演習室26 対外政策における2レベル・ゲーム:両刃の外交

Seminar26 Double-edged Diplomacy: the Logic of Two-Level Games

2001/11/23 第1稿 2001/11/24 第2稿

 

【テクスト】

 

Robert D. Putnam, "Diplomacy and Domestic Politics: The Logic of Tow-Level Games", Peter B. Evans, Harold K. Jacobson, and Robert D. Putnam eds., Double-Edged Diplomacy: International Bargaining and Domestic Politics, University of California Press, 1993, pp. 431-468. (初出は1988年)

 

【内容】

 

1 Introduction: The Entanglements of Domestic and International Politics

2 Domestic-International Entanglements: The State of the Art

3 Two-Level Games: A Metaphor for Domestic-International Interactions

4 Toward a Theory of Ratification: the Importance of "Win-sets"

5 Determinants of the Win-set

 (1) The Size of the Win-set Depends on the Distribution of Power, Preferences, and Passive Coalitions among Level II Constituents

 (2) The Size of the Win-set Depends on the Level II Political Institutions

 (3) The Size of the Win-set Depends on the Strategies of the Level I Negotiators

6 Uncertainty and Bargaining Tactics

7 Restructuring and Reverberation

8 The Role of The Chief Negotiator

9 Conclusion

 

【内容】

 

1 Introduction: The Entanglements of Domestic and International Politics

 

 国内政治と国際関係が関連していることは事実であるが、それがいつ、どのように絡み合っているのかを理論的に整理する作業はこれまで十分ではなかった。本論文はそうした理論的な枠組を提示することを目的としている。

 

 1978年のボン・サミットからわかることは、国際場裡における交渉抜きには各国の政策変更がめざされることはなく、また国内における合意がなければ国際交渉の成果は実行されない。こうしたケースを分析するには、国内政治が国際関係に影響を及ぼす、あるいは国際関係が国内政治に影響を及ぼす、といったような「部分均衡」的分析ではなく、国内要因と国際要因の相互作用を同時に説明する「一般均衡」的分析が必要なのである。

 

2 Domestic-International Entanglements: The State of the Art

 

 ※state of the artは「到達水準」という訳が辞書には出ています。

 

 国内政治と国際政治の関連に関しては、ロズノウのリンケージ・ポリティックス、ハース(とドイチュ)の地域統合理論におけるスピル・オーバー仮説(あるいはその後継であるコヘイン&ナイの相互依存、トランスナショナリズム)、アリソンの官僚政治モデルにおけるオーバー・ラップ仮説、カッツエンスタイン&クラズナーの構造的要因としての「国家の力」概念などがこれまで提示されてきたが、いずれも理論的に不十分である。

 

 国内政治と国際政治の関連を理論的に一貫して整理するためには、政党、社会階級、利益集団、立法者、さらには世論や選挙を含めた政治的な要因を強調しなければならない。また、国家中心主義的な把握によって国家を一枚岩のものとして理解しようとすることも誤りである。

 

3 Two-Level Games: A Metaphor for Domestic-International Interactions

 

 主体の単一性に基づく議論から脱して、国際交渉を国内政治と国際政治の2つのレベルで行われるゲームとして理解しようとするのが本論文の主張である。

 

 国内レベルでは、国内集団は自分にとって望ましい政策を政府が追及するよう圧力をかけることで自らの利益を追求し、政治家はそうした集団の間に連合を作ることで権力を獲得しようとする。国際レベルでは、各国政府はそうした国内のプレッシャーを満足させるために自己の能力を最大化する一方で、対岸関係が敵対的になるような結果をできる限り招かないように試みる。

 

 政府のリーダーは両方のレベルのゲームに登場する。この2レベル・ゲームにおいては、片方のレベルで合理的な手段が、もう一方では必ずしも得策ではない、ということがあり得る。もちろん、両方のレベルで一貫性を持たせようとするインセンティブも強く存在する。

 

 2レベル・ゲームに関しては、ウォルトンとマッカーシー、ドラックマン、アクセルロッド、スナイダーとディージングといった先駆的な発想がこれまでに存在している。メタファーとしての2レベル・ゲームを理論として精緻化していくことが、以下の課題となる。

 

4 Toward a Theory of Ratification: the Importance of "Win-sets"

 

 最初に次のような前提を置く。第一に、国際交渉において各国は、一人の指導者、もしくは主任交渉者によって代表されている。第二に、その人は独立した政策選好を持たないが、自国を構成する人々(constituents、以下単に「自国の人々」)にとって魅力的であるであろう合意を達成しようとする。

 

 暫定的な合意をもたらす国際場裡における交渉の場を「レベルI」と呼ぶ。その合意を批准するかどうかを国内の諸集団の間で議論する場を「レベルII」と呼ぶ。こうして双方を分断しているのはあくまで理論的な整理のためであり、実際には相互の「期待効果」が存在しており、その点は重要である。

 

 「批准」とは、レベルIでの合意を承認し実行するために必要とされる、レベルIIにおける形式的または非形式的な決定過程をさす。国家間での同じ内容の合意が双方の国内で批准されなければならない以上、レベルIIにおいてレベルIの合意が修正されるためには、その修正に関してレベルIにおいて議論が行われなければならない。

 

 「ウィン−セット」とは、国内において必要な多数を獲得し、勝利を収めることができる、レベルIでのあらゆる可能な合意の集合としての、所与のレベルIIでの支持者の集合である。レベルIにおける合意を理解するためには、レベルIIwin-setがどのようなものであるかが重要であるが、それは以下の二つの理由による。

 

 第一に、他の条件が同じであれば、レベルIIにおけるwin-setが大きければ大きいほど、レベルIでの合意は容易に達成しやすいためである。

 

 ここで、合意から離脱する際には、(1)自発的な離脱と(2)不本意な離脱があることを理解しておかなければならない。自発的な離脱は、囚人のジレンマなどに代表されるエゴイズムに基づいた、手を引く行為である。不本意な離脱とは、批准が失敗してしまったことにより、本人の意図に反して手を引かざるを得なくなる行為である。

 

 2レベル・ゲームにおいては、国内で批准されない可能性が否定できないという意味では、自発的な離脱の可能性が低いとはいえ相互の約束に対する信頼性は高くない。実際には自発的な離脱と不本意な離脱を明確に区別することが困難な場合もある。しかし、不本意な離脱という状況は、2レベル・ゲームにおいてはじめて十全に理解することができるのである。

 

 第二に、レベルIIにおけるwin-setの相互の相対的な大きさが、レベルI国際交渉によって双方が得ることのできる利得の配分に影響を与える、ということである。相手のwin-setが大きいと思えば、国際交渉ではより強気に相手の譲歩を求めることになるし、自分のwin-setが小さいと主張することで、交渉を有利に進めようとすることにもなる。こうしたことは、指導者が自国のwin-setを自分でコントロールできるか程度とは無関係に、指導者の交渉能力に影響を与える。

 

5 Determinants of the Win-set

 

 (1) The Size of the Win-set Depends on the Distribution of Power, Preferences, and Possible Coalitions among Level II Constituents

 

 合意しないことによるコストが低ければ低いほど、win-setは小さくなる。レベルIIの集団間の利益が同質的である場合、合意しないことによるコストの計算が重要になる。レベルIIの集団間の利益が一致していない場合、交渉はより複雑になる。

 

 レベルIの交渉者にとっては、レベルIIにおける利益が同質的である場合、交渉で相手の譲歩を引き出せば引き出すほど批准が容易になる。レベルIIにおける利益が一致していない場合の方が、合意を見いだしやすい。

 

 ただし、実際にはレベルIIのすべての参加者がすべての批准に参加するわけではないし、また交渉では一つのイシューのみが扱われるわけではない。特に後者に関しては、複数のイシューが扱われることによって、一つのイシューを扱ったときに生えられないような合意が形成される(共同的連繋)ことがある。

 

 (2) The Size of the Win-set Depends on the Level II Political Institutions

 

 批准のシステム如何によって、win-setの大きさが決まる。政策決定者の国内における力が大きければ大きいほど(批准させる力が大きければ大きいほど)win-setが大きく、合意可能性が高まるが、逆にその決定者の国際交渉上の立場は弱くなる。

 

 (3) The Size of the Win-set Depends on the Strategies of the Level I Negotiators

 

 交渉者は、相手のwin-setの最大化を図る。自分のwin-setが大きければ大きいほど合意しやすいが、逆にその分だけレベルIでの立場が弱くなるというジレンマがある。

 

 そのジレンマは高所に入れないことにした場合、交渉者が自己のwin-setを最大化するために、何らかの補償や包括的な善意を動員する場合がある。補償はあくまでマージナルな役割しか果たさないが、お互いのwin-setを高めるために交渉者同士が共謀することもある。包括的な善意は常に成功するとは限らないが、それを調達しうるような地位や力をもった交渉者はかえってレベルIにおいては譲歩を迫られ、地位や力の低い交渉者の方が立場が強くなることがある。

 

6 Uncertainty and Bargaining Tactics

 

 交渉者は、相手のレベルIIにおけるゲームの様相を的確につかんでいない場合が多い。そのことは、交渉者が自国のwin-setをわざと小さめに提示して見せたり、あるいは相手に対してより寛大な補償を要求する行動を促したり、これ以上の譲歩は批准を不可能にするということを相手に信じ込ませようとしたりする。win-setに関する正確な情報がない場合、より相互に利益をもたらすような合意点を発見し、実現することは困難である。

 

7 Restructuring and Reverberation

 

 相手のwin-setを最大化するためには、ゲーム自体を再構成するという選択肢(再構成)もある。また、国際交渉がレベルIIゲームに影響を与え、それがレベルIの交渉に影響する場合(反響)もある。反響は、相互依存的な世界においては、国際交渉の場で反対の立場を取ることが結局は高くつく可能性があるということ、また海外からの情報によって不確実な要素を排除して合意の必要性を正当化する、といった点から説明することができる。もちろんこうした反響は、交渉における合意を困難にする方向に働くこともある。

 

8 The Role of The Chief Negotiator

 

 レベルIとレベルIIを行き来するのが主任交渉者である。これまでの前提を変更して、主任交渉者に独立した政策選好がある、と考える場合、(1)レベルIの交渉の結果、自己の政治資源を増大させて、考えられる損失を最小化することで、レベルIIにおける自己の地位を強化する、(2)外生的な要因(レベルI)によって自分が好む国内政策を実現するためにレベルIIにおける力のバランスを変化させようとする、(3)自分の考える自国の国益を追求する、といった動機を持つと考えられる。

 

 こうした政策選好を持つ主任交渉者は、実際の交渉において拒否権を持っていると考えることができる。また主任交渉者が属する国内の連合が交渉を交渉の余地を狭くすることになる場合がある。こうして、主任交渉者に対する当初の前提をゆるめると、交渉者よりもレベルIIの人々の方が合意を求めていると考えることができる場合が出てくる。主任交渉者の裁量の範囲を強く認めることは、国家中心的なアプローチとの近親性をもたらすものであるが、かといってレベルIIを捨象してよいということにはならない。

 

9 Conclusion

 

 (略)

 

【コメント】

 

 渡邊昭夫さんが書いているように、「本書の手法が最も効果を発揮するのは、経済的相互依存状況に置かれた二国間ないし多国間の交渉であると言えそうである」「結局パットナム・モデルがもっともよく適用できるのは、外圧と内圧が相乗効果を生むような条件が比較的に多く成立するような相互依存関係−しかも協調的な関係−で結ばれている国家間の交渉においてであると言えそうである」、というのが第一義的なパットナムの議論に対する評価として最も妥当であろうと思います。

 

 私にとって不思議なのは、パットナムがこの議論を理論的に抽象化し、一般化しようとするその度合いの高さと、渡邊昭夫さんが指摘するような、この議論の理論的な射程の狭さとがなんとも不釣り合いに見えて仕方がない、ということです。視点を固定すれば精度は高まりますが、射程も狭まるということなわけですが、視点の固定の仕方自体が問題とされていないような気がするのです。

 

 パットナムの着眼点はとてもよいと思いますが、なぜそこであらゆる二国間関係・多国間関係のさまざまな様相を一貫して把握できるような理論を追求せず、ある特定のケースにおけるあらゆる場合を詳細に説明し尽くそうとするような理論を追求する方へと、一方的に流れていくのかなあというのが素朴な疑問です。

 

 私は、パットナムのような理論形成の仕方がアメリカIRにおいては圧倒的な主流だということも何となくわかる気がしますし、そうした理論形成の仕方が間違いであるとか、意味がないとかはいうつもりもないのですが、それ以外の理論形成の方向性がなぜ、ほとんどと言っていいほどないのかがちょっと気になっているわけです。

 

 たとえばパットナムがサミットや類似のケースを分析した結果、2レベル・ゲームみたいな理論的な構成を取れそうだ、と考えついたことは優れた知的仕事だと思います。けれど、パットナムの理論がどの程度当てはまるかを他のケースをパットナム理論に当てはめることで実験してみるのではなく(というのも、他のケースもパットナム理論から出発せずにそのケースがもたらす事実自体から独自の理論構成を考えることができるはずですので)、そこからさらに進んでより一般的な国際関係と国内関係の連繋の理論を総合的に構築する方向に踏み込むということが必要なのではないかな、と思ったりもするのです。

 

(ちなみに、研究ノオトで取り上げた酒井論文が示唆するように、日本政治外交史などではそもそも当初から内政と外交の複合的な様相を一貫して捉えることが課題であり続けてきました。この辺、外交研究の形成のされ方の違いがかなりあるのではと思います)

 

【参考文献】

 

渡邊昭夫氏による書評『国際政治』第113号、190−192ページ。

草野厚『対外政策研究入門』1997年、126−130ページ。(←win-setが「winset」「ウィンセット」と、side-paymentsが「サイドペイント」と書いてありますが、誤植ではないでしょうか)

 

(芝崎厚士)

 

 

 

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