえか」 「まあ、そうですが。しかし、私に反対する理由もありませんし」 「理由なんぞ売る程あるぜ?フツーは反対すんだろ。してやれよ」 「私はね、あの子が誰かを好きだというのを初めて聞いたんですよ。 まあ、色々あって・・・人見知りの激しい子で、歌うとき以外は今でもあまり口を開かない子です。 だから、正直驚きました。相手が誰だからというのではなく、あの子の行動にです。 私は、あなたがどんな人なのかは知りません。あの子もよくは知らないでしょう。 ただ、自分から近づいてまでも、あなたの事が知りたいようです。 その気持ちを止めたいのなら、あなた自分でちゃんと言ってください」 「・・・・・はー・・・何でこんな事に・・・。 あの日は、何だったか面白くない事があって・・朝まで飲んで・・最悪の気分だったんだが・・・」 自分のような人間が、歌声に癒されたなんて、絶対、誰にも言えやしない、と、シロウは口を噤んだ。 +++ 〜・・♪・・ (相手にしてもらえなかったのかなあ・・わたし) この一週間は、天気が良く、毎朝洗濯をしていた。でも、彼は姿を見せなかった。 (夜の人だしなあ・・) アンネリーは寂しそうに笑った。 夕方になり、湿気てしまう前に取り込んだ洗濯物は、すっかり乾いて両手いっぱいでも軽い。 ♪〜・・っ! 「聴いてんだよ」 あの朝と同じ場所で、でも、今度はかったるそうだけれど座っていた。 再び歌いながら、アンネリーが大きな洗濯物を取り込むときも、シロウは手伝ったりはしなかった。 全ての洗濯物が取り込まれると、ようやくシロウが立ち上がった。 カゴいっぱいの取り込んだ洗濯物は、アンネリーの顔を半分以上隠す程だったけれど、 それを持とうともしなかった。 長身の彼に、その三白眼で見下ろされた女子供は、泣くか、逃げる。あるいは、その両方。 まっすぐに見つめて来られる事には慣れていなかったので、シロウは目を逸らした。 「あの朝はたまたまでな、オレはいつも寝てる時間だ。せいぜいこの時間にならねーと、身体も動かねー。 まあ・・戦闘に行く時ゃ行くが、オレらが呼ばれるのは大抵夜戦だしな」 「夜の人だものね」 アンネリーは何となく、嬉しそうに笑った。 人見知りする少女とはとても思えない様子が、シロウには不思議だった。 彼は、あのスカーフェイスの男が言った通りの男だったのだから。 「多分あんたは、オレみたいなのが珍しいんだろうよ。つきあってみりゃ、つまんねー男だって事がわかるさ」 「えっ?じゃあ、おつき合いしてくださるんですか!?」 「・・・落とすなよ」 ぐらりと揺れた洗濯カゴを掴んだ手は、やはり、それを持ってやるという事はしなかった。 「ただし、賭場にはもう来るな」 「はい」 「ま・・・あんたこそ珍しいね。オレが怖くないみてーだな」 「わたし、怖い人は沢山いるけど、あなたのことは、怖くないです」 +++ 当然、そんな二人の死角から、様子を覗く者がいる。 「これはまた、微笑ましい光景だねェ・・。オヤジさんとしては、複雑な気持ちかい?」 「あの子もまあ、色々とあって、一時は心を閉ざしていたんですよ。 だから、私は嬉しい気持ちの方が大きいですね。人に興味を持てるという事は、あの子にとっても良い事です」 「それにしても、何故シロウなんだろうねェ・・ 俺は奴の事を気に入っているが、女から見ていい男ってのは、ここには沢山いるだろうに」 「さあ・・・あの子がひかれる何かがあるんでしょう。それが何かまでは、あの子にもわかってないと思いますよ」 「だからつきあってみる、か・・・嬢さんには本当に、驚かされたぜェ?」 「私もその場に居合わせてみたかったですよ」 「・・・・・いや、その後が、結構大変だったんでな・・・何の噂も流れてない辺りで分かるだろ?誰も口に出来やしねェ」 「あなたは楽しそうですが」 「俺はね。でもまあ・・今回は黙っててやるさ」 ◆◆◆ (2001.6.6作品) アンネリーが両親を何かの疑いをかけられて殺されて、一時心を閉ざしていたらしいというのは、 公式設定(探偵調査)によるもので、ワタシが作ったワケではありません。 シロウは、見かけはああだけど実はココロが優しい、とかは思ってません。 実際、コワいお兄さんであって欲しいですね。 ただ、アンネリーを手伝わないのは、本人が出来る事に手を貸す人ではなくて、 やって出来ない事は、たるそーにでも手伝うのではないかと思います。 こんな所まで読んでくださってどうもありがとうございましたv ■幻水2小説TOP■ ■TOP■ |