玄関のドアは、彼がノブに手をかける前に勢いよく開いた。











Valentine’s Day +++




飛び出して来たナナミは、Aラインの薄いピンク色のコートを着ている。
大変イヤな予感がして後ずさったシードの腕を、もこもこの手袋をはめた手が掴んだ。


「待ってたの!待ってたのよっ」

(またかよっ!)

シードはずるずると引っ張られるようにして、また門をくぐって表に出てしまった。


「何よ?オレ徹夜開けなんだって。クリスマスと違って今日は買うモノ決まってんじゃん?迷うコトないじゃん?」
「だって一人で買いに行ったら 『 やっぱりやめよう 』 なんて後ろ向きになりそうなんだものっ。
 シードさんはその時のわたしの背中押し要員なのよ」
「うわ・・阿呆らしい役。『 大丈夫だ。きっと上手くいくさ 』 って肩に手を置いてにっこり笑えっての?
 ていうか、もう上手くいってんじゃん?何が心配なワケ?」

ナナミはちらりと上目使いにシードを見た。
大欠伸して目尻に涙を溜めている彼には申し訳ないと思いつつ、
それでもつきあってもらわないとチョコを買えない気がする。何故なら、彼がクルガンだからである。


「あの・・あの人、バレンタインデーってご存知ですか?」
「ご存知ぃ」
「あの・・あの人、そういうの嫌いそうだけど・・その・・」
「んー・・毎年確か義理はぁ、一応受け取ってた。明らかに本命ですってのはぁ、受け取ってなかった」
「え?義理じゃないとダメなのっ?」
「バーカ。アンタはいーんだよ」




+++




「アラ、見慣れない子連れてんのね」

野菜市場を抜け、雑貨の通りに出た所で、モデルのような体形の黒髪美人がシードに声をかけて来た。
長身の美人は興味深げに白菜の入った買い物篭を下げたナナミを見下ろす。
嫌な視線ではなかったので、ナナミはぺこりと頭を下げた。

「彼女?」
「に見える?」

ふざけたシードに口元近くをキスされたが、ナナミは平気だ。猫にされたくらいの感覚しかない。
美人は顎にきれいな手をやり、ははんと笑った。

「すごく長いつきあいか、男として全然意識されてないかのどっちかね。この場合、後者」
「アタリ。だーって、このコ、あいつのだもん」

「・・・・え゛っ!?」


美人は美人らしからぬ蛙のような声を出し、目を丸くしてナナミに顔をまじまじと見た。
ナナミは真っ赤になりシードの後ろに隠れる。

「このコ、十五くらい?」
「いや、もう十七ぁ」

もっとよく見ようとする美人と 『彼女』 から逃げるナナミに体の周りをぐるぐる回られるシード。
しまいに、ナナミはシードの背中に張り付いて顔を隠してしまった。

「あーゴメンね。苛めたワケじゃないのよ。ゴメンゴメンあはははははー」

豪快に笑い、ナナミの背中をぽんぽんと叩く。
そして、いいものを見たとばかりに上機嫌で口笛を吹きつつ、美人は手を振り去って行った。


「お仕事のお仲間?」
「そォ」
「あの人とも親しそうだったけど?」
「いや?だって、あいつ、ああだもん」




+++




ようやく目当ての店につき、ナナミは準備運動をするようにぶんぶんと両腕を回した。

「わたし、ここで材料買いますから、シードさんも好きなの選んでいいですよ」
「オレにあの中へ入れと?」

その店は、女の子たちで商品が見えない程の賑わいを見せていた。
何故なら、今日がバレンタインデーだからである。

「だって、手作りチョコは要らないって言ったじゃないですか」
「バーカ。ついでだとしても、あいつと同じ物を受け取るワケにはいかねーだろうが」
「シードさんてヘンな所で気を使うんだから。あの人はきっとそんな事気にしませんよ?」
「どーだか、ね」

彼という人は、何処までも手作りの物は似合わない男だった。
しかし、貴族の口にしか入らないような高級ブランドのチョコレートがお似合いだとしても、
ナナミだってチョコレートくらい手作りの物を贈りたい。

「じゃあ、シードさんの分も買って来ますから、ここで待っててくださいね。
 すぐ戻ってきますから、ウロウロしないでちゃんと待っててくださいよ」
「オレは買い物について来た子供かよ・・」

シードは白菜と一緒に道端にしゃがみ込んだ。
通りにまで漂うチョコレートの匂い。甘い物は結構好きなシードも、食べる前からもうお腹いっぱいというカンジだ。
店の中の人口密度にくらりとしつつ、通りを隔てた場所から、他の女の子たちの中に紛れたナナミの姿を捜す。
やがて、頭上に紙袋を抱えたナナミが、女の子たちのおしりに弾かれるようにして外へ出て来た。

「ハイ、これシードさんのよ」

大き過ぎず、小さ過ぎず、手頃な値段ぽい四角い包み。
普段世話になっている礼のみ、確実に特別な愛は込められていない義理チョコの見本品のようなそれ。

「イキナリ渡しますかアンタ。あからさまに義理ですんげー虚しいんだけど」
「あははは。ね、今日お休みだから昨日沢山もらって帰ってたでしょ?本命チョコ沢山もらった?」
「さぁ?オレ、はっきり言ってくんねーとわかんねーもん」




+++




夜。
夕方から爆睡していたシードを遠慮がちに起こす。

「ついて来て」
「何でよ」
「シードさんがいないと緊張するんだものっ」
「アンタ、オレがいない時どーしてんのよ」
「いーからっ」

クルガンの部屋まで引き摺られて、ドアの前で解放されるかと思いきや、そのまま盾のように押されて中へ。
ナナミはシードの後ろからラッピングしたチョコを差し出した。

「どうも」

読んでいる本もそのままに、片手で受け取り、机の上に置く。
それなのに、ナナミは嬉しそうに口元を緩め、ぺこりと頭を下げて部屋を出て行った。
その場に取り残されたシードの事は、もう頭にないのだろう。

「開ければ?」

とりあえず言ってみると、丁寧に包み紙を開けそうなクルガンの細い指は、それをビリリッと思いきり破いた。

「オマエって、ヘンな所で面倒がるんだよなぁ・・」

彼をよく知るシードは驚きもしない。

「食えば?」

クルガンは甘い物が嫌いである。
シードはニッと笑い、とても楽しそうにそう言ってやった。
小箱の中には、白い粉と茶色い粉がふってある丸いチョコの固まりが六個。
覚悟をしたようにひとつ口に入れたが、彼はすぐに無表情なまま懐からハンカチを取り出し吐き出した。

最後にこのような菓子を口にしたのは何歳の時だったか・・・頭の中で記憶の地引網をしたが思い出せない。
どんな味がする食べ物だったか分からないにせよ、はっきり言える事は、ひどく不味いという事だ。
この食べ物が自分に合わず不味いのか、ナナミが作ったこれに問題があるのか、
クルガンはシードの味覚に聞いてみる事にした。


シードはあぐっと口を動かした後、数秒間固まり、ころんとしたチョコレートの固まりを窓から吐き出した。

「・・オマエ、何かしたか?」
「というと?」
「イヤガラセとしか思えない不味さだってコトだよ。ナナミサン、味見してたから、この味わかってて渡したんだし。
 プラス、歯を欠けさせようって悪意が込められているとしか思えねー固さだ」
「そうされる覚えはありません」
「オマエのそれはアテになんねーからなぁ・・」


マーサが残したレシピ。
当然、その中にチョコレート菓子の作り方など、無かった。
ただそれだけの事が、彼らに分かるはずもない。




( 2002.2.17作品)

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