とても、難しい恋をしました。








『 声 』






最初は、声でした。
彼の声が、とても好きだと思いました。

こんな時に、何て不謹慎なのだろう。自分でも、そう思いました。



でも、どうしよう。


どうしよう。
わたしは、彼がどんな人間でも、きっと好きになる。




どうしよう。
わたし、もう、あの人好きだ。


そう確信してしまうまで、時間はかかりませんでした。



わたしは、お茶を運ぶ人に役を代わってもらって、彼がいる部屋に入りました。
中にいる彼には、フリックさんがついていました。
フリックさんは、わたしの顔を見て少し眉を上げましたが、何も言いませんでした。

彼の前にティーカップを置く手も、『どうぞ』と言う声も震えていました。彼は、「どうも」と言いました。
何の感情もない、相手が誰であっても、そう言った言葉だけれど、確かに、それは、わたしに向けられたものでした。わたしのものでした。


顔を上げて、こちらを見てはくれませんでした。
クスクスの町で会って、話をしたといえばしました。でも、彼はきっと、覚えてないのだと思います。



わたしも、この人はわたしの前から、すぐにいなくなる人だと知っていました。
戦争が終わっても、わたしとは別の場所で生きて行く人だと、知っていました。


なのに、呼ばれ、部屋を出て行く彼の後姿を見たわたしは、咄嗟に服を掴んでいました。
さして驚いた様子もなく振り向いた彼の顔を見て、やはりこの人、好きだ、と思いました。
勿論、手はすぐに放しました。わたしも、今はそれどころじゃないなんて事は、分かってました。
フリックさんは、わたしを注意すべき立場にいた人だったけれど、この時も何も言いませんでした。
後になって、わたしに何か聞く事も、他の人にそれを言う事もありませんでした。


わたしは、あの声と、間近で見た顔と、この手に彼の服を掴んだ感触を、ずっと、覚えているのだろうと思いました。

彼はすぐに、忘れるのだろうとも思いました。











あの日、これで終わると信じた戦争は、終わりませんでした。
和議など信じたのは、わたしだけだったのかもしれません。
戦争が終わったのは、それから、ずっと後の事でした。


わたしは、これから、会いに行こうと思います。
生きている人になら、会えるからです。

どこかで無事に生きていているのなら、それで幸せと思える程に、多くの人との別れがありました。
でも、指先がざわつくようなこの想いを抱えたまま、それが薄れていくのを、待っているのも嫌でした。


我ながら、あまりにも無謀だと思います。何を言っても、彼は相手にもしてくれないのだと思います。
わたしの事など、気にも留めない人だと思います。それなら、わたしは、いっそ、自分勝手になろうと思います。
自分の事だけ、考えます。

自分の事だけを考えるのは、随分と久しぶりでした。そう思うと、この我侭な気持ちの告白も、許されるような気がします。



わたしの事は、やはり覚えてないのだと思います。





わたしは、これから、彼に会いに行こうと思います。






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2001.5.17作品

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