「他に何かネタねぇの?」

文字が半分も埋まってない便箋をひらひらさせて、きゅっ・きゅっ・と窓ガラスを拭いているナナミに問う。

朝のやわらかい光が差し込むダイニングルーム。
背もたれに片腕を回し、両足を前に投げ出し、大変寛いだ様子のこの男は、この家の主ではない。

「他にわざわざお手紙に書かれるような事は何もありませんよ」
「マーサが報告しろってうるせーんだもん。あ、アンタが直接書いてよ」
「ダメですよ。わたしもフリックさんに手紙を書きたいんですから」
「じゃあソレ写させてくれよ」
「ダメですってば」











+++ 『 そういう人 』 +++





頬杖をついて、テーブルに置かれた童話を片手でパラパラとめくる。

『ナナミサーン、開けてぇ』

今朝、彼がいつものように仮眠をとろうとして玄関のドアを叩くと、
出て来るなりナナミは、結果的にはクルガンに買ってもらった事になる本を嬉しそうに見せた。
それが、これである。

「子供の本ねえ・・こう、服とか化粧品とか花とかそういうモンならねぇ・・」
「この服は買っていただきましたよ?」

今日着ている紺のワンピースは白い襟のないハイネックタイプ。
ぐるりとスカートを覆う大きな白いエプロンは、フリルのひとつも付いていない。

「・・そりゃ給付っていうんだよ。仕事で着る服なんだから」

シードはがっくりと机に突っ伏した。



「シードさんはお祭りに行かないんですか?昨日、街の人達が広間で色々準備しているの見たんですよ」
「オレはちょっと寝てから家に帰る。ありゃ夜中までやってるから、アンタあいつと行って来れば?」
「無理ですよ」
「行きたいって言えばついて来てくれるかもよ?」
「無理ですってば」

ナナミはくすくすと笑ってバケツを持ち上げ、シードの横を通り過ぎた。バケツの中の水がたぽんと鳴って、朝の光がきらりと揺れる。
外の水場へ続く扉を開けると、窓からの風がナナミより先にそこを通った。


「こんなトコまで追って来るかと思えば、随分と諦めの良い人だね。わかんねーなぁ・・アンタ」

シードの呟きに振り返り、でも、ナナミはバケツの中の水を捨ててから戻って来た。そして、本を指差し、十も年上の男に妙な質問をした。

「この王子様は、誰が好きだと思いますか?」

布張りの表紙には、美しい衣裳を纏った金髪碧眼の王子様とお姫様。
少し距離をおいて、二人よりもずっと肌の色が濃い、ターバンをした異国の少年が描かれている。

「はぁ?そりゃあ・・オヒメサマだろうよ?」
「じゃあ、お姫様は、誰が好きだと思いますか?」
「オージサマだろうよ」

律儀に答えるシードにナナミは首を振った。

「お姫様は、この召使いの少年が好きだったのよ。王子様はそれに気がついて、お姫様を殺したの」
「童話ってのは何でこう残酷なオチが好きなんだろうねェ・・って、フツーは恋敵のこっちの男を殺すんじゃねぇの?」

いつもの敬語ではなく、子供に言い聞かせるように、ゆっくりと、はっきりと。そんなナナミに、シードは指先で異国の少年の顔をコンコンと叩く。

「少年がどうなったかは全く書かれてないの。王子様にとって、召使いの少年は、心を動かされる存在ではなかったのね。
 わかる?憎む価値すらなかったのよ」



「アンタさ、自分があいつにとってそうだと思ってるワケ?」

話が繋がり、シードは眉を顰めてナナミを見た。

「上手く言えないけど・・あの人がわたしの事で心を動かすことはないと思うの。淋しいけれど仕方がない。だって、あの人そういう人でしょう?」

ナナミは日のあたる外の物干し場を見ながら、シーツでも洗おうかなんて事に気をとられているような、そんな顔で言った。

「状況は変わった、ってトコか。アンタ、もう黙っている気なんだ。それはそれで、結構しんどいと思うぜ?」
「そばにいられるなんて、思ってもみなかった。あさましいけど、わたしはここにいたい」
「・・ずっと今のままでいられるとは思わないケド?」
「それも知ってる。だけどそれまで、シードさんも知らないふりをしていてね。秘密なのよ」

言ったら許さない。そんな脅しにも似た目をまっすぐに向けられて、シードは片手を小さく上げた。了解の意である。







+++


「シードさん、起きてください」
「んあ・・?もう外暗ぇ・・三時に起せっつったろうがよ・・・」

寝起きのかすれた声でエラそうにそう言うこの男は、くどいようだがこの家の主ではない。

「起したら、あと三時間っておっしゃったんですよ」
「寝惚けてるに決まってんだろ。何度も根気良く起せよオレの事はよ」
「三回起こしたところで、わたしの口からはとても言えない事を言われました」
「・・・・・・・そ。  ん?何?アンタこれから出かけるの?」

ナナミは見慣れた仕事着でなく、生成地に茶色とくすんだピンクの柄がついた服を着ている。
それはこの家に来た時に着ていた服であるから、シードも見るのは初めてではない。
多分、ナナミは私服といえばそれしか持っていないのだろう。
膝丈ローウエストのワンピースは、いまだ少女体形の彼女によく似合っていた。

「ええ、お祭りまだやっているそうなので」
「一人で行くつもりか?いくらあいつだって夜に女のコを一人で出したりしないぜ?」
「出かける事は内緒なの。もしかしたら、仕方なくついて来てくれるかもしれないから。それは、イヤなの」
「・・・・アンタ、オレが仕方なくついてくって事は考えなかったワケね」
「・・・・それは、考えもしなかった」
「着替えるから待ってて。オレは祭はキライじゃねぇよ。ウチ帰る予定も狂ったし」

シードはボサボサになった頭を二・三回掻くと、丸まって巣のようになったシーツからごそごそと這い出た。




トントンと一応ノックはするものの、返事は待たずに部屋へ入る。シードのそんな態度はいつもの事で、クルガンも何の用かと聞きはしない。

「オレら祭に行くケド、オマエもつきあわない?」
「私は結構です」

予想通りのセリフに、シードは天井を見上げて脱力した。

(そんなだから 『そういう人』 って言われんだよ)

と、うっかり声に出しそうになって口を押える。成る程。そういう人とは上手く言ったものだと、感心さえしたくなった。

「ま、酒くらいオミヤゲに帰って来るわ」
「酔って忘れて帰らないでください」
「ちゃーんと買って帰るから楽しみにしてな」
「違います」


一瞬の沈黙の後、シードはにっと笑った。


「大丈夫。ちゃんと連れて帰って来っから」




『そういう人』にしては上出来だ。
シードは階下で待っていたナナミの肩を抱き、くすくす笑いながら先のやりとりを教えてやろうとして、でも、やめた。
何故かは分からない。何となく、という言葉が一番近いと思うくらいで。




+++


二人が街に着いたのは、親子連れが屋台での収穫を手に、そろそろ家へと帰る頃。

「移民が多いからな。元々はそれぞれの土地の伝統芸能を見せたり、郷土料理を出したり、そんな事から始まったらしい」
「そうなんですか」

広場に設置された舞台ではお揃いの民族衣裳を着た人達が、素朴な楽器を演奏していた。

(お祭りなら、アイリ達に会えるかもしれないと思ったんだけどなあ・・)

その可能性は薄い事が分かったけれど、やはりもしかしたらと姿を捜してしまう。

「何?何か捜してる?」
「いえ、知り合いに会えるかもと思って・・あ、あそこの服を見て来ていいですか」
「見たいモン片っ端から見て行きな」


平台にはぎっしりと並べられた布地。しかし、今は型紙を持ってないので自分で作る事は出来ない。
ナナミは吊られている既製服の中から何点かを店のお姉さんに下ろしてもらい、アイリがはいていたような黒のスパッツと、シーナがはおっていた ようなゆったりとした上衣を選んだ。

「ねー、アレ着てよアレ」

横を見ると、シードが一番奥に掛かった白のワンピースを指差している。上質の生地である事が手で触れてみなくても分かった。
細かいレースで縁取られていて、飾り用に共布の細いリボンが二本ついているだけのシンプルなデザイン。
すぐ季節外れになってしまう袖のないタイプなので、かなり値引きがされている。しかし、それでも充分に高価かった。


「夏も終わりですし、あと一週間も着られませんよ」
「来年も着りゃいーじゃん。アンタあまり体形変わらなさそうだし。何かひとつくらい買ってやるつもりだったから丁度いいわ。
 お姉さん、アレ包んで」
「ダメっ高過ぎますって!」
「別にいーよ。オレ、こう見えてもモノあんまり買わねーもん。どうせ気紛れなんだから遠慮なく受け取っておけばいーんだよ。
 それか、アレ趣味じゃねえ?」
「いえ、そりゃわたしも女の子ですから、とても可愛い服だとは思いますけど・・似合わない・・です・ょ」
「バーカ。オレが似合いそうにねぇモンわざわざ買ってやるかよ」



他に雑貨の店で小物と、珍しい菓子などを買って、そろそろナナミの手荷物はいっぱいになった。
シードはといえば、物をあまり買わないと言った通りにいまだ手ぶらである。ただ、酒は飲んでいる。しかも、かなりの量。

ナナミは酒を飲まない。
でもアルコールの匂いは平気なので、酒瓶が並んだ店でキレイな色や形のそれを見ていると、同僚らしい男と立ち話をしていたシードが戻って来 た。

「さぁて、土産を買って帰るかね」

そう言って彼が手にしたのは、寒い土地で造られた無色透明の酒。
アルコール度が高いので氷点下でも凍らない。ラベルには北の国の文字。





「あいつが好きなモンなんて、少ねーから、選ぶのはラクだね」




+++


まだ続く祭の賑わいを後にして、夜空の下を二人歩いて帰ると、クルガンはダイニングルームでいつものように本を読んでいた。
横に置かれたティーカップのお茶からは、まだ湯気がたっている。

「ナナミサン、さっきの着て見せてよ」
「へ?今ですか?」
「だってアンタいつも仕事着じゃん。オレが見る機会なんていつあるよ?」

確かにその通りだった。
買ってもらったのだから着て見せるのも礼のうちだと、ナナミは自分の部屋で紙包みを開けた。
腕を通し、頭から被ると、裾がすとんと一気に足首まで落ちる。
薄い生地のワンピースは軽く、ちょっと何かが頼りない着心地。
二本ついていた細いリボンは、一本を腰に結び、一本をいつものように髪に巻いた。

扉を開けてシードを呼ぶと、彼は椅子に座ったまま上半身をひねってぶんぶんぶんと大きく手招きした。
ちょっと、オヤジなしぐさである。

「コレはねぇ、こっちの位置の方がいーって」

腰に結んだリボンを解き、胸のすぐ下の位置できゅっとキレイに結び直す手つきは酔っ払いとは思えない。
シードは満足そうに(にーっこり)笑うと、ナナミの背中をぽんぽんと叩いた。

「んー似合ってる似合ってる。オレも買った甲斐があるってモンよ」
「あ、ありがとうございます」
「ねー、可愛いよねぇ」
「そうですね」

シードにふられて答えたはしたものの、クルガンの顔は本に向いたままだ。
あからさまに興味なさげなその様子に、ナナミは(やっぱりこの人は、わたしがペンギンの着ぐるみを着ていても気づかないんだろうなあ)と、
がっくり肩をおとして部屋を出た。

そういう人だと分かっていても。






ナナミはベッドの上で、抱えた膝に顔を埋めた。






『結構、しんどいぜ?』

(だけど、わたしは、ここにいたい)










+++




「オマエ、ちょっと面白くないんだろ?」
「何がです?」
「オマエは本を逆さになんて王道なヘマはしない男だけどな、ずっとページをめくらない程度のボケならするんだよ」

ひとしきり大笑いした後、シードは逃げるように席を立った。

「じゃあ、オレも寝るわ」

廊下に出て扉を閉めると同時に、バンッという鈍い音と振動。
そしてすぐに、扉にぶつかった物がバサッと落ちる音。







(・・・・・本を投げやがった)



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(2001.10.14作品)

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