演習室28 ギデンズのモダニティ論

Seminar 28 Consequences of Modernity

第1稿 2001/01/03

 

【テクスト】

 

アンソニー・ギデンズ、松尾精文、小幡正敏訳『近代とはいかなる時代か?モダニティーの帰結』而立書房、1993年、30−56ページ(Anthony Giddens, The Consequences of Modernity, Stanford University Press, 1990, pp.16-39.

 

今回はギデンズのモダニティ論です。といっても代表的な部分をごくかいつまんで、ということになります。emptying of time/space, disembedding, symbolic tokens and expert systems, trust and risk, reflexivity、この辺の説明と言うことになるでしょう。

 

ギデンズに関しては、数多く出ている著書の邦訳の解説のほか、宮本孝二『ギデンズの社会理論』(八千代出版、1998年)をはじめ、数多くの概説、解説がありますのでそちらも参考に。

 

なお、小見出しの番号は芝崎が勝手に付けたものです。

 

【目次】

 

1 モダニティ、時間、空間

2 脱埋め込み

3 信頼

4 モダニティの再帰性(途中まで)

 

【内容】

 

モダニティのダイナミズムは、(1)時間と空間の分離、(2)時間と空間の再結合、(3)社会システムの「脱埋め込み」、(4)社会関係の「再帰的秩序化と再秩序化」という要素に基づいて構成されている。そして「信頼」という概念が、モダニティにとって重要なものとなってくる。以下ではこれらの点について考察する。

 

1 モダニティ、時間、空間

 

 時間(time)と空間(space)が分離したことは近代世界の大きな特質である。前近代においては、時間は常に特定の場所(place)に結びつけられていたが、機械時計の普及と暦・時刻の標準化に伴い両者は分離していく。その結果「時間の空白化(emptying)」と「空間の空白化」が、前者が後者に先行する形で起きることになる。その結果として、場所はその場にいない様々な社会的勢力の影響を深く受けるようになり、「幻灯劇風(phantasmagoric)」になってゆく。

 

 時間と空間の分離は、次の3つの理由によってモダニティのダイナミズムにとって重要である。第一に「脱埋め込み」過程の最も重要な条件である。第二に、近代の社会生活固有の特徴である合理化された組織をよりよく機能させる役割を果たすことになる()。第三に、モダニティと結びついた歴史性が過去を一元化し、それが充当利用され、世界中が過去を共有することになる。

 

この部分、原文では、"Second, it provides the gearing mechanisms for that distinctive feature of modern social life, the rationalised organization."となっています(p.20)。小幡・松尾訳では、「二つ目に、時間と空間の分離は、近代の社会生活の示差的特性である、合理化された組織をお膳立てする働きをしてきた。」(34ページ)となっています。

 

「示差的特性(distinctive feature)」という訳語は耳慣れませんが、もともとは言語学の分野でヤコブソンなどが使った概念で、弁別的素性、などという訳語もあります。小幡・松尾訳はその辺を踏襲したと思われますが、ギデンズ自身もそれを意識して使っているのでしょうか。この言葉は他のところにもいろいろと出てきますが、第一に訳語としてわかりにくいような気がしますし(訳注が必要?)、第二にギデンズ自身の言語の用法自体が果たして言語学的な含意をどこまで含ませるつもりで使っているのかな、という疑問が、第三に、ギデンズ自身が言語学の用語を流用していたとしても、実際に意味しようとしていることが言語学的な概念が核として持っている意味合いと果たしてどこまで重なるのか(もっと軽い意味でしかギデンズの言葉遣いの中では機能していないのではないか)、など、いろいろ考えさせられます。

 

2 脱埋め込み

 

 「脱埋め込み(disembedding)」とは、ギデンズによれば、「社会関係を相互行為の局所的な脈絡から『引き離し』、時空間の無限の広がりの中に再構築すること」である。この概念を使うことによって、これまでの分化、機能の特殊化といったアプローチよりも有効にモダニティの特性を把握することができる。

 

 脱埋め込みメカニズムには二つの類型がある。第一は「象徴的通標(symbolic tokens)」の創造、第二は「専門家システム(expert systems)」の確立である。

 

 「象徴的通標」とは、「いずれの場合でもそれを手に入れる個人や集団の特性に関わりなく『流通』できる、相互交換の媒体」を指す。具体的には「貨幣(money)」であり、ここではケインズやジンメルの考察を中心に議論を進めている。時間・空間上の隔たりがある行為者同士の取り引きを可能とするという意味で、貨幣は「時空間の拡大化の手段」である。

 

 「専門家システム」とは、「我々が今日暮らしている物質的社会環境の広大な領域を体系づけている、科学技術上の専門家知識の体系のこと」である。専門家システムは「社会関係を前後の脈絡の直接性から切り離し」てゆくが、専門技術的知識は同時に、一般大衆からの批判によって管理されている。

 

3 信頼

 

 モダニティにおける「信頼(trust)」は、上記のダイナミズムが機能する上で必要不可欠な者である。信頼は、「その状況についてある程度精通していることで正当化できる」ような「根拠薄弱な帰納的知識」とは異なり、「すべて」であり、「白紙委任」である。また、信頼と、「確信(confidence)」や「信仰(faith)」との関係を明確にしなければならない。

 

 信頼とは、「所与の一連の結果や出来事に対して人やシステムを頼りにすることができるという確信」であり、確信とは、「相手の誠実さや行為、あるいは抽象的原理(専門技術的知識)の正しさに対する信仰」である。

 

 ここで、「リスク」と「危険」の区別、ということも問題になってくる。近代に入って、人間生活に影響を与える様々な偶然性は神や自然によってであるよりも人間によって引き起こされることが多くなっていった。リスクとは、何らかの危険を想定するものであるが、人間によって引き起こされる偶然性とかかわっている。信頼の度合いは、そうしたリスクの算定の表現(そのリスクが許容可能であるかどうか)如何によって決定される。

 

4 モダニティの再帰性(途中まで)

 

 「再帰性(reflexivity)」は近代に限らず、人間の行為を規定する特性である。人間は自らの行為とその行為が生じた脈絡とを常に一貫してモニタリングしている。近代以前においては、再帰性は伝統の再解釈と明確化にのみ限定されてきた。しかし、近代に入ると再帰性が社会システムの再生産の基盤に組み込まれ、行為と思考の相互反照がより徹底化される。伝統は、そうした相互反照によって正当化されることによってのみ、その存在証明(アイデンティティ)を得ることができる。

 

 近代において再帰性はより徹底化され、全面化される。「社会の生活形式はすべて、その生活形式にたいする行為者の認識によって部分的に構成されている」のであり、モダニティにおいては、そうした再帰性が「見境もなく働く」のである。

 

 このことの一つの帰結は、知識と確信性は同一視することができないと言うことであり、科学の確信性という一種の神話は崩壊せざるを得ない、ということである。

 

【コメント】

 

 近代性(モダニティ)の特質に関するおなじみの議論、ということで、グローバリゼーションを巡る90年代の様々な議論の基調となっていった諸概念を提示した部分を扱ってみました。ギデンズに賛成であれ反対であれ、こうした理論的枠組みが議論の共通の基盤を提供してきた(している)異は事実で、たとえばトムリンソンやロバートソンの本などにもその影響ははっきりしています。

 

 10年後の今になって思うのは、近代性のこうした均質化の面と、トムリンソンや、あるいはアッパデュライが論じていったようなローカリティーの変容、多様性の面との整合的な説明という話はどうなのかな、ということでしょうか。あるいは、もう少し方法論的な話としては、近代性のこうした面がどのように現在の世界把握のあり方として修正しうるか、ということを、たとえば中村雄二郎氏の『臨床の知とは何か』からウォーラースティンの『新しい学』に至るまでの一連の社会科学論の展開をギデンズ的な視座とかみ合わせてみるとおもしろいかな、というようなことが言えるのかもしれません。

 

それにしても翻訳するということは、なかなか難しいですね。「象徴的通標」というのもなかなかの苦心作のようにお見受けしました。

 

(芝崎厚士)

 

 

 

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